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ロゴ  作者: スプレー
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 周囲の警戒に出していた狩人の二人がゲッタ達が休息を取る野営地へと戻り、合流する。

 月に雲が掛かり、ゲッタ達は夜間にタクロスの拠点の攻撃をする事は諦め、早朝に攻撃を開始する事となった。

 未だに白馬族の尾行があるものの、不寝番を交代で人夫に任せ戦闘員である狩人達五名とゲッタは仮眠を取る。


 朝日が険しい山間に射した頃、腹部に手を当てたゲッタを先頭に狩人達が野営地を出立する。

 人夫達はそのまま野営地にて待機し、彼ら狩人の合図を待つ。

 野営地点からタクロスの拠点までの行程は一際険しさの増す山道であったが、ゲッタと狩人達は三十分程で踏破する。


 到着したタクロスの拠点は硬い岩盤が地殻変動によってくり貫かれ、傾斜の無い開けた土地が顔を覗かせていた。

 ゲッタ達は木々に身を潜めつつタクロスの拠点を見渡す。

 そこには早朝でありタクロスの姿は見当たらなかったが、住居や家畜小屋、工房などが密集する集落があった。


 養える数は二百にも満たないであろう規模の集落は、ゲッタが住まう村と比較すればかなり小規模と言えるが、文化程度は低くは無いと見て取れた。

 小規模ではあるが工房と思われる建物には煙突があり、少なくとも鉄器を自前で扱える水準の技術は有している。

 技術水準は低くはないが、農地として使用出来る平坦な土地が限られており、やはり養える数には限度があったのであろうとゲッタは判断した。


 タクロスが人族の土地へと襲撃を繰り返した理由は想像するしか無いが、この集落を見たゲッタはおおよその事情を察していた。


「んー、何か変だ」

「確かに」

「だっよなー、静かっていうより……誰も居ね?」


「家畜の鳴き声も一切ない」

「捕虜の証言に虚偽があった? うーん。可能性を考えるといくらでも考えられっなー」

「どうする、ゲッタ」


 木々の上でゲッタと狩人がタクロスの拠点となる集落を見つつ、言葉を交わす。

 集落は一見して既に無人であるかのように静まり返っているが、罠の可能性もあるため、判断を仰がれたゲッタは何か手掛かりが無いかと集落を見続ける。


「逃げた後ってなら家財や貴重品は運び出してるだろっけど、危険はないよなー。罠の可能性だっけど、クースとブランはどう思う?」

「ここからでは住居内や通路に仕掛けられている罠の可能性については判断出来ないが、集落の入り口付近の地面や水路には仕掛けは無いと見て良いだろうな」

「ブランは?」


「罠についてはクースと同じだな。あとは俺達がここへ襲撃に来る事を奴らが知っていた可能性が低いって事と、仮に知っていたならば逃げる可能性の方が高いだろう。見たところ、この集落は防衛を想定した作りには成っていないしな。罠を仕掛け迎撃をして来る可能性は低いと思うぞ」

「……クース、ブランはこの場で待機。他の三人は俺と共に集落への攻撃をすっか。クース、ブランはもしタクロスの討ち漏らしが出た場合は頼む」

「わかった」


 全ての可能性を踏まえつつも、予定通り攻撃を開始する事としたゲッタ達はクース、ブランを残し木の上から飛び降り静かに移動を開始する。

 ゲッタも含め四名は腰に提げられた小さな鞄から錠剤を取り出し、自身の口へと運び噛み砕く。

 口内を苦味が走り、すぐに目の奥がちくちくと痛み出す。


 地を踏みしめる足の裏、クロスボウの引き金に手を掛ける指先の感覚、肌と繊維が触れる感触、全身の感覚が痛みを伴いつつも研ぎ澄まされる。

 数十歩、静かに足を運ぶ内に痛みは消え去り、感覚も薄れていく。

 ゲッタは右手で自身の頬を強く捻り、痛みがまったく無い事を確認し、後ろに続く狩人の三名にも痛みが消えているかの確認を取る。


 三名の追従する狩人もゲッタに対して無言で頷き、口にした錠剤の薬効が確かな事を告げる。

 タクロスの拠点となる集落の入り口から約四十メートルとなる地点、背の低い木々に身を隠し、ゲッタが腰の後ろに提げる皮袋から小さな赤い球体を取り出し、集落の入り口へと向けて姿勢を低くしたまま投げ入れる。

 正確に飛来した赤い球体は目標の地点に落下する。落下による衝撃で球体にひびが入り、内包されていた液体が地面へと零れ落ち周辺に甘い香りを撒き散らす。


 ゲッタはその甘い香りを背の低い木々に身を潜み確認すると、右手を掲げて狩人の三名へとハンドサインで攻撃開始の合図を出し立ち上がる。

 人族とは思えぬゲッタの地面を蹴り上げて行われた加速は、物音一つ立てずに行われ、追従する狩人の自尊心を刺激する。

 集落の入り口まで数瞬で到達したゲッタは罠の有無を警戒しつつ、住居の一つの扉の脇に立ち、追従する狩人の三名の到着を待つ。


 ゲッタは数秒、三名の到着を待つ間に住居内からの物音の有無、内部を伺う事が出来ないかと建物の窓や隙間を探す。

 数秒遅れで到着した三名は淀みの無い所作で扉の周りに集まり、周囲を警戒してクロスボウを掲げる二人、残りの一人は扉の左側の壁に背を付けて立ち、扉のノブを左手で掴む。

 秒読みをゲッタがハンドサインで行い、ノブを掴む狩人が手に力を込める。


 施錠はされておらず簡単に扉が開く。

 その瞬間に刃の部分も全て黒く塗装されたナイフを右手に持ち、ゲッタが室内へと飛び込み、続いて狩人の一人がクロスボウを構えたまま続く。

 室内には生活用品などが一つも無く、大きな机や空になった棚だけがあった。


 ゲッタと室内へと入った狩人はお互いに目で合図をしつつ、室内に潜む者が居ないかと、台所や居間、寝室などを手早く見て回る。


「空き家、って程は埃が積もっていないよなー、リックどう思う」

「そっすねー、やっぱ既に拠点を捨てて逃走している可能性が高いっすね」

「他の家も探してみっか、警戒だけは緩めるなよ」


 ゲッタと共にリックという狩人がもぬけの殻となった住居から退出し、隣家へと移動する。

 先程と同様に四人は決められた所定の位置に立ち、扉を開け室内へと突入する。

 二軒目の住居もやはりもぬけの殻であり、三軒目、四軒目と突入するも結果は同じであった。


 住居よりもやや大きな建物である工房もやはり無人であり、道具類やかまどの火も消えており既に拠点を捨てているという考えをゲッタ達は強くしていた。

 その考えが頭をよぎってはいても、警戒を弱める事なく三十分程掛けてタクロスの拠点である集落のほとんどの住居を見て周り、最後に木製の家屋ではなく石材とコンクリートを組み合わせて作られた建物へとゲッタ達四人は足を踏み入れた。

 集落内の他の住居や工房と同様、やはりここにもタクロスの影は無く、家財などもほとんど残されていなかった。


「ゲッタさん、これって地下室っすかね?」

「ん? だな。臭うな……」

「そっすねー、朝飯食うんじゃなかったなぁ……」


 建物内の大半を見回り終わっていたゲッタに、狩人のリックが報告する

 集落では一際豪奢な装飾をされていた建物内には施錠された格子戸があり、地下へと続く階段が顔を覗かせていた。

 地下から立ち上る腐敗した臭いが、二人の顔を顰めさせるも、ゲッタは格子戸を施錠する錠前を腰に提げた皮袋から取り出した長細い鉄製の棒を鍵穴に差し込み、難なく開錠する。


「相変わらず上手いっすねー」

「だろだろー、っとここはやばそっだから、リックはここで待ってろ」

「え、俺も行きますよー。さすがにガキじゃあるまいし吐かないっすよ?」


「この入り口からして地下は狭そっだからなー」

「そっすかー? 気をつけて下さいよー」

「じゃ、ここ頼むな」


 地下へと続く格子戸を明けゲッタとリックは手短に言葉を交わし、リックの地下への同行を留まらせたゲッタは階段をゆっくりと降りていく。

 早朝とはいえ、地下へと続く階段を数段下れば暗闇が支配し、視覚が奪われる。

 壁に蝋燭がかざされていた痕跡はあるものの、既に蝋が全て燃え尽きていた。


 視覚不良のまま進む危険を考え、ゲッタは腰に提げた硬質な皮の鞄から黒い小瓶を取り出し、掌に小瓶を逆さにして内容物を取り出す。

 掌には緑色の苔の塊が三つ落ち、一つを瓶に戻し蓋をする。

 掌に残る二つの苔の塊をそのまま握り締め、粉々にすると緑色の光源が出現する。


 粉末状となった苔の光源を左の掌に乗せたままかざし、ゲッタは階段を下へ下へと進む。

 階下へと降りきると重厚な扉があらわれ、腐敗した臭いは濃度を増す。

 ゲッタは重厚な扉に取り付けられた錠前を再び手早く開錠し、扉をゆっくりと開け放つ。


 手にした光源である苔を扉を開け放つと同時に室内へと投げ込むと、そこには羊族の女、子供の腐敗が始まりつつある死体が光源の周りに浮かび上がる。

 その死体は乱雑に室内の中央へと積み重ねて集められ、手足が欠損し、衣服を着た死体は一つとして無かった。

 生存者及びタクロスが室内に潜んでいないかとゲッタは気配を探る。


 どれほどの広さを持つ室内か不明であったが、死体の山から十メートル程離れた場所から、金属を掴む音と共に子供のものと思われる声が同時に複数発生する。


「だ、誰か! 助けて!」

「お願い、何でもするからここから出して!」

「こっちだよ! 早く!」


 生存者、恐らくは死体となった羊族と同様、羊族の子供であろうと判断したゲッタであったが、すぐには声の聞こえる方へと近づくことも返事をする事もしなかった。

 助けを求める羊族の子供達の声は時間の経過と共に変化しはじめる。


「早くしろよ! 何やってるんだ!」

「……ぼくたちはここに閉じ込められているだ! 早く!」

「誰だって良い! 助けてくれたら礼はする!」


 金属や床を打ち鳴らし、悲鳴にも近いヒステリックになりつつある子供の声を聞き続けるゲッタの表情には何の色も浮かんでいなかった。

 光源を失い、誰にも見えぬ瞳にはレスタを拾い上げた時のような弱き者を保護するという温かさは一切なかった。

 無表情のままゲッタは先程取り出した光源となる苔を再び砕き、粉末状にして掌に出し室内を歩き出す。


 その光源が近づきつつある事を悟った悲鳴をあげる者達はヒステリックな声色に狂喜を混ぜて声量を上げて絶叫する。


「やった! これで助かる、そっちだ、そこの扉を開けて!」

「何か食べ物は無い? 水は?」

「人族? なんでこんな場所に?」


 ゲッタが光源を掌に持ち近づいたため、その姿を見た子供の一部が人族である事を認識し、疑問を口にする。

 そんな言葉にもゲッタは無表情のまま口を閉じ、牢と思われる方へとゆっくりと足を運ぶ。

 子供達の懇願や要求を無視し、牢の前にようやく現れたゲッタは彼らに初めて口を開き告げる。


「人族は一人もいねっか?」

「あ? そんな事より早くここから出してくれ」

「はやく! あいつらが戻ってくるかもしれないよ!」


「人族の者が居たら名乗り出てくれ」

「ここには羊族しかいないってば! 早く出してくれよ、おい!」

「何してるのよ!」


「み、みんな…お願いしなきゃダメだよ……」

「そ、そうだな、お願いしますお願いします……」

「んー、人族はいねっかー、確かに羊族だけみたいだな」


 牢の中に居る羊族の十名程の衰弱し狂乱している姿を無視してゲッタは牢の中を隈なく観察し、人族が居ない事を確認して踵を返して室内を退去しようとする。

 その姿を見た羊族の子供達は懇願す態度を変え、罵詈雑言をゲッタへと向け始める。


「おい、どこ行くんだ! おまえは人族だろ! なら助けろよ!」

「私達はここに閉じ込められてるってわからないの? そこの猿聞いてるの!?」

「お、落ち着こう、あの人はタクロスがまだ居るかもって、や、やめなよ!」


 罵詈雑言だけでは気が済まないのか、牢内にある粗末な皿や小さな桶を牢の格子の間からゲッタへと向けて羊族の子供達は投げつける。

 どれもがゲッタに命中する事はなかったが、彼が歩く周囲へと皿や小さな桶が散乱する。

 ゲッタはそんな子供達の行為に振り返ることもせず、地下室を後にして階段を上がり、地上の建物内へと歩き続けた。


 地下室からは絶望に近い絶叫が未だに鳴り続ける。


「地下には羊族の生存者が十っくらい居たっけど、人族はゼロだな。おそらく従属していたっていう種族の子弟や家族の人質だな」

「そっすかー、じゃあやっぱタクロスは退去した後って事っすかね」

「っだなー」


「下に居る生存者にタクロスが退去した日を聞かなくて良いんすか?」

「死体の腐敗の進み具合っからして大体はわかった。それに子供、それも準敵性種族の証言をアテにすっのはあぶねっよ」

「あー、確かにそっすねー」


「じゃあ、ブランさんとクースさんに合図出して合流します?」

「いや、合流するんじゃなくって、周辺に隠れているだけかもしれねっから、三時間程周囲を策敵するように伝えてくれ」

「了解」


 地上の建物内に姿を現したゲッタはリックと言葉を交わし、近隣に退去したように見せてタクロスが潜んでいる可能性を探るため狩人のブランとクースに三時間限定での策敵をするよう指示し、集落の策敵に見逃した点が無いかと考え歩き始める。

 地下からの助けを求める絶叫と差別的な人族を非難する声に、ゲッタも含めた狩人達は一切の反応を見せずに放置し続けていた。

 羊族は強制されていたとは故、人族の集落をタクロスと共に襲撃し、数多くの命を奪った罪がある。


 その一事だけで彼ら羊族の関係者を牢から出し保護する事は、ゲッタや狩人達、村に住まう人族の常識では考えられない行為であり、不必要であると判断していた。

 村人であればどのような犠牲を払ってでも救出するだろう。

 人族であれば最小限の犠牲で済むと判断すれば助ける。

 友好関係にある他種族ならば見返りが確約出来れば助ける。

 

 敵対する種族であればその場で処分する。

 敵対する種族に従属していれば放置する。

 したがって、彼ら羊族の子供達が懇願しようが危機的状況であっても、ゲッタ達には保護するつもりも必要性も認めていなかった。




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