40 誘引
いざ反撃というところで光りだした孫策を見た玄は、関羽に様子を見ることを進言していた。初見のスキルに何も考えずに突っ込むのは危険が大きすぎるという判断だ。
「ふん、次から次へとこざかしい」
関羽は追撃の機会を阻まれたことに苛立ちを感じているらしく、光に包まれた孫策を見ながら忌々しげに呟く。
「だいぶ頭に血が上ってたみたいだけど、周瑜がうまく落ち着かせたみたいだね。多分だけど、手ごわくなるよ。次からは周瑜も手を出してくるだろうしね。なんとか悪来だけで妨害ができればいいんだけど……」
「まぁ、やるだけやるが難しいだろうな。馬の俺ができる妨害なんて体当たりするくらいのもんだ。よしんばうまくいったって最初の一回だけだろうな」
悪来があくまで本当の馬のように草を食むふりをしながら答える。
「うん、だから勝負は序盤で決めなきゃいけないと思う」
「だが、あの光る身体はどう考える玄」
「……そうだなぁ、王道をいけば身体能力を上げるタイプだと思う。つまり、速さか力、もしくはその両方が上がる」
「……それならばよほど劇的な変化が無い限りは、そのつもりで対処すればなんとかなるな。他には?」
関羽が髯をしごきながら先を促す。
「ん、可能性はちょっと低いけど有り得そうなのは、触れることで発動する技、何かの遠隔攻撃用の溜め、防御能力を持つ光。こんな感じかな」
「むぅ? それら全てに対応した戦い方は無理だな」
関羽が眉をしかめる。
「だよね。だから本命は身体強化で良いと思う。あと、絶対とは言い切れないけど他の可能性の確率を下げることはできると思う。気休め程度の小細工だけどね」
「ほう、まあ今回は多少不確かでもやむを得まい。言ってみろ」
「あのね……」
玄が考えをまとめながら自分の考えを関羽へと伝えていく。
◇
「いいか、伯符。虎身の効果はまもなく切れる。最初の好機を逃すな! 好機はそう多くはないぞ」
「まかしとけって、俺とお前が連携して戦うんだ。負ける訳ねぇさ!」
孫策が身体に光をまとったまま剣を構える。
◇
「そんなことでよいのか?」
「あくまで、可能性を減らすだけだからね。その反応次第で見えてくるものもあると思うし」
そんな玄の言葉に関羽はふ、と息を漏らし髯を揺らした。
「いくらか軍師らしくなってきたようだな」
「え?」
「無論! まだまだひよこの域だがな! ゆくぞ玄!」
関羽が剣を手に孫策へと向かっていく。
「まずは……これだ」
関羽は空いている左手で懐をさぐると、何かを素早く抜き出し左手を振った。
「おおっと!」
キン!キン!
孫策の声と共に振られた剣から甲高い音が響く。
玄の助言により関羽がまずしたことは、拾ってあった礫を孫策に向けて投げつけることだった。礫は移動中に見つけた硬石を関羽が剣で研いで形を整えた物で指先ほどの大きさの物に角がつけてある。普通ならあたったらかなり痛いという程度のものだが、関羽が放つと普通に立ち木が陥没するほどの威力があるため十分な武器だ。関羽はその凶器を立て続けに孫策に向けて投げ続ける。
その全ては剣や鎧に弾かれ、有効打にはならず攻撃としては機能していないように見える。
「関羽、孫策の動きはさっきと比べてみてどう?」
「む、さほど大きな変化はない」
「そっか、孫策は礫に対して剣と鎧で対処している。鎧に当たった礫も特に不自然な動きはせず下に落ちてる。だとすれば、接触を条件にした技や溜め系、防御力を増すような技ではない可能性が高い。動きに変化がないとすれば……孫策のタイプから考えれば可能性はないと思ってたんだけど……体力を回復するための技か?」
玄はなんとなく納得できないものを感じながら呟く。
「よい。どちらにしろ、奴の身体にのみ作用する技なのであろう。ならば対処は可能だ」
関羽が礫の間合いから接近戦の間合いに入りながら答える。
「わかった。役に立てなくてごめん、なにかあるってことだけ気にとめておいて」
申し訳なさそうな玄の声を背中に受けて関羽は孫策へと斬りかかっていく。鎧の防御を打ち破るためには、複数の攻撃を同時に当てることが必要だが、そのためには通常の攻防で打ち勝ち孫策の体勢をくずしていかなくてはならない。
孫策の防御、鎧の防御で2手を防がれてしまっては意味がないからだ。3つの攻撃を関羽が1人で同時に繰り出すのは難しい。
関羽は先ほどまでと同じように巧みに孫策の防御を誘導して体勢を崩そうと攻撃を繰り出していく。
「よっ、ほ、アブね! っとと」
しかし、孫策は軽口を叩きながらその攻撃をいなしていく。関羽の攻撃は速さも威力も技もさっきまでと変わらない。むしろ序盤で決着をつけるべく速さは増しているほどである。それなのに孫策が、余裕を持っていられる原因は孫策自身にあった。
「どうした! 攻めてこないのか? こうして胸を貸してやっているのだぞ」
「けっ、うるせ!」
そう、孫策は今までの荒削りな攻めも、技による攻めもしてこない。ひたすら受けに徹している。完全に受けに回られると鎧の防御もあるため、その守りを打ち崩すのは関羽でも難しい。
「……いくら受けに徹したからってさっきまであれほど翻弄されてた関羽の攻撃をああも簡単に凌げるのか?」
「さてね、確かに受けに徹すれば格段に防衛力が上がるのは間違いないがね」
悪来がさりげなさを装って位置を変えながら答える。
「そういうものか……でもあれだけ余裕があるなら攻撃だってできそうなのに」
「ふん、籠城戦と同じだろうよ。なにかを待ってるのさ」
悪来がブルルっと喉を鳴らして身震いした。
「周瑜との連携か」
「ああ、俺様の出番も近いな」
玄は関羽と孫策の攻防を見守っているかに見える周瑜の動向を確認する。だが、周瑜は腕組みをしたまま、黙って関羽たちの攻防を見守っているように見える。
「特に動きはなし、か」
「……本当にそうか?」
「どういうこと?」
悪来が全身に緊張感を漲らせつつ問いかけてくる。
「よくわからんが、危険な気配がさっきから肌を刺すんだよ」
玄は関羽や悪来が伝えてくる感覚的な情報を決して軽くは扱わない。戦場で生きてきた彼らには、現代で生きる自分たちよりもはるかに強い生存本能が有り、そのための危機察知能力みたいなものがあると思っているからだ。
今までの短い付き合いの中でも、彼らの感覚に驚かされたことは一度や二度ではなかった。
「え? でも周瑜は動いてない。孫策は関羽と打ち合うので精一杯のはずだし、ふたり以外にこのエリアに人はいないから伏兵もない」
VSを確認した玄が考えをめぐらせていると、じりじりと位置を移動していた悪来が馬のフリを忘れて叫んだ。
「玄! あれを見ろ!」
「え?」
悪来の鼻先が示しているのは水際である。そこには黒く湿った土があり、川底の水草が露出している。
「水位が下がってる? ……まずい! 悪来!」
「おう! もう動いてるぜ!」
玄が現状を把握する前に既に駆け出していた悪来は一直線に周瑜へと突進している。
(間に合ってくれ!)
玄は内心で自分の失策を後悔しながら、悪来の疾走を祈るような気持ちで見守る。
(必殺技を使うのに派手なエフェクトがあると思い込んでいた! 戦いの流れからいけば介入してこないなんてあり得ない状況だったのに……完全な俺のミスだ)
玄の心中はともあれ、周瑜の介入を阻止すべく走る悪来は瞬く間に周瑜との間合いを詰めて体当たりの体勢に入った。
「ふ、ようやく来たか」
腕を組んだまま戦況を見守ってるようにみせながら技の準備をしているはずの周瑜は悪来を避けるしかないはずだが、突進してくる悪来を見て不敵に笑う。
「どなたかは知らないが、馬であるあなたに意思があることなど承知の上ですよ」
まさに悪来が衝突しようとする瞬間に優雅に身を翻した周瑜は見事な抜き打ちで悪来の首を落とそうと剣閃を発した。
「悪来!」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!」
人の身ならず、馬の身体での勢いでは急に止まることも身をひねることもできない。
「だあ!」
「なに!」
それでも悪来は必死に抵抗をした。長い首を鞭のように僅かに左右に振り、すれ違いざまに斬りつけてきた周瑜の懐に潜り込ませたのだ。
ざしゅ! ずざぁあぁ!
「悪来!!」
血飛沫が舞い、盛大な砂煙が立ち上った。
「く、まさかあの体勢から反撃を加えてくるとはな」
周瑜が剣を腰に戻して、服についた埃をはたきながら呟く。
「ぐ、うぅく」
砂煙の中からは悪来のうめき声が聞こえる。
「悪来! 悪来! 大丈夫か? 返事をしろ」
玄の懸命の叫びが続く中、おそらく悪来が派手に倒れこんだことによる砂煙が徐々に収まってくる。
「く、一応……無事だ、ぜ」
そこには右の後ろ足、太ももあたりを深く斬り付けられて倒れ伏す悪来の姿があった。
「この世界に馬がいないことくらいは確認済み。いないはずの馬がいるということはそれは誰かが変化したものだということは容易にわかる。鎧のような器物にまである程度、意思があるということは、生物ならば意思の疎通が可能であろうことは警戒してしかるべきだ」
「くっ」
周瑜の言葉は浅薄な対応を指示したであろう玄へと向けられた痛烈な皮肉だ。
「ふん、首を落とせなかったのは計算違いだがもう動けまい。今はあの関羽を倒す方が先だ」
周瑜は発動準備だけを終えて待機させていた大技を発動すべく、今度こそ大きな構えを見せて叫ぶ。
この点において玄の必殺技を出すときには何らかのアクションがあるはずだという考えは間違っていなかった。ただ、発動までの準備だけならば、ただ集中できる環境であれさえすればよかったのである。
『氷虎爪舞!』




