Ⅺ
切るところが微妙で
ちょっと馬鹿みたいに長くなってしまっています
その反動で、次回からちゃんと更新できるかが不安です( ;∀;)
9/16一人称の間違いを修正しました
正直言って、後悔している。
「女の子の恰好でいいの?」
あのときの僕はどうして、
「なんでもいい」
無感情の返答に、簡単に頷いてしまったのだろう。
シアンとの出会いは、六歳のとき。偶然彼を拾ったんだ。
うぬぼれているわけではないけれど、この国はとてもいい状態にある。飢えに苦しむ人も、家が無くて路頭に迷う人もいない。だから、彼は本当に異質に見えた。
倒れていた。道端に。どこを見ているわけでもなかった。何も考えていないように見えた。苦しそうにも、寂しそうにも見えなかった。ただ、彼はそこにいただけだった。
同い年の男の子。兄弟のいない僕は、純粋に遊び相手が欲しかった。
連れて帰って、両親に会わせた。両親は彼を住まわせることを了承してくれた。
「可愛い子ねぇ」
母親は女の子が欲しいと言っていた。だから、綺麗な顔をしたシアンを女の子だと思ったのかもしれない。
シアンを見るなり、母親は嬉しそうにそう言って、たくさんの服を用意した。
シアンは特に何も言わなかった。表情はいつも変わらない。何を考えているのか読めなかった。
「君は、男の子だよね」
兄弟ができた気がして、嬉しくて、一緒に外で遊ぼうと思ってたのに、シアンはいつもスカートをはいていた。僕はそれが少しだけ不満だった。
「嫌だったら母様に言って、男の子の服を用意してもらうよ?」
僕の言葉に、シアンは頷くことも、首を振ることもしなかった。
「僕はシアンと外で遊びたい」
部屋の中でずっと本を読んでいるだけのシアンがじれったくて、僕はシアンを連れて庭に出た。
「一緒に遊ぼ!」
シアンは基本的に、何をするでもどうでもよさそうだった。
母に好き放題着せ替えられても、父にジャンルがばらばらの本を与えられても、僕に遊びに誘われても、彼はいつも無表情で、楽しそうでもつまらなそうでもなかった。
「鬼ごっこしよう。最初は僕が鬼! 十秒待っている間に逃げるんだよ?」
僕が数を数え始めると、シアンは歩いて少し離れたところで立ち止まった。
「何してるの? 逃げないの?」
「……」
シアンは何も答えなかった。僕は十秒数えてしまったので、走ってシアンとの距離をつめていく。
手を伸ばして、捕まえたと思った。
「え…?」
シアンは身を翻して、あっという間に僕の後ろに立っていた。
それから何度やってもシアンを捕まえることができなくて、鬼ごっこってこういうものだっけ? と心に疑問を残したまま部屋に帰った。
「おはよう」
「おはよう、レイン」
しばらく一緒にいたら、彼は普通に日常会話ができるようになった。
相変わらず服装は完璧な女の子だった。それに加えて、元々肩につくくらいあった髪が伸びて、本当の美少女へとステージアップしつつあった。
「また本読んでるの?」
「やることがないからね」
暇だよ、と言いながら微笑むシアンは、もう本当の女の子にしか見えなくて、僕も感覚が麻痺してきていた。
「本当に可愛いわね!」
「嬉しいですわ、こんなに褒められるなんて」
母の前では、シアンは完璧な女の子だった。
「この間の本は面白かったかね」
「はい。今までのよりも難しかったのですが、とっても読み応えがありました」
父の前では、頭のいい素直な子だった。
「シアン、遊ぼっ!」
「いいよ、何しよっか?」
僕の前では、遊びの相手をしてくれる優しい兄弟だった。
そのうち、僕にはどれが本当のシアンなのかわからなくなっていった。どのシアンもシアンだった。どれかに無理が生じるなんてことはなかった。まるで人形のようだった。どんな自分だって着こなせる着せ替え人形であり、違和感なく思い通りになる操り人形。彼を簡単に説明するなら、こういう表現になるだろう。
だから時折、僕は彼を探った。
「嫌いな食べ物ある?」
「別にないよ」
「好きなのは?」
「特にはないかな」
「色とか好みある?」
「あんまりよくわからないんだよね」
「最近はまってることとかあるの?」
「別に何も?」
彼のことは何もわからなかった。彼はこだわりのない人なのだろうと思っていた。
でもある日、彼はその綺麗な顔を歪ませて、僕の前に現れた。
「人生が…終わった」
あまりにも唐突な、スケールの大きすぎる言葉に、僕は何があったのかと驚いた。
話を聞いて、僕はもっと驚いた。彼は女の子に恋をしていた。
「可愛いねって言われたんだ。男だって言えなくて、話をしていたら悲しくなって、ぎゅってしたら驚いた顔をしていて…。すぐに帰っちゃった」
そういえば今日はお客さんが来るとか言っていたなと思いながら、今にも泣き出してしまいそうな彼をなぐさめていた。彼のことをよく知らない僕には、たいしたことなんてできなかった。
それからすぐに、彼は城仕えの人間の家に引き取られた。理由を訊いたら、ここにいても自分が何かわからない気がすると言われた。
引き取られてからの彼は、男として生きていた。知らないうちに、彼は自分というものを手に入れていったらしかった。
「イリアって子がいたら、知らせてほしい」
聞いたことのない名前だったけれど、多分シアンの初恋の相手だろうと思った。できるだけ僕も探したけれど、イリアという子に会うことはなかった。
「父が再婚する」
シアンを引き取ったのは、人の良さそうな夫婦だった。しかし、シアンを引き取ってすぐに妻は亡くなっていた。しばらくは二人暮らしだったが、子連れの女性と再婚することになったそうだ。
「その子供が…イリアなんだ」
シアンは嬉しそうに言った。でも、続いて告げられた言葉に、僕は驚愕した。
「それでさ…。スカートが欲しいんだけど…」
「え?」
「ほら、昔会ったときは女装してたから…。シアンとしてじゃなくって、シンシアとして再会したいっていうか…」
「それって…。いいの?」
シアンは困ったように笑った。
「うん。男だと仲良くしてくれないかもしれないし、もしかしたら覚えててくれて、会話が弾むかもしれないし…」
僕はこのとき、どうして止めてあげられなかったんだろう。
彼のことを思うなら、意地でも止めるべきだったのに。
「わかった。じゃあ母に話しておくよ」
「ありがとう」
僕は彼を、追いつめてしまったのかもしれない。
「俺のことなんて何もわかってないくせに…」
そう言った瞳は本当に無感情で、僕は今までのことを後悔した。
いつだって彼は完璧だった。でもそれは、人形として完璧であるだけだった。
最初の彼は、会話すら成立しないような人間だった。喋るようになったのは、僕らがそれを望んだからだ。彼が欲したわけではない。
彼が初めて望んだものは、イリアという少女だった。僕は彼が望むときに、何もしてあげられなかった。彼がそれでいいのならと、言葉を飲み込んでしまった。
いつの間にか彼は、不完全で歪で、何もかもが足りない感情を「愛」だと認識してしまった。
「ごめんね?」
自分が何もできないと感じたとき、僕は彼に謝っていた。自分のここが悪かったとか、何かを詫びたいとか、そういうのが何もないのに、僕はその場しのぎで謝ってしまった。
多分僕は、許されたいだけだった。
彼に何も与えず、彼を自分の望むままに操ってきた僕を、彼に許してほしかった。
僕はとても、ずるい人間だ。




