28 談義
「わ! すごい……私の部屋のものがほとんど見えないじゃない。まるで本当の森の中みたい」
茜が驚愕の声を上げる。
「だから、言ったろ。無闇に動くと危ないって」
玄はそういうと周囲を見回してからVSのマップを確認。
「関羽、どうやら前回撤退した場所に出たみたいだ」
「ふむ、私は典韋の一撃を受けてから、周囲は見えていなかったゆえわからぬが」
周囲を見回していた関羽が答える。あの時は目に炎を受けて見えていなかったから当然そうだろう。
「そうだったね……えっと、典韋と最後に戦った位置から東に10分ほど駆けたところ。って言えば大体わかるか?」
玄はなるべく関羽が把握しやすいように言葉を選んで伝える。
「承知した。さあ、ここからはお前に任せよう。好きにするがよい」
「わかった。でも、戦闘になっても基本的には前回同様関羽に任せる。ふたりの戦いを見てて思ったけど、関羽たちくらいの人になると下手に手を出すと邪魔になる。だからうかつに手を出せない」
「ほう……わかっているではないか」
関羽が顎鬚をしごきながら玄の言葉にうなずく。
「だからこれだけ覚えておいてくれ。戦っている最中に俺が関羽を操作する可能性があること、そしてそれは長い時間じゃないってこと。避ける動作とか、こっちの判断で技や術を使う時。そういう時に少しだけその身体を借りる。だから突然そういう干渉が入る可能性があるっていうことだけを想定して戦って欲しいんだ」
「なるほどな……」
「知ってて干渉されるのと、知らないで突然干渉されるのでは、その後の動作にきっと違いが出ると思うから」
「よかろう」
関羽がおもいのほか素直に承諾したことに、内心で安堵しながら玄は頷く。
「うん、ありがとう。それでこれからなんだけど、まずは西へ戻って欲しいんだ。ここに来たときに一瞬だけどマーカーが出ていたから。きっと、俺たちが入ってきたことに気が付いてマーカーを消したんだ。名前までは確認できなかったけど、このエリア内で名前が出るマーカーは典韋しかいない」
「ほう、望むところだ」
関羽はにやりと不敵な笑みを浮かべておもむろに歩き出した。VSで確認するが、やはりしっかりと西へと向かっている。
「あ、動いた」
周囲を流れ出した景色に茜が呟く。
「凄いだろ。なにかのアトラクションに乗ってるみたいな感じ? 気持ち悪くなるようなら一回画面に戻すから部屋から出た方がいいぞ」
「ううん、平気。ジェットコースターとかフリーフォールとかの回る系、落ちる系も3次元バーチャル系も大好きよ」
茜が笑う。
「そっか、ならよかった。多分もうすぐ戦闘になるから」
「典韋?」
「多分ね……しかも待ち伏せされてると思う」
歩く関羽の背中を見ながら玄が妙に確信した口調で言う。
「どうして?」
「まず、あれから1日以上経つのに関羽と戦った場所からほとんど動いていない」
「それって何か関係あるの?」
「ある。このゲームは序盤になるべく早く到達エリアを広げた方が有利なんだ。それはルールさえ聞けば誰でもわかる。それなのに典韋たちは動いていない。動かない理由はなんだと思う? それは多分、戦って傷を負わせたのが関羽だったからだ。エリアを広げる有利よりも、手負いの関羽を待ち伏せて倒すことを優先したんだ」
「なるほど……」
「倒した武将は自分の思い通りの道具に変えたり、条件が揃えば配下に加えることもできるからね。そしてその性能は倒した武将の能力に大きく依存するんだ。関羽を倒した後にできる道具なら序盤戦をかなり有利に戦えるものができるのは間違いないからね」
「確かに関羽さんを武器にでもしたら凄そうね」
「戦った時期が発売から間もないのも関係してる。俺たちもエリアを広げている時間は無かったからね。だから、このエリアで待っていればいずれここから関羽がリスタートするってことを読まれたんだと思う。こんなに都合よく相手がここにいたのも、関羽が回復する時間をおおよそ計算した結果なんじゃないかな?」
「な、なるほど……」
「マーカーを消すタイミングも怪しすぎる。戦うつもりがないならそもそもこのエリアにとどまっている理由がないし、戦うつもりならもっと近づいてからマーカーを消した方が消耗が少ないんだ。マーカーを消せる戦闘状態のモードは少しずつライフが減るからね。 それなのに、マーカーの確認だけさせて消したってことは、そこまでおびき寄せて罠とかを張って潜んでる可能性が高いんじゃないかな」
「……そ、そうなんだ」
フィールドに出てから一瞬で得た情報をもとに、次から次へと相手の動向を推測していく玄に茜の口から思わず感嘆の溜息が漏れる。
「どうした?」
「うん、やっぱ玄は凄いなって」
「凄い? ただのゲームオタクなだけだよ」
玄は笑って手を振る。
「うん、でもそれを本気でやってるところが凄いと思う。普通のゲーオタはわざわざ自分でバイトしてまでソフト買ったり、ゲームの内容掘り下げるために関係書籍を買って勉強したりしないと思うのよね」
「そ、そうか? 自分の趣味のことでほめられることってないからなぁ……そう言われるとちょっと照れ臭いな」
「お主の見解についてはどうでもよいが、そろそろ典韋と戦った場所ではないのか? 言われた時間から逆算すればこのあたりのはずだが?」
いつの間にか立ち止まった関羽が玄たちの会話に割り込んでくる。
「あ、ごめん。えっと……うん、そうだね。この先にこの前の街道がある。そこを南に折れて少し行ったところが典韋と戦ったところだ」
玄は画面と景色を確認して頷く。
「さっき、俺がマーカーを確認したのは、その街道を越えて反対側の林に入ったところなんだ。街道を越えたら罠に注意しながら真っ直ぐ西に進んでもらえるかな」
「ふん、承知した」
関羽は玄の言葉に従うことに対して不機嫌さを隠しはしないものの、行動については一切不満を述べない。言われた通りに木々の間を抜けて街道に出ると、なんの躊躇いも見せずに反対側へと足を踏み入れていく。
「関羽、近くに典韋の気配は感じる?」
「ああ、もはや気配を隠すつもりはないようだ。この先から殺気が伝わってくる」
玄はその言葉を聞いて頷く。
「関羽、こっからが俺たちの勝負だよ。見通しの悪い林の中であえて典韋がその気配を隠そうとしないのはなぜだと思う?」
「ふん、我と知恵比べでもするつもりか」
関羽が立ち止まって顎鬚をしごく。
「我をその場へ誘い出すためだろうな」
「そうだね、俺もそう思う。じゃあ、誘い出した場所に何があると思う?」
「敵をおびき寄せたいということは、兵を伏せてあるか……もしくは罠をしかけてあるだろうな」
「罠の種類は?」
「ふむ、そうだな……木々は生木で燃えにくそうだが、油を撒けば問題なかろう。火を使った罠か、木を組んだ罠を仕掛けたというところか?」
「俺の考えは微妙に違う。多分、罠のメインは落とし穴だと思う。そしてそれに連動した飛び道具系の罠」
「ふっ、素人考えもいいところだな」
玄の予測を聞いて関羽が鼻で笑う。
「そう思うのは関羽がまだ生きていた頃の戦い方に縛られてるからだよ。孫仁に言っていたよね? 生前の常識に縛られていたら隙ができるって」
「む……」
「確かに関羽が予測した罠は、漢の時代に配下をたくさん抱えていた時なら正解だと思う。 でも、この戦いでは全部自分ひとりで準備しなくちゃならない。油だって火だってそう簡単に入手できるものじゃない。当然配下がいないんだから伏兵もできない。尖った木とかを組んで茂みなどに配置する罠にしたって一人で全部やるには難しいよ。それに、火計にしても隠して配置する罠にしても、その効果は多くの兵が混乱に陥ることで最大の効果を得られるものだよね。ひとりなら火に撒かれても落ち着いて逃げ道を探せば逃げ道はあるはず。周りが混乱に陥ってなければ隠してあるとはいえ、大きな罠に気づかない訳はないんだ」
「ほう、いっぱしのことを言うではないか」
玄の推理を聞いて関羽が不敵に笑う。
「確かにお主の言い分にも一理あるが、落とし穴ごときにはまるような関雲長ではないぞ」「そうだね、典韋もそう思っているだろうね……でも、典韋を操作している人間はそうは思わないかも知れない」
「……むう」
その言葉に関羽は思わず考え込む。
「俺たちが考えなきゃいけないのは、操作する人間の方の心なんだ。関羽が歯牙にもかけないこの世界の人間が、関羽が戦うべき相手を動かしているんだから。そして、今の世界の人たちについては俺の方が詳しい」
「それが、お主が我と同盟を結ぶための武器か?」
「それも俺が関羽に示せる力だ、そしてもうひとつはこれから見せるよ」
玄も負けじと不敵に笑って見せる。関羽から玄を見ることはできないのだが、雰囲気は伝わる。そこにかつての緊張はない。いや、緊張はもちろんしているが関羽との気の抜けないやりとりがいい具合に玄のテンションを上げていた。
「よかろう」
関羽が初めて楽しげに笑む。関羽も玄と同じような感覚を味わっているのかもしれない。
「じゃあ、進もう。多分この先は地面がちょっとだけ開けてる場所に出ると思う」
「ちょ、ちょっと玄。何でそんなに詳しくわかるのよ。さっきと違って、そんな情報はどこにもなかったじゃない」
茜の問いかけに玄はちょっと考えてから答える。
「俺が、典韋のプレイヤーならどうするか。それだけを考えたらなんとなくそんな気がしたんだ。典韋のプレイヤーも俺も現代の常識しかない。そんな人が曲がりなりにも策みたいなものを使おうと考えたらどんなことを思いつくかなって」
「言っていることはわかるけど、本当にあってるの?」
「わからないよ。でも、このゲームのシステムとプレイヤーの心理を考えたら可能性は高いと思っている」
わからないと言いつつも玄の言葉は自信に満ちているように聞こえる。本人は本当にわからないと思っているのかもしれないが……。
「ふむ、まずは一つ。お主の言が当たったな」




