39 激昂
2章終了まではだいたい今のペースで一日二話くらい更新です。
玄と関羽が反撃の狼煙を上げているころ、孫策は周瑜に詰め寄られていた。
「伯符、楽しむのもその辺にしたらどうだ」
孫策の後ろで腕を組んで戦況を見つめていた周瑜が諭すように声をかける。
「なぁ~に野暮なこと言ってんだよ。これからじゃねぇか。すげぇぜ関羽は! こんだけ装備面で圧倒してるのに攻めきれねぇんだからよ」
孫策はどこまでも楽しそうだ。
「あえて苦言を呈すが……いまのまま打ち合っていてもお前が関羽に決定的な一撃を加えることはできないように見えるが?」
「っか~! 言うねぇ! 俺にそんな舐めた口きくのはお前くらいだぜ公瑾」
「真面目に聞け! そろそろ我らの操者も痺れを切らすころだぞ」
周瑜が虚空を見つめながら告げる。
「ちっ、おい! 奈津に沙耶! 俺たちの戦いにちゃちゃ入れるんじゃねぇぞ! これからがいいところなんだからよ」
孫策が虚空に向かって叫ぶ。
『……!』『……』『……!』
「あ~うるせぇ! うるせぇ! どうして女の声ってのはこうキンキンと響くかねぇ。奈津! お前も沙耶みてぇに大人しく見てりゃいいんだよ!」
周瑜は緊張感なく言い争いを始めた親友の姿にこめかみを押さえながら溜息をつく。
(それにしてもさっきの攻防……明らかになにかを探っていた。問題はその答えが出たのかどうかだが……場合によっては伯符の怒りをかってでも介入せねばならないか)
周瑜が密かな決意を固めたころ、同じように何かを話し合っていた関羽が武器を構えなおすのが見えた。
「伯符! ふざけるのはそこまでにしろ。来るぞ」
「っと、了解了解」
こちらに向き直り構えた孫策に向かって、関羽が静かに告げる。
「様子見は終わりだ」
ぶわっ
と何かが膨れ上がるような気配が玄にまで感じられる。
「うお! す、すげぇ闘気だぜ……ほんとに今までが様子見だったって言うのかよ」
孫策の表情から初めて余裕が消えた。
「馬鹿な! 伯符を相手に……手を抜いていたというのか」
周瑜の表情も驚愕に彩られている。
「手など抜いてはいない。『今度は倒す』という気構えの差だ」
関羽は落ち着いた声で言うと無造作に間合いを詰めていく。
「く」
孫策は近づいてくる関羽の気に飲まれて硬直している。若くして当主の座についた孫策は、前線で戦った期間はそう長くないため強者との戦いに対する経験が不足している。
「伯符!」
「…っのぉ! らぁぁ!」
硬直していた孫策は周瑜のひと声で我に返り、体中に気合を入れることで無理やり呪縛を解き放つ。
「なめんな! おらぁ!」
自分が一瞬とはいえ恐怖めいたものに飲まれたという事実に、激しい怒りと屈辱が湧き上がった孫策は、関羽が間合いに入るのを待たずに自ら斬りかかっていく。
「待て伯符! 突っ込むな!」
周瑜の叫びも、完全に頭に血がのぼっている孫策には届かない。がむしゃらに斬りかかってくる孫策の切り下ろしを関羽はさらりと自らの剣で受け流すと、剣を返して孫策の首を薙ぐ。
キィィン!
「馬鹿が! そんな攻撃は俺には効かねぇ!」
孫策はにやりと口元を歪め、したたかに地面を斬りつけた自分の剣を振り上げようと腕に力を込める。
「ふん、若いな」
「なんだと! うっ!」
関羽の冷笑に反論しようとした孫策の動きがうめき声とともに止まる。
「い、いつの間に」
孫策の背筋に冷たいものが走る。
関羽が孫策の首に右手で剣を当てたまま、左手で半分になった槍の切断面を孫策の鳩尾にぴったりとつけていたのである。
「お前の鎧はこれで役にたたんぞ。首の変化を解けば首が落ちる。同時に変化ができたとしても、こうも密着した武器との隙間に潜り込むことはできん。入らせる猶予も与えるつもりはない」
「く……だが、そんなに密着した状態から攻撃なんて出せんのかよ」
孫策が慎重に隙を窺い剣を振るタイミングを測りつつ挑発する。
「だから若いと言うのだ。若くして死んだお前と私とでは積み上げてきた武が違う! ふん!」
その刹那、玄には関羽の左腕が膨れ上がったように見えた。同時に孫策は悲鳴を上げる暇すら与えられることもなく吹っ飛んでいた。
「凄い……零距離からの発勁?」
玄の知識ではいまの技の説明に発勁という言葉しか思いつかなかったが、関羽にしてみれば長い鍛錬のもとに身につけた、ただの技のひとつに過ぎない。どのような理屈でどのように放つかは問題ではない。そういうことができるということを関羽が知っている。関羽にとってはそれだけのことだった。
そして、そこに至るまでの鎧に対する攻め方も完璧だった。孫策の態勢を崩し、剣の攻撃をあえて鎧に受けさせる。そこから鎧をそこに引きつけた状態での第2撃。
これでこの鎧が二か所以上の変形ができないことが証明された。
「……かっ……はっ!」
身体がくの字に折り曲がったまま数メートルを吹っ飛ばされた孫策は天を仰いだまま倒れていた。関羽に突かれた鳩尾を押さえ、痛みと衝撃で乱れる呼吸を繰り返していた。
「大丈夫か! 伯符」
孫策が飛ばされると同時に駆け寄った周瑜が、孫策の背中を支え抱き起こそうとする。
「……ん、な」
しかし、孫策は震える手で周瑜の手を振り払おうとする。
「無理をするな! 伯符」
「触わんなっってんだ公瑾!」
それでも手を貸そうとする周瑜に、絞り出すような怒声を浴びせた孫策は、よろめきながら身体を起こし、獣のような目で関羽を睨みつける。
「気に喰わねぇ……俺を若造扱いしているその余裕ぶった態度が気に喰わねぇんだよ! 目にもの見せてやらぁ! 『虎身』」
叫んだ孫策の身体が淡い光を帯びるに当たって周瑜が叫んだ。
「奈津! 伯符を止めろ!」
『……!』
「ぐ! ……公瑾! て、めぇ」
関羽に飛びかかろうと身をかがめた孫策の動きが不自然に固まる。周瑜の言葉に孫策のプレイヤーが操作で介入したのであろう。孫策はその指示を出した周瑜に歯をむき出しにして怒りの視線を向けるが、そんな視線をまったく意に介さず周瑜はゆっくりと近づいていくと静かに右手を振りかぶる。
パシンッ!
「いい加減頭を冷やせ伯符。だから若いと言われるのだ」
孫策の左頬に強烈な平手をお見舞いした周瑜が静かに告げる。
「……っつぅ……公瑾?」
「なんのために私がいるのだ。お前ひとりでなんとかならないものをなんとかするために私がいるのではないのか? お前はまた私にお前を失う痛みを負わせるつもりなのか!」
「……」
「……一騎討ちにこだわりたいお前の気持ちはわかる。だが、それ以上に我らは負ける訳にはいかないだろう? お前自ら孫堅公と孫権公を手にかけたのを忘れたのか? 敗れたのちも笑ってお前の力になってくれたふたりの気持をお前の安い意地で無にするつもりばなのか!」
周瑜の言葉に孫策の目が徐々に理性の光を取り戻していく。周瑜はそれを見て、小さく息を漏らすと空に向かって手を上げる。どうやらそれがプレイヤーに対する合図になっていたらしく、すぐに孫策の束縛は解かれた。
「……わりぃ、いいの1発もらって血がのぼっちまった」
孫策が申し訳なさそうに頭をかく。
「分かってくれたのならよい。伯符よ……まずは認めよう」
「あ?」
「関雲長は我々が個々にかかったのでは敵わない可能性が高いことを」
「ちょっと待てよ!」
「分かっている! 戦に絶対などないことも、伯符の力や私の知を以ってすれば勝てる可能性があるということもだ!」
周瑜は見かけからはあまり想像もつかないような荒々しい声で叫ぶ。
「それでもだ! それでもそこから始めなくては……これは我らの気持ちの問題なのだ伯符。つまらぬ自負にこだわり戦局を誤らないようにするためにな」
諸葛亮という天才を最後まで認めることができず大局を見失い、失意の最後を迎えた経験があるからこそ周瑜はその過ちを繰り返したくはなかった。そして、そんな苦渋の声を出す周瑜の様子を見た孫策も苦笑して頷く。
「そうだったな、お前は俺よりも負けず嫌いだったよな」
「ふん、お前ほどではないぞ」
ふたりの間の空気が束の間だけ緩む。
「分かった、認めるぜ。悔しいが関羽は俺よりつえぇ!」
「……すまん」
「いいってことよ! 確かに先制攻撃にでかいのかまして、装備で圧倒しておいてそれでもこの劣勢だ。冷静に考えればそのとおりさ」
孫策は剣の腹で肩を叩きながらさばさばと言う。視線は関羽から外していないが、向こうも今のところ追撃してくる気配はない。
「ああ、そうだな。その優勢な関羽がなぜいま追撃して来ないか分かるか?」
「俺がつえぇから!」
「違う! ……伯符、本当に分かってるのか?」
孫策の言葉に思い切り脱力した周瑜が呆れた声を出す。
「ち、わ~ってるよ。あちらさんは俺が使った必殺技を警戒してるんだろ」
「そうだ。お前が勢いで使った『虎身』を警戒しているんだ。そこでだ……」




