10 恋心
ところが妙に早い鼓動を意識しつつ、冷静を装って玄に声をかけたのに、いったい何を考えてるのかまるっきり反応が無い。
何度か呼びかけを続けてみるも、そのうちに春の陽射しを受けて気持ちよさそうな顔をしている玄を見ていたら、一人思い悩んでいた自分を思って腹が立ってきたので、つい殴ってしまったのだが、どうやら玄には不評だったようだ。
「ねえ……女らしく、そうして欲しい?」
「えっ? いや……な、何だよ突然真面目な顔して」
玄は真正面から見つめてくる茜にちょっと顔を赤らめる。
「自分で言ったんでしょ。ちゃんと答えて」
茜にしてみれば自分の気持ちを意識し始めてしまったいま、自分が玄にどう思われてるのかというのがとても気になる。自分は母の性格のせいもあってか、あっけらかんとさばさばした性格に育ったという自覚がある。だけどもしかしたら玄は、もっとおとなしげで女性らしい人が好みなのかもしれないと思ったのだ。
「ん~……いや、気にしたんなら謝るよ。決してお前が女らしく無いっていう意味じゃないよ。売り言葉に買い言葉ってやつ? 俺的にはむしろ、お前がお前らしくなくなるぐらいなら無理しておしとやかになるよりも、いつもみたいにがさつな方がいいと思う」
玄は茜の質問が本気だと知ると、ちょっと考えた上で真面目に答えた。玄は冗談も言うし、誰も傷つかないような嘘もときにはついたりもするが、相手が本気だとわかったときには、なにごとにも本気で応えるように心がけている。玄がそう心がけるようになったのには、きっかけとなったでき事があるのだが、それはまた別の話だ。
「なによそれ! それって私ががさつな女で、おしとやかにするのは無理があるってこと?」
「げっ! ば、ばか! なにもそういう意味で言ったんじゃないって」
玄はこめかみをひくつかせる茜に慌てて手を振って弁解する。
「ま、まあいいわよ……別に」
やや顔をそらしつつ、あっさりと矛先を収めた茜だが、心中では玄が自分をしっかりと女として見ていてくれたこと、そして自分の『らしさ』を好ましく思ってくれていたことがわかったため、いままでのもやもやしたものも晴れ、嬉しさと恥ずかしさに悶えていた。
茜の心中がそんなことになっているとは知らない玄は、とにかく茜が爆発しなくてすんだことにただ安堵していた。
「で、どうしたんだよこんな所で」
「こんな所でって! ……ま、まぁ、こんな所でよね。でもそれをいったら玄だってそうよ。昨日VSを手に入れたんだから、自宅でやり込んでるんだろうなと思って家まで行ったのに、恵さんがいないって言うんだもの。珍しいこともあるなぁって思いながら帰る途中に、まさか公園で日向ぼっこしている玄を見つけるとは思わなかったからびっくりしたわよ」
「なんだ、うちに来たのか。悪かったな留守してて。母さんが中で待ってろって言わなかったか?」
言いつつ、ベンチの自分の隣を手で払ってから座るように勧める。
「確かに言われたけど……なんか悪いじゃない」
玄のさりげない気遣いを嬉しく思いつつ、隣に腰掛けた茜が歯切れ悪く答える。
「なぁにを言ってるんだか。へたすりゃ俺よりも母さんと仲が良いくせに。こないだ隣の坂本さんにも、玄くんよりも親子みたいに見えるわねって言われたぞ」
「はは……だって恵さんってすっごい親しみやすいんだもん。甘えられるお姉さんみたいな感じかな」
「ふぅん、まあいいけど。そんで俺に何の用事だったんだ? ゲームのことなら今から家に来るか? 現物がないとよくわかんないだろ」
「あぁ……ま、特に用事があった訳じゃないのよ。ぶ、VS買ったっていうし、実際どんなものなのか見せてもらおうと思って」
茜にしてみれば、もともとは玄に会うのが目的だったので既に目的はたちしているのだが、そのままを素直に言うのは恥ずかしすぎてできない。
「あぁ…………VSね」
そんな茜の苦し紛れの言葉は、玄にとってはまさに悩みの核心をつく内容。自分の中では整理をつけたつもりだが、だからといって誰彼構わず言いふらす訳にもいかないので、やはりどこかに引っかかるものがあり僅かに表情を曇らせてしまう。そして、そんな玄の変化を茜は見逃さなかった。
「何? 評判倒れだった?」
「えっ……そんなことは……ない、けど」
「えー、玄が手放しで誉めないんじゃ、大したことないって事でしょ。がっかりだな、せっかく私もVS買ったのに」
煮え切らない態度の玄の様子から、VS自体が評判倒れだったと判断して残念がる茜の言葉に玄が目を見開く。
「マジで買ったのか! ていうかどうやって買ったんだよ、予約したって簡単に買えるような物じゃないのに」
「え? だって、私のお父さんてば大型電気店の支店長でしょ。忙しくて家にほとんどいないせいか、可愛い娘に甘くて……ちょっ~とおねだりしたら簡単にキープしてくれちゃったのよね」
茜は柔らかそうなポニーテールを揺らしながらころころと自慢げに笑う。
「くっそー! お前わざとそんな憎らしい笑い方してるだろ」
「わかる?」
「わかるわ! っとに……だったら俺に感想聞かなくたって、面白いかどうかわかるんじゃないのか?」
ちょっとふてくされ気味に呟く玄を、微笑みながら眺めて茜が首を振る。
「ところが、私まだソフト持ってないのよね。昨日発売のソフトってRPGとギャルゲーだったでしょ」
まさしく同じことで昨日苦労した玄は即座に頷く。
「私がギャルゲーやっても仕方ないし、RPGの方は予約客の分しか仕入れなかったみたいで手に入らなかったのよね。まあそれでも、頼めば何とかなったとは思うんだけど端末のほうで正直、無理を言った自覚があったしRPGはあんまり好みじゃないからね。取り敢えず端末だけ手元にあればソフトは何とかなるでしょ」
VS本体の方は、出荷数が厳しく制限されているため簡単には手に入らないが、ソフトならば店頭で取り寄せ予約をすれば比較的容易に入手できる。だから茜の取った行動は理にかなっている。
「お前はシュミレーション系が好きだったもんな」
「ま、ね。私がゲーム始めたときに玄の好きなゲームを借りたら、三国志のシュミレーションゲームばっかり持ってきたせいでね」
「でも、面白かっただろ?」
にやりとした顔で聞いてくる玄に茜も素直にうなずく。既にしっかりやりこんでいる姿を玄に見られているため、嘘をついても空しいだけだ。
「確かにね。でも私の場合は、三国志の英雄がどうこうってことじゃなくて、自分の国をいかに豊かにしていくかを考えるのが楽しいんだけどね」
玄は茜の言葉に大げさに溜息をつく。
「ちがうんだよなぁ、国造りにしたって優秀な人材がいなきゃ内政の効果だって効率よく上がらないし、国を守る武将がいなきゃ外敵から国も民も守れない。だから結局は人なんだよ人! それにな」
「ああ! はいはい、もういいから。玄のその話は聞き飽きました。英雄たちの生き様を感じろっていうんでしょ」
もう何度も聞かされた玄の話を、冷たく打ち切った茜は改めて玄の顔を見る。
「それで、どうなの? VSは」
「う……ん。実は俺も金がなくてソフトが買えてないんだよな。この間まで二人でやってたバイトのバイト代が2週間後に入るだろ? それを貰ってからになっちゃうかな」
結局、玄は『三国志~武幽電~』のことを隠した。あんな得体のしれないものに茜を巻き込みたくないと思ったからだ。同時に得体の知れないゲームだとはいっても、ゲームの域を出るようなものではないから、教えたところで問題はないだろうとも思ってはいたのだが。
「なに? じゃあ玄もまだ体験してないんだ」
茜が拍子抜けしたのか、玄の顔から視線を逸らしてベンチに身体を預ける。
「ちょっと意外ね。玄のことだから『芸夢』のおじさんに無理言ってでも手に入れてると思ったのに」
昨日の様子を見ていたかの様な茜の発言に、玄は思わずぎくりと身を強ばらせる。
「ふふっ、その様子だとやっぱりやったみたいね。でもあの人って妙に真面目だから頼んでも断られちゃったってところかな?」
「く……」
あまりにも正確すぎる推測に、何も言い返せずに黙り込んでいる玄の肩を茜が笑って叩く。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでよ。あれ? もしかしてこんなところで日向ぼっこしてたのもそれが原因?」
「う……ほっとけ」
日向ぼっこしていたのは武幽電絡みで悩んでいたせいだが、武幽電のことを隠してしまった玄にとっては茜が勝手に勘違いしてくれるのはむしろ都合がいい。
「バイト代は二週間先だから、きっと私のほうが先にVSデビューね」
「へぇ、何を買う予定なんだ?」
玄もVSの普通のゲームには多大な関心があるので興味津々で尋ねる。
「わかんない」
「は? なんだそりゃ」
あっさりと答える茜に、肩すかしを食らった玄は顔をしかめる。
「だって仕方ないじゃない。うちの父上様が、とにかくなんかできる物を探してきてくれるって言っていただけなんだから。だからもしかしたら、店頭で流したりするサンプルデモとか、サンプルプレイとかの体験版とか、手に入れば例のRPGかもしれないってこと」
「へぇ、いいなぁ、お前のとこは。いいコネだもんな。まさか代金まで払ってないってことはないんだろ?」
生粋のゲームオタクである玄にとって、茜のポジションはまさに垂涎である。
「なに言ってんのよ。さすがに私もそこまで甘える訳にはいきません。もともと貯金はしっかりしてたから、その位は持ってるし、この間のバイト代も手つかずであるんだから」
この2ヶ月ほど玄がやっていたアルバイトは、近所のコンビニエンスストアで平日の十九時から二三時までのアルバイトなのだが、実はこのアルバイト、茜と一緒に働いていた。
もちろん示し合せてのことではない。当初、玄は一人で始めたのだが、たまたま買い物に来た茜の母親が玄の働く姿を見て感動し、娘にも働いて収入を得る苦労と喜びを教えようと、玄と同じコンビニで同じ時間帯に働く様に勧めたらしい。
なんでも大事な一人娘をひとりで働かせるのは不安だが、玄くんが一緒にいてくれるなら安心して外に出せる。
そういうことだったらしい。
子供同士が知り合いになって、すでに何度か顔を合わせ、いつの間にか家族ぐるみの付き合いになっているため、そこそこ信用されているようである。
幸い場所も近所だし、自宅同士も近いので一応玄が送り迎えをしながら、二ヶ月バイトを続けたのである。
それも今は目標額にたちしたことと、学校でバイトが禁止されているため、ばれないうちにということで二日前に辞めている。
玄は稼ぐ為にやむなく始めたバイトだったが、茜は単純に働くことが楽しかったらしく終始ご機嫌で働いていた。
「どうせ俺はある金、全部ゲームにつぎ込むオタクですから、貯金なんてないですけどね」
皮肉ってはいるが、オタクだということに引け目を感じていない玄の言葉には嫌味はない。
「またまたそういうことを言う。だったらバイト続ければいいじゃない。店長さんもやめて欲しくないみたいだったし、続けてお金貯めておけば次に欲しい物ができたときに苦労しなくて済むわよ。私はもっと続けたかったんだけど……ほら、玄がいないと」
茜はやや頬を赤らめながら、上目遣いで玄を見て思わせぶりに言い淀む。
「あぁ、お目付役兼護衛の俺がいないと、親御さんの許可が下りないもんな。こんな頼りない護衛でもいないと心配なんだろ」
「……いや、そうじゃなくて、まぁ、それも確かにそうだから間違ってはいないんだけどね」
確かに働くことが新鮮で楽しかった茜だが、こうしてバイトを終えて思い返してみると、あんなに楽しかったのは、いつもと違う玄を自分だけが近くで見ていられたから、学校が終わっても玄といられたからこそ、楽しかったのかも知れないと思い始めていた。
がっくりと肩を落としてぶつぶつと呟く茜を気味悪そうに横目で見ながら、玄は立ち上がると茜のポニーテールを掴んで持ち上げる。
「ちょっ! ちょっと玄、何するのよ。痛いってば」
慌てて立ち上がって髪の毛を取り戻した茜は玄を睨みつける。
「ほらっ! ぼさっとしてないで行くぞ」
玄は愛車に跨り、自分の後ろを指さす。
「え? 何処に?」
茜はきょとんとして玄の自転車の後輪についた二人乗り用のステップを見つめる。
「俺んち」
「へ?」
事情の飲み込めない茜が動かないのを見て、大きな溜息をついた玄はいいから乗れと無理やり後ろに立たせると愛車を走らせた。




