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06

 ゲッタに五名の経験豊かな狩人と台車を押し運ぶ人夫の五名がタクロスの使者が村に訪れた日の翌朝に、村の近隣、森沿いを北へと伸びる古くから人々が踏み固め使用している道を使い、目的地へと向け出発していた。

 彼らを見送る者は少なく、ゲッタ達も日々行っている仕事に出向くのと変わらぬ様子で出発した。

 村人達が冷淡なわけでも、ゲッタ達が疎外されているわけでもない。


 ゲッタ達が日々行っている狩猟行為自体がタクロスの拠点の制圧よりも命を落とす可能性が高く、村に残る者達の心配をゲッタ達がしているほどであった。

 村で呼称される狩人という職業は、一般的に総称される狩人とは狩猟対象が些か違うという事が、村人やゲッタ達の様子に表れていた。




 自警団所属のジラフは食事を取る暇が無いためか、村の特産品であるピクルスを右手に持ったまま、村長宅の執務室にて、机に広げられた設計図に目を落とす村長に報告をしていた。


「村長さん、第二工房の機材の大部分は運搬が完了しましたけど、第一、第三工房の機材は取り外し運搬するには明日まで掛かりそうです」

「ふむ、では第一、第三工房は封鎖しておくようにな。病人、怪我人と家財の移動はどうじゃ」

「病人、怪我人も含め、村人全てが村長宅への避難が完了しています。家財の運搬も同じく全て終えています」


「工房、病院、学校の周囲の壕はどうじゃった」

「はい、先月点検したばかりだったので、すぐにでも使えそうですが……タクロスの跳躍力や技術力が未知数ですから、略奪からは守れないでしょうね」

「そうじゃのう、壕は足止め程度で考えておくのが良いじゃろうな。ところで、ハセはまだ戻らぬか?」


 設計図から顔を上げ、村長は皿に載せられた五本のピクルスから一本を掴み取り頬張る。

 咀嚼しながらも村長は、ジラフの答えを待つ。


「戻ってないみたいですね」

「……」

「……」


 執務室にはピクルスを咀嚼する二つの音がしばし鳴り続ける。


「タクロスの侵攻は想定した通り最短でも今晩以降じゃろうかの、もしくはルートが違ったのかもしれんのう」

「ええ、それと使者が戻らぬ事で拠点へと引き返した可能性もありますね」

「うむ、そうしてくれるのが一番ありがたいのう……」


「ゲッタ君の事を彼らが知っていた可能性もありますね」

「主に白馬族や温厚な種に分類される馬族には知れ渡っているようじゃがのう、タクロスがゲッタを知っておればこの村に使者を送る事も無かったじゃろうな……」

「それもそうですね。となると、使者を送った後ですし、間違いなくここへ向かってますよね」


 村長は深く頷き、皿の上のピクルスを掴みジラフへと放り投げる。

 村長の手から離れ、放物線を描くピクルスはジラフの左手へと向かう。

 ジラフの左手は寸分も動かされる事は無かったが、ピクルスはしっかりと手に収まる。


「相変わらずピクルス投げの天才ですね」

「これだけは唯一ゲッタには負けぬ才じゃからのう……」


 老人と青年は執務室にてお互いを慰めるような視線を交差させ、口元を緩ませる。




 昼から夜へと向かう頃、森の中を進む一団が居た。

 およそ六十体の集団は手足の一部を失っている者、目を失っている者、見た目にはわからないが体内の臓器を損傷している者など過半数以上の者が深手を負っていた。

 馬族の軍装を纏う一団の後方を大きな荷を背負い歩く、布の腰巻と首に首輪を嵌めた非戦闘員と思わしき羊族の男達の傷は深く、灰色の体毛はもはや赤い体毛と言える程に血で染まっている者が大半を占めていた。


「首長、医療品がかなり不足しています。従属兵だけではなく本隊の者達への治療も滞っております」

「森を抜けるまで、あとどの程度だ?」

「三時間、いえ、傷を負う者が多いため四時間程掛かりそうです」


 体躯の大きな馬族の横を付き従う形で歩く軍装に身を包んだ馬族が、目線を地面へと向けて話す。


「従属兵の方はどうだ? もう使えぬか?」

「……はい、先の戦闘において半数が死亡、森に入ってからは更に三名が脱落しております」

「そうか。では森を抜けてからは我々だけで目的地へと向け騎乗獣で一気に侵攻する。騎乗に耐えられぬ者達は従属兵と共に後方より目的地へと向かうよう手配せよ」


 首長である体躯の大きな馬族は他の馬族とは違い、威厳のある大きなたてがみを少しだけ揺らし、隣を歩く部下であり友である馬族に告げた後、しばし無言で友の姿を凝視する。


「ケラ……いつまでだ」

「……」

「答えよ」


「動けるのは明日までかと……」

「そうか」


 首長の問いに答える事を拒もうとしたケラと呼ばれた馬族は、浅い傷は数多く作ってはいたが、しっかりとした足取りで歩き続けていた。

 しかし、軍装で隠していたが、腹部に二つの深い殺傷を負っており、その傷は内臓にまで到達する程の深さであったため、戦いに身を置く戦士には既に自身の命の灯火が尽きる事を直感していた。

 同じく永きに渡り共に戦いに身を置き続けている友である馬族の首長の目をごまかす事も、不可能であった。


 油断、彼ら馬族の間にそのような思考は既に微塵も無かったが、血の匂いが彼らから強く発生していたため、風上から様子を伺う生え際の後退した人族の者の姿に気付くことは叶わなかった。

 必要な情報、主に戦闘が可能であろう馬族の数及び、騎乗獣の状態、進行速度、武装などを生え際の後退した頭に刻み込んだ男は静かに馬族の集団から距離を置き、木に繋いでいた騎乗虫である巨大な甲虫の背に乗り、森を疾走する。

 この騎乗虫を操る能力こそが、この生え際の後退した男の最も秀でた能力であるのだが、村人や自警団の同僚、部下からの尊敬の念はその騎乗する姿の愛らしさから、親しみや馴れ馴れしさを以って応えられていた。




 騎乗虫の背に乗り、タクロスよりも早く村へと到着したハセが村長宅の門を潜り、報告を行った。

 昨夜から一切の動揺を見せなかった壮年の男や女も、ハセからの報告を村長によって布告され、戦いが目前へと迫っている事を知り、幾ばくかの緊張の色を示し始め、寝ている者も起こされ村長宅に築かれた砦を突如、喧騒が覆い尽くす。

 ハセの分析通りであれば、タクロスの到着はおよそ一時間後。


 偵察により判明した、主に外傷のみであるが、深手を負うタクロスの数は十五。

 歩行すら困難であろうタクロスはその内の十三であった。

 捕虜の供述では五十のタクロスとあったが、ハセによる最新の情報ではまともに動けるであろうタクロスの数は三十三であった。


 そして従属兵の証である首輪を嵌められた羊族は供述に比べ、数は十と半数以下であり、足取りもタクロス以上に重く、ほぼ全ての者が深手を負い、灰色の体毛は赤く染まっていた。

 村長達はこの情報を耳にした時点で敵の武力を下方修正したが、侵攻スピードの速さには足元を掬われる形となっていた。

 早ければ今晩。そう村長も予想し、村人にも告げてはいたが、これは最悪を想定した場合の予想であり、充分な備えを取れているとは言えなかった。


 やや焦りの色を浮かべ、村長宅の門から工房のある区画へと騎乗虫の甲虫を操り、疾走していくハセの姿を、村人達の騒がしい声に目を覚ましたレスタが天幕から顔を出し目撃する事となった。

 レスタが目を覚まし寝床から抜け出した事に気付いた母であるネイは、背後からレスタの小さな肩に手を置く。


「レスタ、どうしたの?」

「大きな虫が走って行ったよ」

「あら、ハセさんの騎乗虫かしら」


「母さん、あれは食べられるの?」

「とても高価な騎乗虫と聞いた事があるから、誰も食べないと思うわよ」

「そう……」


 食す事への興味ではなく、吸引すればどれ程の再生力を保有出来るのか、その事への興味からレスタは母に騎乗虫の甲虫について質問した。

 ネイが答えたように、村では唯一の騎乗虫であり、交易都市の豪商や遠方にある封建領主などの間では、村人数十人が一生遊んで暮らせる程の金銭で取引される珍種である。


「レスタも男の子ね、騎乗虫は男の子の憧れですもんね」

「うん、僕も乗ってみたい。あの髪の毛の少ない人のように」

「そ、そうね、ハセさんだけがあの騎乗虫を操れるそうよ」


 ネイは微笑みに僅かな困惑を混ぜた顔をレスタの背中に見せる。


「レスタは大きくなったらゲッタさんやハセさんのようになりたい?」

「……」


 不意にネイから問われたレスタは小さな体を僅かに硬直させたまま振り向き、母の顔を見る。

 ネイは微笑を浮かべてはいるが、レスタにはすぐに試されているという事が見て取れた。

 言葉による意思疎通が可能となって以来、ネイはレスタの特異性を個性として捉えており、特性をしっかりと見極めようと観察し、レスタが興味を持つ物事を把握するよう努めていた。


「なれないと思う」

「どうしてそう思うの?」

「目が良くないから」


 レスタの言葉にネイは虚を突かれた格好となる。

 赤い瞳である事、村では唯一の瞳の色である事を我が子は知覚しており、その事に劣等感を抱いているのではとネイは考えた。

 レスタはそのような卑屈な考えなど抱いていなかったが、自身の特異な体質の代償として目の寿命が短いだろうという事も理解しはじめていた。


 腐敗、吸引、再生といった特異な力を使用する実験は三年の間に繰り返し施行していたが、一定量以上の使用を行った後には眼球の奥に激痛が走り、血の涙を溢れさせる事もしばしば起きた。

 再生能力によって目をその都度治癒出来れば問題は無かったが、何故か不可能であった。

 この事からレスタは特異な力には代償として己の目の劣化があるのだという考えに行き着いた。


「母さん、そろそろ支度をした方が良さそう」

「え? どうしたの、レスタ」


 レスタが静かに母に告げたのと同時に、村の外れから騎乗獣の足音と共に怒号が、天幕内のレスタとネイの耳へと届いた。




 夜空に浮かぶ半月を見上げて村長がジラフと共に歩く。


「ハセの予想よりも早いのう」

「ええ、ハセさん、住居区画の方へと単独で出向いていますから、ここは自分が指揮しますね」

「うむ、任せる。ワシは非戦闘員の避難を急がせよう」


 戦いが至近へと迫り、飛び交う指示にも焦りの色が混じる。

 村長、自警団所属のジラフが邸内から姿を現すと既に配置に付く者達が落ち着きを取り戻し、各々が怒号と共に地響きとなり近づいてくる敵へと目を向ける。


 馬族でありその亜種として虐げられる現状を打破するため、略奪を含む侵略行為へと打って出た者達。

 三十五のタクロスと呼ばれる馬族が騎乗獣のトカゲに跨り、無人となった村の入り口を罠や待ち伏せを警戒しつつ通り過ぎ、村長宅の前へと進み出る。

 村長宅の門前から百メートル程離れた位置にて停止し、各々が連射式の小型の弩や、盾と大振りな曲剣を構える。


 タクロスの一団の先頭には巨大な体躯の首長が、腕組みをしたままの姿勢で沈黙を保っていた。




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