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2 玄

 『芸夢』は玄の自宅から、自転車で15分ほどにある駅周辺の賑やかなところから、少し外れた場所にひっそりと営業している。

 しかし芸夢は、辺鄙な場所とさえない店構えのわりに知る人ぞ知る名店としてマニアの間では有名な店だった。なぜなら、本当に面白いゲームは必ずここで手に入るのである。どんなに品薄な物でも、注文後3日以内に必ず入荷の連絡が来るというのだから驚きだ。


 今回のVSのような案件はさすがに無理だったようだが、そのほかのものはゲームのハードやソフトの新旧にかかわらず、入荷した時には新品同様のものが渡される。

 新品にこだわりがあるのか、リサイクルショップと銘打っているにもかかわらず、あまり大きな値引きや中古の買い取りなどは基本的にはしない。今時にしては、珍しいくらいの硬派な店だった。


 その『芸夢』の店先にとめてあった愛用の自転車に飛び乗った玄は、店主にいわれたとおり車などに最大限注意を払いつつも、全力の立こぎで『芸夢』から自宅まで過去最速のタイムを更新。台所で夕飯の支度をしている母親に挨拶もせずに、二階の自分の部屋に駆け込んだ。


 玄の部屋は二階の角部屋にあり南向きで陽当たりもいい。いまもレースのカーテン越しに、傾いた春の陽射しが差し込んできている。しかし、その暖かな陽射しが照らすものは25型の液晶テレビと、その脇に整頓して置かれた無数のゲーム機、さらにうずたかく積まれたソフトの数々。壁際の本棚には、本がぎっしりと詰まっているかと思えば、そこに入っているのはゲームの攻略本や情報誌、コミック版の三国志全60巻や様々な出版社から発刊された小説三国志の数々。

 机の上の本棚に申し訳程度に参考書が見えるほかは、見事なまでに趣味一色に染まった部屋だった。


 ひとりっ子である玄は、両親にやや甘やかされて育った。ゲームなどの趣味や、勉強の成績等に口うるさく注意を受けなかったのである。


 父曰く、

『何事にも夢中になるのはいいことだ。ただし、それも自分で責任の取れる範囲でのこと。どんなに趣味に夢中になろうと構わない、成績が落ちたっていい。だがそれによっておこった不都合に関しては、全て自分で責任をとること。成績が下がっても塾なんかいかせないし、ソフトの買い過ぎで小遣いがなくなっても援助はしない。いつも通りの月々の小遣いだけでやっていけ』


 甘いのか厳しいのかよくわからないというのが、玄の素直な感想だが取り敢えず干渉されないのだから、やや甘いのだろうという結論で落ち着いている。

 勉強もやれといわれると、やりたくなくなるものだが、やらなくてもいいといわれると不安になるらしく、玄も授業だけは真面目に受けているため成績は悪くない。クラスのなかで中の上といったところだろう。


 母親からの注文は2つ、きちんと食事の時間を守ることと、テレビとベットの距離を離し、ゲームをするときはベットの上からするようにということだ。玄の健康と、テレビゲームをやり過ぎると目が悪くなるという話を気にしてのことだろう。


 だから、玄はその言い付けを破ったことはない。


 自分を理解してくれている両親だったから、玄は両親が好きだったし気さくな両親とは友人のような感覚で会話が弾み話していて楽しくもあった。だから、自分も正しいと思える言い付けには異論を唱えた事もないし、極力守る様にしている。なので玄がこの部屋にいるときの定位置はベットの上だ。


 部屋に戻った玄は、学生服の上着を脱いで机の上に放り投げて定位置であるベットの上に胡座をかくとVS端末を足の上に乗せ、にんまりとほころぶ口元を隠しもせずにしげしげと眺める。


 そして、大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、ゆっくりと包装紙を剥がし箱から取り出した。

製作が発表された時からずっと、欲しくて欲しくてたまらなかったVSは意外にも小さく、ハードカバーの文庫本より少し小さいサイズだった。内臓している機能の内容からいえば破格のサイズだろう。


 VSの電源は入れずにまずは隅々まで見ることにした玄は、正位置でVSを手に持つ。すると左下に十字キーが来て、右下に1ボタンと2ボタンがくる。これがメインの操作ボタンだろう。電源スイッチは右サイドのちょうど右手の人差し指あたり。スタートボタンは左手の人差し指付近にあった。どこにでもあるような携帯ゲーム機の様だが何よりも違う点がある。


 本来その表面にあるべき画面が、旧式のガラケーと呼ばれる携帯電話の表示窓ほどしかないのである。そして、その画面とボタン部分を除いた全ての部分が、光発電システムの受光部となっている。

 ひっくり返しても、裏側にはソフトの差込口があるだけで他には何もない。音量の調節は上部のダイヤルでするようだ。


「……これがVSか」


 携帯ゲーム機にしてはやや大きく、重量感を感じるがその性能からすればむしろ軽すぎといえる機体。

 待ち望んでいたVSを手に感嘆の声を漏らした玄は、はやる心を抑えつつ、店主から安く売ってもらったソフトをケースから取り出してそっと差込口に入れる。

 透明のケースには、外から見ただけでマニュアル等の付属品が付いてないのは一目瞭然であったから、そのゲームの内容などは全くわからない。玄も店主からの勧めでなければ、さすがにこんな怪しげなソフトは買わなかっただろう。

 期待と好奇心でうずく胸を意識しながら、右手の人差し指で電源を入れる。


 すると、端末の小さな画面から淡い光が溢れだして弾けた。予想外の光に一瞬目がくらむが、やがて光が収まったのを瞼の向こうに感じ、ゆっくりと閉じてしまっていた目を開ける。


「YAA-YAA-! こんちわ! あんたが君主かい? ああっすまんすまん! このゲームのプレイヤーっかってことさ。このゲームをプレイする人はみんな便宜上君主ってことなんでそこんとこ頼むぜ。おおっと! 自己紹介がまだだったな! おれっちはこのゲームの案内役だ。名前なんかねぇけど、そうだな単純にヘルプって呼んでくれ! OK!?」

「……っていうか、麻雀牌?」


 玄の手に持ったVSの画面上で、威勢よく騒いでいるのは間違いなく麻雀牌であった。大きさこそ手の平サイズと馬鹿でかいが、三元牌の一つ『(チュン)』である。


「OH---! そりゃないぜ君主様。確かにおれっちは『中』に顔が付いてるようなはみだしもんさ。だけどよ麻雀牌に顔がついてるかい? しゃべるかい? 手足がついてるかい?」


 そう叫んだ『中』の両脇から細長い手が、下から細長い足が伸びた。

 その様子に呆気にとられていた玄だが、さすがにゲームマニアと自負するだけあってここまでの展開でおおよそ事態を把握した。


「すっげー、これがゲームのキャラの1つってことか。とても立体映像とは思えないし、ここまで会話が成立するなんて一体どんな技術なんだ? どっかに音声認識のマイクが付いてんのかな?」


 目をきらきらさせながら端末をひっくり返したりする玄に、慌てた『中』ことヘルプが玄を呼ぶ。


「おぅい君主様! いまは構造なんてどうでもいいんじゃね? それよりもこの『三国志 武幽電』やるのかやらないのかどっちなんだい?」


 ヘルプの問いかけに、それもそうかと納得した玄は麻雀牌の身体をくにくにとくねらせるヘルプに向かって、やるに決まってるだろ! と答える。


「OK。じゃあ、まずはユーザー登録だ。登録名はどうする?」


 虚空からメモ用紙と大きな筆を取りだしたヘルプが問う。


「登録名? 自分の名前でいいのか?」

「基本的には何でもOKさ。ただプレイ中や表彰の時なんかで名前を呼ばれる時はその名前で呼ばれることになるから、あんまり変な名前で登録しない方がいいぜ。二度と変えられないしな」

「……わかった。じゃあ、自分の名前をひっくり返して登録するよ。玄徳水(げんとくみず)。続けて読むと一部が玄徳になるんだ。だから、結構この名前気に入ってるんだよね。なんていったって蜀の国を興した劉備(りゅうび)(あざな)だからね」


 劉備とは三国時代を築いた三人の英雄のうちの一人である。三国時代という名前のもとになった三国とは、魏の国の曹操(そうそう)、呉の国の孫権(そんけん)、そして蜀の国の劉備である。

 字というのは日本でいうと『あだ名』みたいなもの(・・・・・・)でもともとは中国で男子が成人後、実名の他につけた名のことをいう。これは、実名を知られることを忌む風習があったことから生まれたものである。


 劉備であれば姓は劉、名は備、字は玄徳。ということになり、劉玄徳と呼ばれることも多い。


「玄……徳水……玄徳……様。お、おー、OK、OK! 玄徳水だな。この名前でユーザー登録をするぜ」

 

 ヘルプは珍しい玄の名前に驚いたのか、一瞬の間のあと、勢いよく手に持ったメモ帳に筆を走らせる。実際にメモ帳に、なにかが書き込まれている訳ではなさそうだが、登録の作業をしている最中だということをわかりやすくする為の演出なのだろう。


「OK。完了だぜ、玄。おっとそれとも君主様の方がいいかい?」


 メモ帳と筆を虚空に投げ込んで消したヘルプに玄は首を横に振る。


「玄でいいよ。君主なんて柄でもないし、そもそもどんなゲームかもまだわからないんだからさ。そう呼んでほしくなったらお願いするよ」

「HA-HA! いい心がけだぜ玄。じゃあ早速このゲームの説明をしようじゃないか」


 玄はVSを手にしたまま頷く。


「このゲーム。つまり『三国志~武幽電~』は現在、限定百本の試作体験版のソフトだ。OK?」


 いつの間にか黒縁めがねをかけて手にぶあつい本を持ったヘルプが玄の顔を見上げる。


「お、おーけい」


 ぎこちない玄の返答に頷いたヘルプは、うろうろと歩きながら続ける。


「このソフトには守秘義務がある。まあ試験段階だからな、なるべく他人には話さないでくれといったレベルのものだがね。OK?」


 お金を出して買ったにもかかわらず、随分な条件だなと不審に思いながらも試作版ならそんなこともあるか、と思い直し素直に頷く。


「では話そう。このソフトには1本に付き1人……う~ん1体か? とにかく一種類の武将が封じられている」

「封じられている? そういう設定なのか?」

「NOn! NOn! そうじゃないぜBaby。このソフトには、本当に本物の三国時代の英雄の霊が封じられているんだ」

「はぁっ? ……あー! OK、OK。分かった。それで?」


 玄はあくまでそういうことにしたいのがメーカーの希望だろうと思い、納得したふりをして先を促す。

 そんな玄の様子にヘルプは、大げさにため息をついたがそれでも先を続ける。


「OK。信じる信じないは玄の自由さ。だが、おれっちはもう少し頭を柔軟にすることを勧めるがね。とにかく説明を続けよう」


 手に持った本に視線を戻して、ヘルプはずり落ちためがねを直す。


「どこまで説明したかな……あぁそうそう、だから百本で百人の英雄たちがこのソフトに封じられていることになる。この百人を全て倒すか支配下におく。もしくは自分を含めて3名までの同盟者で同じ事をすればゲームクリアということになる」


 そこまで説明するとヘルプは右手に細長い棒を持ち何もない空間を叩いた。


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