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XIV

 一度口に出してしまったら、俺は本当の俺を隠すことが出来なくなっていた。

 自分が空っぽであることを知られたくなかった。

 自分に何もないことを知られたくなかった。

 愛情を受けたことがないなんて思われたくなかった。

 優しさも知らないって思われたくなかった。

 いつかばれてしまうけど、まだひた隠しにしたかった。

 自分がただの人形同然であることは、イリアにだけは悟られたくなかった。

「俺はさ……、イリアに会って、初めて自分が何かを知りたくなったんだ」

 たくさん本を読んで、どういうものが「恋人」であるかを学んだ。

 どういうものが「優しさ」かを学んだ。

 人形である自分をいかに人間らしく見せるかだけを考え続けた。

 イリアの前では、不自然さを出したくない。普通の、普通の人間だと思われたい。

 ただ、それだけを思って。

「それまでは、自分は何者でもなくて、他人の言葉に従うだけで。女装だって何も考えずにしていたし、こだわりだって何もなかったんだ…」

 イリアに、軽蔑される。

「でも…。イリアに会って、本当の女だって思われて、自分が男だって言い出せなくて、恋をしたのに好きだとも言えなくて…」

 イリアが、離れていってしまう。

「話しているうちに、もどかしくなって……イリアを抱きしめたんだ」

 イリアに、拒絶されたくない。

「そうしたら、イリアがびっくりしちゃって、そのまま帰っちゃって…。会えなくて、つらくて、嫌で嫌で仕方なくて…。俺、自分が大っ嫌いになった」

 普通じゃない自分を恨んだ。

「なんで、なんで俺は愛を知らないのかとか、優しくないんだろうとか…。まだ答えも出てないのに、それでも俺はイリアと一緒にいたいんだ…」

 みっともないとしか言えない。

 俺にはイリアしかいない。

 だからずっと、イリアに固執して生きることしかできなかった。そして、これからもそうなんだ。

「……じゃあ、シアンくんの初恋って…」

 イリアが不思議そうな顔で俺を見つめた。

「私……?」

 たった今知ったかのように言うイリアに、俺は自分の小さな勘違いに気づいた。

 家にレインを招いて三人で会話をしたときからイリアが妙に俺と距離を置きだした。

 その理由が俺には分からなくて、でも、昔抱きしめてしまったことを今でも怒っているのだろうと思ったら心が締め付けられるようだった。

 イリアが部屋から出てこなくなった。だから俺は、寂しいという感情に蓋をした。きっとそれを認識してしまったら、俺はイリアにひどいことをしてしまうと思ったから。

 でも、それでも我慢には限界があって、何日もイリアの顔を見られないことが俺を異様に焦らせた。気づいたら部屋の扉を開けていた。イリアを見つけて、なんだか安心した。

 俺に甘えたかった、と言われたときは、今まで生きてきた中で一番の喜びを感じた。イリアが俺を必要としてくれた。俺を頼りにしてくれた。

 愛情が何か掴めていない俺には、その喜びは麻薬よりも強く俺の心に居座った。そうして思った。イリアが俺無しじゃ生きられなくなればいいのに。

 本当にくだらないことを思ってしまったと、今なら素直に思える。イリアに遠ざけられて、俺は単に不安で寂しくて、ただただ、自分をイリアに見ていて欲しかった。

「覚えて…なかったの?」

「あ……うん。私、父の亡くなる前のこととかがあやふやで…。じゃあ、シアンくんが抱きしめられてどう思ったって訊いたのは…。そっか……」

 イリアがふっと微笑んだ。

「ごめんね、シアンくん。私、シアンくんが私以外の女の子の話をしてるのが嫌で、ちょっと拗ねちゃってたの」

「拗ねてた…?」

「うん…。だって、楽しそうに喋ってたから…。私なんかよりもよっぽど大切な人なんだって思ったらね…シアンくんが離れていっちゃうんじゃないかって感じて」

 一瞬、イリアが悲しそうな顔をして、俺に抱きついてきた。

「私ね、あなたがシンシアだったときから、あなたが羨ましかった。人懐っこくて、優しくて、可愛くて…。いつもどこかで自分と比べて、敵わないって思ったから。舞踏会で王子様と一緒に踊るあなたを見たら、急にあなたが私の傍からいなくなってしまうって思ったの」

 イリアの声は小さく震えていた。

「そんなの嫌…。あなたとずっと一緒にいたい。あなたが隣にいてくれたら、自分の至らなさに気づいても、あなたとは違って私は完璧じゃないからいいんだって言い訳できるから。だから…一緒にいてほしかった」

 ずるいでしょ? とイリアが問いかけてくる。俺はよく分からなくて、ただ黙ったままだった。

「あなたが男だって知ったら、私嬉しくて仕方がなかったの。だってあなたを王子様に取られなくて済むでしょ? それに、告白されたのも嬉しかった。あなたが離れていかないようにできるって思った。でもね…。完璧なあなたが何を考えているのか分からなくて、怖くてこわくて…。あなたが出かける度に、帰ってこなきゃいいのにとか思って」

 そんな風に思われていたのなんて、とっくの前に気づいていたのに、いざ本人に言われると、思ったよりもきつく感じた。

「最近気づいたんだ。もしかしたら、あなたは決して完璧なんかじゃないのかもしれないって。私と同じように、欠点だらけの人間なんじゃないかって。そう思ったら、あなたが怖くなくなった。あなたを知りたいと思った。嘘で作った笑顔を崩したいって思った」

 最近やたらと質問してくるのはこういうことだったんだと、イリアの言葉を聞きながら思った。

「ごめんね、シアンくん。本当にごめんなさい。私はあなたを、都合のいいように操ろうとしていたの」

 今更だと思った。今までだって相手の望むように生きてきた。だから、イリアが謝ることじゃない。

 でも、そのことを謝られたのは初めてかもしれない。

 やっぱりイリアは特別なんだ。そう思ったらどうしようもなく愛おしくて、俺にすがるようにしがみつくイリアを優しく抱きしめていた。

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