Ⅴ
「えっと…、つまり…、その…」
向かいに座ったシンシアが視線を泳がせながら口を開く。
「俺は、シンシアじゃなくて…シアンっていう名前で…」
「シアン?」
「そう。それで…、お、男、なんだ」
「男…の人?」
「うん…」
小さく頷いたきり、シンシア…じゃなくてシアンくんは喋らなくなってしまった。
突然告げられた真実に、私自身もどう対応すればいいのかわからなくて、シアンくんの方を見ることもできずに黙っていた。
妹だと思っていたシンシアが、実は男の人で、なぜか女装をしていた。
私は、その事実を受け止めるのがつらいとか、男の人だったことがショックとか、そういう部分で戸惑っているわけではない。
ただ、シアンくんがシンシアという仮の姿をしなければならない理由が知りたかった。
けれど、これって素直に訊いて大丈夫な問題なのだろうか。とってもデリケートな部分だと思うし、もしかしたら男の人が好きで、そういう恰好をしていたのかもしれない。
もしも男の人が好きだとしたら…。そう思った瞬間、舞踏会での出来事が頭をよぎった。
楽しそうに王子様と踊っていた。シンシアは、王子様に恋をしているのかもしれない。
だったら、応援してあげるのが姉として最善…。
「シアンくんは、王子様が好きなの?」
思い切って口に出した質問に、シアンくんは勢いよく顔を上げて私を見た。
「な、んで、そう思うの?」
「だって…、その、嫌がってた舞踏会に急に現われて、王子様と楽しそうにしてたから」
「あれはっ。ち、違う…」
そう言う声が震えて、どんどん小さくなっていく。
気がつくとシアンくんの顔は赤く染まっていて、表情も苦しそうだった。
「具合悪いの?」
「へ、平気!」
手を伸ばしかけて、シアンくんの声の大きさに思わず引っ込めた。
どう見ても平気そうには思えないのだけど、本人がそう言っているうちは何もしない方がいいだろう。
私はシアンくんの次の言葉を待つために、黙ってシアンくんを見つめた。
「……別に、俺は男が好きとか、そんなんじゃないんだ」
しばらく間が空いて、シアンくんがゆっくりと喋りだした。
「舞踏会に行ったのは、姉…さんが、心配だったから」
「私が?」
私の問いかけに、シアンくんは頷く。
「誰かに目をつけられて、何かされたらどうしようって、思ったら…嫌で」
「そんなこと無いから大丈夫なのに」
まさかそんな風に心配をかけていたとは。思いもよらない言葉に、私は笑いながらそう返した。
「あるんだよ!」
真剣な顔で言われて、私は確かに、可憐な姿の中に隠れる男の人としての彼を見つけた。
いつもふわふわしてて、優しくて、いい子のシンシアには見たことのない、強くて真っ直ぐな部分。舞踏会で見た凛とした表情がそこに重なって、目の前の人物がよくわからなくなっていく。
「イリアは可愛くて抜けてるから、簡単にどうこうされちゃうよ」
急に名前で呼ばれたことと、思いがけない言葉に、私は目をみはった。
「え?」
「何の根拠もなしに、よく知らない場所に一人でいっても平気とか二度と言うな。全然平気なんかじゃなかっただろ。いいだけ声かけられてたし」
シアンくんが畳みかけるようにそう言って、不機嫌そうに視線を逸らす。
「別に、私何もなかったよ?」
「当たり前だ! イリアに声かけたやつ許せるわけないだろっ?」
「?」
シアンくんの言っている意味がわからなくて首を傾げると、面倒くさそうにため息をつかれてしまった。
「王子に頼んで、イリアのこと見ててもらってた」
「王子様に?」
「ちょっとした知り合いなんだよ。会場に入ってく気はなかったんだけど、何かあったときのために近くにいたんだ。すぐ帰るって言ってたくせに帰る気配ないから、帰らせたくて結局ああやって参加することになっちゃったけど…」
「なんでわざわざそんなことしたの? 私なんか放っておけばいいのに」
そう告げた途端、シアンくんが本当に怒ったような顔をして、私を強く抱きしめた。
「いい加減わかれよっ。俺は、イリアのことが好きなんだよ!」
突然の告白に私の頭が追いつくのにはかなり時間がかかって、その言葉の意味を理解したとき、私は言い様のない恥ずかしさと、可愛らしい美少女に見える男の人に抱きしめられているというよくわからない状態に、呆然と宙を眺めることしかできなかった。