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01

 岩山だらけのラーゴと呼ばれる地に古来より住み、外部の者とは極力交流を避ける、閉鎖的な部族がいる。

 彼らは肥沃とは言えぬ地において、質実剛健を標榜し決して裕福ではないが、家族や部族の者同士の繋がりを大切にする生活を営んでいた。

 ある年、彼ら部族をまとめ上げる王に嫡男が誕生する。



 王の子は不幸にも赤き瞳を持っていた。



「今年無事生まれた赤子は五十名程であったか。一人も忌まわしき力を持っていなければ良いが…」

「ここ十年は一人も生まれておりません、今年も大丈夫では?」

「馬鹿者。楽観して考えて良い事ではないのだぞ。我らラーゴの王の嫡男がお生まれになったのだ」


 三人の老人が円卓に座り話し合う。

 彼らの話題は今年度の部族内に生まれた者の中に、彼ら部族の全てのも者が忌避する力を持つ者が生まれなかったかどうかであった。

 忌避する力とは、通常の人族には起こしえない現象や自然の理を無視した力を具現化させる事が可能となるものである。

 その力は部族内に災いを齎し、無用な争いを持ち込み、幾多の死を呼び込む忌まわしき力。


「そうでしたね……十年前、ガラ家に生まれた女児を隠し育てていた為にガラ家は」

「その名を口にするでない」

「うむ。その名を聞くだけで虫唾が走る」


 三人の老人が座る円卓に重苦しい空気が流れ、蝋の灯火だけの室内に静寂が流れ続ける。

 そこへ一人の老婆が三人の長老が話し合う室内の外から声を掛ける。


「審判の儀の準備が整いました」

「……すぐに行く」


 老人達が円卓のある部屋を後にし、審判の場と呼ばれる場所へと足を運ぶ。

 彼ら部族が住まう城壁で囲まれた都市から少し離れた川の上流にある審判の場には、既に部族内の有力者や赤子を抱いた女性、付き添いの使用人や一門の男が集結していた。

 老人三人は儀式用の覆面を頭に被り、全身を黒いローブで包んでいる。


 彼らを審判の場で待ち受けていた者はその姿を見、ほとんどの者が体を強張らせる。

 滝との境目に設けられた台座に立ち並んだ三人の老人はその場に集う部族の者を見渡す。

 儀礼用の覆面を被った老人のの内一人が、控えている老婆に首を縦に振り合図する。


「本年度の審判をはじめる。名を告げられた父と母は赤子を抱いたままこちらへ来るように」


 老婆の掠れた声が審判の場に集う二百名程の男女の耳へと届く。

 周囲の大人達の緊迫した空気を察したのか、幾人かの赤子が泣き叫ぶ。

 赤子の泣き声など意に介さないとでも言うように、老婆は父と母の名を掠れた声で告げていく。


 名を告げられた男女は逆らう様子も見せず、台座の方へと歩を進め、三人の老人の内、中央に立つ者へと裸のままの赤子を差し出す。

 三人の老人は差し出された赤子の頭部、手足の指、耳、口、目、鼻、性器などを皺だらけの手で不完全な所が無いかを確かめる。

 その様子を父である男が瞬き一つせずに凝視し、母である女は目に涙を浮かべ我が子を見ている。


「ふむ。体の欠損は無いな」

「両の瞳は正常だ」

「次の赤子を」


 老人から発せられた言葉を聞き、老婆が男女の名を告げる。

 三人の老人の前にて立つ男女は我が子を老人から受け取り、一礼して足早にその場から離れていく。

 男女五十組程が次々に老人に我が子を差し出し、審判を受け続ける。

 そして最後に老婆によって名を告げられた男女は、ラーゴを統治する王と王妃であった。


 王妃が我が子を抱きかかえ、王と共に老人の立つ審判の台座へとゆっくりと進む。

 王妃の腕に抱かれた赤子は目を瞑っており、周囲で見守る部族の者は王の子が赤い瞳である事に気付いていなかった。

 しかし、王と王妃の立ち振る舞いはいつものそれとは違っていた。


 そのような王と王妃の異変をまだ知らぬ老人三人は、王の子が赤い瞳を持つ者ではない事を心中祈っていたが、この胸騒ぎもまた杞憂となるのだろうと心の片隅に抱いていた。

 王と王妃が台座へと近づき、両者の表情を読み取れる距離となった時、老人達の杞憂は消し飛んだ。

 王は眉間に皺を寄せ、いつもは闊達によく笑う口を閉ざし唇を噛み締めている。

 王妃は普段、ラーゴ族の女特有の気高き態度で顔を上げ、堂々と歩く姿が印象的な人物であったが、今は俯き体を小刻みに震えさせ、何かに怯えているかのようである。


 台座の前に立つ王妃が腕に抱く赤子を俯いたまま、審判を執り行う老人へと差し出そうはせず、ゆっくりと一歩づつ自ら台座へと歩を進めていく。

 王もそれを咎める事無く、横に並び立ち付き添う。

 三人の老人は口を開こうとするも、王に目線を向けられ黙って道を空ける。


「ミンナ、息子の顔を見せてくれ」

「はい……」


 王が王妃へとやさしく告げ、王妃が腕に抱いた赤子の顔を王に見えるよう王の方へと体を傾ける。


「この瞳、俺は忘れん。許せ我が息子よ」

「……あなた」


「ミンナ、下がっていろ。息子は俺が抱こう」

「……いいえ。母である私が最後までこの子を抱かせてください」

「…そうか、わかった」


 王は王妃の願いを受け入れ、王妃と我が子を見守る。

 王妃は台座の上を進み、滝つぼの前に赤子を抱いたまま立つ。

 黒衣を纏う老人、老婆、審判の場に居る全ての者が王と王妃の後姿を見続ける。


 全ての者はこの時点で理解する。

 王妃が抱く子は忌避されるべき力を持った者であり、たとえ王族としての血統を持ちし者でも赤き瞳を持って生まれた子は審判の場にて滝つぼに捨てられなければ成らないことを。

 例外を認めては部族全てに災厄が降り注ぐ。


 純白の絹でしっかりと包まれた赤子が王妃の手から静かに離れ、滝つぼに消えてゆく。

 王は王妃の微かに震える体をを優しく抱きしめる。

 滝を流れ落ちる水音が審判の場を包み込み、遠巻きに見守る者が王妃により赤子へ最後にかけた囁きを聞くことは無かった。





 ラーゴの忌まわしき赤き瞳を持つ赤子は生まれながらにして自身の力を知覚していた。

 母である王妃の胎内に居る頃から自我が芽生え思考し、生まれ出てからはすぐに王と王妃、その他の王族や使用人の言葉を聞き分けていた。

 文字などには触れる機会が無かったため、その点については無知ではあったが、周囲の話す言葉を生まれる前から聞き分けていた赤子は一定の知識を保有していた。

 母の胎内で聞き覚えていた部族に伝わる忌まわしき赤子とは自分の事である事に気付くまでにも、そう時間は掛からなかった。


 審判の儀と呼ばれる部族内での忌まわしき赤子や体に欠損のある赤子を間引く習慣が、自身の居る集団に存在する事も、動かぬ体であったが周囲の人々の会話を聞き分け把握した。

 王と王妃は審判の儀までの間に、我が子を部族内で認めて貰う為の方法を毎夜話し合っていたが、赤き瞳の赤子はその話し合いも傍観し理解していた。

 時に声を荒げ、物を投げつけ、泣き喚き、抱き合う姿、そして赤子を抱き上げる王と王妃の起こす事象を知覚するのみで、そこから赤き瞳を持つ赤子は両親や周囲の親族の者の感情の揺らぎや心の機微を感じる事は出来なかった。



 赤子は不思議に思っていた。

 結論は既に出ている。自身は何らかの力を持った望まれずして生まれた存在であって、処分される事は決定しているのだから、王と王妃としての立場を捨て去り、部族の者全てを敵にする事でしか自身の生命を繋ぐことなど叶わない。

 両親にその意思は見られない。ならば何故無為に日々を過ごすのだろう。


 審判の儀が明後日となった日には、王妃である母が名を与えられぬからと、また泣いていた。

 王は苦渋の表情を浮かべ、また王妃を慰める。

 赤子は変わらず無表情で泣き声一つ上げず、両親を観察している。


 審判の儀の当日を迎え、自身の生命の終わりが近づく事を知覚しても尚、忌まわしき力を持つ赤子は感情の起伏を自身の内に感じていなかった。

 儀式の行き着く先は自身の死であるのに、両親の感情の揺らぎを理解出来ないのと同様、自身に迫り来る生命の終わりにも一切の感情が沸いて来なかった。


 審判の場、台座にて王と王妃が自身をその目に焼き付けるよう、見詰めてくる。

 父である王は威厳を損なわぬよう強く抱きしめるのみであったが、母である王妃は涙を流し最後のその時まで小さく自身に言葉を投げかけてくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 自身を抱く腕の力が緩められるその時まで、母は何度もそう繰り返していた。




 忌まわしき赤子は部族の者が見守る中、母によって滝つぼへと落とされ、それから幾日が経過する。

 川の下流、水量の少ない一本の支流に赤子が流れ着く。

 川辺に流れ着いた赤子は奇跡的に呼吸を微かにし、身体の大部分を流木や川岸の岩場などに打ち付け傷ついては居たが、致命傷となる怪我は負っていなかった。


 川辺にて微かに呼吸をし、死を待つ赤子は自身で能動的に移動する術も無いために、無為に過ごしていた。

 ゆるやかなる死が赤子に降りかかる事は無く、半日程が経過し朝を迎えた頃に川辺に水を飲みに現れた猿の群れが赤子を発見した。

 猿達は所々破れ、汚れた絹に包まれた赤子を最初の内は遠巻きに見て警戒していたが、群れの中のボス猿が先頭に立ち赤子に近づいていく。


 赤子はその短い人生で再び生命の危機に見舞われていた。

 この近づきつつあるボス猿を筆頭とする猿は雑食性が極めて高く、人族であっても死体であれ生体であれ捕食出来る場合であればその肉を糧とする。

 猿にとっての人族の赤子は無抵抗でありタンパク質の豊富な良質な栄養源であった。


「……」

「キギィイイイ」


 赤子は目の前の猿が口を大きく開き、自身を捕食するのだと気づいたものの、ただまっすぐに猿を凝視する。

 瞳の赤が濃度を高める。

 それに合わせ、ボス猿の体毛と皮膚の一部が地面へと落下すると同時に霧状の白い煙となり、赤子の口元へと流れ込む。


「……ギシャァァアア」


 ボス猿は自身の体に起きている事象に困惑し、赤子から距離を取り腰を落とし警戒の鳴き声をあげる。

 その動作を行っている最中にも、体毛や皮膚の一部が地面へと落ち続け、遂には「腐敗」が目に見えて加速していく。

 体毛、皮膚、筋肉、骨、脂肪、血、臓器と肉体を構成する部位が生きながらにして腐敗する。


 ただ一つ、血管が異常に浮き出たボス猿の眼球二つだけを残し、二十秒程でボス猿の肉体全てが腐敗し、白い煙となり赤子に吸引された。

 眼球と一部付属器だけが川辺の砂利の上に残され、異様な光景を生み出していた。



 ボス猿とはやや距離を置いて追従していた猿の群れは、ボス猿の警戒する鳴き声を聞き取った瞬間に川辺から一頭と残さず姿を消していた。

 ただ一人、川辺にて赤き瞳の赤子は生まれて初めて、感情が揺れ動いていた。

 自身の体積よりも大きな動物を取り込んだ充足感は、感情の起伏をほとんど示さぬ赤子の顔に、僅かに笑みを作らせていた。

 空腹が満たされたわけでは無かったが、体内に厳然と存在する猿から吸引した力が赤子の命を永らえさせた。


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