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大罪と美徳 短編集  作者: 秋雨
シリアス系
20/31

IFの世界に迷い込んだら(中篇

「……成程ね」


自身の身体には、傷は残っている。

暴徒に襲われ、全てを失った後に正輝に拾われた事――それだけは変わっていないらしい。


変わったのは、サイボーグ義肢以降の事。

サイボーグテロは起こらず、寧ろ成功して今や何千もの義肢装備者の人生を大きく変えた、救世の技術とまで評される物になっている。

現に、太助の携帯端末の待ち受け画面は、あの時暴徒に殺された筈の自身が手術を手がけた子供と、その友達と思われる幾人ものサイボーグ義肢装備者の子供達との記念撮影らしき物になっている。


そこからは、太助が納得するのは早かった。


自分のサイボーグ義肢が認められていたら、こうして笑っていられた未来もあっただろう。

大輔も九十九にならず、夏目綾香と対立する事もなかったし、一条宇宙と北郷正輝が決闘をする事もなく――正義と勇気が決裂する事もなく、2枚看板で居られたかもしれない。


「――今位は、友達として接しても、バチなんて当たらない、よね」


“仏の顔も三度まで”――もう2回も裏切られている以上、自身にこれ以上はない。

けれど、その2回目が存在しないなら……


「――よし!」


太助は携帯端末を片付けて、宛がわれたテントを出て、周囲を見回し――


「あっ、居た」


大輔達の姿を見つけ、声を掛け――。


「へえっ、そんなことあったのか」

「ああっ、大輔にも見せてやりたかったな」

「そりゃ確かに見たかったな。けどさ綾香、この前――」

「おっ、何だよ?」


――ようとして、やめた。

あれが本来のやりとりだと思うと、割り込むのは気が引けたために


気の知れた親友――傍から見れば、そう見えた。

中原大輔は人懐っこく素直で明るい性格で、正義感の強くて優しく誰よりも純粋だった。

そんな彼と、まっすぐで活発な夏目綾香は、きっと良い親友になれただろう――と、太助は素直にそう思った。


夏目綾香と中原大輔の違い……それは多分、まっすぐか純粋か、なのかもしれないとも。


「綾香! 大輔! そろそろ時間だよ!」

「ん? ああっ、もうそんな時間か。じゃあまたあとで」

「ん、じゃあな」

「--さて、と」


大抵、任務の動向は新型兵器の実装データ収集の為。

しかしこの世界では、兵器開発等手掛けないメディカルオンリーな為、軍医としての準備だけでいい。


「――あっ、そうだ」


どうせなので、どう手掛けるかも見に行くのも悪くないと思い、太助は部下に指示を出して一路大輔の元へ。



事件は、大地の賛美者のテロ実行部隊が、人質数百名を取っての立て籠り。

周囲には軍用パワードスーツが数体取り囲んでいて、中には索敵装備のパワードスーツまで居て、潜入は厳しい。


「作戦はこうだ――俺達正義がまず、相手の目を引く。そこで綾香と鷹久が潜入して、人質を少しずつ“瞬間移動テレポート”でこちら側の、相手の目の届かない場所に移して――」


正義戦闘部隊の作戦会議――それは本来なら、いらない手間だった。

“悪を”、“滅ぼす”――それ以外を眼中にも入れないのだから、簡単に事が終わる。


勿論その後に、上級系譜がケンカ一歩手前の口論を行い、それで仲裁していったん別れるがセオリーなのだが……


「――ここじゃあり得そうにないね」

「何がですか?」

「いや、こっちの話――それじゃ、頑張りなよ。鷹久君」

「はい」


――この場に居る誰もが、懸命に同じ目的の為に動き出す。

太助の知る正義と勇気では、まずあり得ないことだった。


「さて、と……」


救出された人達にけが人が居る場合に備え、太助は救護テントへと――いつもとは勝手の違う仕事に向かう。

太助は基本的に、正義の方針が狂気的な物に代わって以降、軍医としては一般人の救護などしていない。


「さて、んじゃ行こうぜタカ! 大輔!」

「うん。それじゃ、大輔――またあとでね」

「期待してるからな」


そう言って、大輔は綾香と鷹久に拳を差し出し――2人はその拳に、自分の拳を合わせた。


「…………」


あり得ない事じゃないし、誰もが不通に出来る事の筈。

だと言うのに、ここまで遠い事になっても良い事なのだろうか?


「――って、何考えてるんだ僕は」


そう呟きつつも、太助はそう思わずにはいられなかった。



――そして。


結果として、人質は全員救出。

死傷者は0で、テロリストたちは全員が捉えられ、今は護送中と言う……


「――意外なのか当然なのか、もうわからなくなったかな?」


太助がそう思わずにはいられない結果だった。


「御苦労さま、綾香に鷹久。ほら、差し入れ」

「おっ、サンキュ!」

「ありがとう」


……人はわかっているのだろうか?

人は誰もが悪になりえる事も、善が覆らない訳がない事も。


情なんて通用しない、願いなんて届かない、変化なんて邪魔なだけ。

必要なのは変わらぬ日常と、それを維持する為の力であり、守る事に意味などない――悪を殺し、脅威を取り除く事こそに意味がある。


そう願っているから、この光景が夢現になってしまう。


眼の前の3人を見て、太助はそう思わずにはいられなかった。


「あっ、東城先生。お疲れ様です」

「……お疲れって程の事なんてやってないよ」

「でも、太助さんみたいな名医が居るから、ケガしても安心だよなー」

「はいはい、変な所まで大輔に似ない」

「うっ……」


大輔が気まずそうに顔を背け、綾香はにっと笑みを浮かべる。


「へーっ、大輔も結構やんちゃなんだな」

「綾香、その言葉そっくり自分への物だからね?」

「けど悪くはないだろ?」

「ま、腕を信じてくれるのは嬉しいけどね」


――これが、現実であってほしい。

そう本気で願わずにはいられない程、太助は居心地の良さを感じていた。


「あっ、あの……」


その会話に割り込む、年配の男の声。

振り向けば、今回人質にされていた人達が総出で立っていた。


「この度は、本当にありがとうございました。貴方方のおかげで、こうして無事で居られます」

「よしてください。貴方達が無事で、本当に良かった」

「貴方方、正義と勇気の陣営の方々には、どう感謝を表して良いか……」


「……反吐が出る」

「? 太助さん、今何か……」

「ごめん、ちょっと席外すよ」


太助はその場から走り去り――いや、逃げる様に去って行った。

そして……


「うっ……ぐっ、げほっげほっ! うっ、ぐえっ……はぁっ……はぁっ……」


――感謝の言葉に対する嫌悪感が、本物の嘔吐感を催したが故に。


笑顔の下に、人をゴミの様に嘲笑う冷酷さが隠れている事

拍手喝さいを惜しみなく行う手で、罪なきサイボーグ義肢装者を殺められる事。

惜しみない声援を送るその口で、情なき罵倒を幾度となくぶつけられる事。

その感謝の意で、他人を斬り捨て絶望させられる事。


それらは、他人を斬り捨てる為の――自分には関係ないと証明する、保険を得る為の要素。

そう連想出来てしまった太助には、彼らの感謝はイカサマ臭に満ちたニセモノ以外の、何物でもなかった。


「……はっ、ははっ……」


――ボクニハ、ホントウノイミデコノセカイニイルコトハデキナイ


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