Ⅶ
「イリア、起きないのか?」
扉越しに聞こえる声に、私は返事をせずにベッドの奥に潜り込む。
少しして、扉の前の気配が消えると、私は頭だけ布団の外に出して時計を探す。
「もうすぐお昼…」
このまま起きないとシアンくんを困らせてしまう。そうとわかっていても、彼に会いたくなかった。
彼の顔を見たら、きっと初恋の話を思い出してしまう。彼が誰かを好きだった話なんて聞きたくなかった。
「今日はもういいや」
私は気持ちに蓋をするように、眠くない目を閉じた。
「イリア、イリア」
コンコンとノックし続ける音と、私の名前を呼び続ける声。
「具合悪いのか? 何かあった?」
心配する彼に、私は何を答えるでもなくベッドに座ったままでいた。
「イリア、起きてるなら返事してくれないか? 心配だからさ」
「別になんでもない」
いつもは無視していれば扉の前からいなくなるシアンくんだったけど、今日はいつまでも居座っていそうだったので、とりあえず返事だけした。
「そっか。食事置いておくから食べて」
「わかった」
それだけ伝えると、シアンくんは扉の前から立ち去った。
一度拒絶すると、なかなか受け入れられなくて。
シアンくんと普通に話したいと思っているのに、閉めた扉を開けることができずにいた。
それは、突然の出来事だった。
「イリア、イリア」
いつも通り、返事をしなかった。
「寝てる? 起きてる?」
「…起きてるよ」
いなくなってくれそうになかったから、返事をした。
それまでは、いつも通りだったのに。
「そう。じゃあ開けるよ」
「え…?」
閉めた扉は、あっけなく開かれた。
「な、なんで勝手に開けるの…」
私の問いかけに答えず、シアンくんは部屋に入ってきた。
「ちょ、ちょっと」
黙ったまま扉を閉めて、シアンくんは私に優しく微笑みかけた。
「っ」
微笑んでいるはずなのに、彼は背筋が凍りつくような、冷ややかな目をしていた。
「イリア、今日の昼食は何がいい?」
「え?」
「イリアが好きなのにしてあげるから。教えて?」
気がついたら彼は私の隣に座っていて、本当に穏やかな声で問いかけてきた。
「俺、頑張って待ってたんだけど、あんまり待つの得意じゃなくてさ。イリアがなかなか出てきてくれないから、俺がこじ開けちゃった」
くすっと笑う彼は、確かに笑っているはずなのに、どこか無感情に感じた。まるで、人形みたい…。
「イリアは意地悪だね。俺がこんなに好きなのに、俺のこと無視するんだもん。俺、焦らされるの嫌いなんだよねぇ」
「あ…し、シアン…くん?」
「呼び捨てでいいよ。付き合ってるんだし」
付き合ってる?
「誰と…誰が?」
「えー。何それ。俺のことからかって楽しい? それともちゃんと聞きたいのかな?」
可愛いなぁ、とくすくす笑う彼が不気味で、怖くて、この場所から逃げ出したいのに足がすくんで動けなかった。
「俺とイリアに決まってるじゃん。こうやって教えてあげるのは今回特別だからね? イリアはいい子だから、ちゃんと理解できるよね?」
その人形のようにどこか無感情な彼の言葉に、ただただ頷くことしかできなかった。
なぜか、病みました|д゜)