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ロゴ  作者: スプレー
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 伝書蜂が村に設置された養蜂区画へと到着し、ゲッタからの通信文が届く。

 送信可能な文章量は五十文字程度であり、簡潔に記された文面にはタクロスの拠点には既にタクロスの生き残りの姿は無く、価値のある家財、家畜などを奪取する事が出来なかったというものであった。

 帰還予定は道を覚えた事、荷が想定したものよりも少なくなるため、短縮されるであろうという事が手短に追記されていた。


 この報せを村長や各家の家長などが聞き、落胆の色を示したものの村への被害は最小限であった事もあり、逃亡したタクロスの生き残りを更に捜索、追撃する事は多数の意見と村長による最終判断で行わないという事に決まった。

 タクロスとの問題には一応の決着が付いたが、新たな問題として兎族の捕虜に関連したものが浮上していた。

 取調べを執り行うセイからの報告をしばらく待たなければ詳細は不明ではあったが、不測の事態を想定して狩人は日常の業務に移行せず、自警団達も厳戒態勢のまま村への侵入者、襲撃を警戒し続けていた。


「ユキ=セルマ、兎族、女、十六歳。間違いありませんね?」

「ええ」

「あなたは何故、この村へ無断で侵入したんですか?」


「昨日も言ったじゃない! 私達は旅をする途中にたまたまこの近くの森で夜営してたのよ!」

「旅の目的は?」

「リムと一緒にクク大陸の西端、海っていうのを見に行くためだよ」


「二人だけで穢れの森、兎族とは決して友好的とは言えない種族が治める土地を通ってですか?」

「こう見えても私達、部族内じゃかなりの力量があるのよ。危険な旅も自分達の腕を磨くための目的の一つよ」

「はぁ……昨日の証言と同じですね」


 二つのイス、質素な机だけが置かれた室内に兎族の捕虜である少女とも言える肌の白いユキと、尋問を担当する長く伸びた栗色の髪を後ろで結ったセイが言葉を交わす。

 ユキのすぐ後ろ、セイの後ろには一名づつ計二名の男性職員が直立していた。

 捕虜を尋問するセイの身の保全のためでもあるが、二人は捕虜からの供述を全て記憶し、後程調書を作成する職員としての仕事も受け持っていた。


「では、あまり時間を掛ける事が許されていませんので、体に聞く事にしますね」

「拷問したって結果は同じよ? あなた達が望む答えを私が言ったからといって、それが真実かどうかはわからないじゃない」

「うーん、体に聞く時点で証言なんてもうどうでも良いですしね……フフッ…クク……」


「……あんた、変」

「拘束。私が戻るまでに二十五番、四十一番を投与しておいてください」

「ハイ」


 拷問をする事を宣言したセイに対して、それを想定していたのか兎族のユキが最もな反論を試みるも、あえなく狂気の色を少しだけ露見しつつあるセイによってユキの反論を無に帰す。

 ただ、自身の趣味によって肉体を傷つけられるのかと感じたユキは、後ろ手に手枷を嵌められたままセイの方へと詰め寄ろうと立ち上がるが、男性職員によって押さえつけられそのまま拘束される。

 室内を退室するセイの頬は赤く染まり、興奮が抑えられないのか僅かに体を震わせていた。


 二時間後、穀物などを入れておく厚手の布袋を片手に持つセイが、兎族の捕虜となっている背の高いリクという女が職員の監視の下、大人しく座る取調室に現れる。

 ユキが尋問されていた室内と同じ作りであるそこには机とイスだけが置かれ、セイは入室と同時に肉が潰れるような音と共に厚手の布袋を机に置き、イスに座った。


「あなたは解放される事になりました。村を出るまでは所持品をお返しする事は出来ませんが、これだけは今あなたにお渡ししておきますね。どうぞ」

「理由を聞こう。何故解放される事になったのだ」

「ユキさんから証言を十分得られましたので、それとあなたには伝言をお願いしたいという村の意向も御座いますので」


「私とユキの証言は二人共同じく真実を話しているはずだが? ユキも解放してくれるのか? 人質としてここに残すのか?」

「えーっと、まずあなたとユキさんの証言は一致していません。それとユキさんを解放する事は出来ないですね。あなたが我々に危害を加える可能性もありますので。他に何か聞きたいことはありますか?」

「……」


 淡々としたセイの返答に、リクは言葉を詰まらせる。

 リクは目の前の自身と同年代であろう人族の女が偽証を暴くためにユキが証言を覆したと言っているのかと最初は考えていたが、解放される事や、目の前にある布に包まれた何かを受け渡すと言っている事に困惑していた。

 わからない事だらけだったが、迂闊に質問する事は墓穴を掘るかもしれないと警戒し無言のまま思考を巡らせていた。


「考えても事態を飲み込めないでしょうから、こちらをご覧になられるのが早いかと思いますよ」


 セイは机の上に置かれた厚手の袋を手で指し示し、目線でリクの後ろで立つ職員へと合図を出す。


「あ、ああ……」


 職員はセイの意を汲んで、厚手の袋をきつく縛られている紐を解き内容物をリクに見えるように開く。

 内容物は両手首から切断された左右の手であり、それは兎族特有の透き通るような白い肌であった。

 一目でリクは理解する、妹であり同行者である捕虜の身のユキの手であると。


「……これは……き、貴様ァアアアア! 殺してやる! 必ず、お前達全員殺してやる!」

「偽証はしないで下さいとお願いしたじゃないですか。では村の外までお送り致しますね」

「待て! その前に貴様をこの場で殺してやる! グッ、離せ! 待て!」


「セイ、投薬して大人しくさせるか?」

「必要ないですよ。鎮静作用のある薬品は貴重ですし、御婆様に叱られますよ……では、さようなら」

「待て! 何があ」


 リクが絶叫する声を最後まで聞くことは無く、セイは取調室を退出し、重く防音効果の高い取調室の扉を閉めた。

 リクは半狂乱のままであったが、捕虜の管理をする職員に両脇を抱えられ、完全武装した自警団へと受け渡された後、村の外円部からと移送された。

 移送されたリクは所持品の返却、頭部だけが入った厚手の袋をやや強引に渡された。


 リクは既に暴れようとも、罵倒する声を上げようとせず、整然と所持品や装備類を点検し出立の用意をし、振り返ることも無く兎族の集落へと駆け出すように歩き出す。

 村からかなり離れ、尾行の者の気配も消えた頃、リクは静かに妹の身を案じて涙した。

 すぐに引き返して助け出したいという気持ちが、その蛮行によって妹のユキの命を危うくするであろう事を理解していたリクは涙を拭って寝る事も惜しんで兎族の集落へと歩き続けた。


 リクは一縷の望みを持っていたが既にユキはセイによって拷問を受け、彼女達の当初証言していた事とは違う証言を得ており、調書に纏められていた。

 拷問後のユキには利用価値は無く、新たな証言が成された後に殺害されていた。

 ユキの証言によって得られた調書の冒頭、『ハセを殺害したのは兎族では無いが、村への侵入目的は村で扱う武器、薬品に関連する技術の調査』というものであった。


 この冒頭部分だけで、ユキの死は確定的であり不可避であった。

 直接的な村への攻撃ではないが、不法侵入及び村の知的財産への調査は財の盗難に類するものでる。

 兎族に対してはリクを帰らせ、手を出せばどうなるかを伝えさせる事で一先ずは反応を見るという事で村長や有力な各家族の家長によって決定された。




 レスタは父であるガット、母であるネイが居間にて自身の教育方針について話し合っている光景をイスに座り、顔だけを机の上に出し観察していた。

 そもそも学校という施設自体、レスタにとっては知り得ないものであり、この話し合いの中で推測するしか無かったが、おおよその概要は把握出来ていた。

 両親の会話から聞き取れた情報を紡ぎ合わせれば、学校とは読み書きや初歩的な算術に加えて、生徒となる村人の子弟を選別し、成人後に就く職業別に合わせ教育を施す機関である事がわかった。


 父のガットはレスタを農夫にする事を望み、母のネイはレスタの資質に合わせた職業に就かせるべきだと主張していた。

 ちなみに資質が無くとも村では強く希望さえすれば、各職業に適した教育を受ける事が出来るものの、多くの者、主に男児が才無くして自警団や狩人になる事を望み、荒事に従事してはすぐに命を落としているのも事実としてあった。

 父のガットも幼少の頃、周囲の同年代の男児と同じく自警団や狩人に憧れはしたが二人の兄が自警団となり若くして命を落としている事もあり、農夫の道を選んでいた。


 レスタにどのような資質があるのかはガットには知る術も無かったが、この頃には既にガットはレスタにさほどの興味を示すことが無くなっていた一面もあった。

 彼は妻であるネイに対してしかレスタが懐いていない事、そして実子では無い事がレスタへの興味の喪失の大きな要因であり、ネイもそのガットの心情を察していた。

 察してはいても、ネイは夫を軽蔑する事も拒絶する事も行わなかった。


 だが、レスタの将来に向けての教育に関して安易に農夫として育てるとしたガットの主張を受け入れる事は、ネイには出来なかった。

 レスタにどのような資質があるのかは、多くの時間を共有しているネイにもわからなかったが可能性は感じていた。

 また、レスタの意思を汲み取るべきだとも考えていた。


「ネイはレスタに特別な才能があると、そう思ってるんだな?」

「それは断言できないわよ……ただレスタにはもう何に成りたいのか、何が出来るのかはわかっていると思うわよ」

「な! こいつはまだ三歳だぞ?」


「レスタ、どう? 私達の会話を聞いて、内容も全て理解して自身の将来についても考えているでしょ?」


 ガットとネイの視線が机の上に出したレスタの顔に集中する。


「うん。学校というのは人を育てる畑のような所で、それぞれがどんな種を撒くかを決める所でしょ。僕は何に秀でているのかは同年代の幼児をあまり知らないから判断は出来ないよ」

「こ、ここいつ! 大人みたいに喋ってるぞ! ネイ! いつからだ!?」

「んー、私もレスタがこうやって話すを聞いたのは初めてかな? でも、こうやって大人のように話せることは知ってたわよ。寝言でたまに流暢に農機具の仕組みについてブツブツと話していたし……初めて見たときはびっくりしたけど、可愛かったわよ」


「可愛いで済ますなよ……ネイ。っがネイが言う事がこれで俺にも理解出来たよ。こいつは普通の子供じゃないな……」

「ええ、話すだけではなくてレスタには考える力もしっかりとあると思うの。学校についても今知ったばかりなのに、畑に例えてしっかりと理解しているし」

「ん……俺はその、なんだ、あまり言ってる意味がわからなかったが…」


 机に突っ伏して項垂れるガットは理解の範疇を超え、顔がやつれレスタを見る目に恐怖の色を混ぜていた。

 ネイは相変わらず微笑を浮かべてレスタを見詰めていた。




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