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 7話  「囚われの少女を救え!」(中編)

 モニカは、広場の端にある木陰から飛び出し、建物に向かって走り出した。


 すぐに周囲から警戒の声があがり、敵側からの銃撃が開始される。

 モニカはこれに応射しないで、前方の大きな監視塔の下を一斉射した。

 すると監視塔はたちまち大爆発して、たいまつのように燃え上がりながらゆっくりと倒れていった。


「ド派手だね~」


 身を隠しながらつぶやく慶次。

 彼の役割は、自分の身を守りながら、モニカの後ろからついていき、人質のいる建物へ突入。人質を安全に確保することだった。


 機械人形(パペット)は、最新のカーボンナノチューブ装甲で覆われているが、戦車のような厚い装甲ではない。だから無敵にはほど遠い。勝つためには、先手必勝、索敵と先制攻撃が絶対に必要な条件だ。


 モニカは、砲塔や重機関銃がありそうな場所を次々と破壊していき、いとも簡単に制圧できそうだった。


 そのとき、モニカのすぐ後方の建物から、対戦車ミサイルが発射されるのが見えた。


 ちょうどモニカは、前方の建物を爆破して全身が大きな火炎に包まれており、探知できない状態だった。そしてなにより、マフィア側は対戦車ミサイルを保有していない、との事前情報があった。そのためミサイル攻撃は予測していないはずだ。あれをくらえば、モニカが行動不能になることも十分に考えられる。


「B9!」

(オーバーブースト レベル9)


 慶次は、短縮コマンドを叫ぶ。それは、機械人形(パペット)が瞬間的にだけ出せる最高速度を呼び出すコマンドだ。さらに慶次は、呪文のように続けてコマンドを叫ぶ。


「リアクト!」


 慶次は、左手に特殊な盾が展開されていくのを感じながら、モニカの背中側に立ってミサイルの方へ盾を向ける。目の端でモニカが振り返るのが、スローモーションのように見えた。


 慶次が展開した盾は、爆発反応装甲と呼ばれるもので、表面側の装甲が爆発して飛び出すことによりミサイルの威力を無効化する。

 飛来したミサイルは、慶次の盾にあたり、盾と共に爆散した。


 周囲には大量の金属片が飛び散り、それらに当たった敵側の男たちがうずくまるのが見えた。いまさらながら、心が痛むのをふり切って、慶次はモニカに尋ねる。


「いらないお世話だったかな?」

「たぶん、かわせたとは思うけど、お礼は言っておくわ」


「しかしこれで俺もターゲットだな……」

「そうね。 ミサイルが発射される前に全部つぶすわよ」


 さきほどの爆発が合図だったかのように、周囲の建物から、対戦車ミサイルをかかえた男たちがぞろぞろ出てきた。


「オーバーブースト、レベル5」


 慶次は、装備している銃を抜きながら、男たちの方へ向かって加速した。

 このような状況下では、ミサイルをかかえた男を先に撃ち殺してから、ミサイルの方を破壊するのがセオリーだ。

 しかし、慶次は簡単にヘッドショットができるにもかかわらず、ミサイルの発射装置だけを正確に打ち抜いていく。


「情けは人のためならず、とか言ったっけ……」


 慶次は、ついこの前に正しい意味を知ったことわざを場違いに思い浮かべながら、次々と対戦車ミサイルを破壊していった。


 異常な数のミサイルだったが、おそらく全てを破壊したのだろう。戦うすべを無くして戦意を喪失した男たちと警戒するモニカを残し、慶次は人質のいる建物へ突入した。


 建物の中では、お決まりのように、大男が女の子の頭に銃を突きつけていた。


「おい動くな! 動くとこのガキの命は……」


 男が言い終わる前に、慶次の方はコマンドを言い終えていた。


「オーバーブースト、レベル7」


 慶次は瞬く間に、男の銃を暴発しない角度へはね飛ばすと、そのまま男に当て身をくらわせて壁の方へ吹っ飛ばした。


 慶次のこの行動は決して無謀なわけではない。


 人間には生物学上の限界反応速度があり、何かを感じてから、動き出すまでは、必ず約0.1秒以上の時間がかかる。これより短い速度では、勘に頼って動かない限り、絶対に対応することができない。陸上競技などのフライングも、この時間を元に判定されている。


 慶次は、この反応速度を上回る速度で動いたのだった。

 だから、機械人形が動き出したのを男が見たときには、手の銃はたたき飛ばされており、逃げようと思ったときには壁に叩き付けられていたはずだ。


 慶次はそのまま、一切無駄のない動きで、部屋の中にいた他の男たちも一瞬で無力化し、気を失った男たちを、手際よくまとめて隣の部屋に放り込んだ。

 モニカは特に手伝うこともなく、実のところ驚嘆しながら、ドアの外から慶次の動きを見守っていた。



 慶次は、音声翻訳システムを立ち上げ、目に涙を一杯ためて震える女の子に近づいて言った。


「アンジェラちゃんのママからお願いされて、助けに来たよ」


 スピーカから流れたイタリア語の音声は、思いのほかのイケメン声だ。内心苦笑しながら、慶次は救助カプセルを取り出し、目の前に置いて展開する。


 この救助カプセルは、エリアシールドと同様の小さな筒だった。しかし、動作を開始すると、金属の棒のようなものが目にも止まらぬ速さで伸びていき、大きなフットボール状のフレーム構造物を構築した。

 そして、(フレーム)が完成すると、薄いパネルがあちこちからせり出してきて、子供を格納できるほどの大きさの救助カプセルができあがった。


「ちょっと狭いけど、これに入っておうちまで帰ろうね」


 慶次がアンジェラに手を伸ばすと、アンジェラの方から飛びついてきた。


 きっと怖かったのだろう。決してイケメン声につられたわけではないだろう。

 慶次は、つまらないことを考えながら、救助カプセルにアンジェラを入れ、フタを閉めた。


 カプセルの内壁は、発光物質で薄明るく光っており、30分は密閉した状態でも大丈夫なように、二酸化炭素吸収剤や、酸素発生剤、それに衝撃吸収クッションなどが取り付けられている。


「気持ち悪くない?」

「うん、なんか眠くなってきた……」


 救助カプセルには通信装置も取り付けられており、中と会話ができる。

 また、救助対象者が正確に30分間だけ意識を失うよう設定された催眠ガスが噴射される仕組みだ。


「対象確保。 メイさん、いますか?」


 やや間があって、芽依子が答えた。


「対象確保、確認。 そのまま予定ルートで脱出して下さい」

「了解」

「バッテリーの残量には注意してね」

「了解」


 救助カプセルをかかえて外に出た慶次は、周囲を警戒していたモニカと合流して、脱出ルートを走破し始めた。


「こちらの計算だと、ブーストはレベル3が最適だそうよ」

「了解」


「日本側も同意見です」

 芽依子がそっけなく付け加えた。やはり芽依子もイタリア側に不安を持っているようだ。


 帰りはマフィアの妨害もなく、スムーズに脱出ルートを走破していた。

 最後の目標通過点(ウェイポイント)は、もう目の前で、なんとかこのまま船着き場までたどり着けそうだな、と慶次が思ったその瞬間、いきなり前方に複数の装甲車両が現れた。


「くそっ、待ち伏せかよ」

「遮蔽ネットで隠れてたようね。しかしなぜこちらのルートがわかったのよ……」


「どうも、イタリア側に妨害工作者(スパイ)がまぎれ込んでいるようです」


 芽依子がきっぱりと言う。芽依子には何か確信があるようだった。


「理由はともかく、なんとか突破しないと」

「バッテリーの残量が問題だけど、ブーストして戦うしかなさそうね」


 慶次は、近くの木の根元に救助カプセルを隠すと、背中の銃を取り出し、モニカと共に駆けだした。


「オーバーブースト レベル5」


 敵の制圧は、予想よりはるかに時間がかかった。

 対戦車ミサイルの数はそれほどでもなく、装甲車両の重機関銃を無力化するのにも、それほど時間はかからなかった。


 しかし、その場所を掃討し終えた瞬間、少し離れたところに新たな装甲車両が出現したのだ。


 戦力差はあっても、いやあるからこそ、戦力を集中させて戦うのが敵側にとって最も有効な戦術であるはずだ。にもかかわらず戦力を分散させてきた。と言うことは、これは時間かせぎにほかならない。


 計四回にわたって伏兵を殲滅し、周囲の敵勢力を一掃したときには、出発から30分近くが経過していた。途中から、ブースト時間やレベルを細かく調整し、エコモードで戦闘した彼らだったが、二人の弾薬は完全に尽きてしまった。


「とりあえず、身を隠せる場所に移動するわよ」

「あっちの海岸の岩場がいいかな」


 慶次は、救助カプセルを回収すると、通常モードで移動し始めた。


 彼らが岩場に到着すると、救助カプセルの密閉時間である三十分が過ぎた。カプセルの上部構造が自動的に分解して蓋が開く。


 慶次は、むにゃむにゃし始めたアンジェラの脇を両手でかかえて、そっとカプセルから出すと、ゆっくりと腕の中に抱きかかえる。



 漆黒の空に浮かぶ細い月は、夜の闇に紛れようとする彼らを薄く照らし出していた。

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