11 茜と恵
「お前さっき、うちで母さんの誘い断ったんだろ?」
茜はゆっくりと自転車を走らせる玄の自転車に、小走りで追いつきステップの上に飛び乗ると両手を玄の肩に乗せ、スカートで来なくてよかったと思いながら茜は頷く。
「多分、家で落ち込んでる……」
茜は何を言われてるのか分からずに首をかしげる。
「それで家に帰ると俺が責められるんだ、なんで家にいなかったのかって。なぜかお前が来るの楽しみにしてんだよ、うちのお袋さんは。なんか娘が欲しかったらしくてさ」
「そうなの?」
玄はため息を吐きながら黙って頷く。
「まあ帰ったら、ちょっと見ててみな」
そういって、玄はペダルを踏む足に力を入れた。
「ただいま~」
玄関を上がり、リビングに入って声をかけた玄に、恵が待ち構えていたかのように台所から出てきて恨めしげに玄を睨む。
「玄。一体、何処行ってたの」
「ちょっとそこまで。何処でもいいじゃん」
「良くないわよ。別にあなたが何処に行っても構わないけど、あなたがいない間に茜ちゃんが来たのよ! せっかく来てくれたのにあなたがいないから帰っちゃったじゃない」
まるで、拗ねてる子供みたいだと思いながら、リビングのソファを見ると信も新聞のテレビ欄とにらめっこしながら頷いている。
こっちもかと内心でため息をついた玄は、やっぱり連れて帰ってよかったと安堵した。
「ほらな」
後ろを振り返った玄が、声をかけると玄関の方からおずおずと茜が顔を出す。
「こんにちわ……さっきはどうもすみませんでした」
玄の隣に並んでお行儀よく頭を下げる。
「まあ! 茜ちゃん! いいのよ、いいのよ。さあこっちに座って。今、お茶淹れるから」
さっきまでの不機嫌顔はどこへやら、満面の笑顔になった恵は茜をリビングへと招き入れる。
「この前、ファッション雑誌ですっごい可愛いお洋服見つけたのよ。絶対茜ちゃんに似合うと思うの」
「えっ、本当ですか? 恵さん。見たい見たい」
恵には既に玄のことは眼中にないらしく、信も新聞を畳んで二人に混ぜてほしそうな視線を送っている。
そんな両親の様子に、玄は再び盛大なため息をつく。ここにいても自分の居場所はないと理解した玄は、ちらりと目が合った茜に上に行っているから後はよろしくと合図して二階の自分の部屋へと戻った。
部屋に戻った玄は、VSの入った鞄をそっと机の上に置くとベッドの上に身を投げ出した。今夜、関羽にどうやって話を切り出そうかと考えながら寝返りを打つ。やると決めたからには絶対に負けたくない。そのためには、ちゃんと協力体制が取れるように話をまとめなくてはならない。
そんなことを考えながら、白い天井を見上げる玄の耳に階下から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。まさに一家団欒、といった感じの階下の様子に苦笑しながら玄は、いつしか眠りに落ちていた。
結局のところ、茜は一度も玄の部屋まで来ることはなく、玄の両親とともに終始リビングで盛り上がり、遅くなったからということで夕食まで食べて帰ることになった。
「それじゃ、どうもごちそうさまでした。とってもおいしかったです。すみませんでした、長々とお邪魔してしまって」
玄関口で礼儀正しく頭を下げた茜に恵がいいのよ、またいつでも来て頂戴ね。と笑顔で応対している。
「おーい! 茜。準備いいぞ」
暗くなってしまったために、茜を家まで送って行くことになった玄が自転車に跨って門の外に待機している。
「はぁい、今行く。それじゃ失礼しますね、恵さん。あのお洋服届いたら知らせてくださいね、すぐ取りに来ますから」
「わかってるわよ。絶対似合うと思うからその時はうちで着て見せてね」
「じゃあ、恵さんも。二人でファッションショーですね。楽しみにしてます。それじゃあ、お休みなさい」
茜は恵に小さく手を振ると門を開けて玄の所へ駆けてきた。
「おまたせ!」
「おー……早く乗れ」
玄はいつものことなので、茜が後ろのステップに乗るのを確認する前に自転車をこぎ出している。
茜もバイトの行き帰りはいつもふたり乗りだったため、慣れたもので勢いのつき始めた自転車に追いすがって身軽に飛び乗る。
「玄! 安全運転で行くのよ!」
「分かってるよ!」
背中から聞こえた恵の声に答えながら自転車をこぐ。
「結局、お前はなにをしにうちまで来たんだ」
「はは……なにをしに来たんでしょう?」
背中で茜が乾いた笑いを浮かべる。
「まあ、俺は別に構わないんだけどさ。お前がうちの娘になったらうちの両親は喜ぶだろうな」
「えっ? それって……」
玄の何気ない一言に茜は顔を真っ赤にしてしまう。
(恵さんの娘にってことは、私が玄と……それってもしかして遠回しなプ、プ、プロポー……)
「そんで、俺がお前んちの息子になれば、俺は電気店の息子になれて万々歳。ちょっと本気で両親を取り替えたくなるよな」
ぐえっ!
「なんで首絞めるんだよ! 危ないだろ!」
「ふん! なんとなくよ」
(もう! 私が玄を好きだなんてことは絶対ないんだから!)
茜は文句を言い続ける玄を無視して心でそう誓った。
「ごめんなさいね、玄くん。突然押し掛けたのに夕食まで頂いてきたみたいで」
少しふくよかな体型の茜の母親が玄関で優しい笑顔を浮かべている。
「いえ、お構いなく。母も茜さんが来ると喜びますから」
「私たちも玄くんが来てくれると楽しいんだから遠慮なく来てね。この子のバイトの時のお礼もしたいし。玄くんが、毎日送り迎えしてくれたから安心して社会勉強させられて、感謝してるのよ」
「気にしないでください、近所ですから。それに茜さんはしっかりしてますから、俺がいなくても大丈夫だったと思いますよ」
茜が母親の隣で一瞬顔を綻ばせるが、先程の誓いを思い出したのか慌てて表情を引き締めている。
「それじゃ、これで失礼します。お休みなさい」
「ありがとうね、玄くん。今度はうちに食べにいらっしゃい。ごちそうするから」
「ありがとうございます、おばさん。それじゃ近いうちに遊びにきます」
玄は如才なく受け答えすると小さく頭を下げて森崎家の玄関に背を向けた。
「あっ、玄!」
「ん?」
呼ばれて振り向くと、茜が手を振っている。
「送ってくれてありがと。気をつけて帰りなさいよ、おやすみ」
「おう、分かってるって。じゃあな、また学校で」
そう言って自転車に跨り遠ざかる背中を眺めた茜は扉を閉めて戸締りをして、玄関から家に上がろうとしてふと気がついた。
「あれ? 今日はお父さんもう帰ってるの?」
玄関に黒い革靴が揃えて置いてあった。
「ええ、今お風呂に入ってるところよ。玄くんに会いそびれたって聞いたらきっと悔しがるわね」
優越感に浸って微笑む母親を見て、茜は内心で頭を抱えた。
「我が家も恵さんたちと同じだったか……」
「あっ、そう言えばお父さんがあなたにってなんかCDみたいなの持ってきてたわよ。透明のケースに入ったやつ」
茜はすぐにピンと来て喝采をあげた。
「やり! 玄より早くできるじゃない。明日にでも自慢してやろうかしら」
悔しがり、羨ましがる玄の姿を思ってわくわくしながら、リビングの父親の荷物をあさりに行く。
「茜ちゃん……明日も玄くんに会うなら、今度はうちにご招待なさいな」
「だから、茜『ちゃん』はやめてって言ってるのに……あった! 母さん、これ持って部屋に行くからお父さんに言っておいてね」
ポニーテールをふわふわと揺らしながら二階に上がっていく愛娘を見送った母親は、小さくため息をついた。
「玄くんはとってもいい子なんだけど……あのふたりが結婚したら電気代がかさみそうねぇ」
どこか的のずれた心配をする茜の母であった。




