46話 「ファーストコンタクト」(前編)
慶次が学校に戻ったのは、日も落ちた夕方遅くになってからだった。
研究所では、私服の着替えを用意してもらい、車で学校まで送ってもらった。
学校に着いて部室まで歩いて行く途中、慶次は、遠くから指を差されたり、まじまじ見られたりと、まるで珍獣扱いのありさまだった。
「ただいま!」
慶次がロックを解除して部室のドアを開ける。
すると、部屋の中央にある大きなテーブルを囲んで座っていた部員全員が一斉に振り返った。
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
「よお戻ったな!」
皆が慶次を出迎える言葉を口にしながら、椅子を立ち上がると、全員がダッシュで走ってきた。
「うわあっ!?」
慶次が驚いていると、部員達の容赦ないタックルが次々と飛んでくる。
まず一番に飛び込んできたのは、浜辺のビーチフラッグ競争のような恐ろしい反射神経で、振り返りざまに猛ダッシュしてきたモニカだ。
「心配したんだからね!」
モニカは、遠慮無く慶次の胸から背中へ手を回し、左の頬を合わせてくる。
慶次はどう返したらいいのか混乱していたが、ふと自分の左頬がモニカの涙で濡れているのに気がついた。慶次はそこでモニカがどれほど苦しんでいたのかを理解した。
「ごめん……」
慶次は、何か気の利いたことを言ってあげたかった。しかし結局、月並みに謝ることしかできなかった。
そのとき、大きな衝撃と共に、慶次は背中に柔らかいものが押し当てられた。
「慶ちゃん、遅いよっ!」
後ろから由香里の声がして、背中から慶次のおなかの前に手が回されてくる。
「ああ、ごめんな……」
慶次が謝っていると、慶次の右側からクリスが抱きついてきた。
クリスは、慶次の右腕を自分の腕の中にからめ取りながら、自分の頬を慶次の右肩に乗せてきた。
「無事で良かった……」
さらに、慶次の左側から、ドミニクが走り込んできて、モニカの体と一緒に慶次に抱きついてくる。
「ほんと、心配したよ!」
「ごめんな……」
慶次がふと顔を上げると、少し離れて前に立っていた準と目が合う。
「ほんまに、よお戻ったな!」
「おう!」
慶次が返事をしながら頷いていると、慶次の空いている左手をランフェイが両手で握ってくる。
「お姉さまを助けてくれて、ありがとう」
「いや、俺は何もしてないから……」
「それでも、誰も死ななくて、ほんとによかった」
ランフェイもまた、目に涙を浮かべながら、慶次の左手をしっかりと握って、わずかに上下に振った。慶次は、ランフェイの笑い泣きしている顔を見ながら、黙って頷く。
ランフェイは、慶次の顔を濡れた瞳でじっと見つめ、胸の前で慶次の左手を取ったまま離そうとはしなかった。
そうしてひとしきり、皆が言いたいことを言うと、気持ちだけが濃密に充満しているかような沈黙の時間が続く。
誰も話さず、少し走ったためが、少し乱れた鼻息や、軽いため息がするばかり。皆は体を合わせたまま固まったかのように動かなかった。
一分近く、そのまま抱き合っていたため、慶次には皆の熱い体温が伝わり、その熱さは、慶次を何だか分からない妙な気分にさせていた。
五人の女の子に、体の前後左右から抱きつかれ手を握られる、なんてことは、慶次には当然初めての経験、初めての接触、まさにファーストコンタクトだった。
慶次は、理性が飛んでしまいそうな、ちょっとやばい陶酔に身を委ねそうになっていた。だから残念な気持ちもあったが、その桃源郷を消滅させる呪文を口にする。
「――あ、あのさ、もう離れようぜ……」
慶次の言葉を聞いて、同じように桃源郷の入り口に立っていた皆は、かけられた魔法を解かれ、ハッと目が覚めたかようにビクっとして、慶次から体を離した。
禁断の甘い香りが満ちた桃色の世界は、一瞬で霧散した。
「まあ、なんというか、心配かけましたが、無事に戻りました!」
慶次は、周囲に漂う甘ったるい空気を振り払うように、もう一度大きな声で皆に報告する。
「え、ええ、じゃあ、みんなでお茶でも飲みましょうか」
モニカは、さっきまでの自分の行為が急に恥ずかしくなり、それをごまかすように、妙に甲高く声を張る。
「うん、なんだか、のどが渇いたね」
「わ、私も、なんだかカラカラだよ」
皆、急に饒舌になって、とりとめもないことを口にしながら席に着く。
慶次もみんなと一緒に席に着くと、ディエファとの戦闘について、こと細かく話し始めた。
もしかすると慶次にとって最後の一日になったかもしれないその日は、そうしてゆっくりと暮れていった。
――次の日、登校してきた慶次を見つけたクラスメイト達は、昨日の詳しい話を聞こうと慶次のまわりに群がり、教室は大騒ぎだった。
隣のクラスからもたくさんの生徒がやって来て、どこかの誰かさんが転校してきた日以上の騒ぎだ。
慶次は、自分の父親が開発した棺桶や機械人形のこと、さらには搭乗が可能になった白虎改のことなどを、皆に聞かれるままに話した。
しかし、詳しい話を聞いても、他の生徒達は全然ピンとこないようで、皆同じように、さっぱりわけが分からない、という顔をするのだった。
ただ、モニカ達が各国のパイロットで、共同研究のために来日し、慶次のクラスに集められていることだけは納得して、皆は口々に、そうじゃなきゃおかしいんだよ、と言うのだった。
そうして時間が経つにつれ、生徒達の関心の対象は、だんだんと慶次から離れていった。慶次とモニカ達との関係も、特に進展することもなく、二学期はまるで何事もなかったのように過ぎていった。
ちなみに、ディエファは警察病院に収容され、治療を受けている。ニュースではそんな話は一切していなかったから、公的には死んだことになっているのかもしれない。
また、慶次は怜香と約束の「説明会」的なデートをしたのだが、偶然買い物中だった他のパイロットメンバー達に見つかってしまい……。あれこれ大変なことになったことは言うまでもない。
――そんな二学期も終わりに近い、十二月の初め頃。
何の前触れもなく、人類の歴史に刻まれるような大事件が起こる。
その日の放課後も、慶次達は、VR研究部の部室に集まっていた。
その日は、遠隔現実開発センターがワン・グループと共同開発したロールプレイング・ゲームの新作をテストプレイすることになっている。
「今日のゲームが楽しみすぎるで!」
とりわけゲーム好きの準は、ワクワク顔を全面に出しながら、無邪気に慶次に話しかける。慶次もゲーム好きでは準に負けてはいない。
「今日のバージョンは、魔法も強化されるし、盗賊やら、魔法使いの種類も増えたらしいな」
「おれは、盗賊で遺跡ハンターやるで!」
「いやいや、遺跡とかないし、まだダンジョンもできてないだろ」
「盗賊は、ロープレのいらない子やないねん!!」
「わかった、わかった、好きにしろ」
準以外の全員が格闘技の鍛練を積んでいる体育会系的なVR研究部のメンバーだが、実はゲーム好きが多い。モニカやドミニクは、日本で発売された新作ゲームを輸入してやりこんでいたようだし、クリスも意外とゲーム好きだ。
それに対して、由香里は、慶次に付き合ってネットで遊ぶ程度だし、ランフェイに至っては遊んだことすらなかった。しかし、別にゲームが嫌いというわけではなく、いままでのテストプレイでも結構面白がって遊んでいた。
「しかし、テストプレイとは言え、いきなりカンストでやるのは味気ないよなぁ」
「カンストってなに?」
慶次が準にぼやいているのを聞いて、クリスがモニカに質問していた。由香里には聞いても分からないだろうというナイスな判断だ。
モニカが意気揚々と答える。
「カウンターストップの略。 レベルがカウントの上限に達している、ってことよ」
「じゃあ、最強ってこと?」
「そうそう。 確かにレベル上げの楽しみがないRPGってどうなのよ、って感じね」
「だよなぁ。 で、モニカはまた剣士やるの?」
「魔法使いでもいいんだけど、クリスが相当お気に入りみたいだから、ね?」
モニカはクリスの方をにやっとした顔で見ると、クリスはこくこくとうなずく。やはり大好きらしい。
「でもさぁ、今日から黒魔術師も実装されるらしいから、そっちはどう?」
慶次がモニカに勧めてみると、モニカは首を横に振って答える。
「悪魔と契約するなんて絶対ごめんだわ。 白魔術師はクリスがやるでしょうし」
またこくこくとうなずくクリスを見て、横からランフェイが珍しく口を挟む。
「じゃあ、私がやろうかな。 黒魔術は、私に似合ってるかもしれない」
「またまた、そんなこと言ってさぁ。 別にランフェイは、性格黒くないじゃん」
「性格の話じゃない! 黒い感情を力に変えるのがかっこいいかな、ってことだ」
「ふーん、そんなもんか」
慶次がランフェイと話していると、服部博士から電話がかかってきた。
それによれば、今日は初めて、研究所の方から真奈美も参加して、八人でテストプレイをすることになったらしい。
「これで、仮想世界の同時ログイン記録、更新だな」
慶次が話を振ると、ドミニクがさっそくつっこみを入れる。
「いや、戦闘機シミュレーションの時が一番多いんじゃないかな?」
するとクリスがあっさり否定する。
「それは違う…… あのときのアメリカ人パイロットは、フルダイブじゃなかった」
「へえ、そうなの?」
「彼らは戦闘機パイロットとしては最優秀。 だけどフルダイブには適していない」
「ああそうか、おっさん過ぎたか」
慶次が茶化すと、クリスは大まじめにうなずいた。
慶次は、ついでに思い出した疑問をクリスにぶつけてみる。
「そういえば、ワンさんは違ったけど、シャオランさんはフルダイブだったよね?」
「あの人は特別。 棺桶も特別。 そして、あの人はまだ二十代……」
「え!? あの顔で?!」
慶次は、執事のくせに相当いかつい顔のシャオランがまだ二十代だったと聞いて、思わず噴き出した。
「ああ、でもあの時も同時ログイン数は八人になるのか……」
「シャオランさんは専用のシステムで、フルダイブとは違う形でログインしてた……」
慶次の独り言にも、クリスはまじめに答えてあげるのだった。
慶次達がそんな世間話をしていると、再び服部博士から電話がかかってきた。研究所側の準備ができたようだ。
「さあ、狩りに出かけますか」
「おお行こか」
「今日はドラゴン狩りの設定らしいぜ」
「おお、ええやん!」
わいわいとしゃべりながら、慶次と準は、真っ先に部屋の奥のカーテンに囲まれた一角にある棺桶へ向かう。モニカ達は、物ぐさな慶次達の食器も片付けてやりながら、ちらりと慶次達の方を見る。
慶次達がカーテンの中に入って服を脱ぎ出すと、モニカ達は、なんとなく微妙な雰囲気で押し黙り、ちらちらと慶次達のいる一角を気にしながら、片付けを続ける。
――バタン、バタン
棺桶の蓋が閉められる音が二度続けて聞こえる。
モニカ達は、それを聞いてなにか緊張の糸が解けたかのように、今日のゲームの話などを始めながら、片付けを終え、自分達の棺桶へと向かうのだった。
ゲームを始めた慶次と準は、どんよりとした雲が低く垂れ込める中、岩山のほとりに立っていた。
その岩山は、斜面の岩がごつごつとしたむき出しになった二百メートルほどの小さな山だ。しかし、乾いた草しか生えていない広い荒野の中で、その小さな山は異様な存在感を持ってそそり立っていた。
山の頂上では、どういうわけか低い雷鳴が轟いていて、人を拒む禍々しさに満ちていた。きっとそこがドラゴンの巣なのだろう。
慶次達が山の頂を見上げていると、遠くの方から慶次達を呼ぶ声が聞こえる。
「慶ちゃーん、準~」
「まー姉ちゃん、先に来てた?」
「うん、でもちょっと歩き回ってたら、出現ポイントから離れちゃった」
真奈美は、ものすごい速さで走ってくると、息を切らすこともなく慶次の前に立つ。
真奈美もまた、カンスト設定の僧侶なので、走る速度は尋常ではない。
しかし、レベルか高いかどうかに関係なく、この仮想世界では、走って息が切れたり、クシャミが出そうになる、といった肉体的な反応は全く起きない。
仮想世界でシミュレートされるのは、あくまで剣の衝撃や、風や雨などの物理的な感触、温度、映像や音などであって、棺桶の中の3Dディスプレイやヘッドフォン、全身にくっつけられたジェルなどで再現できるものばかりである。
だから、とてもリアルなこの仮想世界の情景も、現実と勘違いするようなことは決してないし、ゲームに夢中になってつい忘れてしまうことはあっても、それはあくまでゲームをプレイしている感覚でしかない。
このような世界を本物の世界と同じように感じるためには、人間の感覚を現実の世界と完全に切り離して、仮想世界と接続するしかない。しかし、人間の脳をそんな風に制御する技術が完成するのは、まだまだ遠い先の未来になるはずだ。
慶次は、モニカ達を待っている間、真奈美や準と話をしながら、自分の装備を点検した。この装備は、ゲームを始める前に、慶次が自分で選んだものだ。
このゲームでは、ログインしてすぐ、『設定の間』と呼ばれる無機質な仮想空間に接続される。『設定の間』は、リビングルームほどの大きさの無機質な壁に囲まれた人工的な空間で、床からアクセス端末が伸びている。
この端末は、タッチパネルで画面を操作できるようになっていて、例えば戦士の職業を選ぶと、装備の一覧が示され、好きな装備を選ぶと、その場で着装される仕組みになっている。
慶次は、設定の間で、戦士になり、西洋風の甲冑や小手など、かなり重厚な装備を身につけている。
準は、盗賊になり、比較的軽装ではあったが、腰には、異様に反り返った特殊な形の短剣を装備している。
真奈美は、僧侶になって、教会のシスターが着るにしては派手すぎる色使いの修道服を身につけている。また、その手には、先端に巨大な青い宝玉がはめ込まれた、身の丈を超える長い金色の錫杖が握られている。
ほどなくして、モニカ達が現れた。
モニカは、南の島でゲームをしたときに着ていた服装と同じ、緑色の甲冑で身を包んだエルフの魔法剣士になっている。腰の剣は、普通の形をした細身のレイピアだったが、スウェプト・ヒルトと呼ばれる持ち手の柄は、非常に複雑で美しい曲線が組み合わされていて、いくつもの赤い宝石で飾り付けられている。
ドミニクも、以前に着ていたのと同じ、白銀のプレートアーマーで全身を覆われた騎士になっている。背中には、巨大な両手剣を斜めに装備していて、その無骨な形は、ドイツの大剣ツヴァイヘンダーに似ている。
クリスは、今回は伝統的な魔法使いの帽子とマントをまとった白魔術師になっている。その右手には、クエスチョンマークのように先が丸く曲がった木製の杖を持っている。また左手には凝った装丁が施された魔力増強の魔導書を抱えている。
由香里も、今回は巫女服姿ではなく、手足の一部に金属装甲が付いたエキゾチックな布製の服を着た僧侶になっている。サポート職が楽しい、とよく言う由香里だったが、軽装で武闘派なその格好は、前衛でガンガンやれそうな雰囲気だ。
ランフェイは、さっきの言葉通り、全身黒ずくめの装束に、裏側が深い赤色に染められた分厚いマントを着た黒魔術師になっている。また武器として、杖ではなく、黒い刀身に金の複雑な象眼細工が埋め込まれた魔法の短剣を装備している。
「さて、ドラちゃんは、上みたいだから、狩りに行きますか」
慶次が声をかけ、皆はぞろぞろとひとかたまりになって、狭くて急な山道を登りはじめた。
しばらく登ると、頂上がはっきりと見えてくる。
頂上は、平らになっているようだったが、その中央には、体長十メートル以上はあろうかという巨大なドラゴンが鎮座して、こちらの方を睨んでいる。牙がはみ出た口からは怒りを我慢できないかのように、赤黒い炎がチロチロと見え隠れしている。
「大きいわね」
「でかいな」
「ビッグだね~」
皆、空想の生物にしてはなかなかリアルな質感のあるドラゴンを見て、その大きさに感心している。ゲームなので敵の大きさに制限はないが、大きいと精密に動かすのが難しいのか、今まではそれほど大きなモンスターが出てこなかった。
頂上に着いても、中央に鎮座したドラゴンは、翼を折りたたんだまま動かなかった。
すり鉢状になった広場の中がその攻撃範囲のようだ。
慶次が由香里と真奈美の方に声をかける。
「そんじゃあ、行こっか。 始めに防御呪文をよろしく!」
「おっけー」
「ゴーゴーゴー!」
真っ先にドミニクが背中の巨大な剣を抜いて、走っていく。
皆もそれに続いて、広場の中に入る。
すると、ドラゴンは半分閉じていた目の色を真っ赤に変えて見開き、折り畳んでいた翼を左右に広げると口を大きく開けた。
「ファイヤーシールド!」
「ウィンドシールド!」
由香里と真奈美がすぐに炎熱系と烈風系の防御呪文を唱える。
すると慶次達の前面には、薄い赤色と白色のエフェクトがかかったシールドが展開された。
ドラゴンは、体を起こして翼をバタバタさせると、魔法攻撃力のある風を発生させながら、同時に口から凄まじい炎を吐きだした。
しかし、ドラゴンの繰り出した烈風と炎熱の攻撃は、前面に展開されたシールドに当たって、周囲に四散した。
「ウォーターストリーム!」
「メテオストライク!」
クリスとランフェイも次々と攻撃呪文を唱える。
発動した攻撃呪文は、すぐにエフェクトを伴ってドラゴンに降り注ぐ。
攻撃が当たる度に、ドラゴンは周囲の空気がビリビリと震えるほどの咆吼を放つ。それなりに効いているようだ。
慶次ら前衛陣も剣を抜いて、ドラゴンに斬りかかる。
ドラゴンは、前足を器用に動かして、慶次達をその巨大な爪でひっかこうとする。
慶次達は、その攻撃をうまくかわしながら、ヒットアンドアウェイでドラゴンの体力を削っていく。
しかし、慶次達は何度かはドラゴンの攻撃を食らって、体力を削られてしまった。また、ときおりシールドを貫通してヒット判定が出る強力な魔法攻撃に、全員の体力がどんどん削られていく。
由香里と真奈美は、ダメージが大きいメンバーから順番に、回復呪文を唱えっぱなしの状態になっている。
「これ、弱点の場所とかが、あるんとちゃうか?」
「そうだよなぁ。 このままだとちょっときつ過ぎるな」
「逆鱗、ってとこが、弱点かしら?」
「いや、それに触ったら怒りまくるだけだから!」
慶次達があれこれ話していると、ランフェイが思いついたことを口にする。
「あのドラゴン、火を吐くときも顔を近づけてこないから、顔が弱点じゃないかな?」
「ああ、それはあるかもな。 目とか異様に真っ赤だし」
「じゃあ、私が目を潰してみるわ。 みんな、ヘイストをちょうだい!」
モニカが自分でもヘイストを唱えながら、皆に素早さを上昇させる補助呪文を要求する。慶次達は、少し攻撃する手を休めて、モニカにヘイストをかける。
モニカの体は、ヘイストを繰り返しかけられたことで、濃い紫色のエフェクトに包まれはじめた。
「行くわよ!」
モニカは、剣を胸の前に構えると、気合いを入れた声を発しながら、ドラゴンへ猛然とダッシュする。
そして、ドラゴンがモニカを狙って繰り出した右手の爪攻撃を軽くジャンプしてかわすと、その右手の上を蹴って、ドラゴンの左肩あたりへ飛翔する。そして、その肩をさらに蹴って三角飛びをすると、ドラゴンの顔めがけて、すさまじい速度の突きを繰り出した。
「はぁぁぁぁ!!!」
モニカの突き入れたレイピアは見事にドラゴンの左目を貫いた。
ドラゴンはひときわ大きなうなり声を上げると、首を振りながら後ずさる。
モニカは十メートル以上の高さから落下することになったが、それほど大きなダメージを受けることなく、ひらりと地面に降り立った。
「これは、もう一方の目を潰せば、勝てそうだけど…… あんなに高くは飛べないなぁ」
慶次は、大きく体力を落としたドラゴンを見ながら、残念そうに言う。
慶次の重い装備だと、恐らくヘイストをかけても高く飛び上がることはできないだろう。フルプレートを装備したドミニクも同じに違いない。
「ちなみに、俺が一番身軽なんやろうけど、あんなん絶対無理やから!」
「じゃあ、私がやる!」
腰が引けている準に変わって、名乗りを上げたのはランフェイだった。
「いやいや、ランフェイは魔法使いなんだから、いくら何でも無理だって!」
「このイクリプサーはクリティカル属性付きの魔剣だから、なんとかなる」
ランフェイはそう言うと、重いローブを脱ぎ捨てて、鈍く黒光りしている短剣イクリプサーを腰から抜き放つ。
皆は、やる気満々な様子のランフェイにあきれながらも、同じようにヘイストをかけてやり、ランフェイの体も紫色に光り出した。
「目を切るだけなんて、楽勝だ!」
ランフェイは、前に走り出すと、ドラゴンの右膝あたりを蹴って三角飛びをし、さらにその胸を蹴ってドラゴンの首の方へ飛び上がる。そして、自分の体を体操選手のようにくるくると回転させながら、一瞬振り抜いた右手の短剣でドラゴンの顔を切りつける。
流れるような金色のエフェクトを放つイクリプサーの一閃で、ドラゴンの残りの目は真っ二つに切り裂かれた。両目を潰されたドラゴンは、首を大きく振りながらひときわ大きい断末魔の悲鳴を上げる。
ランフェイは体の回転を器用に止め、空中で大きく両腕を広げると、全身に風を受けながら舞い降りる鷲のようにふわりと地面に降り立った。
ランフェイは、後ろでもがき苦しむドラゴンを振り返りもせず、剣を強く縦に振って、こびり付いた血を振り落とす。
剣を鞘の中に戻す、チャキンという小気味よい金属音とともに、ランフェイの後ろでドラゴンはドサッと地面に倒れた。
「お見事!」
「なかなかやるわね」
「おお、すっげぇ」
皆の拍手喝采を受け、少し照れながらランフェイが皆の待つ輪の中に戻ってきた。
「割とあっさり終わったけど、なかなか楽しかったな」
慶次が誰に言うでもなく感想を述べると、ランフェイがそれに答える。
「実際に体を動かす感覚とは違うけど、かなりの爽快感があるかな」
「だよな。 モン○ンよりもスカッとする」
ドラゴンが消えた広場で皆がひとしきり感想を言い合うと、そろそろゲームも終わりの雰囲気になってきた。
「じゃあ、戻りますか」
慶次がそう言った瞬間、まだログアウトもしていないのに、いきなり視野が切り替わった。八人全員がドラゴンの巣から設定の間に転送されたようだ。
「うわ!」
「なんじゃこれ!」
「ここは設定の間、よね」
皆がきょろきょろしながら驚いていると、設定の間には絶対にいるはずのない猫が一匹、じっと皆の方を見つめて座っている。
その猫は、灰色で少し黒の縞が入った、クリスがかわいがっている野良猫とそっくりの姿をしている。
そして仮想世界の中とは言え、あり得ないことにその猫は言った。
「ちょっと、話を聞いてもらえるかニャ?」
こちらの仮想世界の説明をしっかりしようとしていたら、ファーストコンタクトの瞬間で終わってしまいました。ごめんなさい。
次回で、SF的な背景を説明してから、旅立つことにしますね。




