吉田鷹久、両手に花の休日を過ごすのこと(1)
「……あーっ、久々の休暇だぜ~」
「うんっ……最近は本当に忙しかったからね」
「ああっ……北郷さんのあの発表、まさかあたし達だけじゃなくて、他の大罪や美徳も、反契約者思想にまでここまでの影響を及ぼすなんてな」
勇気のナワバリの、とある繁華街にて。
正義の発表という、世の情勢に大きなが投じられてからの、初めてのまともな休暇。
「けど意外だったな。まさかいきなりあんな発表をする何て」
「でもそのおかげで、仲裁派閥は何とか形になった事だし、後は何事もなければ僕達も元の鞘に収まるかもしれないから、僕達がどうこう言えないよ」
「――でもあたしは複雑だ」
「それはこれから解決する事だよ。だって、今のままじゃ無理なのは変わらないんだから」
「……確かに、戦闘部隊はまだわかるけど、まさかナワバリに住んでる一般人にまで、あの考えが浸透してただなんて思わなかったけどよ」
その辺りが、綾香には複雑だった。
正義のやり方で出る被害、犠牲は綾香にとって許せる物ではない。
――が、そのやり方を変える事を反対する声が、正義のナワバリの住民……一般人から出ている事には、流石に違和感をぬぐえない。
「――正義のやり方がああだって言うんなら、実体はこうかよ」
「あそこの住民にとっては、欲望を斬り捨てないと平和なんて訪れないって考えが普通で、正義のナワバリが唯一の安住の地、正義の思想が平和の象徴って事かな」
「……異常の上をいってんな、もう」
「僕もそう思うよ。でもニュースで報じられてる政府への抗議、デモ行進を見る限りじゃ、間違いなく北郷さんしか信用してないみたいだからね……でも綾香」
「わかってるよ……あたし達より正義が信じられるってのは気に入らねえが、流石に人が誰を信じるかを蔑ろにしちゃ、一体何の為に正義を否定するのかわからなくなっちまう」
「まあとにかく、今はこれをプラスに考えようよ。まずはあの人たちに信用して貰うには……」
Prrrr!
「――? はい……え? うん、わかった。すぐ行く」
「なんだって?」
「お客さんだって。慈愛から」
「慈愛? ――へえっ」
「……綾香、ニヤニヤしながら見ない」
――所変わって。
「お久しぶりです、鷹久さん」
「やっぱり蓮華さんだったんですね。今日は、どうされたんですか?」
「いえ、私は今日休暇なのですが、今日に限って友人もつぐみも仕事で居なかったので」
「なーる程、それでタカにデートの誘いか?」
「ちっ、違います!!」
訪れたのは、慈愛の上級系譜、黛蓮華その人だった。
怜奈の付き添いでの常備服である執事服ではなく、男性物のラフな格好――男装の麗人の名に恥じぬ、品のある落ちついた美男子として出来あがった姿で。
「てか、相変わらず男物しか着ねえんだな」
「――私はこういう格好の方が、周囲の受けが良いので。それに服を買いに行っても、店員は決まって男物しか勧めませんから」
「でも買う位は出来るだろ?」
「いえ、それが……」
「……? 何か問題あるのか?」
「ええ……私はスカートを穿いた事がありません」
綾香と鷹久の眼が点になった。
「それ、本当ですか? 綾香でも時々穿いてるのに」
「綾香でもってなんだよ!?」
「本当です。ご覧の様に、私は中性的な顔立ちで、昔から男物の服ばかりを着てた物で――怜奈様とつぐみに聞こうとも思ったのですが、どうも切り出しにくくて」
嘘を言ってる様にも見えず、鷹久と綾香は目配せをして頷いた。
「じゃあさ、あたし達と一緒に服見に行かねえか?」
「僕達も丁度今日、休暇だったから」
「――でしたら、お願いします。それに私も貴方達と話したい事がありましたので」
「心配しなくても、あたしとタカは付き合ってねえぞ?」
「違います!」
「もう綾香、蓮華さんを困らせちゃだめだよ」