夕日の幸せ
……本当に、世界は幸せに溢れている。
でもみんな、忙しすぎて気づけないんだ。
放課後、河川敷沿いの土手に座って、沈んでいく夕日を眺めているとそう思う。
燃えるような赤は、刻刻と色味を変え、その時々を鮮明に照らしている。それを背景にして、土手を歩く人、河川敷でキャッチボールをする少年達、流れとともにキラキラと乱反射する川。
この情景すべてが、本当にきれいだ。
「今、何考えてたの?」
ぼーっと夕日を見る僕に、隣から声が掛けられた。
園田美咲。声の主の名前だ。
その名に恥じぬ美しさは、まさに牡丹のようで、それは、僕が美咲に惚れた理由の一つでもある。
一般的に、外面から入る恋愛は上手くいかないとは言うけれど、
僕の場合、美咲の性格の良さが、その論理を否定してくれた。容姿も内面も、そして声も、本当に大好きだ。
そして僕は今日、彼女との関係を進展させよう決心し、この放課後デートに臨んでいる。
「いやさ、夕日が本当にきれいだなって思ってさ。でもみんな忙しすぎて、こんな簡単に手に入る幸せを見逃しているんだよ。」
「うん、そうね、たしかに。」
ここで、君も夕日と同じくらいきれだ、とか言えない僕の情けなさは置いておこう。
「僕はね、そういう些細な幸せに気付けるかどうかが、幸せかどうかなんじゃないかなって、そう思うんだ。」
「ふふふ、でもそれって考え方の違いなんじゃない?」
う……、ぼーっとしていた流れで言っただけだから、そのまま流してくれてよかったんだけど……。
なんとなくセンチなことを言った後に笑われるのは、こんなにも恥ずかしいものなのか。
でもなるほど、言われてみればその通りだ。
考えてみたら、そういう些細な幸せが、本当に些細に思えている方が、ずっと幸せなのかもしれない。
なんとも浅はかなことを言ったものだ。笑われても文句も出ない。
「うーん……。」
ぐうの音も出ず、唸り声だけが漏れた。
うぅむ、失敗したなあ。
目の前の、さっきより藍に近づいた夕日に照らされて、少しだけ焦っていたのかもしれない。キャッチボールの少年たちも、家路についているし、川もさっきほど輝いていない。
土手を通っている親子は、今夜の夕ご飯の話をしている。
幸せそうな彼らはやはり、夕日には目もくれず、しかし幸せそうだった。
「あの人たちは多分、幸せなんだろうな。……夕日の幸せに頼らなくてもさ。」
「うん、私もそうなれたらいいなあって思うよ。」
ああ、そうか、美咲の幸せは、今よりもっと上にあるんだ。
そして僕も一緒に、もっと幸せになれるはずなんだ。
普遍的な幸せは当然だけど、やっぱり僕だけの、僕たちだけの幸せが大切なんだ。それはきっと人によって大きく異なるもので、例えば、仕事であったり、趣味であったり、子ども、家庭であったり……。人の数だけ、無限にあるんだろう。
美咲と、一緒に、か。
子ども……、か。
………………
………。
「……今、ナニ考えてたの?」
そう言われ、反射的に目線をそらしてしまった。
美咲の表情はわからないが、彼女のことだ、きっといたずらっ子のようにニヤニヤしているんだろう。こう、すぐ気づいてしまう、賢いところも好きなんだけど、本心を勘ぐられると、男の子としてはやはり恥ずかしい。
考えれば考えるほどドツボにはまり、頬が紅潮するのを感じる。
半分ほど沈んでしまった太陽の赤で隠せていたらいいけど、多分隣からは丸わかりなんだろう。
「あのさ、僕たち、毎日の放課後、こうするようになってもう一ヶ月だろ?」
「……うん、そうね、確かに。」
次の言葉を待つ美咲。
僕は次の言葉につまりそうになるところを、必死に絞り出す。
「そろそろさ、互いの家に……遊びに行ってもいい頃合なんじゃないかと思って……。」
「……ふふふっ、でもそれって、考え方のチガイなんじゃない……?」
普段から、他の人の意見に左右される恋愛はしたくないと公言する、彼女らしい切り替えしだった。
まったく、すぐそうやっておちょくるんだ。僕をからかって、反応を見たいんだろう。こっぱずかしくって縮こまってる僕を見て、何が楽しいのか。
あるいは、「頃合」を言い訳にする僕をいさめたのかもしれない。
なんにせよしかし、今日ばっかりはごまかされたくなかったなあ……。
彼女を楽しませられることは嬉しいんだけど、少しくらい男らしいところを見せてやらないと。
夕日は完全に山に隠れ、ただそこには、煌々と橙があった。残された空には徐々に藍が増え、僕の心を急かしている。
「僕が……、僕が絶対に君を幸せにする。いや、一緒に幸せになろう。」
決死の想いで言えた言葉。
特にプロポーズってわけではない。
けれど、どうしても言いたかった言葉。
これからも二人、一緒に同じものを見て、同じ幸せを見つけていきたい。そう本気で思って、言葉の意味なんて置き去りで、ただ伝えなきゃと思った言葉だった。
「……うん、……私も、そうなれたらいいなあ……って思うよ。」
聞いた瞬間、心が洗われるような気持ちになった。
紅潮した頬に、自然と涙が零れた。
夕日と夜空がそれを隠してくれたらいい、と思った。
聴く側からしたら、とりとめもない、なんでもない言葉だったはずなんだ。それをしっかりと受け止めて、肯定してくれる美咲の賢さは、やはり好きだった。
本当にただただ、一緒にいたい。
それで自然と、幸せになれる自信がある。
「……今、何考えてたの?」
「これから君ともっと仲良くなって、一緒にしたいこといっぱいしたいなあって考えてたよ。」
「うん、そうね、たしかに。」
「でもこのままだと、いつまでたっても君との距離は変わらないんじゃないかと思って、……ちょっと焦ってるんだ。」
「ふふふ、でもそれって考え方の違いなんじゃない?」
「まあ、うん、それもそうか、そうだよね、今は今で楽しいし、練習だと思えばいいんだよね、これからもっと親密な関係になるためのさ。」
「うん、私もそうなれたらいいなあって思うよ。」
「ありがとう。さてと……」
と僕は腰を上げた。
辺りはすっかり暗くなってしまった。
見上げるといつもに増して明るい月だけが浮かんでいた。
「そろそろ帰ろうか。」
「今、何考えてたの?」
「おっと。」
僕はラジカセの電源を消した。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
何か書きたいなあ、こんな感じの書きたいなあ、とりあえず書いてみるか。
みたいなノリで書いてしまって、せっかくだからと載せてみた次第でした。
(書きたいものと作者のレベルが釣り合っていないのがつらい……。)
とにかく、ありがとうございました!