49 継承
二人は一気に間合いを詰める。初手を取ったのは速さに勝る孫仁である。
得意の円の動きを取り入れた連続攻撃を間断なく繰り出して斬りかかっていく。それを孫策は少ない動きで堅実に防御していく。
大きな動きをする孫仁に対して、孫策は極端に動きが少ない。必要最小限の動きで防御をしている。
「わかるか! レン。これが権の武だ。最小の動きで防御に特化し、いかなる相手にも簡単には屈しないという粘り強い剣だ」
そう言うと孫策は一転して攻めに回った。
「くっ」
強く荒々しい、それでいて時に流れるような雄々しい剣だ。
「これが親父の剣だ! 孫呉の礎を築いた開拓者たる親父の器のでけぇ剣だ」
明らかに重傷を負い、動くのも辛いはずの孫策が楽しそうに孫仁を攻め立てる。その巧みな攻めに孫仁の動きは制限され得意の円の動きを繰り出す暇もない。
「いくぜぇ! そしてこれが!」
孫策の動きがまたしても変わる。さらに猛々しく、攻撃に特化した苛烈な攻めをこれでもか、これでもかと叩きつける。
関羽ならなんなく凌げた攻めも、腕力に劣る孫仁には剣を弾き飛ばされないように受け流すので精一杯である。
「玄……これって、まるで」
茜の戸惑う声が聞こえる。
「うん……そうだと思う」
「なんだか、わかんなくなってきた……皆傷ついてるのに、痛い思いしてるのに、戦うなんて馬鹿げてる。やめて欲しいって思うのに…………」
「ああ」
「胸が熱いの。孫仁たちの戦いをもっと見たいと思っちゃうの……」
震える茜の声を聞きながら玄も心の中で同意する。
「茜、最後まで目を離すなよ」
「うん」
「く! なんて力強い剣。これが策兄上の剣なのですね」
全身の力を使ってようやく孫策の剣を受け止めていた孫仁が呻く。激しい勢いに押されて自分の間合いが取れず、自らの武器である速さも変幻自在の動きもまったく発揮できない。
「このままでは……やむをえません『孫策! 止まりなさい!』」
孫策の猛攻から逃れて間合いを取り直すために一瞬の間が欲しい。そう思った孫仁はやむを得ず特殊能力の『孫呉の威光』を発動する。
「け! 止まれといって止まるかよ!」
孫策が笑いながらさらに強烈な一撃を孫仁へとたたきつけた。孫仁は自分の技が効かなかったことの一瞬の驚愕から反応が遅れ、かろうじて孫策の剣の軌道上に自分の剣を出すのが精一杯だった。
「くぅ! あぁ!」
グワラキィィン!!
孫策の一撃は孫仁の剣を弾き飛ばし、そのまま孫仁の右肩へと食い込んで止まった。もしこれが孫堅が変化した剣だったとしたら孫仁の右手は斬り落とされていただろう。
「レン!」
孫仁の肩から血が飛沫き、それを見た茜が悲痛な声をあげる。
「なんで、技が効かないのよ!」
「たぶん、孫策は呉の臣下じゃないからだ。呉の国の中では孫仁と同格、君主なんだからむしろ格上。だから通じない」
玄が技の性質を考えて推測を述べる。
「もう! だったら最初から言っておいてよ! 玄の馬鹿!」
孫仁のピンチに動揺した茜が理不尽な怒りを玄にぶつける。
「え? あ、ごめん」
「次から気をつけてよね!」
思わず勢いで謝った玄が、『俺って悪くなくね?』と思うのはまだ先のことである。
「よく止めたな、さすがは孫家の娘だ」
「うっ……あ、当たり前です。私は……あの劉玄徳の妻なのですから!」
叫んだ孫仁は肩に食い込んだ剣を白刃取りのように両手で挟むと強引に引き離し、一気に間合いを空けた。
距離を取った孫仁が肩の傷を抑えながら荒い息をつく。
必殺技や特殊技能の使用に加えて肩の傷、孫仁のライフも既にイエローゾーンに達している。
「そうか……おめぇは嫁にいったんだったな。めでてぇじゃねぇか、幸せだったか?」
孫策が孫仁へとゆっくりと向かってくる。剣を弾き飛ばされた孫仁はゆっくりと後ずさることしかできない。
「はい……ですが、私にはやり残したことがあるのです。あの方にもう一度会わねばなりません」
孫仁の目はまだ諦めていない。強い力を込めて孫策をにらみ返す。
「そうか……昔、戦に出る俺たちを心配して嫌がる大喬や小喬たちを見て公瑾が言ってたな。確か『漢は夢に生き、女は愛に生きる』だったか? まぁた、くせぇ野郎だと思ってたがお前の目を見てるとよくわかるぜ。俺たちと同じ目をしてらぁ」
孫策が剣を構える。
「死ぬまでやってやってやりつくして最期は後悔しねぇ! そういう目だ、いいんだな?レン!」
「愚問ですわ、兄上。兄上こそ、その身体では確実に勝てるとは言い切れませんでしょう?」
「へ! ま、やってみるさ」
そう言って孫策が間合いを詰めるべく孫仁へと駆け出す。
「茜!」
「わかった!」
孫仁の求めに、茜はすぐさま手元のVSを操作。その操作を受けた孫仁が孫策の攻撃をひらりとかわす。
「参ります『水花燕舞』」
孫策は口元に笑みを浮かべながら先ほどと同様に激しく孫仁へと攻撃を繰り出す。しかし、孫仁は軽やかにステップを踏み舞うように…………いや、本当に舞っている。
日本の古来の舞踊に剣舞というものがある。それはその名の示すとおり、剣を持ち舞う。だが、舞の動きというのは何かの動きを舞として昇華させたものも多い。
剣舞は剣を使う舞であるのだから、その動きの中には戦における動きを舞にまで昇華したものがあっても不思議はない。
いま孫仁が舞っているのはそういった意味では、飾りではない本当の剣舞といえるだろう。舞の動きひとつひとつが回避であり、攻撃でありフェイントなのだ。
孫策はその動きに翻弄されつつもさらにその攻撃を荒々しくしていく。孫仁は舞の中でその攻撃をいなしながら舞を続ける。
そして舞を舞えば舞うほどに孫仁の周囲に水の花の蕾が現れていく。現れた花は孫仁から一定の距離を保ったまま宙に浮き、時間とともにひとつ、またひとつと増えていく。
「レン」
「まだです茜! 兄上を倒すにはまだ早い」
「でも、本来は剣を持って舞うものなのよ! このままじゃ攻撃を防ぎきれない」
そう、本来であれば剣舞は当然ながら剣を持って舞うものであり、舞の全ての部分に剣を持つことが前提の動きが組み込まれている。
しかし、剣のない孫仁は舞いのタイミングを調整したり、時には身を挺して孫策の攻撃をあえてかすめさせたりしながらぎりぎりの動きで舞を続けているのだ。
「へ、読めたぜぇ。舞えば舞うほど花が増えて、舞の終了と同時に襲いかかるってか?」
「やばい! 見破られた! レン!」
「構いません! 今は少しでも長く舞を続けるのです」
「そうとわかりゃぁ、させねぇよ!」
孫策は攻撃の手数を減らし、その代わりに足捌きに神経を集中して有効打になりうるだろう一撃だけを的確に放つ。そして、動きを先読みし相手の機先を潰すように攻撃を組み立てていく。
「くぅ、さすがは兄上」
孫策の緻密な組み立てに徐々に舞いの流れが阻害されていく。孫仁の周りに浮いている水花の蕾はまだ20前後。
「そこだ!」
孫策の裂帛の気合と共に繰り出された一撃は、孫仁の舞の流れを完全に遮断する軌道に繰り出された。あくまでも舞を止めるための一撃だったため、直接孫仁に危害があったわけではないが、舞自体は続けることはできなくなってしまった孫仁は大きくバランスを崩して地面に倒れこんだ。
「レン!」
「くっ! やむを得ません! 咲きなさい! 『水花』」
地面に倒れた状態から孫仁が叫ぶ。その声に反応した蕾たちがゆっくりと花を咲かせる。その花弁は透き通るほどに薄く鋭く研ぎ澄まされていて、咲いた順に花たちはその場で回り始める。その花弁の刃は回転の力を加えられ、ひとつひとつが普通の斬撃よりも遥かに強力にな一撃となる。
「レン! もっと距離を!」
茜が叫ぶ。この技は確かに強力だが、その分制約が多い。舞の時間も然りだが、舞の後の水花の起動にも若干時間がかかってしまう。
孫仁の舞を止めた孫策が振り返って孫仁との間合いを詰め、とどめの一撃を繰り出せる程度には。
「く!」
孫仁は僅かな時間を稼ぐべく恥も外聞もなく地べたを転がって孫策との間合いを取ろうとする。
「終わりだな、レン。まあ、いい勝負だったな」
静かにそう告げた孫策が、孫仁に向けて走り出すのと開花し回転力をつけた水花が孫策へ向けて一斉に襲い掛かるのはほぼ同時だった。
「レン!」
孫仁は茜の叫び声を聞きながら目を閉じた。
(やれるだけのことはやりました。仮にここで兄上に討ち取られたとしてもそれが戦。恨みに思うことはありません。あの方に会えないのは心残りですが、わたくしが討ち取られたとしても、わたくしの技で兄上もおそらく……そうすれば、少なくとも関将軍はこの戦に勝利したことになる。関将軍ならば、わたくしの思いをあの方に必ず届けてくれるはずです)
孫策に切り裂かれるまでの一瞬にそこまで孫仁は考えて思わず微笑んだ。
「ばっかやろう!」
「え?」
「戦で敵を前にして目を閉じるボケがいるかぁ! ……かはっ!」
激しい叱責に驚いた孫仁は自らに訪れるであろう死の瞬間を忘れてゆっくりと目を開けた。




