42 接続
(なんとか周瑜の動きを抑え……抑えるだけじゃだめか。関羽が孫策を倒すためには必殺技を使う必要がある。でもそのあとに周瑜と戦う余力が残らない以上は、先に周瑜を倒すしか……でも周瑜に向かえば孫策に無防備な背中をさらすことになる)
「……ょね」
(孫策の動きを封じて周瑜を討つ……そんなことができるのか? いまの関羽にはそれだけの余力は……)
「……んじゃないってば!」
「……ん?」
「玄なんて女心とかまるっきしなんだから! 自分が女性に好かれる可能性を全く考えてないのよ。だから無神経なこととかたまに言っちゃうのよね」
「ふふふ、言えば言うほど墓穴を掘ってる気がしますよ茜」
(……まさか! つながった?)
突如聞こえてきた聞き慣れた声と、その名前に玄の思考が一気にクリアになる。玄は即座に手元のVSに視線を落として画面を確認、一瞬で現状を把握した。そして叫ぶ。
「茜!」
「わ! びっくりした、なんで急に玄の声が」
孫仁とたわいもない話に興じていた茜は思いもかけないタイミングで聞こえた玄の声に驚愕して辺りを見回す。
「誰もいないわよね……」
「茜! 茜! 聞こえるか」
「え、ええ! もしかしてVSから?」
「茜、玄殿の声に余裕がありません」
孫仁にも玄の声が聞こえているらしい。
「え、あの……もしかして聞こえてた? ち、違うの! 無神経って言ったのはほら! なんていうか勢い的な流れ?」
茜は先ほどまでの女同士の会話を聞かれたかもしれないと思い、赤面しながら誤魔化すための言い訳を並べる。
「茜! その件は後でみっちり聞く! とにかくVSを見てくれ!」
「茜! 玄殿の言うとおりになさい。関将軍たちになにかあったようです」
孫仁は先ほどまでの楽しげな雰囲気を微塵も感じさせず厳しい表情で茜をたしなめる。
「え? う、うん……あれ? エリアが凄い広がってる」
「そうだ! 茜たちが少しずつ北上してくれたおかげでエリアが繋がったんだ。だからVSを介して同盟者同士の通信ができるようになったんだ。それよりいま、俺たちがいる場所がわかるな」
「え? う、うん……北東の川の真ん中くらい?」
VSに表示された関羽の文字とマーカーを見て茜が答える。
「急いで孫仁をそこへ!」
「承知しました」
茜の返答を待たず、詳しい説明も聞かずに孫仁は北東へ向けて走り出す。玄の切羽詰った様子から一刻の猶予もないと判断したのだろう。
「わ! ちょ、ちょっとレン!」
周囲の景色がいきなり高速で動き出したため平衡感覚を乱され、よろめいた茜が抗議の声を上げる。
「いいか、茜! いま俺たちは、川の中州でふたり相手に戦ってる。正直結構やばい、関羽は孫仁が戦いに加わることをよくは思わないだろうけど、この危機を乗り切るためにはどうしても孫仁の協力がいる! いま! すぐにだ!」
「玄……わかった。レンとすぐに行く」
玄の必死な声に事態の緊急さを感じ取った茜が真剣な顔で頷く。
「ありがとう助かる。……あと、到着までに孫仁に覚悟しておいてもらいたいことがひとつあるんだ」
「なんでしょう玄殿」
身を低くしながら軽快に走り続ける孫仁が玄へと問い返す。
「俺たちの戦っている相手なんだけど……孫策と周瑜なんだ」
「え? それって」
玄の言葉に茜が驚きの声を上げる。
「……」
しかし、孫仁は走る速度を緩めることはなくしばし目を閉じた。そして目を開けたときにはその目に強い決意の色が浮かんでいた。
「承知致しました」
「ごめん、俺たちがもっと強ければ孫仁自身が戦わずに済ませられたかもしれないのに」
「よいのです。いまの私は劉玄徳の妻。それだけです」
「レン……」
「茜、好きな殿方に意地ばかり張っていると私のように離れ離れになったときに後悔するのよ。忘れないでね……」
そう呟いたときの孫仁の瞳を茜は一生涯忘れられないと思った。それほどに情愛と哀しみに満ちた瞳だった。
「うん、分かった……ありがとうレン」
「さあ、茜。私たちの初陣ですよ、気を引き締めなくてはね。道案内は任せましたよ」
「了解!」
孫仁のマーカーが動き出したのを確認して玄は胸を撫で下ろす。しかし、その動きはあまりにも遅い。
「これじゃ間に合わないかもしれない……」
玄がわずかながらも、『徐々に孫策に押し込まれていく関羽』を見ながら呟く。
「へ、俺の出番のようだな……」
「悪来!」
いつの間にか悪来が起き上がって歩いている。
「ばかっ! 無理するな! 血がしぶいてるじゃないか!」
悪来が一歩を踏み出すたびに深く斬られた太ももから ぶしゅ! ぶしゅ! と血が溢れていく。
「心配すんな、傷が悪化することはないんだろ」
「な!確かにそうだけど!」
確かに悪来の言うとおりだが、それは裏を返せば時をおいても回復しないということである。回復するためには原則フィールド外に出なくてはならない。
武将たちなら派手な出血等は直撃当初のエフェクトのみなのだが、変化した生物や器物にはそのルールは当てはまらないらしい。壊れたものは壊れたままということなのだろう。
「でもそれは……それだけの傷の痛みが常に和らぐことなく続くってことなんだ!」
「玄よぉ、今ここで働かねぇでどこで働くんだよ。関羽が負けちまえば俺も再びあの世行きなんだぜ」
悪来が脚を引きずりながら橋へと向かっていく。確かに、関羽が負けてしまえば関羽の持ちものとして規定されている典韋も運命を共にする。
倒した武将を変化させたものを、さらにその武将に勝った誰かが入手することはできないからだ。だから、玄は頷くしかなかった。
「……分かった。よろしく頼む! 橋を渡って南西に一直線に行けば出会えると思う。一刻も早く孫仁をここへ連れてきてくれ」
「へ、へ……任せとけぇ! この悪来典韋の底力を見せてやる!」
吼えた悪来が今までの動きが嘘のような勢いで走り出す。
「待て!どこへ行くつもりだ? 馬といえど不確定要素は見過ごせん」
走り出した悪来の前にいつの間にか回り込んだ周瑜が立ちはだかる。さっきとまったく同じ状況……このまま、突っ込めば先ほどの二の舞になる。悪来もそれがわかっているはずなのだが、速度を緩める素振りはない。
「ゆけぇい悪来!」
「公瑾! あぶねぇ!」
事態の変化を耳で聞いていた関羽が、一瞬の隙をつき左手で残りの礫を周瑜へ投げつけたのだ。
「む?」
周瑜は孫策の声で攻撃に気づき、唸りを上げる礫を危なげなくステップしてかわした。だが、その一瞬こそ関羽が悪来に与えたかったものだった。
「助かったぜ、関羽!」
「しまった!」
周瑜の意識が逸れたその一瞬に悪来は風のようにその傍らを駆け抜けていた。そして一気に橋を渡ると玄の視界から消えていった。
「く、みすみす不確定要素を逃がすとは」
「放っておけよ、馬一頭で何ができる?」
「……確かにそうなのだが」
釈然としない周瑜をよそに孫策は再び関羽との激しい斬りあいを始めている。
「それにしても…関羽雲長。なんという男だ。あの曹操が欲しがるのも納得できる。我らの攻めを全て受けきり、あれだけの傷を負いながら、なおも伯符と互角に打ち合うとはな……悔しいが私が手を出せばかえって伯符の邪魔になる。だが、さすがの関羽とてあの傷……長くは保つまい」
周瑜の独り言を聞いていた玄が首をかしげる。
「ん? もしかして……そうか! だから関羽は」
玄がなにかに気づいて声を上げる。
「さすが関羽、こんな状況でそんなことを思いつくなんて……」
玄は関羽の行動に勝機を見出す。関羽のしていること自体は、今の状況下では全てをひっくり返すようなことではない。
だが、これからやってくる孫仁には大きな助けになるし、関羽の選択肢がひとつ増えることは大きい。
「それにしたって周瑜たちに気づかれる可能性もあるし、有効に使えるかどうかは……やっぱり時間か、頼むぞ悪来」




