XIII
13から変換できないので、サブタイトルが見づらくなってしまいます。
私からしてみれば、彼の行動は異常でしかなかった。
言葉の端々に感じる優しさには嘘偽りなんて微塵も感じないのに、その笑顔だけがいつも空虚なものに感じた。まるでそれが義務であるかのように、彼は笑顔で私に接する。
私が彼に彼自身のことを訊くと、決まって電池が切れたように無表情になってしまう。でも、私は笑顔を向けられるよりも、そちらの方がずっと楽だった。無表情なはずなのに、そこに妙な暖かみを感じた。
「シアンくんは………何か好きな食べ物とかないの?」
「どうして?」
張りついたような笑顔が、一瞬引きつったように見えた。
「いつも私が好きなものだから…。たまにはシアンくんの好きなものをって思って…」
彼は思考を巡らせるときに、決まって無表情になった。
笑顔の合間に一瞬顔を出す彼の本質に気づいたときに、私はどこかほっとする。本当の彼が見えると、彼があまりに脆くて崩れそうな儚い存在だと分かるから。それに気づいたときから、私にとっての彼は恐怖の対象から、守るべき人となった。きっと彼は、独りで立っていられるほど強い人じゃない。
「別に何もないよ」
その響きはとてつもなく冷たいものだったけれど、私からしてみれば作った暖かさで誤魔化された言葉よりはずっとましだった。
「じゃあ、なんでもいいから、シアンくんの好きなものを教えて?」
何もないって知ってるだろ、という表情が一瞬見えて、私は彼を怒らせてしまったかなと心配になった。だけど、それでもいい。本気で怒ってくれるならそれでいい。彼が彼を偽って私を愛するふりをし続けていたら、きっと彼はいつか本当に彼を手放してしまう。
「俺のことはいいから、イリアが好きなようにすればいいんだよ」
これは彼の優しさ。だと彼が思い込んでいるもの。けれど違う。これは優しさじゃない。
おそらく、きっと、多分、優しいとはこういうものなのだろう。という、彼の想像と予測の出した結論。
だから彼の優しさじゃない。彼の思う最良の人間らしい返答。でも、彼はそのことに気づいていない。それが自分の本心だと思っているから。
「それじゃだめなの。シアンくんのことを知りたいの」
思ったよりも露骨に、彼の不愉快だという感情が伝わってきた。最近、彼は私の前で本当の彼を見せてくれるようになった。それでも粘り強く質問し続けて、彼の思考をかき乱さないと出てこない程度にだけれど。
「イリアはそんなこと知らなくてもいいだろ」
「いや。私、ちゃんとシアンくんを知りたい」
おそらく、彼の頭の中では色々な言葉がぐちゃぐちゃに駆け巡っているはずだ。彼の思い描く「恋人」という形から大きく外れつつあるから、彼はどう軌道修正するべきかを考えている。でも、そんなことさせない。彼が彼であり続けるために。
「イリア、俺は別に何もないよ。気にしなくていいからさ」
「そんなの絶対にいやなの。シアンくんをよく知らないのに、恋人になんてなれないよ」
彼が不意に目を逸らした。
「ねぇ、教えて? シアンくんは何が好きなの? 欲しいものは? 私に教えてほしいの」
「………………………きっと」
とても長い間を空けて、彼はやっと口を開いた。
「きっと………俺のことを軽蔑するよ」
彼はふっと笑みを浮かべた。作られたようなものじゃなく、何かを諦めたような笑顔だった。
「あぁ、こいつは本当に何もないんだなって……思うよ」
無感情なその目は頼りなく揺れながら、それでも私を捉えた。
「俺には……イリアしかいない」
紡がれた言葉から、ただひたすらに一途な愛だけを感じた。




