16 敗北
第三者的な視点で、関羽とは違う角度から全てを見ていた玄には、関羽の死角に入った典韋がその右手から小さな炎の固まりを投擲する姿をかろうじて捉えていた。
典韋の術レベル自体はさほどではなかったらしく、威力の高いものではなかった。たぶんだが、身体に当たってもさほど大きなダメージにはならなかったはずだ。だが、今回は当たり所が悪すぎた。
関羽は現世にいたときと同様、武器に対する心構えはできていた。武器での奇襲ならばここまで無様な攻撃の受け方はしなかっただろう。
しかし、さすがの関羽も、突然火の玉が飛んでくる様な事態は想定していなかった。深夜のため周囲が暗かったことも災いした。暗がりに慣れていた関羽の目は、その小さな光源にも敏感に反応し、その視界を奪っていたのである。
玄は、さらに追撃をかけるべく典韋が盾の内側から小柄を取り出すのを見て、玄は決断した。
「関羽! 撤退するよ」
玄は関羽の返答を待つことなく、VSを操作して関羽を木立の中に走り込ませた。しかし、その判断は僅かに遅く、関羽の背に炎をまとった小柄が数本突き立つ。
玄の目に映る関羽の体力ゲージが黄色へと変わる。玄はそれでも慌てずに木立のさらに奥へと関羽を走らせ典韋から必死に距離を取る。戦闘が始まってしまえば、敵とある程度距離を取らなければ待機モードには移行できない。
典韋との距離が広がりつつあるのを確認した玄は、関羽の水の術で小さな水球を呼び出し、背中で燻る炎を消し、衣服を水に浸した。さらに、関羽の目の辺りを水で覆う。
術の対価として、関羽の体力ゲージはさらに減少したが、典韋のマーカーは確実に遠ざかっていく。しばらくそのまま走り続け、距離を稼いだ玄は待機ボタンが灰色から白に変わるのを見て、やっと緊張をといて決定ボタンを押した。
すると、玄の周りに生い茂っていた暗い森が消え、見慣れた部屋の景色と白い蛍光灯の光が戻ってくる。それを確認した玄は大きく息を吐く。そして、こわばった指からVSを引き離し、汗に濡れた手の平をシーツで拭った。
ひとつ深呼吸をしてから、ゆっくりと顔を上げるとそこには片膝を着いた姿勢の関羽がいる。以前聞いたヘルプの説明では、体力ゲージは丸1日で約五十パーセント回復する。現在の体力ゲージは黄色から赤に変わったところ残体力二十四。
つまり1日半、待機すれば全ての怪我が完治し全快することになる。もともと、関羽の残り待機日数はまだ二日ほどあった。加えて、一時間程度の出陣で半日ほど待機日数が増えているから、次に出るときには全快した状態で出陣できる。
だが、待機日数の少ない時に大怪我をしたら回復する間もなく、再びフィールドに戻らなくてはならないことになる。
「関羽……」
玄の小さな呼びかけにゆっくりと立ち上がった関羽の目は、火傷で開かないままであり玄に対して横顔を向ける形である。
幸い、足下には手製の薙刀が戻ってきていた。どうやら結びつけていた剣と一緒に槍も戻ってきたらしい。剣は戻っても槍は戻ってこないはずだったのでこれは予想外の幸運だった。
「……私は、負けたのか」
関羽が唸るように吐き出す。玄は見えないと知りながらも、ゆっくりと首を横に振る。
「あなたは今ここにいますよ。武器は足下に有るし、身体の傷は1日半ほどで回復する。一騎討ちだから兵士は失ってないし、領土も奪われない」
玄が淡々と述べる。
「……なるほど。確かにその通りだ」
それを聞いて一瞬動きを止めた関羽がすぐに肩を震わせ笑う。
「そういえば、兄者たちと放浪していた頃もよく負けたものだったな」
落ちていた武器を無造作に拾った関羽は静かに玄に正対する。その動作はとても目が見えていないとは思えないほどに迷いがない。
「よかろう。私は先の戦い、あのままでも必ずしも負けたとは思わん。思わんが……お主との約束を守ることにしよう。今は傷を癒す」
一方的に言い終えた関羽はその場に胡座をかき、武器を抱えたまま頭を垂れた。そのまま回復を待つつもりなのだろう。
「……わかった。よろしく頼む」
玄は短く返答すると、投影モードを終了する。それからVSをそっと机に置き、ベッドに身を投げ出した玄は大きく息を吐く。
たった一時間程度の出来事、しかも自分は何もしていない。
「疲れた……」
しかし、これが戦いなんだと実感した一時間だった。あの命のやりとりをする闘気、殺気。自分の身に害が及ぶ事はないとわかっていても、あの戦場の雰囲気は玄の身体に極度の緊張を強いていたのである。
「1日半……か。次は月曜の夜、なんとかあの典韋に勝たなくちゃな。幸い俺たちが出会った武将は典韋だけだから、マップに反応が出ていればそれが典韋だと判別できる。典韋の武装は剣とサブの小柄、それと長繍盾。術はおそらく簡単な火術……必殺技のひとつは小柄に炎を纏わせ投げてきたあれだろうな。でも、典韋ほどの武将ならもうひとつ、剣を使った技が設定されていてもおかしくない。逆に、関羽の術能力を考えれば知力的に劣るはずの典韋には火術以外に効果的に使える術は無い。あれば今日のチャンスに使ったはず、なんたってあの関羽を倒すチャンスだったんだから……。今日の戦いを見る限り、肉弾戦のみなら関羽に分がある。俺はその動きを邪魔しないように相手の術を無効化、もしくはかわせるように注意を払えばいい。そうか! 戦いの途中で典韋がいぶかしげな表情をするときがあったのは、おそらく操縦者からの操作があったんだ。製作者の意図はどうだか知らないけど、ここまで武将たちの動きが凄すぎると、実際に操作して戦うのは得策じゃない。俺たちの操作じゃ、関羽レベルの達人たちの動きにはついていけない。となると、やっぱり基本の戦いは関羽に任せた方がいいか。あとは関羽の術と技。水術はおそらく典韋の火術よりもレベルは高いから、術発動の予備動作さえ見逃さなければ押さえ込めるはず。ただ、威力や効果を知らないままじゃ困るし、実際に使う関羽にも必殺技の感覚を掴んでもらった方がいいな。となれば必要がなくても二つの必殺技を、一度は使っておきたい……今後も勝ち進むなつもりなら、このくらいは絶対に必要なはず」
ぼんやりと天井の明りを眺めながらも、玄の頭では関羽を勝たせる為にどうすればいいかが、めまぐるしくシミュレートされている。
「もし勝てたら、典韋をどうするか……これは相手の意志も確認しないと決められないか。 今後はなるべく早い内に全マップを踏破しておきたいからなんか手を考えないと……」
関羽の信頼を得て、今後も勝ち残るための戦略を練り続けながら、いつしか玄は眠りに落ちていた。




