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大罪と美徳 短編集  作者: 秋雨
シリアス系
21/31

IFの世界に迷い込んだら(後篇

人の夢と書いて、儚いという字となる。

――まさにその通りだと、太助は憎悪と嫌悪を込めた同意をする。


違和感を持ってからは、この世界もいずれは“正義”を自分達にすると確信を抱くのは、そう難しくはなかった。

この世界はあくまで、自分たちが上手くいけば――そんな都合のいい甘えたIFの世界であり、根本的な物がなくなっている訳ではない。

ただ表面に出ているか出ていないか――ただそれだけの違いで、この世界はいとも簡単に現実の世界へと早変わりする。


――それに気づいてからの太助は、この世界の何もかもが虚偽となっていた、


「ではでは、正義と勇気の共同勝利を祝して、カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」


事件が終わり、撤収する少し前。

勇気側から提案された、親睦会――綾香の音頭で始まった野外焼肉パーティーの中で、太助は1人空気に馴染めず、黙々とウーロン茶を飲み、肉や野菜を焼いては食べると、まるで事務仕事をする様に食事をしていた。


「ぷっはーっ! うめーなやっぱ!」

「綾香、一気飲みなんかするな。美人が台無しだぞ?」

「なんだよ、大輔こそウーロン茶で酔ってんのか?」

「たまに気の利いた事言えばこれだよ。鷹久も大変だな」

「ははっ、そうだね」

「んだよー!」


大輔が綾香と鷹久に混じって、楽しく笑いあいながら食事をする光景――太助自身、望んでいた光景の筈なのに……笑顔が張り付けた様な物に見え、感情も何1つ感じられない無機質な物に。

子供の学芸会ですらない、機械的なアナウンスで行っている人形劇の様に見えていた。


中原大輔が今笑っているのも、綾香が大輔と楽しく会話をしている光景も、吉田鷹久と肩を組んで笑いあってるのも――


「はっ……はははっ……」


彼等がそれらの行動に込めている感情は、まぎれもなく本物だろう。

しかし太助はもう、この世界を認められはしなかった――人が生きているのは現実であり、夢ではない。


「――おい太助」

「ん? ――何、大輔?」

「どうしたんだよ? なんかおかしいぞお前」


――自分の知る世界の人間なら、間違いなく信じないだろう。

中原大輔と椎名九十九が、同一人物である事等。


この変化こそが、人がどれだけ歪であるかの照明――罪深さだから。


「何でもないよ――ただ、この光景もいつかは終わりになるのかなって、そう思っただけ」

「何を言うかと思えば――終わらないさ、綾香も居れば鷹久だっているし、何より正輝様と宇宙様も居るんだ。これからも俺達はこうしていられる」

「…………」


そうだね――と、太助は言えなかった。

太助の中では、それはすでに終わっている事だから。


大輔は何も言わない。

苦笑して、太助の答えをただ待っていた。


「――ごめん、ちょっと眠いよ」

「そうか? じゃあ、どこかで横になった方が良いな」

「そうだね。ごめんけど」

「良いよ別に、俺とお前に遠慮なんていらないだろ?」


そう言って別れ、ふと綾香と鷹久に視線を向ける。


「――? どうしたんだよ太助さん?」


――もしこういう経過があったら、君は僕達をどう思った?

眼の前の綾香に問いかけた所で、答えは返ってきはしない。


「――何でもないよ。それじゃ悪いけど、僕はこれで」

「ああっ、また会おうぜ」


そういった綾香の隣で、鷹久がぺこりと礼をする。



――そこで目が覚めた。


「――痛っ!」


場所は、一条宇宙と北郷正輝が決闘を行った人工島。

そこに拵えたテントの中で、太助は横になっていて――撃たれた個所の痛みが、自身の記憶を呼び覚ます。


「……ふぅっ」


中原大輔は椎名九十九で、勇気とは決裂し、かつて思い描いた理想はゴミクズと化し――

あの光景は、過去の物ですらない世界……現実。

ただ残酷で、ただ非情で、ただ悲劇ばかりが横行するだけで、平和など可能性から微塵も存在しない、この世界で自分は今生きている。


――けれど嘘ではない、これこそが真実。


嘘があれば、疑念が生まれる。

疑念が生まれれば、平和など簡単に崩れる――けれど人がやっている事は、そんな疑念をただ見て見ぬフリをし、そんな見て見ぬ振りから生まれた不幸を他人のせいにし、そんな理不尽から不幸が生まれる。


平和と遺恨は、決して結びつかない所か、言うなれば同じ世界に住む事の出来ない間柄。

にも拘らず、人は絶対に遺恨が残る方法でしか納得はしない――それ以上どころか、以外すらも考えない。


そして、それは自分たちも同じだろう。

しかしそれでも、自分達がやっている事が齎しているのは平和だ――遺恨が残らないように徹底的に根絶やしにすれば、こんな世界でも平和が訪れる。


「――けど、それでも……いや、やめよう」


太助の脳裏には、あのIFの世界の――

ニセモノだと気付く前の、心底楽しいと思った時の記憶が流れ……それを頭を振って振りほどいた。


ニセモノなら、いずれは壊れる――それに縋りつく者もまた、例外ではない。


「――よし、行くぞ綾香、鷹久!」

「おうよ! タカ、大輔、やろうぜ!」

「うん!」


「――どんなに甘美だろうと、虚偽なら絶対に壊れる……早いか遅いかなんて、意味がない位に」

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