Ⅷ
「いただきます」
「いただき…ます」
久しぶりの私の食事は、彼の無感情な視線を受け続けながらのものになった。
「美味しくできたと思うんだけど、どう?」
「お、美味しいよ。とっても」
「よかった」
彼の作る料理は本当に美味しくて、本来ならもっとリラックスした状態で食べたかったのに、今の私には言い様のない強い緊張感が付きまとっている。優しい笑顔を向けられているのに、身体の芯から冷えていくような感覚を覚えた。食事中はずっと俯いたまま、彼と目が合わないようにしていた。
「ごちそうさま…」
もしも残したら何をされるかわからない。その一心で、空いていないお腹に無理矢理全部詰め込んだ。
「うん。全部食べてくれたんだ。残すかと思った」
わざわざそんなこと言わなくたっていいのにと思って彼の方を見ると、浮かべていたはずの笑顔がそこになくて、何もない、完全な無表情の彼と目が合った。思わず後ずさった。椅子が引きずられて嫌な音をたてた。
そんな私の様子を見て、彼は綺麗な笑みを浮かべる。美しい弧を描いた口がゆっくりと開かれる。
「夕食は、何がいい?」
「いやぁ、みんなで食べるのは久々だねぇ」
ほのぼのとした父の言葉とは裏腹に、向かいに座る彼の視線は、私を突き刺したっきり一切逸らされることがない。
「イリアが急に部屋から出てこなくなって心配してたのよ?」
「ごめんなさい」
母の言ったことはもっともで、私はそれ以外の言葉が浮かんでこなかった。
「シアンくん、ありがとうね。イリアのこと面倒見てくれて」
母が彼に話しかけると、今まで一切動かなかった視線が母の方へと移った。
「いえ、イリアは大切な人ですから」
人懐っこい笑顔を浮かべて彼は答えた。すぐに彼は私を見て、
「心配だったんだよ? 何かあったのかと思った」
優しい声色でそう言った。
「な、なにもないの。ただ、ちょっと…」
「ちょっと?」
彼はわざとらしくこてんと首を傾げた。こんなに恐怖を感じているというのに、そんな彼の仕草があまりに綺麗で見とれてしまいそうになる。
「シアンくんがしっかり者だから甘えたくなっちゃったのかしらね」
楽しそうに言う母に便乗して、私は頷いた。
「そ、そうなの。私あんまり甘えたりしたことなくて」
「そうだったんだ。嬉しいけど、これからはみんなに心配かけない方法にしてね?」
「うん…。ごめんね」
とりあえず彼を怒らせてはいないはず。私はこれ以上彼の視線に耐えられないと感じ、急いで夕食を終わらせた。