4話 「イタリアへ出向せよ!」
「いってきまーす」
道場の朝練でつい夢中になってしまった慶次は、あわてて家を出た。
「ああ、来た来た。 はやくはやく!」
慶次と同じ朝練に出ていたのに、すでに準備万端を整えて待っている幼なじみの遠藤由香里は、じれったそうに手招きする。
道場は、慶次の自宅からは少し離れた場所にあって、慶次の曾祖父が本家に代々伝わる古武道を世に広めるために開いたものである。
伊賀の流れを汲むため、マスコミにも紹介され、世界中から忍者ファンが押し寄せている。言わば、忍者ハットリ君の系統だ。
しかし、本当の服部流古武道は、比較的限られた者にしか伝授されていない。
慶次も由香里も子供の頃から修練を積んでおり、正式な継承者の候補となっている。
「ほらほら、走る走る!」
「まだ、全然大丈夫だって」
きつい朝練の疲れを感じさせない由香里の猛ダッシュに、慶次は軽く嘆息しながら、それでも速度を合わせて駅へと急いだ。
駅のベンチに並んで座り、電車を待っていると、由香里は思い出したように言う。
「そういえば、慶ちゃんパパが明日、研究所に遊びに来ないかって誘ってくれたよ」
「あのエロおやじ……」
慶次の父は、機械人形の日本における開発の現場責任者で、郊外にある遠隔現実開発センターに勤めている。
相当頭が切れるはずの父がいつも息子に語るのは、女性の話ばかりだ。慶次が小さい頃に亡くなった母がどれだけ美人だったのか、自分の秘書がどれだけかわいいのか、そして由香里がどれだけナイスバディなのか……。
慶次の父は、ちょくちょく顔を出す由香里を幼い頃からよく知っており、色々と大きく育った由香里のことをいつもほめちぎっている。実際、親馬鹿に近い感覚なのかもしれない。
「なんか若い人の適性をいろいろ調べてて、100人ぐらい集まるテストに出て欲しいんだって」
「ああ、あのテストね」
「慶ちゃんは、テストを受けたんだ?」
「うん、帰ってきたら、おいおい話すよ」
「慶ちゃんは明日からイタリアなんだよね?」
「向こうの大学で、急遽実験したい事項ができたので、来てくれないかってさ」
これは任務のための真っ赤なウソだが、慶次は、父の研究に関連する特別な能力を持っていることを何人かには教えている。そして学校側にも、同じ理由で数日の休みを申請している。
そうしてイタリアに出向く慶次だが、機械人形は、もともと遠くから制御するものだ。だから制御信号が届く限り、世界中のどこからでも遠隔操縦することができる。
つまり、イタリアにある機械人形を、日本から制御することもシステムとしては十分可能である。
しかし、距離が離れるほど遅延がひどくなり、感覚のずれからリアルタイムでの制御が難しくなる。実際、慶次もこの東京の近くでしか、機械人形を運用したことはない。
「時差があるから、体を壊さないように気をつけてね」
「ああ、ナポリでピザを食べ過ぎて、おなかを壊さないように気をつけるよ」
「む~、わたしも行きたいよ~、本場のピザを食べたいよぉ」
「うむ、ナポリのピザと言えば、もっちりしたマルゲリータなんだが、ローマではさくさくのも色々あってだな……」
そのあとは、高校に着くまで、『二人で好きなピザの種類を言ってみようぜ大会』となってしまったのだった。
――次の日、成田空港出発ロビーで
「慶ちゃん、ハロハロ」
「あれ、同行するスタッフって、メイさんだったんだ」
「うん、慶ちゃんのおかげで、イタリア旅行ゲットだぜぃ」
「まったく、いつも緊張感ないですね、メイさんは」
「はいは~い、パスポート貸して~ チェックインしてくるね」
しばらくして、航空会社の制服を着たグランドスタッフと一緒に芽依子が戻ってきた。
「じゃあ出国して、しばらくおしゃべりでもしてましょうか」
出国審査場までグランドスタッフに案内され、出国してからもグランドスタッフに案内され、到着したのは『ファーストクラス・ラウンジ』と書かれた場所だった。
「え? 俺ってファーストクラスなの??」
「招聘するイタリア政府の好意で、パイロットは最上級待遇なんだって」
「うへぇ~」
ここでもラウンジスタッフに席まで案内され、お飲み物は?と聞かれて、お飲み物とは~とパニクり、同行者として入室した芽依子に大爆笑されてしまう慶次だった。
その後、飛行機に搭乗しても、個室のような広い座席に座る慶次に、片膝をついて挨拶をするキャビンアテンダントのお姉さんに驚愕。ついシャンパンを注文して丁重に断られるなど、13時間の飛行機の旅はあっという間に終わった。
そして慶次は、初めてのヨーロッパ、ローマ・フィウミチーノ国際空港に降り立った。
「ここからナポリまでは車?」
「ううん 時間を節約するため電車で移動するよ」
空港から専用の送迎車で駅まで移動した慶次と芽依子は、開業当初からヨーロッパ最速であり、随分経った今でもヨーロッパ最速を誇る高速鉄道Italoのファーストクラス車両に乗り込んだ。
Italoは、フェラーリ社の会長らが設立したイタリア初の民間新幹線だ。
現在は、開業当初の2倍以上の最高時速700キロで走行するリニアモーターカーを運行している。
同社のスーパーカーを思わせるワインレッドの美しい車体はフェラーリ特急とも呼ばれ、それに乗るためだけに訪れる人もいるほど人気がある。
列車がナポリに到着すると、慶次は芽依子とともに、高級そうなホテルまで車で移動してそこにチェックインした。
芽依子に連れられてスイートルームの自室に入った慶次は、『やっぱりシャワーが先よね?』と、からかう芽依子を四苦八苦しながら自室へ追い返した。
なんだかんだで疲れ切った慶次は、どさっと大きなベッドに身を投げ出し、そのまま深い眠りに落ちていった。
未来の設定なので、存在しないリニアモーターカーが登場してますが、Italo自体は実際にあります。かっこいいので、興味のある方はググってみて下さい。
次話でやっとプロローグのヒロイン、金髪ツンデレのモニカが再登場です。