Ⅲ
「いってきます」
「楽しんでくるのよ」
「うん」
母に見送られて、私は馬車に乗り込んだ。初めての舞踏会。緊張半分、わくわく半分だった。
シンシアは朝から姿を見せなかったから、もしかしたらまだ怒っているのかもしれない。普段怒らない子だから、どう言って許してもらえばいいのかわからない。
舞踏会から帰ってきたら大変だろうな、と思いながら、私は馬車に揺られていた。
舞踏会の会場は、想像の何倍もきらびやかで、幼い頃によく読んだ絵本の挿絵のイメージそのままだった。
「あれが王子様…」
程なくして現われた王子様は、今まで見てきた男の人とは比べ物にならないくらいに整った顔立ちをしていて、人を惹きつける魅力に溢れていた。
今日、王子様の相手が決まるかもしれない。
自分には関係のないことだけれど、その場所に立ち会うことができると思うと、どうしてもドキドキしてしまう。思った以上に私は舞踏会を楽しんでいた。
「景色も綺麗…」
窓の外に広がるたくさんの輝きに、私はつい見とれていた。
「楽しくないの?」
「え?」
声をかけられて振り返ると、なんと王子様が立っていた。
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて」
「君、名前は?」
「えっと……、イリア・コーデットです」
「コーデット…。君がそうか」
「あの、何か?」
「いや、なんでもないよ。楽しんでね」
王子様は優しく微笑んで、その場を立ち去った。
なんだかいい人みたいだ。
私の王子様への印象はそれだった。
そのあと、私は初めての舞踏会でうろちょろと動き回って、それなりに楽しんだ。
そろそろ帰らないと遅くなってしまう、と思ったとき、入口の方がざわざわと騒がしくなり始めた。
「うそ…」
入口に目をやってその姿を見たとき、私は目を疑った。
くせの無いまっすぐな長い金髪、透き通るような白い肌、二重のぱっちりとした大きな目に、曇りのない青い瞳。
それはまさしく、私の妹、シンシアだった。
「シン…シア?」
身動き一つ取れない私のすぐそばを、シンシアが凛とした表情で通り過ぎていく。その目には私の姿は一瞬も映ることなく、まっすぐ王子様を見つめていた。
王子様がシンシアを見つけるのに時間はかからず、二人はすぐに踊りだした。
息ぴったりの二人のダンスを邪魔する人なんていなくて、楽しそうに何か喋りながら踊る二人は、絵本に出てくる理想の王子様とお姫様にしか見えなかった。
帰りの馬車の中で、私が思い出していたのは王子様とシンシアの姿だった。
なんだかとっても仲が良さそうで、お似合いの二人という感じだった。
きっと王子様に選ばれるのはシンシアだろう。
そう思ったとき、本当はとっても素晴らしいことのはずなのに、私の心は深く沈んで、小さくしぼんでしまった。
初めてできた妹、シンシア。
明るくて、人懐っこくて、いい子で、可愛らしくて。
そんな妹が幸せになれるかもしれないというのに、私は上手く祝ってあげられないかもしれない。なんて心の狭い姉なんだろう。
でも、でも、仕方がない。
だって私は、シンシアと離れたくないから。




