IFの世界に迷い込んだら(中篇
「……成程ね」
自身の身体には、傷は残っている。
暴徒に襲われ、全てを失った後に正輝に拾われた事――それだけは変わっていないらしい。
変わったのは、サイボーグ義肢以降の事。
サイボーグテロは起こらず、寧ろ成功して今や何千もの義肢装備者の人生を大きく変えた、救世の技術とまで評される物になっている。
現に、太助の携帯端末の待ち受け画面は、あの時暴徒に殺された筈の自身が手術を手がけた子供と、その友達と思われる幾人ものサイボーグ義肢装備者の子供達との記念撮影らしき物になっている。
そこからは、太助が納得するのは早かった。
自分のサイボーグ義肢が認められていたら、こうして笑っていられた未来もあっただろう。
大輔も九十九にならず、夏目綾香と対立する事もなかったし、一条宇宙と北郷正輝が決闘をする事もなく――正義と勇気が決裂する事もなく、2枚看板で居られたかもしれない。
「――今位は、友達として接しても、バチなんて当たらない、よね」
“仏の顔も三度まで”――もう2回も裏切られている以上、自身にこれ以上はない。
けれど、その2回目が存在しないなら……
「――よし!」
太助は携帯端末を片付けて、宛がわれたテントを出て、周囲を見回し――
「あっ、居た」
大輔達の姿を見つけ、声を掛け――。
「へえっ、そんなことあったのか」
「ああっ、大輔にも見せてやりたかったな」
「そりゃ確かに見たかったな。けどさ綾香、この前――」
「おっ、何だよ?」
――ようとして、やめた。
あれが本来のやりとりだと思うと、割り込むのは気が引けたために
気の知れた親友――傍から見れば、そう見えた。
中原大輔は人懐っこく素直で明るい性格で、正義感の強くて優しく誰よりも純粋だった。
そんな彼と、まっすぐで活発な夏目綾香は、きっと良い親友になれただろう――と、太助は素直にそう思った。
夏目綾香と中原大輔の違い……それは多分、まっすぐか純粋か、なのかもしれないとも。
「綾香! 大輔! そろそろ時間だよ!」
「ん? ああっ、もうそんな時間か。じゃあまたあとで」
「ん、じゃあな」
「--さて、と」
大抵、任務の動向は新型兵器の実装データ収集の為。
しかしこの世界では、兵器開発等手掛けないメディカルオンリーな為、軍医としての準備だけでいい。
「――あっ、そうだ」
どうせなので、どう手掛けるかも見に行くのも悪くないと思い、太助は部下に指示を出して一路大輔の元へ。
事件は、大地の賛美者のテロ実行部隊が、人質数百名を取っての立て籠り。
周囲には軍用パワードスーツが数体取り囲んでいて、中には索敵装備のパワードスーツまで居て、潜入は厳しい。
「作戦はこうだ――俺達正義がまず、相手の目を引く。そこで綾香と鷹久が潜入して、人質を少しずつ“瞬間移動”でこちら側の、相手の目の届かない場所に移して――」
正義戦闘部隊の作戦会議――それは本来なら、いらない手間だった。
“悪を”、“滅ぼす”――それ以外を眼中にも入れないのだから、簡単に事が終わる。
勿論その後に、上級系譜がケンカ一歩手前の口論を行い、それで仲裁していったん別れるがセオリーなのだが……
「――ここじゃあり得そうにないね」
「何がですか?」
「いや、こっちの話――それじゃ、頑張りなよ。鷹久君」
「はい」
――この場に居る誰もが、懸命に同じ目的の為に動き出す。
太助の知る正義と勇気では、まずあり得ないことだった。
「さて、と……」
救出された人達にけが人が居る場合に備え、太助は救護テントへと――いつもとは勝手の違う仕事に向かう。
太助は基本的に、正義の方針が狂気的な物に代わって以降、軍医としては一般人の救護などしていない。
「さて、んじゃ行こうぜタカ! 大輔!」
「うん。それじゃ、大輔――またあとでね」
「期待してるからな」
そう言って、大輔は綾香と鷹久に拳を差し出し――2人はその拳に、自分の拳を合わせた。
「…………」
あり得ない事じゃないし、誰もが不通に出来る事の筈。
だと言うのに、ここまで遠い事になっても良い事なのだろうか?
「――って、何考えてるんだ僕は」
そう呟きつつも、太助はそう思わずにはいられなかった。
――そして。
結果として、人質は全員救出。
死傷者は0で、テロリストたちは全員が捉えられ、今は護送中と言う……
「――意外なのか当然なのか、もうわからなくなったかな?」
太助がそう思わずにはいられない結果だった。
「御苦労さま、綾香に鷹久。ほら、差し入れ」
「おっ、サンキュ!」
「ありがとう」
……人はわかっているのだろうか?
人は誰もが悪になりえる事も、善が覆らない訳がない事も。
情なんて通用しない、願いなんて届かない、変化なんて邪魔なだけ。
必要なのは変わらぬ日常と、それを維持する為の力であり、守る事に意味などない――悪を殺し、脅威を取り除く事こそに意味がある。
そう願っているから、この光景が夢現になってしまう。
眼の前の3人を見て、太助はそう思わずにはいられなかった。
「あっ、東城先生。お疲れ様です」
「……お疲れって程の事なんてやってないよ」
「でも、太助さんみたいな名医が居るから、ケガしても安心だよなー」
「はいはい、変な所まで大輔に似ない」
「うっ……」
大輔が気まずそうに顔を背け、綾香はにっと笑みを浮かべる。
「へーっ、大輔も結構やんちゃなんだな」
「綾香、その言葉そっくり自分への物だからね?」
「けど悪くはないだろ?」
「ま、腕を信じてくれるのは嬉しいけどね」
――これが、現実であってほしい。
そう本気で願わずにはいられない程、太助は居心地の良さを感じていた。
「あっ、あの……」
その会話に割り込む、年配の男の声。
振り向けば、今回人質にされていた人達が総出で立っていた。
「この度は、本当にありがとうございました。貴方方のおかげで、こうして無事で居られます」
「よしてください。貴方達が無事で、本当に良かった」
「貴方方、正義と勇気の陣営の方々には、どう感謝を表して良いか……」
「……反吐が出る」
「? 太助さん、今何か……」
「ごめん、ちょっと席外すよ」
太助はその場から走り去り――いや、逃げる様に去って行った。
そして……
「うっ……ぐっ、げほっげほっ! うっ、ぐえっ……はぁっ……はぁっ……」
――感謝の言葉に対する嫌悪感が、本物の嘔吐感を催したが故に。
笑顔の下に、人をゴミの様に嘲笑う冷酷さが隠れている事
拍手喝さいを惜しみなく行う手で、罪なきサイボーグ義肢装者を殺められる事。
惜しみない声援を送るその口で、情なき罵倒を幾度となくぶつけられる事。
その感謝の意で、他人を斬り捨て絶望させられる事。
それらは、他人を斬り捨てる為の――自分には関係ないと証明する、保険を得る為の要素。
そう連想出来てしまった太助には、彼らの感謝はイカサマ臭に満ちたニセモノ以外の、何物でもなかった。
「……はっ、ははっ……」
――ボクニハ、ホントウノイミデコノセカイニイルコトハデキナイ




