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ロゴ  作者: スプレー
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07

「馬族の方から夜間に戦端を開く気か……既に奴らは死兵であろうかのう」

「夜更かしは美容の敵じゃわ」

「そ、そうじゃのう」


 村長宅の鉄製の頑強な柵で覆われたバルコニーにイスが二つ並べられ、村長と老婆が隣り合わせに座っていた。

 美容の敵だと主張し、やや背の曲がった老婆は目を細めて門前にて布陣するタクロスの一団を見続ける。


「セイはどうしたんじゃ?」

「ジラフの尻を追っかけていったよ、ククク」

「……」


 村長は小さく溜息をつき、老婆の横顔を見る。


「アンから見てジラフはどうじゃ」

「良く出来る若者じゃな、皆からの信頼も篤く、なんといっても男前じゃ」

「ワシが問うておるのは、村長としての資質の有無なんじゃがのう」


 村長の問いに最初は口元を緩ませ答えたアンと呼ばれた老婆も、村長の後継者としての資質を問うという言に表情を消す。

 二人の老人の座るバルコニーに沈黙が横たわり、至近まで迫る荒々しい命の取り合いが現実感を喪失させる。


「わかっておる。ジラフには村長としての資質があると私も思う。しかし、ジラフの資質云々よりもドラガを悩ませておるのはゲッタの存在じゃろうて」

「……」

「ゲッタは才に恵まれすぎておるからの」


「……そうじゃのう、恵まれすぎている事がワシの悩みの種じゃ」

「先代の村長の主導により、壮年期を迎える者達の世代が十分な教育を受けられなんだからの。ゲッタが仮に暴走してしまっては個人で太刀打ち出来る者は皆無じゃ、多くの犠牲を必要とするじゃろうの」

「言うな、アン。ワシらもあの忌まわしき制度を止める事が叶わなかったんじゃ……」


 村長と老婆は自身の肉体が若く、働き盛りであった頃を思い出し、苦々しい表情を作り出す。




 門前、射程外へと布陣するタクロスの一団の更に後方に広がる住居区画から燃え上がる炎と共に黒煙が立ち昇る。

 小さな火は徐々に燃え広がり、数戸の家々を火で多い尽くし燃え上がる。

 タクロスは元来、平原においての戦闘に長け、立て篭もる相手への攻撃を苦手としているため、襲撃した集落では同様に住居などに火を放ち、打って出るしかない状態へと敵を追い込むのを常としていた。


 タクロスの首長は燃え上がる住居を背に、門前にて動き出す人族の影を凝視する。

 動き始めた人族の影は十人足らずであり、全ての影がどのような仕掛けがあるのか、門を開けぬまま通り抜ける。

 先頭に立ち、タクロスの一団へと悠々と歩き近づくのは自警団所属の青年、ジラフであった。


「村長の代理として告げます。あなた達は我々の所有する地へと無断で侵入し、住居への放火の疑いがあります。武装を解除し降伏するのであれば、村の法の下、裁かれる事を約束しましょう」

「……愚弄するか人族! 我々は全てを奪いに来たのだ!」

「拒否するという事ですね? ではあなた達には死を」


 ジラフがタクロスの集団、後方の村長宅内に避難する村人、双方全てに聞こえる大声で勧告する。

 声量は歌手や詩人も顔負けであったが、その口調は冷淡で事務的なものに聞こえた。

 その冷淡な口調と内容がタクロスの首長の逆鱗に触れ、普段は冷静な性格である首長を激昂させた。


 その激昂した返答にも更に冷淡で事務的な返答をするジラフは、タクロスへの死を告げる。

 死を告げ終えたジラフは左手を腰の後ろにかざし、白い球状の物体を掴み取り、タクロスの一団の方へと投擲する。

 白い球状の物体は首長の前方二十メートル地点で地面へと落下し炸裂する。


 炸裂した物体は閃光弾にしては光量が少なく、大音量を発生させる事も無かった。

 不意を突かれた格好となったタクロスの一団だったが、不発弾であった事に安堵しつつもすぐに騎乗獣の腹を蹴り上げ、武器と投擲や矢を防ぐための特殊加工された盾を構えて突撃する者達と、小型で連射式の弩を構え、対象である人族を射程内へと捉えようとする者達が一斉に前進する。

 幾度もの戦いを切り抜け、幾度もの略奪を繰り返してきた彼らには指揮をする首長の命令を必要としなかった。


 百メートル程の距離であれば騎乗獣のトカゲは加速性能に優れるため、五秒程度で到達する。

 突撃される側にとっては数瞬と思える程の躍動は、タクロスの絶対的な武器であり、命令を待つという事を一切省くことも彼らにとっては理に適った戦術でもあった。

 彼らにとってのことわりが、眼前に立ち並ぶ人族にとっての理とならない事がすぐに顕在化する。


 ジラフによって投擲された球状の物体は不発弾でも閃光弾でも無かった。

 それは無風状態であれば半径三メートル程を瞬時に危険な空間へと変化させる、神経伝達を一時的に激しく乱すために調合された薬品を散布する代物であった。

 一瞬でもその空間へと足を踏み入れた生物は、目に見えぬ巨大な足枷を無慈悲に打ち込まれる。


 指示を待たずに突撃を開始したタクロスの者達は門前にて立ち並ぶ十人の人族へと到達する前に、騎乗獣から崩れ落ち地面へと体を落下させる。

 先行するタクロスの異変を瞬時に感じ取り、手綱を強く引き、前進を停止した者は十五。

 突撃をし、神経伝達を乱され騎乗獣共々動かぬ者は十三組。


 ジラフによって放たれた神経伝達を乱すガスは即効性は高いものの、毒性も低く持続的な身体への負荷もほとんど無い。

 その為、ジラフ達も動かぬタクロスを早急に仕留めるために動き出す必要があったが、彼らに仕留めるべく前進すれば、弩の射程へと踏み込む事を意味していた。


「合図をお願いしますね」

「わかった」


 ジラフは前方にて動かぬ敵の数を瞬時に把握し、自警団の者へと合図をするよう指示を出す。

 指示を受けた者は掌に収まる程度の大きさの筒状の笛を吹く。

 村中に甲高い音が響き渡り、手綱を引き停止し、警戒を強めるタクロスの者達は顔をしかめさせる。


 笛の音は短く三度鳴り響き、それを合図として受けた狩人達が、村長宅の鉄柵の間を音を立てずに通過する。

 鉄柵や門の格子は人族であれば悠々と通過出来る幅であり、人族の侵入を拒む物ではなく、体躯の大きな多種族からの侵入を防ぐために建設されていた。

 狩人達は黒いクロスボウを握り締め、門前の左右、鉄柵からそれぞれ五名づつが進み出る。


 歩行音は限りなく小さく、夜の闇に溶け込むような戦闘服であるために、タクロスの一団からは動き出した狩人の姿を捉える事は出来なかった。

 合図により動き出した狩人達十名は前方で警戒を強めるタクロスとの距離を静かに縮める。

 甲高い笛の音を聞きつけ、タクロスの首長は後方へと下がるよう指示を出す。


「一旦下がり、火を放っている者達との合流を優先する!」


 火を放ち続ける別働隊であるタクロスの五名は、この時点で住居区画にて人族の甲虫に騎乗する生え際の後退した者との戦闘中であった。




「もう到着してやがったか! 危うく俺のコレクションが灰となるところだったじゃないか! 許さんぞ!」

「相手はこいつだけのようだ、すぐに片付けるぞ!」


 ハセは自宅にて自身が収集している衣類を村長宅へと運搬するため、一時帰宅していた。

 特に大事にしている遠方の都市にて購入した皮製の騎乗用ジャケット、サテンで出来たスカーフなどを騎乗虫に取り付けられている鞄へと収納すべく取り纏めていた。

 しかし、住居区画での火災により発生した煙の匂いによりタクロスが到着している事を察知したハセは、騎乗虫へと跨り、サテンのスカーフを首に巻いたまま戦闘態勢を執っていた。


 赤、緑、黄で彩色された闇に映えるスカーフが風になびく。

 ハセは騎乗する甲虫の手綱を少し右に傾斜させて引き、前方にて身構える五組のタクロスと騎乗獣のトカゲから逃走を開始する。

 燃え上がる住居から離れつつ、区画内の狭い通路を甲虫と共にハセは背後を見せる事も気にせずに疾走する。


 今にも攻撃を仕掛けてきそうな剣幕とは裏腹に、すぐに逃走を開始したハセに虚を突かれる形となった別働隊タクロス達は追撃を開始するまでにやや時間を浪費する。

 盛大に舌打ちをし、追撃を開始しようと騎乗獣の腹を蹴り上げ、巨大なトカゲを躍動させるも、既に対象の甲虫に乗る人族は姿を消していた。

 数瞬の戸惑いを生んだ事は、彼らが本隊とは違い若きタクロスの者であった事も起因していたが、それは場数の違いとも言えた。


 戦場とも言えるこの状況下に置いて、不釣合いなスカーフを巻いた男は住居区画の入り組んだ通路を疾走しつつも、頭には現在地と俯瞰して作られた地図により敵との距離を計算していた。

 ハセは一時的に追っ手を振り切ったとはいえ、自警団として村に損害を与える者達を排除するという義務を放棄するつもりは無かった。

 現在、ハセが居る場所は住居区画内では一際通路が狭く、タクロスの騎乗獣では通行が困難である事をハセは瞬時に判断しており、全ての敵を排除すべく騎乗虫から降り立ち、逃走してきた経路を逆走する。


 ハセの姿を見失い、各々が首を左右に振り、連携を取りつつ追撃をしているとは言えぬタクロスの内、住居の屋根の上にて屈むハセを最初に視覚に捉えた者は、その瞬間に首にやや小振りなナイフを打ち込まれ、声を挙げる事も無く騎乗獣から崩れ落ちる。

 突如崩れ落ちた仲間の異変に気付き身構えたタクロス達は、ここへ来てようやく密集しようとするも、狭くなりつつある通路では騎乗獣を上手く操ることが出来ずに、再び万全な警戒態勢を執ることが叶わなかった。

 ハセがその隙を見逃すはずもなく、最後の一本となるベルトのバックルに仕込まれている投げナイフを投擲し、一体のタクロスの左目へと打ち込む。


 投擲と同時に屋根の上から跳躍し、両手に嵌められた手甲から刃を出し、左目にナイフを突き立てたタクロスの晒された首を切り裂き着地する。


「盛大に血を撒き散らすな! 俺の服が汚れてしまうじゃないか!」

「ひ、引けー! こ、こいつは化け物だ!」


 着地と同時に残る三体のタクロスへ向けて挑発的な言葉を大声で発したハセに対して、別働隊であるタクロスは完全に萎縮し遁走を開始する。


「化け物は無いだろー?」

「え」


 騎乗獣の腹を蹴り上げ脱兎の如く逃げ出したタクロスの三体の内、最後尾の者の肩に右手を掛け、ハセは寂しそうな口調で告げる。


「なぁ……化け物はないだろ?」

「は、離れやがれ! 化け物!」


 敵であるタクロスと相乗りをしたままハセは尚も続ける。

 ハセの問いに否定を拒み肯定するタクロスは、肩に置かれた手の感触が消えるのと同時に手甲から伸びる銀色の刃が首筋に深く刻まれる。

 人族よりも太く血流量の多い動脈が切断され、鮮血を夜の闇に吹き上げつつ後方へと体を倒すも、ハセに肩口を掴まれ、騎乗獣の上から落とされる。


「おまえ達は化け物なん……」


 たった今、殺害したタクロスの体を地面へと掴み落としたハセに向かって、前方を逃走しつつも振り向き様にタクロスの生き残りは連射式の弩の矢を三発発射した。

 狙いは騎乗中であり些か精度を欠いたものの、一本の矢がハセの胸部へと突き刺さる。




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