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ロゴ  作者: スプレー
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05

 夜にはカンテラの明かりを片手に農具を背負い帰宅する父のガットはすぐに食卓につき、ネイとレスタも含めての家族三人での夕食が日課である。

 レスタは両親と同じ食事に口をつけれるようになり、ネイとガットは我が子の成長に喜び日に二回の食事を何よりも大切なものとしていた。

 不満では無いが、不思議な思いとして、レスタが食事に関して好き嫌いを唱える事が無く、出された食事を残す事も無いため、同年代の幼児と比べ、やはり不思議な子だという思いを強くしていた。


 馬族の使者が村へと訪れた日、出来る限り収穫した農作物を台車に乗せ帰宅したガットは、ネイに事情を説明し、その足で村長宅へと向かう。

 ネイは持ち運べる貴重品や衣類などを集め、レスタと共にガットが先に足を運んでいる村長宅へと向かう。

 既に日は落ち、夜となっていたが村人の多くが村長宅へと集まっており、ネイやガットと同様に農作物や家財、あるいは工具類などの機材を村長宅の広い敷地内へと持ち運んでいた。


 村長宅の敷地へと集まる村人の顔には、緊張した面持ちや恐怖による動揺、混乱を示す者は一人として居らず、子供達は祝祭日のように笑顔を見せていた。

 しかし、村長宅内の大きな作りの窓の無い居室に座る三十名ほどの男達の顔には険しい表情の者が少なからず存在した。

 参集し、席に座る男達は皆が家長、もしくは家長代理であり、ほとんどの者が壮年か初老の者であり、ゲッタやジラフはそんな中では年少者として目立っていた。


 居室の上座に座る村長は、呼び出された者が参集した事を告げられ口を開く。


「……馬族、捕虜の所持品や供述からタクロスであると断定出来たが、奴らの武力と想定される侵攻ルートについても供述を引き出せたのじゃが……。正確かどうかの判断はまずは置いておき、得られた情報を皆に告げよう」

「村長、その前に一つ良いか? 尋問はアンさんがやったのか?」

「アンはまだ療養中じゃ、尋問は孫娘のセイが執り行った」


 村長の話しを遮って質問したのは上座近くに座る初老の男であった。

 村長はその初老の男の方を向き、答える。一同は村長から告げられた尋問者の名を聞き、少しではあるが表情を曇らせる。


「……確かに皆、心配はあろうが今はセイがもたらした情報を元に我々の戦い方を話し合うしかないじゃろう。まず武力についてじゃが、約五十のタクロスの兵と従軍を強制された三十の従属兵だというのが捕虜の供述じゃ。そして想定される村への到着日は捕虜は知らぬとの事じゃが、使者と共に襲撃中の村から出立し、移動に要した期間は騎乗獣にて半日の行程じゃそうじゃから、明日の夜には敵の本隊がここへ到着する可能性があるのう」

「そっだなー、村長の言う通りだ。アンさんが引き出した情報だったとしても最悪の事態をいつも想定してすべき事をしてきたんだ。俺達がやるべき事は変わんねーんじゃないっかな」


 村長があくまでもセイからもたらされた情報を元に村の指針を決める事を告げ、端整な顔立ちをしたゲッタが両腕を頭の後ろで組みながら村長の意に賛意を示す。

 その賛意はゲッタ個人のものであったが、村内の狩人の中での実力、実戦経験共に抜きん出たものを持つゲッタの言葉には重みがあり、周囲の者にも少なからず影響した。

 狩人達はゲッタの言を聞き、すぐに頷く。自警団や農民、職人などのグループの代表となる者達も反対の意を示そうとする者は居なかった。


「ゲッタの考えに俺も賛成だ。セイが引き出した情報では敵の数は八十との事だが……自警団だけでは村を守る事は出来ないだろうな……」

「うむ。そこで此度も村の者全てで外敵を退けるしか無いんじゃが、問題はタクロスの拠点となる場所じゃろうな」

「拠点か……確かにそれは問題だな」

「ハセさん、村長さんの言ってる意味わかってないでしょ」


 自警団所属の生え際の後退したハセもゲッタの考えに賛意を示し、敵であるタクロスの拠点の問題について意味を理解していなかったが、言葉を濁し体裁を整える。

 すかさず同じく自警団所属のジラフによって指摘されるが、ハセは生え際に手を当て素知らぬ顔で押し通していた。


「村長、タクロスの拠点って確か馬族にしては珍しく山岳地帯にあるんだっけか?」

「そうじゃ、元は大平原を拠点としておったが幾度かの戦乱によって実り少なき地へと追い込まれたからのう」

「ここからタクロスの拠点までの距離は?」


「少数、機動力を優先させた移動となれば麓まで三日、そこから拠点となる山の中腹まで徒歩で一日じゃろう。問題は距離ではなくガイドを調達出来るかの方にあるじゃろうがな」

「なっるほどなー、ガイドは俺の方で馬族の知り合いに当たってみるけっど、拠点に居るタクロスの者の数はどっだ?」

「捕虜からの供述では戦える者は集落に十人と残っておらんと申していたそうじゃが……正確な数は不明じゃな」


 ハセが沈黙し、再び村長とゲッタとが敵について言葉を交わす。


「十っかー……村長は村を守りつつもタクロスの拠点へと攻め入るって考えっか」

「うむ、村へと向かうタクロスの本隊を排除出来たとしても、奴らの足の速さを考えれば、我々がタクロスの拠点へと攻め入った頃には、既に拠点から奴らが退去しておる可能性が高いからのう。ゲッタよ、奴らの拠点を制圧するのに必要な数はどれほどじゃと考える?」

「狩人から五人、自警団からも何人か助っ人が欲しいとこだっけど、無理だよな。んー、となると運搬役にじーさん達から五人を併せた十人が最低ラインだな」

「良かろう、拠点の制圧はゲッタに任せる。皆も良いか?」


 村長が集まる村人の顔を見渡し反対が無いか確認する。

 異を唱える者は無く、タクロス拠点への攻撃が決定する。


「村長さん、残りの狩人達の指揮はどうします?」

「ワシが直接指示をしたい所じゃが、前線となる場所ではハセ、ジラフが直接指示を出してくれ。皆も二人を助けてやってくれ」

「了解です」


 ゲッタ同様、やや幼さの残る青年であるジラフが村長に問い掛け、村長から指揮を任される。


「医師、教師、職人、子供に死傷者を出さぬ事。これはいつも通り最優先じゃが、工房、学校、診療所が集まる区画への被害を最小限にする事、その次に住居や田畑も可能であれば保全するよう務めてくれ。タクロス拠点への侵攻をする者達は適わぬ相手であると判断した場合は直ちに戻ってくるようにの、無駄死にだけはするでないぞ」

「……」


 村長の最後の言葉に一同は沈黙し、各々が然るべき準備に向けて思考を開始する。

 その様子を目に収めた村長は席を立ち、窓の無い居室を後にする。

 残された者達は村長を見送った後、口々に同じ持ち場となる者同士で話し始め、準備に取り掛かる。


 その様子は幾度と無く繰り返された手馴れたものであり、緊張や焦りの色を持つ者は一人として居なかった。

 ゲッタはすぐに居室内にて人夫となる者の手配を済ませ、狩人の選抜と遠征の準備のため部屋を後にする。

 ハセとジラフは自警団及び居室内に居る老人達に防衛のための配置や、持ち運びが困難な貴重な資財の運搬の手配を行っていた。





 その頃、レスタは母であるネイと共に村長宅の広大な敷地内の一角にて家財の荷解きを終え、簡易の天幕内にて過ごしていた。

 ネイは炊き出しや村で飼う共有財産である家畜の世話のため天幕を離れることが多く、レスタは一人で天幕内にて過ごすことが多くなっていた。

 騒々しく人々が行き交い慌しく行動する中、夜の闇がうっすらと白み始める。


 敷地を囲む鉄製の柵の内側には土嚢が積み上げられ、四辺全てに自警団の者が等間隔で歩哨に立ち、敵の来襲を警戒していた。

 レスタはこの村をあげての避難行動が何を想定したものであるのかわからぬまま寝床につき、朝を迎え、ネイと共に天幕内にて炊き出しされたスープとパンを簡易の食卓へと並べていた。

 そこへ父であるガットが充血させた目を擦りながら現れ、小さな天幕内にて早速三人での食事となり、ガットがネイへ向けて口を開く。


「早ければ今晩にもタクロスが村へ到着するらしい」

「タクロス? 種族は何なのかしら?」

「馬族らしい。……四年前に襲ってきた鼠族よりも体が大きく、技術力も高いとじいさん達が言ってたよ」


「鼠族……よりも……。だ、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、鼠族ほど数は居ないらしいからね」

「そ、そう……なんだか嫌な予感がするのよね」


 ネイは普段は見せない深刻な表情をガットに向ける。

 未だ幼さの残る顔のネイは常に笑顔を絶やさぬ女であったため、ガットは驚きのあまり目を大きく見開く。

 数瞬、驚きのあまり硬直していたガットは思い出す。ガットの両親、ネイの父は四年前の鼠族の襲来により命を落としていた。


 その事を想起したネイが表情を曇らせたのかとガットは考えたが、ネイの表情を曇らせたのは言いようの無い不安が募っていた事に起因していた。

 その不安がどこから生まれているのか、ネイ本人にもわからなかったが、漠然とした不安が大きく膨らんでいた。


「四年前のようには成らないよ……。ゲッタやジラフも村長の跡を継げる程に成長しているし、頼りになる者が村には増えた。きっと、大丈夫さ」

「……そうね、大丈夫よね」

「ああ、じゃあ俺はそろそろ作業に戻るよ。レスタの事頼んだよ」


「ええ、いってらっしゃい」

「レスタ、また後でな」

「はい」


 ガットはネイの不安が完全には解消されたとは思わなかったが、やるべき事がいくつもあるため、食事を早々に済ませ身支度をしつつネイとレスタに別れを告げる。

 息子であるレスタの頭を撫でながら話し掛けるも、相変わらず無表情のままの息子は言葉少なく返答するのみであった。

 喜怒哀楽を未だに一切出さない息子は言葉を話すようになった今も、意思疎通は完璧に出来るとはいえ心がないのではと時折考えずにはいられなかった。


 医者に何度も相談し、村長やゲッタにも助言を貰い子供が喜びそうな玩具を与えても興味を示さず、子供の遊びを一緒に行っても黙々とルールに従って遊戯を行うだけであった。

 理解力や分析力は子供とは思えない程であり、喜ばしい事でもあったが、喜怒哀楽を出さぬ事がガットを常に悩ませていた。

 ネイはレスタが感情を出さぬというガットの主張には賛同せず、日々一緒に過ごしている自分にはレスタにはしっかりと心がある事が分かると主張する。


 現にレスタはネイによく質問をするようになっていた。

 それは同年代の子供と同じく、好奇心を持つ証左であって心を持たぬとは言えぬ行動であった。


「母さん、鼠族は人族とは違うの?」

「え、ええ、違うわよ」

「僕よりも大きい?」


 レスタはガットには聞かず、ネイと二人きりになった頃合で質問をはじめた。

 これには理由があり、レスタは経験則によってこのような行動を取っている。

 ガットはレスタの質問に対して正確な回答をする割合が極端に低く、レスタにとって質問すべき対象では無くなっていた。


 ガットとは違い、ネイは答え難い事柄であっても偽る事無く知り得る限り答え、知らぬ事であれば正直に知らぬとレスタに告げていた。

 この事がレスタにとって最も身近な質問すべき対象となり、父であるガットとは質問はおろか会話をする事すら必要だとは考えなくなっていた。


「えーっと、そうね……レスタより少しだけ大きかったかしらね」

「鼠族も喋るの?」

「ええ、一部を除いた種族は全て同じ言葉を使うのよ」


「そう。違う言葉を使う種族というのは、何という種族なの?」

「それはお母さんにもわからないわねぇ。村長さんなら分かると思うから、機会があれば聞いておくわね」

「うん、ありがとう」


 表情にはまったく出す事は無いが、ネイの返答に満足したレスタは食事を再び口に運び始める。

 ネイはこの物分りの良すぎる息子との会話をもう少し続けたかったが、話し掛けられる事をあまり好まないとネイが一方的に思っていたため、静かに食事を再開させる。

 天幕内には、日常と変わらぬ母と子の静かな時間が流れはじめた。



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