22 邂逅
孫仁は玄の言葉に目を見開き、息を呑んだ。
「関将軍……」
「ちょっと! 玄! 凄いじゃない。関羽ってあの関羽でしょ?」
三国志を知っているものなら、誰でも一度は聞いたことのあるメジャーな名前に、茜のテンションも一気に上がったようだ。
「……そんなに甘くないよ。昨日の夜、初戦から負けて帰って来たからね」
関羽の名前に興奮する茜に苦笑しながら言う。
「え?」
関羽と言えば、三国志の中では最強に分類される武将である。その関羽が初戦から敗戦する事態は茜には正直考えづらい。
しかもプレイヤーはあの玄である。ことゲームに関しての玄の能力は卓越している。シュミレーション、RPG、パズルに格闘まで、多少の得手不得手はあるがどれも普通に遊んでるだけではたどり着けないレベルなのだ。
「本当だよ。これがこのゲームなんだ……ゲームとして計算されたストーリーやバランスなんかは全くない。『ずるい』や『卑怯』も通用しない。開始と同時にラスボスが出てきても全然おかしくない。そんなゲームなんだ」
こくり…
無意識に茜が鳴らした喉の音がやけによく聞こえた。
「茜もこのゲームをやる以上は、あらゆる事態を想定しなきゃだめだ。……そうか、まずこの件に関しては、ゲームって表現はやめた方がいいかもな。そう呼んでるうちはきっとゲーム感覚が抜けてないってことだもんな。……『戦い』これは武将たちの命がかかった戦いだってちゃんと認識していこう」
「玄……」
普通の人ならちょっと引くようなことをこの上もなく真面目に玄は言っている。
正直、茜も得体の知れない不気味さを感じてちょっと引き気味ではあるのだが……幸いにも、玄への信頼がかろうじて上回っているのでなんとか真面目に話をきけている。
「うん、わかった。まだ私はフィールドに出てないし、正直言えば玄がいう『戦い』も全く実感できてないけど、玄がそこまで言うものがここにはあるんだってことを信じるわ」
どこまでも正直な茜の言葉に玄の表情が緩む。
「……やっぱり茜はそのままがいいよ」
「え? それって……」
ぽつりと呟いた玄の言葉に問い返そうとするが、玄はすぐに孫仁との話に戻ってしまう。
そのため、その言葉の真意が昨日の公園での話題に繋がる言葉だと思い至り、茜が顔を赤くするのは、その日の夜のことである。
「孫仁、俺たちのところに伝えられている話から想像すると、もしかしたら関羽は孫仁のことを怒ってるんじゃないかと思ってるんですが……実際はどうなんですか?」
「……怒っている、でしょうね。わたくしはあの方を愛していました。あの方と添い遂げるつもりでいたのです。その気持ちに偽りはなく、またあの方もわたくしを愛してくださっていたと思います」
悲しげな瞳で孫仁は語り続ける。
「あの方は益州平定のために西進し、私は荊州に残りました。しばらくして、あの方が益州を平定した頃、母の病の報告があったのです」
この辺の話は玄の知っている知識と大きな違いはない。
「あのときの私は、あの方と兄上の関係が徐々に悪化していることにも気付けないような愚か者でした。わたくしの存在が、兄上や呉国にとって多少なりとも影響を与えるものだということも……」
孫仁の白い手がきつく握られる。
「わたくしは一人の女として、嫁いだつもりだったのです。しかし、呉の盟主孫権の妹という肩書きはそれを許しませんでした。わたくしにはそんなものに欠片も未練はありませんでしたのに……」
「レン……」
同じ女として、孫仁に思うものがあるのか茜の声には心痛がにじむ。
「その頃、荊州で留守を守っていたのが関将軍でした。関将軍は、わたくしにとてもよくしてくださいました。ただ、呉の国自体はあまりお好きではないみたいでしたけど」
そう言って孫仁は微笑む。
「関将軍は、あの方のことを本当に大事に思ってらっしゃいます。ですから、あの方の敵を敵とし、あの方の守ろうとするものを守る。そういうところがありました。もちろんだからといって関将軍が無知蒙昧にあの方を妄信していた訳ではありません。あの方が目指すものに向かってまっすぐ進めるように障害を排除し、後顧を憂うことがないようにあの方の大切なものを守ろうとしていたのだと思います」
玄と関羽の付き合いは短いものだが、孫仁の言葉にはとても共感できた。関羽はそれほど劉備の思想と人物に傾倒していたのだ。
「そして、わたくしは結果的に関将軍の誓いにも等しいその思いを、浅はかな行動で裏切る形になってしまいました。あの方から留守中の荊州とわたくしや阿斗殿のことを頼まれていたのに、結果として私は荊州を離れ、二度とあの方の下へ帰ることはできませんでしたから」
重苦しい空気が室内に満ちる。確かに、結果として劉備を裏切った形になるのかもしれない。しかし、親が危篤だと知れば会いに行きたくなるのが当然である。
むしろ偽計をもって人質になりかねない孫仁を取り戻そうとし、あわよくば後継者である阿斗をも手中にしようとした呉の参謀たちこそが責められるべきだろう。
(その辺を関羽はわかってくれるだろうか……)
「会わせて頂けますか? 関将軍に」
躊躇う玄に孫仁は微笑みながら言う。
「……わかりました」
玄は、大きく深呼吸をして覚悟を決めると自分のVSの電源を入れる。液晶画面はすぐに明るくなり、画面の中で昨晩別れた時と同じ姿勢のままで不動の関羽が映し出される。
さらに玄は迷うことなくボタンを操作し、投影モードに切り替えた。
ぱぁぁ
と、白い光が広がったあと、そこには関羽がいた。ちょうど孫仁と正対する位置に胡坐をかいたような姿勢である。
「関羽、傷を癒してる最中にごめん。ちょっと話があるんだ」
関羽の目の周りの火傷は、昨晩に比べ痕は大分小さくなってきていたが、目を開けるのはまだ無理そうだった。
「……」
関羽は無言のまま動かない。ただ、周囲に玄以外の気配があることがわかるらしく警戒からか空気が張り詰めている。
「……すごい、これが関羽雲長なのね。なんか……大きい」
玄が始めて関羽に会ったときのように茜もその存在感に圧倒されているようだ。大きいというのも、身体の大きさももちろんのことだろうが、その存在感からくる言葉なのだろう。
「関羽、聞こえてるんだろ? 大事な話なんだ。頼むよ」
玄がなんとか話を聞いてもらおうと声をかけるが、一向に関羽が動く気配はない。見世物にでもされていると思っているのかもしれない。
「お久しぶりですね……関将軍」
どうしようかと考えていた玄の隣から孫仁の穏やかな声が響く。
「!」
ここへ投影されてからぴくりとも動かなかった関羽に初めて反応があった。
「その声、まさか……奥方か?」
「はい、仁でございます」




