Ⅵ
「やっと女装さんじゃなくなったかぁ」
「うっせぇ。元はと言えばお前のせいだろっ?」
「そんなの知ったこっちゃないもん」
「あの…」
「ん? どうしたの、イリアちゃん?」
「何かあったか?」
急に口を開いた私を不思議に思ったのか、二人ともこちらを見て首を傾げている。
「あの…。どうして王子様がいらっしゃるのでしょうか」
そう。シアンくんに知り合いが来るからとだけ告げられ、現われたのが王子様だったときの私の頭の中は一気に真っ白になって、それからしばらくこれが夢か幻ではないかと疑い続けていた。
「どうしてって、僕はシアンの友達だからさ」
「知り合いが来るって伝えてなかったっけ?」
王子様が知り合いって、どういうこと…。
「知り合いって言ってたの? ひどいなぁ。僕はれっきとしたシアンの友達だと思ってたのに」
「俺は願い下げだな」
「冷たいなぁ、シアンくん」
楽しそうな二人を見ていれば、二人がとても仲のいい親友であることが伝わってくる。
「それにしてもさっぱりしたね」
王子様がシアンくんの頭を指さして言った。
「女でもないのに伸ばす必要ないだろ。短いって楽だな! シャンプーとか少なくて済むし」
「もったいないなぁ。せっかくあんなに長かったのに」
「黙れ。あれ夏暑くて仕方ないし手入れ大変だしで疲れるんだからな」
私のことを好きだと告げてくれた次の日、シアンくんは長かった髪をばっさりと切った。くせがなくて綺麗だったのにもったいないと私も思ったけれど、髪が短くなったのがとても嬉しそうだったから言わなかった。
それから、女の子の恰好もしなくなって、シアンくんが相当な美少年であったことに気づかされた。まぁ、シンシアがとっても可愛かったから当然と言えばそうなんだけど。
どんな服を着ても、人形のような魅力は変わらなくて、表情の豊かさに思わず見とれてしまうことが多くなった。シンシアのときとは違って、どこか一緒にいると緊張するようにもなった。今までのように話すのもままならなくなって、ぎこちなく接するようになってしまった。それにシアンくんも気づいているはずだけど、態度ひとつ変えずにいてくれている彼に私は救われている。
「そういえば夏になったら結んでたよね」
「一つにまとめてたなぁ。でも長くなりすぎてただのポニーテールになったときは何か大事なものを失ったような気がした」
「年中女の子だったよね」
二人の楽しそうな会話に割って入る気にもなれず、私はただ黙って座っていた。
「でもまさか、それがシアンの初恋に影響与えるなんて思わなかったよ」
初恋…。シアンくんの。
「初対面で可愛いねって言われたから引くに引けなかった」
「人生終わったって言ってたもんね。あのときは何があったのかって焦ったよ」
シアンくんの初恋の話なんて聞きたくない。
私の心にその思いが浮かんできたとき、自分自身を疑った。
ずっと妹だと思っていた子。その子が男の人だって知って、驚いて、好きだって言われて、私の生活はがらりと変化した。
でも、どこかでそれは、初めて告白されて浮かれているだけで、シアンくんのことが好きとかはわからないまま、ただ単に舞い上がっているのだと思っていた。
けれど、違う。
私はシアンくんが好きなんだ。
だって今、確実に思ってしまった。
初恋の相手が私だったらよかったのに、と。
「なぁ、どう思った?」
突然シアンくんの声が耳に届いて、弾かれるように顔を上げた。
「え?」
「だからさ、急に抱きしめられてって話」
「…………よく、わかんない」
「え?」
「そ、そんな話されても、知らないよ。よくわかんない」
私がそう言うとシアンくんはどこか残念そうな顔をした。
「そっか。ごめんな、急にこんな話して」
「……別に、いいけど」
今にもひどいことを言ってしまいそうになって、私はただ俯いて誤魔化していた。
そんな私の様子に違和感を感じたのか、王子様が別の話をしようと切り出して、二人はまた談笑しだした。
どうしてそんなこと訊いたの?
浮かんだ疑問に、答えてくれる人は誰もいない。