3 チュートリアル
ヘルプが空間を叩くと、そこから突然黒板の様に大きなボードが現れる。その板面にはなんの意味があるのか、なにかの数字が並んでいる。
「ふむ……既に多少の変動があるみたいだな。これが全体のステータス画面ってやつだ。まずこの左上の数字の92。これがユーザー登録済みで君主のいる武将たちの数だな。その下の赤く3とあるのはまだユーザー登録されていないものだ。そこら中探し回ればまだ購入できたりするかもしれないぜ。まあ無理だろうけどな。そしてこの数を最初の数に足すと95、つまり100には5足りない。ということは他の誰かにもう5人負けてしまったってことさ」
「負けたらどうなるの?」
「負けたら……か?」
玄のもっともな疑問にヘルプは、ステータス画面を消すと虚空からドクロマークの爆弾を取りだして導火線に火をつけた。そしてその導火線は瞬く間に短くなり……。
ボンッ!
小さな爆発音と共に煙を出して爆発した。
「……ゲームオーバーさ」
煙の向こうで煤だらけになって、頭の一部を欠けさせたヘルプが握った手を上に向けて開いた。そのシュールでリアルな光景に、不覚にも感動しつつ、同時に嫌な予感が頭をよぎる。
「ゲ、ゲームオーバーって?」
「今後、このソフトをセットして電源を入れてもソフトを使うことはできない。封じられていた武将がいなくなっちまうんだから当然のことだな」
うんうんと頷くヘルプだが、それを聞いた玄の方はそうはいかない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。だったら最初にいきなり負けたら、それっきりこのソフトはゴミ同然ってことかよ!」
「OH--玄! 君はなんて的はずれな事を……ゴミ同然だなんて事があるわけないじゃないか」
「な、なんだよ。びっくりさせんなよ……そうだよな。一回ゲームオーバーになったら二度とできないなんてゲーム聞いたことないもんな」
「ゴミ同然なんかじゃなくゴミなんだよ」
ヘルプの言葉に胸を撫で下ろそうとした玄の動きが凍る。
「もう使えないから中古ショップに売ることもできないし、そもそも非公式のものだから売りに行っても買い取ってくれるはずがない。ならば負ける前に誰かに売ってしまえと思ったところで、ユーザー登録をしてしまった以上は玄以外にこのソフトを使える者はいない。ほら、負けたらゴミだろ?」
「…………」
「まっ、負けなきゃいいんだからそう落ち込むなって玄。おれっち的には兎にも角にもまず、玄が誰の君主になったのかを確認するべきだと思うぜい」
ヘルプは固まったままの玄の前で、何もない空間から自分の欠片を拾い集めてくっつけている。
「…………………………………………」
「返事がないってのは肯定って事だから、玄の武将を解放しちまえ! 実はこればっかりは、おれっちも解放してからじゃないと誰が入ってんのかわかんないんだよね。さてと」
「ちょ! ちょっと待てって!」
明らかに好奇心たっぷりで手続を進めようとするヘルプを、慌てて止めようといつもの癖で2ボタンを連打してしまう。VSにおいての2ボタンの位置が過去のゲーム機でいうキャンセルボタンの位置と同じだったためである。
しかし、その咄嗟の行動が思いもかけぬ効果を発揮した。それまで自由奔放に振る舞っていたヘルプの動きが止まったのである。
もちろん、今も勝手に動こうとはしているのだが2ボタンを押してる間だけは思い通りに動けないようだ。
「NOoooooo! なにすんじゃぁぁぁ」
「……なるほどね。あまりに自然に動くから忘れてたけどゲームには違いないからな。プレイヤーの操作には従ってくれるってわけか」
玄は確認するように2ボタンを押したり離したり、スタートボタンを押して完全に一時停止させたりして一人満足げに頷く。
「お、おい……玄、も……もう、や、やめろ……身体がもたん」
なぜか息も絶え絶えなヘルプの懇願に、玄は苦笑を浮かべつつも操作をやめる。
「ふう、全くこっちの身にもなれっちゅうねん! んじゃ武将呼ぶぞ」
「だから、待てっていうのに」
玄は深い溜息をつきながら再び2ボタンを押す。
「な、んで、止め、んの、や!」
ヘルプの抗議に玄は2ボタンを押しながら答える。
「このゲームは負けたらそれで終わり。それはもうどうしようもない事なんだろ?」
「当た、り前や、っちゅー、ねん!」
「なんで関西弁風やねん……ってそんなのどうでもいいんだって。負けたら終わりって事は、つまんないことでゲームオーバーにはなりたくない。ヘルプのいう武将を……何? 解放? 解放しなければまだゲームは始まらない。そうだよね?」
ヘルプが話を聞く気になったらしい事を察した玄は2ボタンを離す。
「まぁ……そうだな」
「何回もやり直したりして慣れる余裕がない以上、机上の空論でも何でも構わないから、一通りゲームのルールと対策を練ってからスタートするのが当たり前だろ」
「ほう、なかなかわかってるな玄! 確かに何も知らないで戦うのは裸で戦場に出るようなもんだ」
ヘルプが感心して何度も頷いている。
「まあね、鎧とまでは言わないけどせめて服くらいは着て戦場に行きたいしね。剣は俺の武将がなってくれる。ようはそういうことだろ?」
玄が何気なく言った一言にヘルプの表情? が変わる。
「ふん、気に入ったぜ玄! おまえさんが納得のいくまで説明してやるぜ! 任せときな!」
威勢良く叫んで、なぜか虚空からバットを取り出して振り回すヘルプを見ながら、玄はぼそりと呟く。
「もともとそれがお前の仕事だろ」
バットを振り切った状態で硬直したヘルプの手から、ゆっくりとバットが落ちていった。