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 5話  「ヨーロッパの戦姫」

 次の日も芽依子に連れられて、慶次は、ナポリ港から出発する専用連絡船に乗り込んでいた。


「まー姉ちゃんも一緒に来れたらよかったのになぁ」


「真奈美さんは、君がいない東京を一人で守らなくちゃいけないから……」


 狭いデッキの上で地中海の湿った風に吹かれながら、冗談とも本気ともつかない曖昧な笑顔を浮かべる芽依子。


 確かにパイロットはたくさんいても、任務を任せられるほどの動きができる者はほとんどいない。もうすぐ二十歳になる真奈美は、慶次が来るまでは、機動制圧班においてエースパイロットの地位を占めていた。


 もっとも機動制圧班を含め、現存する機械人形(パペット)は、そのほとんどが全感覚没入(フルダイブ)型の棺桶(コフィン)ではなく、動体検出(モーションキャプチャ)型の遠隔制御器(リモートコントローラー)で制御されている。

 この装置は、人間の動きをカメラで検出して、同じ動きを機械人形(パペット)物真似(トレース)するものである。ただし、走行などの定型的な動作は、補助入力や音声コマンドで指示する。


 そんな旧型の装置でも、かなりの制御が可能だが、狭いところを体を折り曲げて通る場合や、障害物に足を取られたりした場合のとっさの姿勢回復などは、コンピューターのシミュレーション演算に頼ることになる。そのため、どうしても満足のいく動きができない。

 その点、棺桶(コフィン)なら、感覚で反応する操縦者の思考と機械人形(パペット)の動きが一体的に連動するため、安定したスムーズな動きを実現することができる。



「――あら、もう着きそうね。その船よ」


 芽依子が指さす前方には、巨大なアンテナとおぼしき構造物が乱立する大型の船体が見えた。

 その船の名は、ヨーロッパ連合が誇る研究船『ユーロ・ウィズダム』。

 遠隔制御などの高度通信実験のために各国が予算を拠出して建造したものだ。


 現在では、機械人形(パペット)の制御実験を主な任務としており、船内にはスーパーコンピュータも設置されている。


 慶次達の連絡船が近づくと、研究船から大きなタラップが降りてきて連絡船のデッキに固定された。タラップは、高度な予測制御によって、まるで空中に停止しているかのように動かない。

 二人は、接続部分を大きくまたいで、その長いタラップを登っていった。



 研究船入り口のフロアでは、イタリア側の作戦担当者と思われる軍服姿の4人が慶次らを出迎えた。

 そのうちの一人は、輝く金髪を左右で縛り、2本のテールにして長く伸ばしている。


 実際、金髪ツインテールの女性なんて初めて見た慶次であるが、凛とした姿勢と、若いのに妙に余裕のある笑みを浮かべたその顔と相まって、彼女はなにか現実離れした異世界のプリンセスのような雰囲気を醸し出していた。


 芽依子は、にこやかに挨拶をしながら責任者と思われる男性と握手し、英語で何か説明を始めた。


 続いて、慶次も得意の英語で……と行きたいところだが、残念ながら英語は苦手だ。黙って後ろに控えているしかない。


 簡単な自己紹介を英語で済ませると、さきほど名前を聞いた金髪ツインテール、モニカ・カスティリオーネが慶次に近づいてきた。


"You don't belong to the Japan Self-Defense Forces, do you? "

(あなたは、日本の自衛隊には所属してないのよね?)


 ええっと、これは付加疑問文だから、あれ、どうなるんだっけ……


"Yes, I don't."

(いいえ、所属していません)


 ブッブー! ブザーこそ鳴り響かなかったが、慶次が間違えたことをモニカの顔は、はっきりと物語っていた。


「あー、英語は苦手なのね しょうがないから、日本語で話してあげるわ」


 モニカは、流暢な日本語で言う。


「あれ、カスティリオーネさんは、日本語が話せるんですね」


「問題ないわ それにタメ年なんだから、モニカって呼ばせてあげるわよ」


(モニカさん、流暢どころか、日本人と間違えそうです。そして、妙に上から目線なんですが……)


「モニカさん、日本に住んでたんですか?」


「だから、モニカって呼びなさいよ、慶次!」


(モニカさん、なんだか特定のキャラが目に浮かぶんですが?)


「日本には行ったことないけど、日本のエンターテイメントは素晴らしいわ」

「アニメとか?」

「そうそう、わたくしは、それで日本語を勉強したんですのよ」


(モニカさん、それは実在の日本人ではあり得ない話し方なんですが……)


 慶次は、そう思いながらも指摘できそうな雰囲気ではなかったし、なにより、とてもおもしろいので放置することにした。

 あくまで空気を読む、典型的な日本人、服部慶次であった。


 なにかとても満足した気分になった慶次が、ちらりと横を見ると、他の関係者と会話しながら、こちらに注目していた芽依子が、今にも吹き出しそうな顔をしている。

 慶次が面白がっていることが、おかしくてならないらしい。


 何も言わなくても気持ちが通じ合う、典型的な日本人、安田芽依子であった。


「あら、安田さんは、英語がお上手のようですわね」

「ありがとう、モニカ。 モニカって呼んでいい? 私は芽依子かメイでいいわよ」


「わかったわ、メイ。 これからもよろしくお願いしますわね」

「はい、お願いしますね」


 芽依子もモニカの話し方を直してあげる気はさらさらないらしい。

 グッジョブ、メイさん!


 会話が一区切りつくのを待っていた、こちらも空気の読めるイタリア側の責任者は、モニカに一言二言ささやくと、作戦決行までゆっくりと休んでくれ、というような、そんなようなことをおそらく言って、他の二人とともに引き上げた。


 残されたモニカは、近くの会議室まで二人を案内し、スイッチを入れながら、大きなテレビ画面の前の席に着くよう言った。


「それでは、これより作戦説明を2時間ほど行う。 質問は直ちに述べるように」


 きっと何かのアニメに合わせたのだろう、とても軍人口調のモニカの説明を聞きながら、ゆっくりと休めると勘違いした慶次は、英語のヒアリングをもっとがんばろう、と心に誓うのだった。



 内容の濃い整理されたモニカの説明がみっちり2時間近く続いた後、仲良くなっておくといいよ、と言い残して、芽依子は部屋から出て行った。


 モニカは、部屋に備え付けのサーバーでコーヒーを用意してくれ、慶次の前に座る。


「まあ要するに、『イタリア首相の愛人の子をマフィアから救え!』作戦だよね」


「首相は結婚してるから、確かに妾の子なんだけど、この場合は『隠し子』の方が合ってるわね」


(モニカさん、相変わらず日本語が達者です)


「その隠し子を世間から隠したままにするためには、軍や警察を大々的に動かせない。 だから、少数精鋭で秘密を維持しやすい我々に依頼が来た、と」


「そういうことね。 それに警察程度の武力じゃ歯が立たないってこともあるわ」


「しかし、なんで日本なの? イタリアで運用されている機械人形(パペット)が1体だけなのは知ってるけど」


「やっぱり、欧米圏内では色々と政治的な問題があるみたいで、つながりのない日本が選ばれたみたいよ」


「ふーん。 もともと日本側も海外での運用テストをしたくて、あちこちにお願いしてたみたいだから、渡りに船だったんだろうね」


「まあ、イタリアでは、ドイツやフランス、イギリスなどとの共同作戦も日常茶飯事ですし、日本よりもずっと経験豊富かもしれませんことよ?」


 続けて、おーほっほっ、と笑うモニカを見ながら、慶次は、これってマジでやってるの?と一人で大いに受けていた。


「あら、なにがおかしいんですの?」


 笑いをこらえている慶次に気がついたモニカは、少し語気を荒げる。


「いや、経験豊富なのはわかってるよ。 その点、ヨーロッパの戦姫に逆らう気はない」


「ヨーロッパの戦姫ですって?!」


 イタリアは、ドイツやフランス、イギリスなどの他のヨーロッパ諸国に比べて、機械人形の保有台数や性能などが大きく見劣りしている。


 しかし、イタリア軍に籍を置くモニカは、他国との共同軍事演習で、いつもめざましい戦果を上げていた。

 特に、今年の戦線突破演習で、仮想敵の機械人形を三体、戦闘車両に至っては百台以上をモニカ単機で無力化したことは、日本にまで知れ渡っていた。


「でも、結構いけてるネーミングセンスですこと」


 まんざらでもない表情を浮かべるモニカは、百戦錬磨の兵士というより、競技大会で優勝してほめられている、そんな無邪気な年相応の少女に見えた。



 その後、慶次は先に到着していた日本側の技術スタッフと合流して、最終テストや微調整などを繰り返した。

 隣の部屋でも、イタリア側のスタッフとモニカが打ち合わせをしているのだろう。

 モニカと一緒の部屋でないのが残念な、しかしちょっとほっとしている、パンツ一枚の情けない慶次であった。


 バタバタとした数時間が過ぎ、作戦決行の夜中まではゆっくり休むように言われたが、特に眠くもない慶次は、気分を入れ替えようと研究船のデッキに出た。


 すでに日は傾き、赤く染まった太陽が地中海の穏やかな水面を橙色に染め上げている。

 その水面を船が切り裂く波の音と、少し離れた場所をデッキと同じ高さで飛んでいる海鳥の鳴く声がかすかに聞こえた。


 慶次は、船首の方で海を眺める人影を見つけた。


 逆光で影になっている表情はよく見えなかったが、その金髪は、辺りと同じ色に輝きながら、海風に吹かれてゆるやかに揺れている。


 気だるく手すりに頬杖をついて海を眺めるその姿は、なぜか儚く寂しげに見えた。慶次は声をかけるかどうかしばらく迷ったが、やがて身を翻すと船内に戻っていった。



 モニカは、海を見ながら母のことを考えていた。

 モニカが軍に入ってからは、母の住む自宅に戻ることもほとんど無くなり、任務に明け暮れる日々を送っていた。


 モニカの母は、モニカが入隊する直前に、日本人の男性と再婚した。線の細い無口な男だったが、嫌いなタイプではなかった。しかし、実の父を深く愛するモニカは、この男を邪険に扱ってしまった。それで関係がギクシャクしてしまい、この前に再会したときもあまり会話がなかった。そのときの寂しそうな男の笑顔が妙に印象に残っていた。


 そんなことを考えていたとき、船尾の方に遠く慶次の姿がちらりと見えた。


 こちらを見ているような気がして振り向いたとき、慶次は船内に戻ろうと背を向けた後だった。その背中はどこか寂しそうで、あの男のことを思い出させた。


 モニカはひとつ嘆息すると、何よ、と誰に言うでもなくつぶやいた。

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