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 6話  「囚われの少女を救え!」(前編)

 当初の予定通り、作戦は夜半を過ぎた午前1時に始まった。


 研究船『ユーロ・ウィズダム』の後部甲板ヘリポートから、慶次とモニカの機械人形を載せた巨大な戦術輸送ヘリが飛び立っていく。


 そのとき、慶次とモニカは最終ミーティングを終えて、棺桶(コフィン)のある操作室に向かっていた。


 作戦計画自体は、イタリア側の専門家により練り上げられていて、どこにも隙がなかった。また、その高い戦闘能力から、モニカ単機でもマフィアの防衛網を突破できるだろうと判断されていた。

 つまり、慶次の任務は戦闘ではなく、バックアップを兼ねて保護対象者の女の子を安全に輸送することだった。


 女の子の名前は、アンジェラ・ルモール、8歳。

 写真を見る限り、金髪の巻き毛で碧眼のかわいい子だった。どういう魂胆でマフィアが誘拐したのかは、想像するまでもない。しかし、こんな小さな子供が親から引き離されて一人寂しく監禁されていると思うと、慶次は、すぐにでも助けに行きたい気分だった。


 作戦では、慶次が救助カプセルにこの子を入れて海岸までへ移動し、船着き場で待機する潜水艇に乗って脱出する手はずになっている。さんざん暴れ回った後、ヘリで帰ってくるのは、いかにステルス性能を持つ最新の戦術輸送ヘリでも、かなり危険であると判断されたためだ。


 しかし行きはヘリに乗って、低空から奥深く潜入する計画だ。万一撃墜されたとしても、ヘリに積まれている外部バッテリーパックを機械人形に装着することにより、高速移動モードで目標地点まで素早く移動することができる。


 もちろん、機械人形(パペット)も外部バッテリーパックも、対爆耐火ケースに収納されているので、墜落の衝撃なども全く問題ない。さらに今回は秘密保持もあって、ヘリ自体も遠隔制御される。


 慶次が操作室に着くと、あとは慶次が棺桶(コフィン)に入るだけの状態になっていた。隣の部屋も同様の状態だろう。ただ、今から機械人形にフルダイブすると、収納状態で全く動けないため、精神的にきつい。だから直前に回線接続する。


 しばらくして、戦術輸送ヘリが海岸から島の内部へ進んでいた時、モニターを見ていた技術スタッフの一人が驚きの声を上げた。


「おい、やばいぞ! 民家のあちこちから、スティンガーを撃ってきてる!」


 スティンガーとは、携帯型の対空ミサイルのことである。ヘリの進入ルートは、衛星画像を解析して慎重に選ばれたはずだったが、どうやら何かを間違えたようだ。レーダーには映らないステルス仕様と言っても、至近距離から同時に多数のミサイルを打ち込まれては、まず回避できない。

 慶次は、そのようなことを考えながら、履いていたパンツを脱ぎ捨てた。


 隣の部屋でも同様に騒ぎになっているのが聞こえた。どうもモニカが一番騒いでいるようだ。おそらく、部屋に残っている男性技術者の尻に、モニカが蹴りを入れて追い出しているに違いない。


「遅れるなよ、モニカ……」

 慶次は、棺桶(コフィン)に飛び込んだ。


「フルダイブモード。 服部慶次、ログイン」



 いつものようにセットアップが終了して周囲を見渡すと、慶次の予想に反して、周囲は見渡す限り火の海だった。

 墜落して炎上していることは予想できた。しかし慶次は、対爆耐火ケースの中で目覚めるはずだった。それが外に放り出されていると言うことは、ケースが破損したか、ロックがはずれて開いたのだろう。この程度で破損するとは考えられないが。


 慶次は、そんなことを考えながら素早く身を起こす。そして、ヘリの残骸を取り除きながら、目的地まで高速移動するために絶対必要な外部バッテリーパックを探しはじめた。

 すぐにそれは見つかった。ひとつは全壊状態で、もうひとつは半壊状態で。

 愕然としている慶次の横で、モニカも目覚めたようだった。モニカの息を飲む声が通信機を通して聞こえる。


「なんで、バッテリーパックが壊れてるのよ!」

「目覚めたときは火の海だった。 ということは、保護ケースのロックがはずれていたとしか考えられない」

「……」


 おそらくイタリア側の作業ミスだろう。しかし、ここで責任追及することには何の意味もない。

 慶次は半壊した方のバッテリーパックを、モニカの方へ差し出す。


「使えるなら、モニカが装着してくれ」

「わかったわ」


 攻撃担当のモニカは、高速機動をするために大量のエネルギーが必要だ。問題は、これと内部バッテリーで足りるかどうか。

 すばやくバッテリーを装着してチェックしたモニカは、深いため息をつく。


「残量は85%だけど、じりじり下がってきてるわ。 長くは持ちそうにないみたい」

「なら、すぐに移動しよう。 どうせ敵もすぐに集まってくるだろうし」


「しかし、バッテリーパック無しで往復することは不可能だわ。 慶次、あんたはどうするのよ?」

「しかたがない。 モニカ……俺を抱いてくれぇ!」


「はぁぁ?! あんた、なに言ってるの?!」


 モニカは、そう言ってから、慶次が言いたいことをハタと理解した。


「あんたねぇ、まぎらわしいのよ!」


 必要な武器や装備を回収して自分の機械人形に取り付けると、モニカは、素早く慶次を『お姫様だっこ』した。


「しっかりつかまってなさいよ、王子ちゃん」


 モニカは『おうこ』と発音したが、きっと王子(プリンス)に掛けたのだろう。

 しかたがないのでモニカの首にそっと手をかけ、慶次は、男の()らしく、はにかんでみせた。

 モニカは特に反応しなかったが、きっと棺桶(コフィン)の中でしかめっ面をしていることだろう。


 とたんに、ものすごい加速が感じられ、視界が流れた。

 視野の端には、驚いて銃を構え直している男たちが見えたが、発砲音を聞く間もなく一瞬で見えなくなる。

 モニカは注意深く敵を避けながら、山野を脱兎のごとく、というより、旋風と化した闇の精霊のごとく、生物の限界を遙かに超えた速度で駆け抜けていく。


「バッテリーの状態はどうだ?」


 実際に口を開いたとしても、走行音と風を切る音で会話などできるはずがない高速移動中に、慶次は、回線を通じてモニカに尋ねた。この会話は、日本側のオペレータである芽依子も聞いているはずだが、割り込んでくることもなかった。イタリア側との調整に忙しいのだろう。


「異常な早さで減ってるけど、目的地までは十分持ちそうよ」

「問題は、帰りの方をどうするか、だな……」


「この調子で、予想される戦闘を行った後、内部バッテリで高速移動すると……帰りはギリギリね」

「帰りも抱いてくれるの?」

「キモいのよ、あんたは!」


 残念ながら、帰りは楽ができないようである。ただモニカは、揺れを全く抑えずに高速で走っているため、慶次の機械人形はあり得ないほど揺さぶられていた。楽どころか、慶次はちょっと気持ち悪くなりそうだった。


 慶次が、感覚パラメータをさらに設定し直そうか、あれこれ迷っていた10分ほどの間に、モニカ達の機械人形は、目的地近くまで到着した。


「ここからは計画通り、敵の防御拠点をつぶしてくわよ」

「ああ、俺は隠れて、守りに専念するよ」


 モニカは、ほとんど空になった外部バッテリーパックを外して、どさっと投げ捨てた。そして、背中に装着していた巨大な銃を手に持って構える。

 安全装置を外してこちらへ振り返ったその鋼鉄の顔は、なぜかにやりと笑ったように見えた。

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