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11/15

切るところが微妙で

ちょっと馬鹿みたいに長くなってしまっています

その反動で、次回からちゃんと更新できるかが不安です( ;∀;)

9/16一人称の間違いを修正しました

正直言って、後悔している。

「女の子の恰好でいいの?」

 あのときの僕はどうして、

「なんでもいい」

 無感情の返答に、簡単に頷いてしまったのだろう。




 シアンとの出会いは、六歳のとき。偶然彼を拾ったんだ。

 うぬぼれているわけではないけれど、この国はとてもいい状態にある。飢えに苦しむ人も、家が無くて路頭に迷う人もいない。だから、彼は本当に異質に見えた。

 倒れていた。道端に。どこを見ているわけでもなかった。何も考えていないように見えた。苦しそうにも、寂しそうにも見えなかった。ただ、彼はそこにいただけだった。

 同い年の男の子。兄弟のいない僕は、純粋に遊び相手が欲しかった。

 連れて帰って、両親に会わせた。両親は彼を住まわせることを了承してくれた。

「可愛い子ねぇ」

 母親は女の子が欲しいと言っていた。だから、綺麗な顔をしたシアンを女の子だと思ったのかもしれない。

 シアンを見るなり、母親は嬉しそうにそう言って、たくさんの服を用意した。

 シアンは特に何も言わなかった。表情はいつも変わらない。何を考えているのか読めなかった。

「君は、男の子だよね」

 兄弟ができた気がして、嬉しくて、一緒に外で遊ぼうと思ってたのに、シアンはいつもスカートをはいていた。僕はそれが少しだけ不満だった。

「嫌だったら母様に言って、男の子の服を用意してもらうよ?」

 僕の言葉に、シアンは頷くことも、首を振ることもしなかった。

「僕はシアンと外で遊びたい」

 部屋の中でずっと本を読んでいるだけのシアンがじれったくて、僕はシアンを連れて庭に出た。

「一緒に遊ぼ!」

 シアンは基本的に、何をするでもどうでもよさそうだった。

 母に好き放題着せ替えられても、父にジャンルがばらばらの本を与えられても、僕に遊びに誘われても、彼はいつも無表情で、楽しそうでもつまらなそうでもなかった。

「鬼ごっこしよう。最初は僕が鬼! 十秒待っている間に逃げるんだよ?」

 僕が数を数え始めると、シアンは歩いて少し離れたところで立ち止まった。

「何してるの? 逃げないの?」

「……」

 シアンは何も答えなかった。僕は十秒数えてしまったので、走ってシアンとの距離をつめていく。

 手を伸ばして、捕まえたと思った。

「え…?」

 シアンは身を翻して、あっという間に僕の後ろに立っていた。

 それから何度やってもシアンを捕まえることができなくて、鬼ごっこってこういうものだっけ? と心に疑問を残したまま部屋に帰った。




「おはよう」

「おはよう、レイン」

 しばらく一緒にいたら、彼は普通に日常会話ができるようになった。

 相変わらず服装は完璧な女の子だった。それに加えて、元々肩につくくらいあった髪が伸びて、本当の美少女へとステージアップしつつあった。

「また本読んでるの?」

「やることがないからね」

 暇だよ、と言いながら微笑むシアンは、もう本当の女の子にしか見えなくて、僕も感覚が麻痺してきていた。

「本当に可愛いわね!」

「嬉しいですわ、こんなに褒められるなんて」

 母の前では、シアンは完璧な女の子だった。

「この間の本は面白かったかね」

「はい。今までのよりも難しかったのですが、とっても読み応えがありました」

 父の前では、頭のいい素直な子だった。

「シアン、遊ぼっ!」

「いいよ、何しよっか?」

 僕の前では、遊びの相手をしてくれる優しい兄弟だった。

 そのうち、僕にはどれが本当のシアンなのかわからなくなっていった。どのシアンもシアンだった。どれかに無理が生じるなんてことはなかった。まるで人形のようだった。どんな自分シアンだって着こなせる着せ替え人形であり、違和感なく思い通りになる操り人形。彼を簡単に説明するなら、こういう表現になるだろう。

 だから時折、僕は彼を探った。

「嫌いな食べ物ある?」

「別にないよ」

「好きなのは?」

「特にはないかな」

「色とか好みある?」

「あんまりよくわからないんだよね」

「最近はまってることとかあるの?」

「別に何も?」

 彼のことは何もわからなかった。彼はこだわりのない人なのだろうと思っていた。

 でもある日、彼はその綺麗な顔を歪ませて、僕の前に現れた。

「人生が…終わった」

 あまりにも唐突な、スケールの大きすぎる言葉に、僕は何があったのかと驚いた。

 話を聞いて、僕はもっと驚いた。彼は女の子に恋をしていた。

「可愛いねって言われたんだ。男だって言えなくて、話をしていたら悲しくなって、ぎゅってしたら驚いた顔をしていて…。すぐに帰っちゃった」

 そういえば今日はお客さんが来るとか言っていたなと思いながら、今にも泣き出してしまいそうな彼をなぐさめていた。彼のことをよく知らない僕には、たいしたことなんてできなかった。

 それからすぐに、彼は城仕えの人間の家に引き取られた。理由を訊いたら、ここにいても自分が何かわからない気がすると言われた。




 引き取られてからの彼は、男として生きていた。知らないうちに、彼は自分というものを手に入れていったらしかった。

「イリアって子がいたら、知らせてほしい」

 聞いたことのない名前だったけれど、多分シアンの初恋の相手だろうと思った。できるだけ僕も探したけれど、イリアという子に会うことはなかった。

「父が再婚する」

 シアンを引き取ったのは、人の良さそうな夫婦だった。しかし、シアンを引き取ってすぐに妻は亡くなっていた。しばらくは二人暮らしだったが、子連れの女性と再婚することになったそうだ。

「その子供が…イリアなんだ」

 シアンは嬉しそうに言った。でも、続いて告げられた言葉に、僕は驚愕した。

「それでさ…。スカートが欲しいんだけど…」

「え?」

「ほら、昔会ったときは女装してたから…。シアンとしてじゃなくって、シンシアとして再会したいっていうか…」

「それって…。いいの?」

 シアンは困ったように笑った。

「うん。男だと仲良くしてくれないかもしれないし、もしかしたら覚えててくれて、会話が弾むかもしれないし…」

 僕はこのとき、どうして止めてあげられなかったんだろう。

 彼のことを思うなら、意地でも止めるべきだったのに。

「わかった。じゃあ母に話しておくよ」

「ありがとう」

 僕は彼を、追いつめてしまったのかもしれない。




「俺のことなんて何もわかってないくせに…」

 そう言った瞳は本当に無感情で、僕は今までのことを後悔した。

 いつだって彼は完璧だった。でもそれは、人形として完璧であるだけだった。

 最初の彼は、会話すら成立しないような人間だった。喋るようになったのは、僕らがそれを望んだからだ。彼が欲したわけではない。

 彼が初めて望んだものは、イリアという少女だった。僕は彼が望むときに、何もしてあげられなかった。彼がそれでいいのならと、言葉を飲み込んでしまった。

 いつの間にか彼は、不完全で歪で、何もかもが足りない感情を「愛」だと認識してしまった。

「ごめんね?」

 自分が何もできないと感じたとき、僕は彼に謝っていた。自分のここが悪かったとか、何かを詫びたいとか、そういうのが何もないのに、僕はその場しのぎで謝ってしまった。

 多分僕は、許されたいだけだった。

 彼に何も与えず、彼を自分の望むままに操ってきた僕を、彼に許してほしかった。

 僕はとても、ずるい人間だ。

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