27 出陣
「どうやら母さんは出かけてるみたい。むしろ好都合かもね」
「そっか、声とか出ちゃうとちょっとうるさくなるかもしれないもんな」
この状況でこの言葉だけ聞くと、健全な男子高校生はあらぬ妄想を抱きそうだが、玄にしても茜にしても今は武幽電のことで頭が一杯でそこまで思い至らないらしい。
茜しかいないにも関わらず、律儀にお邪魔しますと断ってから靴を脱いで上がりこんだ玄は、着替えるからという茜を置いて、ひとりで茜の部屋に入った。
「まだやってるし」
部屋に入って中を見回した玄は、机の上の本棚に隠すようにおかれたVS2台の上で手合わせをしているふたりを見て思わず苦笑を漏らす。
玄は関羽をそのままにVSに手に伸ばすと、関羽の邪魔をしないようにステータス画面を呼び出す。
「ライフは……よし、回復してる」
確認すると訓練をしている関羽の目も完全に開いている。
「あとは誰かとぶつかるれるかどうか……か」
せっかくフィールドに出ても場合に寄っては誰とも出くわさずに時間だけが過ぎるということも十分に考えられる。玄の想定の中でのベストは典韋と再戦できることだ。そして、実は今の状況下ならその可能性は高い。
なぜなら、関羽は典韋としか遭遇していないため、フィールドに出てマップにマーカーが表示されていればそれが典韋だということがわかるからだ。
「一応、こっちも確認しておくか……」
続いて、現在のプレイヤー数を確認。ステータス表示の黒板には「74」が表示されていた。
「いまは、人数が多いから遭遇率も高いだろうし結構な速さで減っていくんだろうけど……もう少ししたら、実力者だけが勝ち残ってきて力も伯仲してくるだろうし、関羽と典韋の時みたいに遭遇しても勝負がつかずに終わることもあるから、なかなか人数は減らなくなかも知れないな……」
関羽たちを劉備に会わせてあげたいが劉備とそのプレイヤーが勝ち残るかどうかは玄にはどうしようもない。ぶつかればシステム上、敵になる可能性が高いとはいえ勝ち残っていて欲しい。
「おまたせ」
玄が思索にふけっているとGパンと長袖のボーダーに着替えた茜が麦茶の入ったコップをふたつ持って部屋に入ってくる。
「おう、サンキュー」
玄は二つのVSを円卓へと移動させ、昨日と同じ位置に腰をおろす。
「あ、やっぱりまだやってたんだ」
茜がVSと離れた位置に麦茶をふたつ置きながら、訓練をしているふたりの映像を見て呟く。
「ああ、でもどうやら一息つきそうな雰囲気だから、終わった頃を見計らって話をしてみるよ」
「関羽さんの体調の方は?」
「うん、問題ない。回復してた」
「じゃあ……」
「うん、関羽が了承してくれたら行ってみようと思ってる」
玄は自転車の2人乗りで乾いていた喉を冷たい麦茶で潤して言った。
「なんか、緊張するね……」
「もし、戦闘になっても、昨日みたいにびっくりして俺を押し倒すなよ」
「ば! だ、誰が押し倒したのよ!」
昨日の場面を思い出して赤面した抗議をしてくる茜を手を上げて待ったをかける玄。
「ちょっと待って、終わったみたいだ。ヘルプ! 二人を元に戻してくれ」
玄が話しかけると同時にぼわんと出てきた麻雀牌(今回は【北】)が「おーいえー」とか叫びながら杖を振る。
すると、訓練を終えて話をしていたらしいふたりが徐々に実物大に戻っていく。同時に玄は二台のVSのボリュームを通常音量まで戻す。
「……なり、動きの無駄が無くなってまいりました。奥方の武は変幻自在の攻撃と途切れることの無い攻撃によって活きます。幸い、今の私たちには疲労というものがないことをこれまでの訓練でお分かりになったはずです。何度も言いますが、どんなに激しく動き続けても疲れで動きが鈍ることはないということは忘れないでください。いいですか? これは奥方が戦う上で本当なら不利になる要素が一つ無くなったということです」
「そうですね、女の私には鍛え上げられた武将たち程の体力はありませんから、動きの大きい私の戦い方では、すぐに疲労で動きが鈍って流れが止まってしまいます。序盤は押せても最後には敗れてしまうでしょう」
「はい、ですが今の我々にはその心配がありません。ですので動きは常に最大限最大速で構いません。普通ならば先を見越してそんな動きはしません。敵が生前のその常識に縛られていれば、そのわずかな違いは奥方の勝機につながるはずです」
「わかりました」
「では、その点を注意しつつもう一度剣を相手にした場合の組み手を……」
「お待ちください、関将軍」
玄や茜を全く無視したまま、再び訓練に入ろうとする関羽を孫仁が微笑みながら静止する。
「私はこのまま続けてもよいですが、玄殿がお待ちしておりますよ」
「……ふん、何の用だ」
孫仁に言われたから仕方ない感をたっぷりと漂わせながら関羽は玄へと正対する。
「怪我はもういいみたいだね」
しかし、玄は関羽のそんな態度に気を悪くしたふうもなく、苦笑しつつ尋ねる。
「問題ない」
短く答えた関羽の武器を握る手が戦の予感に筋肉が反応したのか、きゅっと音を立てる。
「これから、あっちへ行こうと思うんだけどいいかな? なにか準備しておきたいことはある?」
問いかける玄に関羽は髯をしごいてにやりと笑う。
「ほう……いいだろう。我に準備することなどない。向こうでもお前の言うとおりに動いてやる。怪我は完治しているからな、負けたとしても怪我を理由に言い逃れはさせんぞ」
「しないよ、そんなこと。賭けって形になってるけど、負けられない戦いなんだ。何一つ言い訳になんてできないだろ」
「ほう、殊勝なことを言うではないか。そこまで覚悟があるならなにも言うまい。ならば我は出陣の合図に『応』と答えるのみ」
玄はその言葉に頷くとVSをしっかりと手に握る。今回は自分が操作する場面がくるかも知れない。とっさの時に手元に持っていなかったでは話にならない。
「茜、カーテン閉めてもらっていいか? 閉めたら、そうだな……危ないから俺の隣に座って、あんまり動かないように」
「え、危ないの?」
「景色の投影で部屋の中が結構見づらくなるから、うかつに動けなくなるんだ」
玄はベッドを背もたれにして床に座ると、茜の座布団を自分の隣に置く。
「そんなにリアルなのか……」
言われたとおりにカーテンを閉めた茜がやや興奮気味に座布団に腰を下ろす。
「ヘルプ」
「あいよ! っと。これから出陣かがんばってこいよ」
「ああ、それで孫仁の方のは投影モードで大丈夫なのか?」
「そっちのVSか……そうだな、投影されてたところで出陣後は関羽のことが見える訳じゃねぇから、投影じゃなく画面表示の方にしておいた方がいいだろうな」
北と書かれた麻雀牌が偉そうにのたまう。
「了解、茜」
「わかったわ、レン。申し訳ないけどそういうことだから」
茜は自分のVSを手に取ると、成り行きを見守っていた孫仁に伝える。
「わかりました。関将軍、御武運をお祈りしております」
関羽に向かって小さく頭を下げた孫仁が茜の操作により画面へと吸い込まれていく。
「必ずやお迎えにあがります。奥方」
そんな孫仁を見送った関羽も改めて手製の薙刀を持ち直して小さく頭を下げる。
「よし、じゃあ行くよ」
宣言すると玄はVSを操作して、出陣にカーソルを合わせてボタンを押す。すぐにVSからは、ぱぁぁっと柔らかな光が放たれ、それが収まったときには再び関羽は森の中にいた。




