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47話  「ファーストコンタクト」(後編)


「当機はまもなくワームホールに入ります。 みなさま、お座席にお戻り下さい」


 銀河帝国の首都惑星プロヴナンスと、銀河中心の近くにある惑星ゲートとを一瞬で結ぶワームホールが建設されたのは、随分昔のことだ。その内部を満たすカシミールエネルギーは、銀河中心の巨大ブラックホールを利用して生成され、時空トンネルとしてのワームホール内を安定的に支えている。


「ワームホール通過後、惑星ゲートの周回軌道には45分ほどで到着いたします」


「私は寝させてもらいますね」

 シャグリは、丸まった背中を伸ばしながら、機内で知り合った隣席の男に声をかける。


「私も寝ますかな。 ワームホール酔いは結構きついですからな」

「全くです。 何度くぐっても慣れません」

「新規文明審査官殿も形無しですな」


「まあ滅多に新しい文明なんて見つかりませんからね。 惑星ゲートも久しぶりです」

 シャグリは、自席の周囲を片付けながら、そのなで肩をすくめた。


「今回ヒドゥナーズ達が審査にかけた文明は、銀河腕で最初の文明だそうですな」

「ええ、彼らは本当にあちこちマメに見てますね」

 シャグリは、誰も姿を見ることができないヒドゥナーズという種族に思いをはせながら答えた。


 銀河系の中心にあるブラックホールは極めて巨大だ。その重力により光すら脱出できない『事象の地平線』と呼ばれる範囲は、惑星軌道を何個も飲み込むほど桁外れに大きい。

 情報生命体ヒドゥナーズが住む惑星ヒドゥンは、その中にある。


 彼らは、肉体を持たず、時空を自由に行き来する。そして銀河中を旅しては、新しい文明を見つけ、帝国に取り次いでくれる。それは彼らの趣味なのか、生きる目的なのかは誰も知らない。ただ、生命体の意識を機械に接続することができるようになった文明は、すぐに彼らが教えてくれる。


 つい最近、オリオン銀河腕の辺縁にある太陽系第三惑星『地球』でも、意識を機械に接続することができるようになったらしい。

 新規文明審査官は、八つの生命体が1つのグループとして接続した場合に、銀河帝国への加盟審査を行うことになっている。もっとも、審査官はブラックホールの中には入れないので、強力なシールドで守られている少し離れた惑星ゲートで審査を行う。


「しかし、偶然とは言え、その星の命運を託される八人には、全く気の毒なことです」

 シャグリは、自動睡眠プログラムを設定しながら、苦笑いを浮かべる。


「そうですかな? ただゲームで遊ぶだけの簡単な仕事に思えますな」

「まあ単純に楽しんでもらえるなら、こちらとしても気が楽なんですけどね」

「ふむ。 確かに責任の重さを考えれば、単純に楽しむ、ともいきませんかな」


「当機は、あと5分でワームホール境界面に到達します。 お休みの方はご準備下さい」


「おお、話が過ぎましたな。 それではおやすみなさい」

「おやすみなさい」

 シャグリは、男と挨拶を交わすと、睡眠モードをスタートさせ、自席に体を沈めた。



 ――慶次たちの目の前に、リアルな猫が現れた。そして、その猫はしゃべっていた。

 慶次達は、なんだかわけがわからない状況に、猫が話している内容にまで頭が回らなくなっていた。


「……これは、ゲームの続きなのかな?」

 慶次は、ぼそっとつぶやいたが、目の前の猫は、耳ざとくその言葉を聞きつける。


「続きじゃないニャ。 重要な話があるので、是非、話を聞いて欲しいニャ」

「まあ、聞くだけ聞くけど……」

 みんな絶句していたので、慶次が何とか目の前の猫に返事をする。


「ありがとうなのニャ。 私の名はシャグリ。 この姿は仮の姿なのニャ」

「お、おう……」

「私は、銀河帝国の新規文明審査官。 地球文明の加入審査に来たのニャ」

「あー、そうなんだ……」


「まじめに聞いてるかニャ?」

 目の前にちょこんと座っている灰色の猫は、憤慨したかのように背をピンと伸ばし、微かに首を傾ける。


「いや、聞いてるよ。 全く信じてないけどな」

「真実かどうかは後でわかるので、それは問題ないニャ」

「証明してくれるんだ?」

「もちろんだニャ。 今は話を聞いてくれれば、それでいいニャ」


「ところでさぁ、なんで語尾にニャ、とか付けてんの?」

「ん? このタイプの非知的生命体が話をするなら、最も違和感が無い話法だと……違うのかニャ?」

「非常にアホっぽいので、普通にしゃべって下さい」

「それは失礼した。 翻訳が不備だと思えば、そう言って欲しい」

「いや、翻訳が完璧すぎて…… いえ、いいです。 とりあえず続けて下さい」


 騎士や魔法使いなどのファンタジーな格好をした八人が、猫を取り囲んで話を聞いている。誰が見ても極めておかしな状況だった。

 慶次は、驚いているのか面白がっているのか自分でもよくわからないながら、話の続きを待つ。


「それで、仮想世界に最初に接続した八人の団体には、帝国への加入審査試験を行うことになっています」


「あの、シャグリさん、質問いいですか?」

 モニカがおそるおそる手を上げながら、シャグリに尋ねた。シャグリは耳をぴくりと立て、小さな頭を縦に振ってうなずく。


「銀河帝国への加入審査という話なんですよね? こんなの適当すぎませんか?」


「試験と言っても点数をつけるのではなく、その文明の資質を調べたいのです。だからランダム抽出が重要で、機械との接続にも問題ないことが必要なんです」


「でもいきなり過ぎます。時期を見てやり直してもらった方がいいと思います」

「もちろん断ってもらって結構です。 しかし次は百年後になります」

「えっ、百年後なんですか?!」

「はい。 世代が入れ替わるのを待って、ちょうど百年後にランダムで選ばれます」

「ずいぶんと気の長い……」

「最初が肝心ですからね。 慎重を期さねばなりません」


 慶次たちは、猫の形をしたシャグリが全く嘘八百なことを言っているようにも思えず、お互いに顔を見合わせた。シャグリの話がもし本当で、それを断ったとしたら、人類の進歩は百年の停滞を余儀なくされることになる。

 慶次は、シャグリの話をホイホイと信じることはできなかった。しかし、本当だったら大変なことになるので、一応本当だと仮定してさらに話を聞くことにする。


「もし地球が銀河帝国に加入したら、どうなるんでしょうか?」

「帝国は、ルールが守られる限り、あらゆる助力を惜しみませんし、将来的には皆さんが帝国のために働いてくれるものと信じています」


「じゃあ、宇宙船とか、色々もらえるんでしょうか?」

「通常の商取引が成立すれば何でも。 ただ、そう簡単に行き来はできませんけどね」

「えっ? シャグリさんは、宇宙船で地球に来てるんじゃないんですか?」


 なんだか話が怪しくなってきたなと思いながら、慶次はシャグリを見つめる。

 確かに目の前の猫は映像に過ぎない。しかし会話には全く遅れがない。そのことを考えれば、どんなに遠くても地球の軌道近くにいなければおかしい。


「私は今、惑星ゲートというところにいます。 約二万六千光年ほど離れてますね」

「それって銀河系の中心近くじゃないですか!」

 モニカが驚いて声を上げる。


 慶次は、銀河系がどのくらいの大きさか想像もつかなかった。しかし、とにかく光で何万年もかかる遠くの星から、簡単に電話などかけられるわけがない。そのことだけは、容易に想像できた。


「そうですね。 技術的な説明は難しいのですが、ある種族に手伝ってもらって、量子サイズのマイクロワームホールを形成しているんですよ」

「よくわからないんですが、とにかくテストもこの通信を使って、質問形式とかで行うんでしょうか?」

「いえ、皆さんにはこちらに来てもらいますよ」


「はあぁ?!」

 今度は、八人全員が驚きの声を上げる。

 シャグリ一人でさえ、地球に来ていないのに、もちろん宇宙船もないのに、どうやって二万六千光年も旅するというのだろう。


「正確には、皆さんの精神だけを写し取って、こちらへ来てもらいます」

「魂を抜くわけですか!」


 二万六千光年、魂の旅ってか?! 慶次は、何かの悪い冗談だと半ばあきれながら、シャグリの説明につっこみを入れる。


「そうですね。 そういう説明もできますが、もう少し詳しく説明しましょう」

 シャグリは、一呼吸置いて説明を続ける。

「皆様の体は、そちらで冬眠状態に入ります。 そして、脳の働きを完全にシミュレートするプログラムをこちらで走らせて、そちらの脳と情報だけをやりとりするのです」


「へ?」

 慶次は、意味が分からなくなって思わずつぶやく。

 体が移動できないんなら、当然そっちへは行けないだろう。たとえ、自分の脳をコピーしたプログラムがそっちで動いていても、自分がこっちにいることに変わりはない。


 しかしよくよく考えてみると、こっちで寝ていて、寝ている脳にそっちで起こった出来事を完全にコピーされたらどうなるだろう。夢を見た感じだろうか。いや、夢というよりも、体験したことを覚えている、という感じになるはずだ。自分の頭が覚えているのなら、それが現実の話なのか、夢の話なのか、もう区別することはできない気もする。


「ピンと来ないかもしれませんが、皆さんの分身がこっちに来て、最後に戻って本体と合体すると考えれば、わかりやすいかもしれません」

「本体に合体すると、記憶が共有されるってこと?」


「ええ。 本体が寝ているので、自分の分身を飛ばす、といったイメージでしょうか」

「じゃあ分身が戻らないとどうなるの?」

「必ず戻しますが、戻らなくても皆さんがそちらにいる限り、身の危険はありません」


 慶次は、わけがわからないながらも、話の筋は通っている気がした。

 要するに、ある文明を調べるのに、住民のサンプルをコピーして取り寄せて試験をしたい、ということなのだろう。技術的に可能ならありえない話だとも言えない。


 慶次は、最も気になることをシャグリに尋ねる。

「で、実際どんな試験をするんですか?」


「皆さんには、こちらでゲームをして頂きます」

「どんなゲームですか?」

 慶次は、もちろんデスゲームです、などと言われそうな気がして、戦々恐々としながらシャグリの答えを待つ。


 シャグリは、にやりと牙を見せる。

「もちろん、ロールプレイングゲームです。 皆さんがさっきやってたみたいな」

「え? 普通のロープレ?」

「VRMMORPGですね。 全銀河の住民がアクセスするゲームです」


「宇宙人のゲームなら、タコ的な人や、虫的な人がウロウロしてる、とか?」

 慶次は、なにかグロい住民達が暗いダンジョンの中をウジャウジャと徘徊する恐ろしげなゲームを想像して、ちょっと引き気味に質問する。


「確かに、タコや昆虫に似た種族もいます。 なめくじっぽいのが苦手な私だと生理的にきつい種族もいますね」

「うへぇ」

「しかし驚いたことに、各種族に似た形の生命体は、大体どの惑星にもいます。 私なら猫ですね。 だから人っぽくデフォルメすることが可能なんです」

「猫人的な?」

「ええ。 今の私はそのまんま猫の姿ですが、ゲーム内では猫人間に見えるようにプログラムされます。 昆虫なら仮面ラ○ダーみたいな感じでしょうか」

「同じ人物でも、見る人によって見え方が変わるんですか……」

「そういうことです。 ゲームなので、それなりに楽しめるようになっています。 だから環境も地球の、しかも中世の文明に見えるようにプログラムされます」

「それはすごいなぁ……」


 慶次は、何万光年もの距離を瞬時に繋いで通信する技術より、そのゲームの方に大きな驚きを感じた。全てがプログラムだからこそ、どんな世界でも望むように作ることができる、ということなのだろう。そんなのでハーレム的なゲームをやったら、きっと現実の世界には戻れない。


「そのゲームで、皆さんは人類の資質を見せて下さい。特に条件はありません。好きなように遊んで下さい」

「でも遊びほうけてたら、資質なし、なんですよね?」

「いえ、それでも大丈夫かもしれません。 有害性が認められませんからね」

「大丈夫かも、って言うのが、なんというか……」


 慶次は、はっきりと合格の条件を説明しないシャグリに、テストする側とテストされる側との立場の差をひしひしと感じた。しかしそれ以前に、文明レベルに差がありすぎるわけで、誘ってもらえるだけありがたいとも言えるのだが。


「条件はありませんが、ただ一つ、絶対死なないで下さい。死ぬとゲームオーバーです」

「ええっ!? セーブできないのはめちゃくちゃ厳しいな……」

「いえ、ログアウトするとセーブされますが、このゲームは、死んだら半日アクセスできない規則です。 皆さんはお試し、ということで、アクセスは一回限りです」


「あのぉ、質問いいですか?」

 今度は、由香里がおずおずと手を上げる。 シャグリは、由香里の方を見てうなずく。


「死ぬっていっても、ほんとに死ぬんじゃないですよね?」

「もちろんです。 ヒットポイントがゼロになるだけで、苦しくもないですよ」

 シャグリは、猫のくせにニヤニヤしながら答える。ニヤつく猫は気持ちが悪い。


「はいはい、僕も質問!」

 今度は、ドミニクが右手を元気よく上げて質問する。

「どうぞ」

「ログアウトできないと、ゲームで疲れ過ぎて死ぬと思います!」

「そうですね。 寝る習慣はどの知的生命体にもあるので、実はプレイ上の一日のうち六時間の睡眠がゲーム上の義務になっています」

「ゲームで寝ても、疲れなんて取れるんですか?」

「そのときプログラムのパラメータが調整されるので、寝起きはすっきりですよ」

「なら、いいです!」

「細かいことを言えば、そのときだけ瞬間的にワームホールが開き、皆さんの脳にプレイ情報が実体験として書き込まれるんです」


 ゲームの話だけを聞けば面白そうだったが、実際にとんでもないレベルの科学技術が詰め込まれていることを聞くと、慶次たちは少し腰が引ける思いがした。かと言って、ここで断れば、根性無しとして人類の歴史にその名を刻まれてしまうかもしれない。


「まあゲームの話は、おいおい分かるでしょう。 ヘルプ機能もありますし」

「ヘルプがあるんですか」

「ええ。 分からないことは聞けば教えてくれます。 基本的にはゲームスキルを上げながら戦う、剣と魔法の探検型ロールプレイングゲーム、といったところですね」


 そのゲーム内容は理解できないものではない。というより、ありがちすぎて驚くほど普通の内容だ。ただ、実体験としてプレイができるということは、ゲームというより、異世界への転移に近い感じなのかもしれない。


「さて、説明はこのぐらいなのですが、どうしますか? 一人でも断れば、このお話はなかったことになります」

 シャグリの言葉に、ほとんど黙って話を聞いていただけの八人はお互いに顔を見合わせる。


 慶次の心は決まっていた。

 人生でこんなチャンス、二度とあるわけがない。実際、断ったら百年後だそうだから、次はない。危険なのかもしれないが、やるしかない。

 そしてやり遂げたら、人類の輝かしい未来をつかむこともできるのだろう。さっぱり実感は沸かないが。


 モニカの心も決まっていた。

 こんな面白そうなこと、やらないで済ますなんてあり得ない。

 もしこれが何かの罠だったとしても、既にもう抜け出すことはできないだろう。だから、ここは腹をくくって飛び込むしかない。


 ドミニクは、単にワクワクしていた。

 回りには心配をかけるかもしれないが、最新のゲームをぶっ通しで遊べるなんて、とんでもなく素敵だ。

 その上、何だか分からないが、勝利すれば人類万歳、なんてかっこよすぎる。


 クリスは、シャグリの言葉を素直に信じたかったが、理論的に納得できる内容ではないとも感じていた。

 しかし、ゲーム自体はおもしろそうだった。魔法使いになれる、だなんて……。

 魔法使いは、彼女にとって、小さい頃からのあこがれなのだ。


 由香里は、どうしようか迷っていた。

 自分一人なら間違いなく断っていただろう。人類の発展が遅れることまで責任は持てない。でも、みんなの顔は、行くしかないと言っていた。

 みんなと一緒なら、そして慶次と一緒なら、銀河の果てまでも行ける。そんな気がしないでもなかった。


 真奈美は、何かうまく乗せられた感じがして、気にくわなかった。

 猫の姿をしたシャグリが本当に信用できるのかはわからない。

 この唐突さ、この強引な話の持って行き方には素直にうなずけない。人を振り回すのはよくても、人に振り回されるのはいやなのだ。

 ただそうは言っても、これが本当の話なら、断ることはあり得ないだろう。

 行くことになるんだろうな~。そんな気がしていた。


 準は、来たぁぁと内心でガッツポーズを取っていた。

 これは人生で最大の山場がやってきたに違いない。

 ちょっと早い気もするが、これは間違いなく人生で最高の舞台だろう。

 人類を宇宙に導くのは俺。

 準はすでに勝った気でいた。


 ランフェイは、敵の巧妙な罠だと仮定して、その利益について考えていた。

 しかし、どこかへ連れ出すわけでもなく、ゲームをさせるだけで敵が得をするとも考えられない。何かの足止めかもしれないが、無意味な設定が多すぎる。

 これはひょっとすると本当のことなのかもしれない。そうだとすれば、人智を越えた高度な技術はきっとお姉様を救えるに違いない。そのことがランフェイの心をわずかに躍らせた。



「ここからは、一人一人の心に語りかけますので、皆さんは答えを心に念じて下さい」

「はい」

「行きますか? 行きませんか?」


 全員が答えを心の中に思い浮かべた。


「はい、決まりました。 ようこそ、わが銀河最大のオンラインゲームへ!」


「よっしゃぁ!!!」

 準がひときわ大きい声で叫び、皆も笑顔でお互いの顔を見てうなずき合う。



「さて、皆さんは地球で最初のプレイヤーですので、文明代表の初回特典がもらえます」

「おお、いいっすね」

 慶次は、いきなりラッキーな特典がもらえると聞いて、喜びの声を上げる。


「特典は二つあって、一つ目は、全員のヘルプ機能が強化されます」

「うーん、なんかしょぼいような……」

「いえ、システムから色々な情報をもらえることは、非常に有利ですよ」


「あ、攻略本みたいなものか!」

 慶次は、ちょっと反則的な気もしたが、いきなり攻略本をもらえそうなことを喜んだ。

 しかし、シャグリはあっさりとそれを否定する。


「いえ、ゲームの攻略情報はもらえません。 でも街の位置や敵の数などがわかります」

「あー、なんだ、レーダー画面みたいなもんか……」

 慶次はがっかりした。


「そうなんですが、そのヘルプ端末は、人形(パペット)の形をしていて、音声で情報を伝えます。 こんな端末ですね」


 シャグリはそう言うと、右手の肉球をこちらへ向け、目を閉じた。

 すると目の前に、木製の顔や手足を糸で繋いだ、オーソドックスな操り人形が一体現れた。素朴な感じの人形ではあるが、なかなかかわいい。

 シャグリは続ける。


「その端末には、皆さんが慣れている人工知能プログラムを使うことにしましょう」


 シャグリがそう言うと、木彫りの操り人形は、いきなり魂を込められたかのようにビクッと体を震わせ、木彫りの顔のくせに目を見開いて、まわりをキョロキョロ見始める。そして、いきなり話しはじめた。


「お? ここはどこだ? おお、慶次、おひさ!」


 その声は、敵との戦闘で自爆して果てた犬型ロボット、レオの声だった。


「レオ、なのか?」

 慶次は驚いて、レオに尋ねる。

 しかし、相変わらず小生意気なレオはその質問には答えず、自分の木彫りの体をしげしげと見てから言う。


「俺、ダサくね?」

「知らねえよ!!」


 慶次は、目の前の人形がレオであることを確信した。

 きょとんとしている真奈美とランフェイには、由香里があれこれ説明してあげていた。

 さらにシャグリが説明を続ける。


「で、これがオリジナルのままで、あと七体は適当にアレンジして全員にお渡しします」


「おい、慶次、猫がしゃべってるんだが?!」

 レオは、慶次の方を向いて質問したが、慶次は意趣返しとばかり、レオに言う。

「いやぁ、俺には人形がしゃべってるように聞こえるなぁ」

「ちっ」

「おい、舌打ちすんなよ!」


「……ともかく事情はわからんが、俺様はなんとか復活したようだな」

 レオが少し感慨深げに言うので、慶次は少し機嫌を直して、小生意気なレオに声をかける。

「まあ、これから銀河の中心へ旅立つんだが、よろしくな」

「はぁ? お前、何を言ってんだ?」

「後で説明してやるよ」


「いえ、細かい説明やシステム接続に必要なことは、こちらで全部やっておきます」

 シャグリは慶次に言うと、さらに話を続ける。


「特典の話ですが、もう一つの特典は、一人だけに与えられます」

「えー、そうなんだ……」

「今から、その一人を選んでもらいます」

「しょうがないなぁ……」

 慶次はぼやきながら、みんなの顔を見回す。皆も神妙な顔でうなずいた。


「その一人は、できれば皆さんの世界で最強の人を選んで下さい。 その最強には条件を付けても構いません。ただし、戦闘力で決めて下さい」


「人類最強の戦闘力を持つ人なんて、この中にはいないんですけど……」

 慶次は苦々しげに答える。しかし、モニカが慶次の言葉にかぶせるように、横から口を出した。


「例えば、機械人形(パペット)に乗っている場合、とかでもいいんでしょうか?」

「はい、条件を付けても構いません」

「じゃあ、決まりね」

「へ?」

 ニヤつくモニカを見て、慶次は不安に駆られた。


(まさか俺? 俺が人類最強なわけないんですけど?)



「では、その人の名を心の中で念じて下さい」

「はい」

「なるほど。 本人以外の全員が同一人物を思い浮かべましたね」

「げっ」

「服部慶次さん。 あなたは、勇者に選ばれました」


 どういうわけか、皆が笑顔で拍手を始めた。

 慶次は、非常に照れくさそうに頭の後ろに手をやってから、みんなにお礼を言った。

 慶次は、生身ではそれほど強くはない。しかし、白虎に搭乗しているとき、と条件を付ければ、単機で慶次に勝てる者はおそらくいない。その意味で、人類最強といってもおかしくはない。

 シャグリは続ける。


「勇者は、この世界ではほんの数千人しかいません」

「え?! めっちゃいるんですけど?!」

「ちなみにプレイヤー人口は、約二百兆です」

「なにその数字!?」

 慶次は、数字の実感がつかめずに、ただ頭がクラクラした。この銀河系には、一体どれだけの数の宇宙人がいるのだろうか。


「そして、勇者の中の勇者である王は、銀河系にある六つの銀河腕の中から一人ずつ選ばれます」

「銀河腕?」

「はい、皆さんのいるオリオン腕は、文明の空白地帯でして、皆さんが最初です」

「……ということは、俺、いきなり王様?」


 慶次は、一瞬絶句してから、おそるおそるシャグリに質問した。しかしシャグリは首を横に振る。

「いえ、王になれる可能性がある、というだけです」

「まあ、そうだよね……」

「その可能性は非常に重要なので、是非覚えておいて下さい」

「はい……」

 慶次は、王様とか、何がなんだかさっぱりわからなかったが、とりあえずシャグリにうなずいておいた。


「最後に、皆さんにはもう一つ質問があります。 これも心の中で答えを念じて下さい」

「はい」

「このゲームには、いわゆる18禁の成年向けサービスがあります。 男性も女性も、現実では得られないすばらしい経験ができますが、逆にリスクも生じます」


 意外な話に、慶次はちらりと横目で準を見る。準はごくりとつばを飲む。

 モニカは顔をしかめ、ドミニクは、そんなモニカのほうをちらりと見た。


「なお、このアダルトサービスを拒否した場合でも、互いの合意があれば現実世界と全く同じ経験ができます」

 今度は、準を除く全員が一斉に慶次の方を見る。準は、視線をさまよわせながら、再びごくりとつばを飲んだ。


「さて、アダルトサービスを行いますか? 拒否しますか?」


 全員が答えを心に念じた。


「答えはプライバシーに関わるので、公開しないつもりだったのですが……」

 シャグリは、またニヤついた笑顔を浮かべてから、わざとらしくため息をつく。

「皆さん、健全ですねぇ」


「いや、リスクが、なぁ」

 慶次は、照れ隠しに準の方を向いて答えた。実際、男に襲われるシチュエーションもあり得ないとは言えない。


「その方がいいでしょう。 地球の法律だと問題のあるサービスですからね」

 シャグリは、これで話はおわりだと言わんばかりに、ピシっと語尾を切り、背中と尻尾をピンと伸ばした。


「さて、皆さんはこのまま旅立つことになりますが、現在そちらの装置を変更中です」

棺桶(コフィン)のこと?」

「はい。 いまそちらの装置を組み換えて、維持フィールド発生装置を作っています」

「な、なんですか、それ?」

「皆さんの体は、外界から隔離され、仮死状態になります。ただし、ゲームが終わるまで、地球上で一番安全な状態に置かれます」

「はぁ、もうお任せするしかないです……」

「あと、五分待って下さいね」


 その間、皆はシャグリにゲームのことを色々と質問した。

 シャグリの話によれば、ゲームの中の世界は、実際の世界よりも十倍ほど速く動いていて、ゲームでの一年は実際には一ヶ月ちょっとにしかならないらしい。この時間差は、種族間での反射神経の格差などを調整するためのものだそうだ。


 また、ゲーム中の大陸は、銀河系を上から見た渦巻き形と同じ形で、自分の出身星のある場所からプレイが始まるらしい。そして、他に参加者のいないオリオン腕にも、他からたくさんの人がやって来て、既に住み着いているそうだ。


 さらに、勇者には、ゲームの進行を左右するいくつかの特別なことができるらしい。特に、勇者魔法は、戦略核兵器クラスの強力な威力を与えられているそうだ。

 また、勇者パーティの初期メンバーにも特別な力が与えられるらしい。



 ――そうして、旅立つ準備は整った。


 棺桶(コフィン)を作り直した維持フィールド発生装置は、部室全体を薄青い光で包み始め、慶次達は外界から完全に切り離された。


「さあ、皆さん、心の準備はいいですか?」

「はい、たぶん……」

「環境は地球に似ているから過ごしやすいですが、合格まで絶対に死なないで下さいね」

「はい、がんばります!」

「絶対ですよ。 では、ご武運を!」

「行ってきます!!」


 慶次達は、まばゆい光に包まれ、皆は思わず目を閉じた。


 ――彼らは、約二万六千光年の遙か彼方、銀河の中心へと旅立った。



(続編へ続く)


 これにて、本作品は終了となります。

 長らくのご愛読を大変ありがとうございました。


 続編は、本編の反省を込めて、お話のプロットをちゃんと作ってから、ある程度書きため、推敲して発表させて頂きます。


 今回のお話は、続編の設定を大量にぶちまけた形になっていますが、なにかおかしな点がありましたら是非教えて下さい。


 続編の作成状況は、活動報告にも書いていきますが、続編の掲載開始時に、本編にも何か軽いお話を投稿するつもりです。それまでお気に入り登録をしておいて頂ければ、更新報告が出るので、続編が読みやすいと思います。


 是非、これからも慶次達の活躍にご期待下さい。

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