26 下校
「じゃあ、お先~」
鞄を担いだ玄は友人たちに手を振り教室を出る。ゲーム同好会の会員である玄には、毎日出なければいけない部活動はない。
玄は自転車置き場に向かいながら、関羽と良好な関係を築くために負けられない戦いのことを考える。今日の授業中もそればかりを考えていた玄は、今日の授業の内容をまるっきり覚えていないのだが、そんなことも気にならないほどに頭の中は戦いのことでいっぱいだった。だが、そのおかげでどうにか満足いくだけの検討は済んでおり、あとは思いもよらない事態が起こるとすればどんなものがあるか、それが起きたらどう対処すればいいかという保険のシュミレーションだった。
「あとは茜が何時くらいに帰ってくるかだな……」
結局あのあとも玄は、茜とひたすらゲームや会話に興じ、昼食をご馳走になったてから夕方に暇を告げて帰った。
茜には今日の放課後に行くとは言ってあるが、一部のクラスメイトからは未だに距離を置かれている玄と、誰からも好かれクラスの人気者の茜では、意外と学校では話せる機会が少ない。そのため、今日の件についても待ち合わせの時間などをしっかりと打ち合わせる機会が無かったのである。
だが、茜も玄と同じゲーム同好会に所属しているため放課後の活動はない。そして、仲のよいクラスメイトは部活に所属しているため、教室に残って雑談などに興じていたとしてもさほど遅くなることはないだろうと玄は推測していた。
実際玄が教室を出るときには、茜の親友である谷中舞の他、数人と楽しそうに会話をしていたが、舞はテニス部所属で、他の友人たちもなんかしらの部活に所属している。そのためこれから部活があることを考えれば、そう長引くことはないだろう。
「本屋にでも寄って、時間を潰してからいけばちょうどくらいかな」
駐輪場で自転車のかごに鞄を放り込み、鍵の開錠をする。自転車を車列から引きだしながら、茜の行動とそれにかかる時間を予測して、本屋での滞在時間を決めると自転車に跨って駅前の本屋に向かって漕ぎ出す。
玄の計算ではだいたい30分程度は余裕があるため、特に急ぐ必要もない。あくびをしながらのんびりと校門を出た玄が、たたたたっという軽快な音が聞いたのはその直後だった。
「こら! なんで先に帰るのよ!」
「おわ! あぶね! 突然飛び乗るな」
校門から出た途端に、後ろから早足で駆けてきた茜がいつもの定位置に飛び乗ってきたたらしく、一瞬バランスを崩しかけた玄だったが、咄嗟にハンドルを操作してなんとかバランスを取り直す。
「なんだよ、別に急いでないし無理に一緒に帰らなくてもいいんだぞ」
「いいのいいの。同好会所属なんてそんなもんですのよ」
玄の肩に手を置いて、長い髪を風に遊ばせながら茜は笑う。そんな茜の言い種に玄ももっともだと頷く。
「なるほど、違いない。でも、このまま家まで乗っていくつもりなのか?」
「もちろんよ!」
「うげ!」
玄の家までは電車で約二駅、ご近所住まいの茜は本来は電車通学をしている。この距離は一人でのんびり帰るには手ごろな距離だが、坂もあるこの道のりを警察の目を逃れ、家まで二人乗りでいくにはそこそこしんどい距離だ。
「げ! じゃない。男の子でしょ」
「へいへい、うしろに乗っててスカートめくれても知らないからな」
「へへーん、スパッツ履いてるも~ん。一応、足で裾を挟んでいくけどね」
「はぁ……わかったよ、警察見たらすぐに飛び降りろよ」
「了解」
そんなふたりの様子を、二階の教室の窓から眺めていた茜の親友の舞は呆れたようなため息を漏らす。
「あれで、本人たちは自覚がないっていうんだから……」
ふたりの様子は外から見れば、普通に付き合っているようにしか見えない。しかもラブラブ(死語)だ。
「本当にあれで茜と玄君って付き合ってないの?」
「うむ、付き合っていないのだよワトソン君」
舞の返答に一緒に窓の外を見ていた同じテニス部のクラスメイトが思わず吹き出す。
「ぷっ! ……全くもって謎ですね、ホームズ先生」
「私にも解けない謎があったようだよワトソン君。では、われわれは部活にいきますかな」
「はい、わかりました先生」
ふたりは笑いながらテニスコートへ向かっていった。
◇◇◇
「それで、昨日はあれからなんかあったか?」
自転車を漕ぎながら肩越しに茜に話しかける。
「なんもなし、予想どおり訓練三昧よ。疲れとかはないみたいで、ずっ~と! 打ち合って、指導して、打ち合って、指導して、最後の方は一人百人組手って感じだったかなぁ」
「ひとり百人? なんだそりゃ?」
「えっとね……百人組手ってあるでしょ」
「ああ、ひとりで順番に百人を相手に組手するやつな」
「そう、その百人が全部関羽さんなの」
「え……そっち側もひとりってこと? ひとりで百人相手にするのも辛いのに、それが全部関羽ってどんな拷問だよ」
その状況を想像しただけで、気分的にはもうお腹いっぱいである。
「関羽さんもただ戦うんじゃなくて、素手だったり、剣や弓、槍を使ったりして、とにかく変化を付けることで、いろんな相手との戦いを想定してそれぞれの戦い方を身体で覚えさせようとしてたみたいね。夜中の1時くらいまではぼーっと見てたんだけど、いつの間にか寝てたみたいで……朝起きたらまだやってたからびっくりしちゃった」
「彼らにとっては文字通り死活問題だしな……」
「うん、遊びじゃないんだなってちょくちょく実感させられるね」
春の心地よい陽気とさわやかな風に吹かれながら二人乗りの自転車は進む。
「玄、関羽さんとうまくやれるの?」
「ん、今日の結果次第かな。関羽は約束を破るような人じゃない。俺も少しは役にたつんだってことを示せれば、ちゃんと認めてくれると思う」
「そうだね……」
玄の言葉に返事をした茜は、しばらく考え込むと玄の肩に置いた手に力を込めた。
「ね、玄?」
「なに?」
「それってできれば私も見たいんだけど無理かな?」
茜の頼みを聞いて玄はなるほどと頷く。
「……一応、予定では典韋と戦闘になった時間に合わせて出陣するつもりなんだ。うまく同じ相手と再戦できたほうが関羽との賭けが公平になるからね。典韋とプレイヤーがオンしていた時間帯が、うちから茜が帰ったあとだったから……9時過ぎ? さすがにその時間にどっちかの家の部屋にふたりでこもってるのはまずくないか」
「そっかぁ……」
茜にしてみればまだフィールドに出たこともなく、実際の戦闘も見たことがない。できれば孫仁と出陣する前に雰囲気だけでも確認しておきたいと思うのは当然だろう。
「多分エリアが繋がってれば、それぞれにVSを起動すれば孫仁視点で見られたと思うけど……でも、茜の一度は見ておきたいって気持ちも大事なことなんだよな……」
玄はそう呟きながら、揺るい登りにかかった道で必死にペダルを踏む。そして関羽が撤退してきてからの時間を頭のなかで計算。
「ぼちぼちかな……」
「え? 何が?」
「いや、関羽の傷が癒えて全快するのがそろそろだってこと。お前んち着いて関羽が全快してたら……そこでいってみるか」
「ほんと!」
茜が身を乗り出して玄の顔を横から覗き込む。
「お、おい! 近いよ! それに危ないから大人しく乗ってろって! ほんとだよ。雰囲気を知っておくのもそうだし、武幽電の戦いがどんなものなのかもちゃんと見ておいた方がいい。孫仁は武力的にちょっと不安があるし、術のイメージとかも重要になるだろうしな」
「良かったぁ、正直不安だったのよね。訓練してるふたりを見てたら、私なんかになにができるんだろうって気がして」
「ああ、わかる。俺も最初はそうだったから……でもマスターに言われたんだ。ゲームだからこそできることがあるんじゃないかって。昨日はゲームって思わないほうがいいって言ったけど、それは心構えっていうか気持ちの問題で、俺たちが関羽たちの手伝いができるのはゲームって枠組みがあるからだと思う」
三国志の英雄たちの戦闘に玄たちは正直無力である。本当の意味で関羽たちの世界に干渉することはできないし、戦いになっても下手に手を出せば彼らの動きを邪魔するだけだ。
しかし、玄たちにはゲームの知識がある。ゲームの展開としてどういうことをすればどんなイベントが起こって、どんな技や術が設定されているかを想像することができる。
「そっか、レンたちはゲームのキャラじゃない。でもゲームのシステムには支配されている。そしてゲームに関しては、レンたちよりも私たちの方が詳しい。そういうことか」
玄の話に思うところがあったのか、茜の声が少し明るくなる。
「なんかわかったような気がする。玄の言いたいこと」
「そんなたいそうなことじゃないよ。彼らは自分たちの力で道を切り開くことができる。 でも知らないものには対処しようがない。だからその部分を少しだけ手助けしてあげられればいいと思うんだ」
「うん! そうだね、負けられないんだからしっかりやりなさいよ!」
「もちろん、負けるつもりはないよ……昨日みたいに全部勝つさ」
結局昨日のゲーム対決は格ゲー、落ちゲー、クイズからスポーツまでことごく玄が勝利していた。
「あぁ、言ったわね! 普通一回くらい女の子に勝利を譲ろうとか思わないわけ?」
茜が悔しさに玄の肩を力いっぱい掴む。
「いたたた……こと茜に関しては思わない」
「なんで!」
「だってそんな勝利喜ばないだろ?」
「う……当たってるけど、むかつく。ばれないように負けなさいよ」
「無茶を言・う・な!」
すねたように言う茜を軽くあしらいながら角を曲がると、そこはもう茜の自宅だった。
「おつかれ!」
茜がぽんと肩を叩いて飛び降りる。
「おう」
短く返事をした玄は言われるまでもなく自転車をいつものように敷地内へと駐輪すると、ドアを開けて待っている茜のところへ向かう。




