4 召喚
「なるほど……そうすると、こちらからの操作に完全に服従はしてくれるけど、武将との信頼関係がなければ思ったような力は発揮してくれないということか」
あれから玄は、ヘルプにゲームに関して一通りのレクチャーを受けた。疑問点があれば、とことん納得がいくまで質問していたので、おもいのほか時間がかかり、一度階下から食事の声がかかったためにレクチャーを中断せざるを得なかったほどである。
そのため、大急ぎで夕飯を済ませて残りの説明を聞き終えたときには、既に深夜に近い時間になろうとしていた。
「何度も言うが武将たちは正真正銘、本物の霊体だ。設定されたんじゃない、人間としての意思がある。このゲームに縛られている以上は操作には逆らえないし、デジタル化した霊体をいじられて魔法のような必殺技を使えたりするが、それでも人間の霊体だということには変わりはない。嫌な奴のいうことは聞きたくないだろうし、自分の信念やプライドもあるし、恐怖心だってある。おそらく自分たちの現状だってよく把握できていないだろうな。ま、つまりはそういうことだ」
「なんだかこのゲームに対して不満があるみたいだな、ヘルプ」
無表情にたんたんと言葉を並べるヘルプに玄は皮肉気に笑いかける。
「へっ? な、なにを言ってるんだ玄! おれっちはこのゲームの案内役だぜい! プレイヤーにおもしろおかしくこいつを楽しんでもらうのがお仕事さ!」
ヘルプはくねくねと身体をよじらせながら、陽気に紙吹雪を舞わせる。
「そっか、そうだよな……もし、お前の言うことが正しくて本当に人の魂が封じられてるとしたら。もし俺がその立場だったとしたら……たまらないなと思ったからさ。そう思ってたからヘルプの言葉がそういうふうに聞こえちゃったんだな、きっと」
「……」
「まっ! 実際そんなことあるわけないし、ゲームの内容に愚痴をいっても仕方がない。ひとまず、おおかたの概要はわかった。あとは俺の相棒を確認してからの話だな」
玄にしてみれば、最低2週間はこのゲームで生き延びなければせっかくのVSが宝の持ち腐れになってしまう。ただ、いま説明を受けた内容によれば、ただ負けないように時間を稼ぐだけならばさほど難しくはなさそうだという印象を玄は受けていた。
しかし、このゲームを楽しみながら遊んで、なおかつ勝ち残るにはプレイヤーの戦略や資質もさることながら、それ以上に相棒となる武将が誰かということが序盤の戦いを大きく左右することになるのは間違いなかった。
「よし、ヘルプ。頼むよ、俺の相棒を紹介してくれ」
「ん? あ、ああ。OK! OK! ようやくその気になってくれたって訳だ。おれっちも、早く見たかったっていうのに待たせやがってこの野郎! じらし上手!」
妙にハイテンションになっていくヘルプに苦笑しつつ、問答無用で2ボタンを押して落ち着かせる。いい気分に水を差された形になったヘルプは不機嫌そうに眉? を寄せたが特に文句はいわずに黙って頷き返すと牌の角にはちまきを巻いた。
「よっしゃ! ホンじゃ、ま、いってみますか」
いよいよ、VSシステムの真価を体験できるという期待と、憧れの三国志の英雄を立体映像とはいえ目の当たりにすることができるという興奮で、玄の胸は大きく高鳴る。そんな玄が熱い視線を向けるその先では、はちまきをしたヘルプが怪しげな踊り始めている。
はたから見れば、手のひらサイズの麻雀牌が、はちまきをしながら怪しい踊りを踊るというこのうえもなく滑稽な光景だったが、踊りとともにヘルプの頭上に光り輝く魔法陣が描かれていくとあっては、それを滑稽だと感じる余裕もなくひたすらその様子を見守るしかない。
やがて複雑な紋様とともに描かれていった魔法陣が完成すると、魔法陣はくるくると回り始めて徐々に淡く光を放ち始める。まるで、フットライトのように下から溢れだす淡い光の中、魔法陣の中心部分からは白いもやのようなものがもくもくと湧き出していき、光の中に収束していく。
このとき、まだ魔法陣の下ではヘルプがYO! とかHA! とか叫んでいたのだが玄の視界にはすでにそんなものは入っていなかった。玄の目を釘付けにしていたのは、その光景の中心、徐々に大きな塊となり形を成していく白いもやだった。
それは片膝をついてうずくまる人間の形。
「………ぉぉ……ぉ……」
その光景に目を奪われ、小さなうめきを漏らしていた玄は、この段階に至ってようやくその人型が誰なのだろうかということが気になり始める。徐々に全体の輪郭をはっきりとさせていくもやに、これ以上ないほどの集中力を発揮して注意深く見守る。
その結果、わかったことは屈んでいるとはいえ、明らかに大柄な体格であること。これはもう、ぱっと見でわかる。
次に服装。どうやら鎧などを身につけているわけでもなく、ごくごく普通の民族衣装のようなものらしい。印象としては、ああ、古い時代を題材にした中国映画でよく着てるやつだと思えるようなものだ。
頭にも兜のような防具はなく、頭巾のようなものを被っているようで髪型はよくわからない。ただ……顔を伏せているにも関わらず、垂れ下がって見える見事な顎髭。
その顎鬚が、玄にある一つのキーワードを連想させ大きな期待を抱かせる。そうしている間にも、煙は変形を続け今や完全に人型となり色彩も整っていく。
現れつつある姿は、玄が今まで触れてきた三国志の世界の中で想像していた何百という武将の何百通りの姿、そのどれにも似ていない。
まず存在感が違う。身体から放たれる威圧感が違う。
これが乱世を駆け抜けてきた漢なのだと、一目見ただけで分かる。ともすれば、現代にいる格闘家たちのほうが肉体的には鍛えられているだろう。動きや力も上かもしれない。だが、勝つのは……生き残るのは格闘家たちではない。
玄は体中を走る稲妻のような感動に鳥肌を立たせて震える。そして、ヘルプの言っていた事は本当だったと無意識に理解した。こんな存在感を放つものが、ただの立体映像に出せるはずはない。平和に慣れきった玄にすら、はっきりと分かる。
こんな、殺伐とした存在感を出せるのは、常に死と隣り合わせの人生を送った者だからなのだということが。
いま、玄の体を震わせているのは、自分とはあまりにもかけ離れた異質なものに対する恐怖が半分、そしてあとの半分は……わけのわからない感動のためだった。
何に? と問われても明確な答えなど出せない。そういう類の感動である。ただ、胸が熱くなり身体が震える。目頭が熱くなってしまうのだ。
そして、とうとう屈んでいた武将が静かに顔を上げた。そうすると必然的に正面に座っていた玄と目が合う。
だが、玄を見てもその表情に変化は無く、玄から目を逸らさぬまま武将は静かに立ち上がった。玄はその堂々としたふるまいに、気圧されるものを感じながらも視線は決して逸らさず、自分もベットから降りて立ち上がり赤ら顔の武将を見上げ、止めようと思っても自然と震えてしまう膝を内心で叱咤しながらゆっくりと口を開く。
「お、俺は……」
声が震える。玄は軽く咳払いをして気を取り直すと深呼吸をしてもう一度口を開く。
「俺の名前は玄徳水。あなたの名前を教えて欲しい」
なぜか、VSで支配できる相手として高圧的な態度を取ろうとは思わなかった。しっかりと向き合い、自分から名乗るのが正しい方法だと何となく思ったのだ。
「ふん……最低限の礼儀は知っているようだな」
赤ら顔の武将が無表情のまま低く野太い声を出す。玄が内心で心配していた言葉の問題はどうやら無いようだ。
「ならば、我も名乗らねばなるまい」
赤ら顔の武将は、胸の前で握った左拳を右手の平で包むように合わせるとほんの少し前に押し出した。
「姓は関、名は羽、字は雲長と申す」