表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロゴ  作者: スプレー
4/12

04

 四足歩行のトカゲの背を降りる馬族の使者はニメートルを越える体躯に見合う重圧を地面に刻み込む。遅れる事なく従者の馬族達も地面へと降り立つ。

 使者の馬族は腰に提げた細身の曲刀シャムシールの持ち手に三本指の手を置いて佇み、周囲を見渡す。その見渡すために動かされた首は太く、血管が浮き出ている。

 ほどなくして従者の者が担ぐ大きな布袋を使者の前に差し出される。


 使者はその布袋を見やり、中身を自らの手で引きずり出した。

 長くしなやかな左手で掴みだされたそれは人族の頭部であり、どれもが老人の男のものであった。その頭部は五つあり、全てが鎖によって繋がれていた。

 使者は鎖に繋がれた頭部を持ち上げ、村長宅の大きな門の前へと放り投げる。


 村に現れた馬族の者達は見た目は下等種である野性の馬と似ているが歴然とした違いとして、二足歩行であり、知能を有していた。そしてこの者達は固有の文明を持ち、種族の特徴として好戦的であり他種族に対して一切の寛容を持たない。

 門前へと投げられた頭部もその証左であり、人族の頭部であれば使者にとっては家畜や害虫の死体を扱う事と等しいものであった。

 門前にて未だ無言で立ち続ける馬族の使者は、門の脇にて身動ぎもしない守衛を睨み続ける。


 守衛はその視線に気付いていたが、守衛から話しかけることはせず、詰所にて使者の殺意の混じる視線を無視しつづけていた。

 自尊心の高い馬族の使者は下位の人族から話し掛けてくるべきであり、使者である馬族の自分から話そうとはしなかった。

 沈黙が門前に流れ続ける中、槍や狩り用のボウガンを手に武装した村人達が門前に佇む使者から距離を置いた場所にいつの間にか現れる。


 現れた村人の総数は約二十名ほどであったが、ほとんどが壮年期を過ぎた老人であった。

 使者が到着した時間帯は村にとっては運が悪く、現役の狩人であるゲッタやレスタの父であるガットなど、若い男は日中は村からは離れた森や農場にてそれぞれの生業に就いているため不在であった。

 武器を手に使者達を取り囲むように現れた老人達を気にする素振りは一切見せない馬族達は、尚も門前に仁王立ちのまま立ち続ける。


 そこへようやく守衛より連絡を受け、杖をつきながら村長と二人の供の者が邸宅から顔を出し、門前へと歩み近づく。

 村長の両脇には手ぶらではあるが屈強な体躯を誇る男二人が付き添う形で歩を進める。

 二人の男は片方は背が高く茶色の髪を短かく刈り込み、褐色の肌の者。もう一方は壮年期をやや通り越し、生え際が後退した初老の男であった。双方の者の目は戦闘に慣れたそれであり、実際に二人の男は村では治安維持を担当する自警団所属であり、村長の直属の部下でもある。


 平時では村人同士での揉め事や荒事への対処を行う組織の一員であるが、有事の際、いわゆる部外者が侵入した場合の排除をするという役目を負う。

 今や有事の真っ只中であり、村長含め村人全ての身を守るべく二人の供の目には濁った殺意の色がある。

 そんな殺意の色が零れ落ちそうな二人をよそに村長は落ち着いた表情のまま馬族の使者の待つ門前へと歩を進め、守衛に目配せをして門を開けさせる。


 その様子を冷淡な瞳で見た馬族の使者は左手を胸の高さほどまで掲げる。

 その瞬間、馬族の従者として控えていた二名、やや体躯の小さな馬族が背負っている小型の連射式である弩を構える。

 一方は使者の背を守るように後方に弩を向け、もう一方の者は村長へと弩を向けている。


 残る従者の者は弩ではなく右手で曲刀の刃を鞘から抜き放ち、周囲への警戒を隠す事無く首を左右に振り続ける。

 左手には黒い球状の何かを握り締めており、後方に距離を置き控える村人達にも視認出来ては居たが、それが何なのか不明であった。

 小型で連射式である弩ですら村長及び自警団の二名がようやく武器であると認識出来るほどの先端技術であって、従者の握る黒い球状の物体が武器であるのかさえ判断が出来ぬ状態であった。


「おまえがこの集落の長か?」

「我々共の言い方ですと村長ですな。何用で御座いますかな?」

「フッ…見て分からぬか? そこに置かれた顔に見覚えはあるであろう」


 門前へと現れた村長が口を開かぬままであったため、馬族の使者が口を開き告げる。


「ええ……どれもが近隣の村々の長の者ですな。はて……私の首を欲してこのような地まで来られたか?」

「単刀直入に告げる、我ら馬族への恭順を誓い、労働力の供出と税を支払え」

「奴隷、いや家畜となれと申すか……」


 やや俯きながら応答していた村長に対して馬族の使者が横行な言い方で告げた要求。その要求を無視し、顔を上げ、色を無くした目を馬族の使者に向けた村長がとぼそりと発する。


「答えよ、人族。このような無様な最後を迎えたいか」

「お答えする前に一つ宜しいか? わざわざ使者など遣わせるのは何故ですかな?」

「……」


 馬族の使者は村長からの返答を得られず、逆に質問を告げられ口を閉ざす。

 それは使者にとっては聞かれたく無い指摘であり、答えることが叶わぬものであった。

 何故、使者を送って来たのか。その単純な問いをする人族の老人の目が、馬族の使者にとっては今までに見てきた人族の王や長を名乗る弱き者とは一線を画す強者のものに思えた。

 馬族の使者がやや臆している間に村長は理解する。馬族の戦闘員が少なく、たった一つの小さな村を襲う事で発生する犠牲者を受け入れられない程度の力しか持たぬ事を。


「答えられぬか、野蛮な害獣よ」

「脆弱な人族如きがぁ!!! おまえ達など皆殺しにしてやっても良いのだぞ!」

「言葉は選ばれよ、害獣。と言いたい所じゃが……。どの道、お主らの死は避けられぬ……」


 村長の言葉が発せられたと同時に手に持つ杖が静かに地面に向けて突かれた。

 数瞬の間を置いて後方にて一定の距離を取り、待機していた老人達からボウガンの矢と短く切り込まれた手槍が馬族の四名へと投げ込まれる。

 老人が投げたとは思えぬ速さで飛来する手槍の七本は全てが馬族が騎乗していた巨大なトカゲの分厚い表皮を貫く。


 無数に放たれたボウガンの矢は特殊繊維の軍服に威力が殺がれ封殺されはしたが、従者の内一名の剥きだしであった顔に命中し、巨大なトカゲの背から地面へと大きな体を落とす。

 残る使者と従者二名はすぐに騎乗するトカゲを諦め、この形勢を挽回するため村長の方へと猛然と駆け出す。

 その駆け出しは馬族特有の加速力と歩幅の大きさにより、数秒で届こうかという程の勢いであったが、村長の両脇に立つ自警団の二人は既に迎撃の構えを取っていた。


 従者の一人が連射式の弩を構え村長を射抜こうと引き金に触れる指に力を込めた時点で、右手に強烈な痛みが走る。

 村長を守る自警団の一人である生え際が後退した男は村長の前面に立ち、腰を落とし右手をベルトのバックルへと伸ばす。

 バックルから刃渡りの短いナイフを引き抜き、既に至近まで近づいていた馬族の使者へと投擲する。


 もう一方の自警団の一人である茶髪の男は、既に弩を構える従者の右手首から先の感覚を完全に奪い去っていた。

 それは即効性の高い痺れ薬を塗り込んだ暗器により発生していたものであったが、いつどのような武器による攻撃であったのかを正確に見極めていた者は同僚である生え際が後退した男だけであった。

 従者は弩を地面に落とし、右手だけではなく体全体に薬が回り始め、膝を地に付け体を痙攣させたまま無力化する。


 ナイフを投擲された馬族の使者は眼前、数センチの所まで迫ったナイフを強靭な首の筋肉を躍動させて回避し、上段に構えた曲刀を間合いへと入った生え際の後退した男へと袈裟懸けに振り下ろす。

 風を切り裂く音と共に振り下ろされた曲刀は、生え際の後退した男の交差して構えた腕に接触し停止する。

 甲高い音が発し、生え際の後退した男の着る衣服が切り裂かれたが、その中からはくすんだ黒い手甲が顔を出す。


 続けて馬族の従者の一人が曲刀を横に一閃し、両手を上部に構えたままであり、隙の多い生え際の後退した男に斬りかかろうとするが、突如伸びる鋭い刃による攻撃が腹部に突き刺さる。

 その刃は村長が先程まで手にしていた仕込み杖の暗器による攻撃であり、その刃は小ぶりであり、射程は短いが即応性に優れたバネを利用した射撃武器であった。

 腹部に激痛が走り、やや後方へと押し戻される衝撃を受けた従者の馬族は足を止め、追撃を避けるため後方へと飛び退る。


 しかし後方へと退いた従者の動きを予想していた茶髪の男が右手の掌を広げ、従者である馬族の首元へと叩き込む。

 茶髪の男の嵌めていた右手中指の指輪から鋭く伸びる小さな刃が馬族の太い首に突き刺さる。

 突き刺さった刃をすばやく水平に移動させ致命傷を与える。


「グッウフ……フッー…フッー…」

「どうした馬。この程度か?」


 振り下ろされた曲刀を受け止め、目の前の馬族の呼吸が乱れているのを見た生え際の後退した男は、口元に小さく笑顔を作り声を掛ける。


「……」

「ふん、死を悟ったか。もう少し楽しませてくれんか? 最近は戦う事がめっきり減ってしまってな。久しぶりの」

「ハセさん長いよ」


「久しぶりの戦闘、楽しませてくれ。おまえにとっては最後だろうがな」

「その顔で言っても似合わないよ」

「う、うるさいぞ、ジラフ!」


 生え際の後退が著しいハセと呼ばれた初老の男が、茶髪の青年に戦闘中の口上を止めるよう告げられる。

 村長はその二人のやり取りを見て小さく溜息をつく。

 馬族の使者からは既に村に現れた時のような堂々たる自尊心に満ちた表情は消えており、目の前の生え際の後退した人族の男の声も、もはやその大きな耳には入っていなかった。


 受け止められた曲刀を手元へと戻した馬族の使者は最後の一振りを打ち込む。

 力強い打ち込みであったが対象へと届く前に胸部へと衝撃が走り、体が後退してしまい曲刀による斬撃は空を切る。

 胸部への衝撃を生み出したのは、生え際が後退している男の手甲から伸びる先端が鋭利な刺突に優れた銀色の刃であった。


 致命傷となるほど体内に深く刺さる前に体を後退させた馬族の使者も優れていたが、追撃の手を緩める事を一切しない者との力量差は歴然であり、大きく伸ばされた左足の踏み込み一歩で間合いを詰められ、第二撃の打ち込みが馬族の使者の逞しい大きな首の中心を貫いた。


「こいつらは首を出しすぎだな、種族のポリシーか何かと聞いた事があるが……戦士としては欠点だ」

「ハセさんも頭皮を出しすぎだよ」

「……ジラフ、ハゲは欠点ではないぞ」

「……」


 馬族の使者の生命を断ち切り、ハセは馬族の弱点についての考察を口に出す。

 ジラフは笑顔でハセの頭部を見詰めながら指摘し、村長は目で笑いながらもハセを擁護するが、ハセはそのまま黙り込み肩を少し落とし二人には背を向ける。

 その背には哀愁が漂うように見えたが、ハセ自身も込み上げる笑いを噛み殺していた。


 時間にして数十秒の攻防、第三者から見れば虐殺とも言える一方的な戦闘が終わり、村長宅前には動かぬ馬族の者が四体、巨大なトカゲの騎乗獣の死骸が四体が横たわり、五つの人族の頭部が置かれていた。

 既に村人の老人達が死体の片付けをするために動き始めており、村長が指示する必要もない程に手馴れた動きで横たわる八つの馬族と騎乗獣と五つの人族の頭部を台車に載せ運搬しはじめていた。

 馬族の従者の一人はわずかに息があったため、老人達に最低限の応急処置を受け運ばれていく。




 ものの数分の作業により村長宅前からは死体が消え、血の痕も土が撒かれ全て消されていた。

 既に陰惨な戦闘痕など無かったが、村長とその供である自警団の二人はその場で佇み話し合っていた。


「村長、あいつらの要求を断るのは…まぁ当たり前だろうけど、いきなり殺しても良かったのか?」

「構わんよ。奴らが襲ったであろう集落はどこも非武装と言って良い集落じゃよ。要求を聞き入れたであろう彼らの末路は容易く想像出来る。そこから導き出される答えとして、此度の馬族の襲来は恐れる程の規模では無い。使者と従者が持つ弩と黒い球状のものに関しては、分析する必要があろうがの」

「あの黒い玉は何だったんですかねー。最後まで使おうとしてなかったし、狼煙や閃光弾の類ですかね?」


 馬族の使者の要求を検討する事も無く、使者を殺すという蛮行とも思える行動を取った事にやや躊躇する考えをハセは唱えるが、村長は相手の武力を推し量っての適切な判断だという考えを返す。

 続けて村長は馬族が所持していた先端技術の結晶である連射式の弩と黒い球状の物体に注目しており、ジラフも同様に黒い球状の物体についての興味を告げる。


「分析すれば分かる事じゃが、その前に馬族の本隊が使者が帰らぬ事に気付き、押し寄せてくるじゃろう。村の防衛に関してはいつも通り、ここを砦として使用するが家財や家畜の収納を急がせねばな」

「そっちは村長に任せる。しかし主力として戦える奴が夜まではほとんど戻らんだろうし、狩人連中の半数が戻るのは来週以降だな。住居や田畑への略奪を防ぐには手が足りないぞ?」

「それも考えた上での使者の抹殺じゃ。使者を生きて帰せば早ければ夜になる前に本隊が押し寄せてくる可能性があったしのう。住居や田畑への焼き討ちや略奪には目を瞑るしかあるまいが、馬族からは全てを奪い、財の補填は出来る限り行う」


「奪うといっても、その相手の馬族はどの部族なのかわかってるのか、村長?」


 村長とハセが今後の馬族の襲来を想定して話し合う中、今回の襲撃者である馬族がどの部族なのかについて、ハセもジラフも未だにわからぬままであったが村長にはそれが既に分かっている口ぶりであった。


「好戦的で侵略行為を繰り返す部族は多いが、敵の頭部を切り落とし騎乗獣である大トカゲを使役するのは一つだけじゃよ。純粋な馬族とも言えん馬族の亜種であるタクロスの者で間違いないじゃろう」

「タクロスか……弱くはない相手だな」

「ハセさん知らないでしょ」

「……」


 ハセはジラフの指摘に口を閉ざし遠くを見続ける。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ