46 九死
孫仁は戦いながら呼びかける。優しすぎるがゆえに戦いに怯えてしまったたったひとりの友へ。本当なら血なまぐさい世界から遠ざけてあげたいと思っていたのに、自分の劉備にもう一度会いたいという欲のために巻きこむことを罪深いと思いながら。
「あなたにお願いがあります。私に力を貸してください。私にはわからないことがあなたにはわかるはずです」
「レン……でも」
茜のか細い声が聞こえる。
「茜……私の相棒、初めての友。どうか私を助けてください。わたくしは負ける訳にはいかないのです……あの人に会うまでは!」
孫仁の切実な声が、怖気づいていた茜の心に染み入ってくる。
(レン……私のこと相棒だって言ってた。私のこと初めての友達だって言ってた。私は友たちが困っているときに助けて上げられないような人間には……もうなりたくない! あの時、そう決めた!)
茜の脳裏に数年前のある光景がフラッシュバックする。茜は小学生のとき仲の良かった友達がいじめにあっている事実を知りながら助けてあげることができなかった経験がある。
そして、その子は半年程経ったころ逃げるように転校してしまった。茜はその別れ際に自分を見たときのその子の目が今でも忘れられない。友達を転校へと追い詰めたくせに、へらへらと笑う加害者たちの顔が忘れられない。そして、そんな奴らと同類になってしまった自分が許せなかった。
だからその時に、茜は決めた。
『2度と友達は見捨てない。今度は一緒に戦ってやる!』と。
「……かね、茜! 大丈夫か!」
「うん、平気よ玄。もう大丈夫……正直迷いはあるわ。でも、私は純粋にレンを助けてあげたいの。私の友達を助けてあげたい」
「茜! ……ありがとう」
茜の言葉に思わず目頭を熱くした孫仁が涙声で呟く。嫌がる戦場へと誘う自分を未だ友だと言ってくれることがありがたい、そして嬉しいのだ。
「ふ、何をさっきからぶつぶつと話しているのです。助けて欲しい? 馬鹿なことを! 聞けば我らを甦らせた者たちは戦の経験もない、それどころかろくに喧嘩すらもしたことがないような子供ではないですか! この戦場において彼女らの出る幕などない」
孫仁の攻撃を笑って受けながら周瑜が言う。
「ふふふ、愚かですわね周将軍。なまじ智者であるがゆえ、生前の常識にいつまでも縛られる」
「何?」
孫仁は怪訝そうな顔をする周瑜にはあえて答えずただ微笑むのみ。
「茜、孫仁の有利なところがわかってるか?」
「うん、わかる! 散々訓練しているのを見てたんだもの! そして、必殺技、特技……うん、いける!」
「そっか、分かった。大丈夫、茜ならできる。だってお前は俺の自慢の一番弟子だからな」
冗談めかした玄の言葉に茜はくすりと笑う。
「うん、ありがと。精一杯やる、レンとならやれる」
「ええ、あなたを信じてるわ」
孫仁が明るい声で答える。
「ありがとうレン。いい? 私の声は周瑜には聞こえない。だから技の合図は私がするわ。孫仁はそのままの勢いで攻め続けてある程度打ち合ったら手ごろなところで距離を取る。 やることはわかるわよね?」
「ええ、そこから先はあなたに任せます」
「任せて! きっとうまくやるから」
そのやりとりを聞いて玄は頷いた。そして、自らは関羽の戦いに目を向ける。
孫仁たちと少し離れた場所では、関羽と孫策が相変わらず激しい攻防を続けている。その形勢は先ほどとは変わらず関羽の劣勢だった。
「関羽、聞こえてた? 孫仁たちはまもなく勝負をかける。布石を活かすならこっちも同時に仕掛けるべきだと思う。状況に余裕がなければ無理に合わせる必要はないけど、あっちの声にも少し注意していてくれ」
玄の声に返事はしないが、関羽はわかっている。その証拠に押し込まれつつも立ち位置を変え、孫仁たちを視界の隅に捉えられる場所へ移動している。
それを見た玄は汗でしっとりした手を座っていたベッドで拭う。
「ここで決着がつく」
関羽は典韋戦以降、自らの努力により必殺技の発動の方法と、その特性を既に把握して自分のものとしている。玄の操作によらずとも自ら判断して最適のタイミングで必殺技を放ち勝負に出るだろう。
勿論、不測の事態には備えなくてはならないため完全に傍観者になるつもりはまったくないが玄は見守るしかない。
「おらおらおらぁ! 最初の頃の威勢はどうしたぃ! 関羽さんよぉ!」
孫策が亀のように防御一辺倒の関羽を挑発している。
「……」
「けっ! だんまりかよ。もういいや、勝つ気ねぇんだろお前。一気に勝負つけてやるよ『虎身』」
叫んだ孫策の身体が淡く光り始める。
「まずい! さっき使ってた身体強化の技だ」
孫策の動きが目に見えて早くなる。強化と言ってもそれ程大きな強化するような技を設定する訳がない。玄の目算と推測からすればせいぜい1.2倍といったところだろう。
それでも今の関羽には負担が大きい。
「……く」
早く強くなった孫策の攻撃を関羽はそれでもなんとか凌いではいるが、孫策の攻撃は身体をかすめるようになってきている。それ自体は小さなダメージだが、これ以上ダメージを受ければ必殺技をうてなくなる可能性がある。
「茜、孫仁、まだか」
ふたりの集中を乱さぬように押し殺した声が玄の口からこぼれる。
「姫! 終わりです」
周瑜の冷淡な声が響く。
「……くっ」
息を乱しながらも、さらに攻撃を繰り出していく孫仁だが最初の頃の鋭さは既にない。
「女人にしては驚くべき体力でしたが、あれほどの動き長く続くはずもない。私はひたすら受けに徹していればよかった」
「……ま、まだです! きゃ!」
周瑜の言葉を力強く否定し、さらなる攻撃を繰り出そうとした孫仁の足元が乱れる。
「そこ!」
大きく体勢を崩した孫仁を周瑜が見逃すはずもない。一転して攻勢に回った周瑜が流麗な動きで孫仁へと斬りかかっていく。バランスを崩していた孫仁がその攻撃を受けきれるはずもなく、数合も打ち合わないうちに周瑜の強撃を受け背後に飛ばされた。
ずざざざっ!
地面を転がりながら弾き飛ばされた孫仁は、半身で地面にうずくまりながら肩で息をしている。
「主君の妹姫に対する最後の礼儀です。苦しまぬようひとおもいに、とどめをさしてさしあげましょう」
周瑜から孫仁への死刑宣告。その言葉を証明するかのように倒れ伏す孫仁へ向かって剣を構えて周瑜が一気に間合いを詰めてくる。
「くっ!」
それを見て、必死に立ち上がろうとしている孫仁までの間合いを一瞬で詰めた周瑜はその白い首筋をめがけて必殺の軌道で剣を振り下ろす。
ざんっ!!
「馬鹿な!」
周瑜が叫ぶ。なぜなら孫仁の首を斬り落とすはずの一撃が地面を叩いたからだ。
「そんな訳が!」
だが、周瑜は見ていた。自分の攻撃が当たる寸前に、いままでよりもさらに早く孫仁が動き、自分の視界から消えていくのを。地に倒れ伏したように見えた孫仁の体勢も、実は四肢がしっかりと地面を掴み、即座に動ける体勢だったことに気が付いたがもう遅い。
「どこにそんな体力が!」
地面を叩き痺れる手で剣を離さぬ様に握り直した周瑜は、即座に孫仁が逃れた方へ視線を向ける。
「周将軍、御覚悟」
そこには地面に剣を浅く突き立てた孫仁が静かに佇んでいた。
『氷縛乱武』




