44話 「決死の敵を打ち倒せ!」(前編)
皆がフリーズしたシミュレーション空間内で固唾をのんで説明を待っていると、服部博士は、切迫した口調で語り始めた。
「突如、東京湾に例の潜水艦が現れた」
「潜水艦って、ランフェイが乗ってたやつか?!」
慶次が驚きの声を上げる。おそらく、ランフェイは、慶次の何倍も驚いていることだろう。博士はさらに説明を続ける。
「その潜水艦からは、死龍の改造型と思われる機体が発進した。その機体は、現在、渋谷のスクランブル交差点を占拠している」
「はぁ?! なんで交差点なんだよ?!」
「機体はロケットランチャーなどをかかえており重装備。 自衛隊が出動して取り囲んでいるが、危険な状態だ」
「むぅ、意味分からん……」
テロリストが交差点を占領しているのは確かに危険だ。しかし、交差点を占拠して何の意味があるのか、意味不明の行動に慶次は首をひねる。
「そして先ほど、要求が出された…… 慶次、お前だ!」
「へ?」
「正確には、白虎との一騎打ちを希望している」
「一騎打ち? ……って、まさか?!」
「そんな…… お姉さまなの?!」
慶次がディエファのことに思いが至った瞬間、ランフェイが絞り出すような声で叫んだ。しかし、テロリストが私怨を果たす行動しては、あまりにも子供じみている。そんなことのために、潜水艦を使って大人数で作戦を遂行することなど、到底考えられない。博士は説明を続ける。
「死龍の搭乗者は不明だが、改造型は、その動きから最新の思考制御型インタフェースを搭載しているようだ。 そして現在、白虎改には、工藤さんが搭乗している」
「そうなのよ~ 私、一騎打ちなんて絶対無理だから、慶ちゃん、助けてよ~」
真奈美は、悲壮な声で慶次に助けを求める。
真奈美は、格闘術を勉強中ではあるが、銃を使わない格闘戦では、慶次やモニカ達の腕前にはほど遠い。
装甲の厚い搭乗型機械人形同士の戦いでは、ミサイル攻撃か、剣による攻撃が効果的だ。しかし、街中でミサイルを撃てば、相当な被害が出ることは間違いない。ここは剣による攻撃しかないだろう。
「もちろん、俺が戦うけど、研究所までは遠いなぁ」
「ああ、ヘリの利用も考えたが、それでも時間がかかりすぎる」
服部博士は、既に対策を考えているようだ。
確かに、ヘリコプターを用意して、慶次を学校近くで拾い、研究所まで運んでから、白虎改に乗り換え、渋谷まで飛行するのは、さすがに時間がかかりすぎる。博士の言葉に対して語尾にかぶせるようにして、真奈美が割り込んできた。
「それでね、今、私が白虎を飛ばしてるのよ~」
「え?! でもそれ、テスト中なんじゃないの?」
「空き地で何度か飛ばしたけど、ちゃんと飛んでるよ~」
真奈美は、事態が非常に切迫しているにもかかわらず、一転してのんきな口調だ。
慶次は、渋谷まで車を用意してくれ、と言いかけたその時、真奈美は意外なことを口にした。
「もうすぐ、慶ちゃんの学校に着陸するよ~」
「ええっ! ここに降りるの?!」
「校庭にゆっくり降りれば、みんなちゃんと逃げてくれるよね?」
「い、いや、そりゃ、必死で逃げる、というか、みんな逃げまどうでしょ!!」
「踏んづけないように、気をつけるね~」
真奈美は、本気とも冗談とも取れない悠長な口調で説明した。
白虎改の巡航速度は不明だが、数分以内に到着するだろう。慶次は、すぐに準備を開始した。
「じゃあ、行ってくる!」
「慶次、注意してね!」
「慶ちゃん、無茶しちゃダメだからね!」
みなは口々に慶次の身を案じる言葉を口にする。
相手は単機で一騎打ちを望んでいる以上、命をかけた戦いになるだろう。そして一度勝ったからと言って、次もまた勝てるとは限らない。負ければ、死、あるのみだ。
白虎改も飛行型になったとは言え、コックピットの装甲をかなり犠牲にしていた。だから、コックピットを剣で貫かれれば命はない。
「準、お前は女子が着替え終わるまで外に出るなよ!」
「わかっとるわ、はよ行ってこい! 絶対死ぬなよ!!」
「ああ! 服部慶次、ログアウト」
慶次は、急いでログアウトすると、棺桶から裸のまま飛び出した。
そして、部屋を仕切るカーテンを開け放ち、隣の部屋に駆け込むと、大きなロッカーの中から男性用のパイロットスーツを取り出す。いざというときのために、部室にも予備のパイロットスーツが置かれている。慶次は素早くそれを着ると、腕の制御装置を起動しながら出口へ向かった。
そのとき、後ろで棺桶の蓋の開く音が聞こえた。
しかし、振り返っている暇はない。いや、振り返ってはまずい。慶次が外に出ようと扉に手をかけた瞬間、意外にも後ろからモニカが声をかけてくる。
「慶次……、ほんとに気をつけてね!」
慶次がゆっくりと振り返ると、モニカが心配そうな顔で、棺桶から半身を起こして座っていた。
そのまばゆい金髪は、いつものツインテールから解かれてゆるやかに肩に垂れ、その細い両手は前に組まれて、形の良い胸を隠していた。慶次は、その美しさに一瞬見とれたが、モニカにバレないようすぐに言葉を返す。
「ああ、ありがとう。 今、ご褒美も貰ったし、な!」
「な、なにがご褒美よ、バカ!」
慶次は、くるりとモニカに背を向け、軽く左手を挙げて別れのあいさつをすると、扉を開けて外へ走り出ていった。
モニカは、出て行く慶次の背中を見つめながら、不安に胸が張り裂けそうだった。
仮想空間の中で、慶次が『行ってくる』と言ったとき、これが最後の言葉になったら、一生後悔する、とモニカは直感してしまった。もしも慶次と最後の言葉を交わさなければならないなら、ちゃんと慶次の目を見て話がしたい。モニカは、いても立ってもいられなくなって、慶次に続いてログアウトしたのだった。
モニカは、いつの間にかうっすらとたまった涙を誰かに見られないよう、人差し指の外側ですばやくぬぐい、ゆっくりと棺桶から出る。そして、首を左右に何度か振ると、テキパキと服を着始めた。
慶次が校庭に出ると、既に白虎改がはるか上空で着陸態勢に入ろうとしていた。
校庭には、野球部や陸上部など、クラブ活動をしていた学生達がみな立ち止まって空を見上げていた。あたりには、白虎改が空中停止しようと噴かしているジェットエンジンのすさまじい爆音が轟いている。
「おーい、お前ら、はやく逃げろー!!」
慶次は、校庭にいる学生達に向かって大声を張り上げたが、とても声が届いているとは思えない。その時、すぐ後ろで驚きの声があがった。
「服部君、なの?!」
慶次が振り向くと、そこには少し体を後ろにのけぞらせた形でこちらを凝視している生徒会長が立っていた。
「よお、真行寺」
「よお、じゃないわよ、服部君! これは何の騒ぎなの?」
「うーん、後でニュースになると思うけど、緊急事態なんだよ」
「そ、その服装と何か関係があるの?」
慶次は、自分が異様なパイロットスーツを全身にまとっていることを思い出した。怜香がのけぞっているのはこの服装のせいかもしれない。慶次は説明をしようとしたが、白虎改の轟音はますます大きくなっていく。時間はあまりない。慶次は適当にごまかした。
「まあ、ペプシマンはみんなのヒーロー、ってことで!」
「撮影か何かなの?」
さらに轟音が大きくなり、慶次は校庭の方へ振り返った。
校庭にいた学生達は、慶次が思ったとおり、あっという間にいなくなっている。白虎改は、地上から二十メートルほど上空に浮かび、左右に翼を広げた巨大な機体を慎重に降下させつつある。
慶次は、顔を戻すと、目を大きく見開いて固まっている怜香に笑顔を向けて言った。
「こうなったからには、後でじっくり説明するよ」
「も、もちろん、ちゃんと説明して下さい!」
「ああ、生きて帰ったらね」
「えっ!?」
そのとき、着陸の寸前で白虎改が大きくエンジンを噴かし、強烈な爆風があたりに渦巻いた。砂混じりの風が校庭から吹き付け、怜香は思わず、右手で顔を覆った。怜香の長い黒髪は、千々に乱れて強い風の中を舞う。
すぐにドスンと腹に響く重低音と白虎の関節が軋む大きな音がして、エンジン音が小さくなった。慶次が再び振り向くと、校庭に全くふさわしくない雄々しさで、白虎改は、その巨大な機体を直立させていた。
いきなり大きな機械音とともに、その翼が背中の装置の中へ格納されていく。
「じゃあ、行ってくる!」
「あ……」
混乱する怜香に、慶次は軽く右手を挙げて別れの挨拶をすると、着陸した白虎改に向かって走り出した。
その背中を呆然と見送りながら、怜香は、慶次が言った言葉の意味を考えていた。
おかしな服装……。着陸した巨大なロボット……。生きて帰ったら……?
怜香が気を落ち着けて何とか状況を把握しようとしていると、白虎改は、突然体をかがめて片膝をつき、胴体中央の扉を開ける。すぐに、コックピットの中から、慶次と色違いのパイロットスーツを身につけた真奈美が降りてきた。
「おお~」
「なんだ、あのエッチっぽいパイロットは?」
慶次は、真奈美の方へ走り寄りながら振り返り、どよめく校舎の方を見た。校舎の窓からは、たくさんの生徒が顔を出している。彼らは、校庭に降り立った白虎改や真奈美の方を指さして、大声でなにやら話していた。
「まー姉ちゃん! ちゃんと来たね」
真奈美の前にたどり着いた慶次が声をかけると、真奈美は、手を左右に振りながら笑顔で言う。
「難しいことは、しろりんがやってくれるからね~」
「しろりんって、ナビゲーションプログラムのこと、だよね?」
慶次は、白虎改をしろりんと呼ばなければならないのかと焦ったが、慶次のひきつった顔を見て、真奈美はプッと噴き出した。
「登録してないから、大丈夫だよ~」
「ああ、よかった……」
「じゃあ慶ちゃん、そのままリラックスして、無理しないでね!」
急に真剣な顔になった真奈美に、慶次も一転してキリっとした顔でうなずく。
真奈美は、自分の腕に付けている制御装置に向かってコマンドを口にする。
「しろりん、パイロットを慶次に変更」
「了解、変更しました」
「……って、登録してるじゃないか!」
「もちろん、私専用だよ」
慶次は、あきれ顔になったが、パイロットを変更したので、もう大丈夫だろう。
慶次は、軽くため息をつくと、穏やかな微笑みを浮かべた。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」
怜香は、慶次が降りてきた女性パイロットと談笑しているのを遠くに見ながら、必死で考えていた。どう考えても、これから慶次は、あのロボットに乗って命がけの戦いに向かう、ということらしい。あまりにも非現実的な状況に、怜香は自分を納得させられずにいた。
しかし、慶次が話を終えて、出発しようとしているのを見たとき、怜香は思わず大声で叫んでいた。
「慶次! 絶対、帰ってきてね!!」
慶次は、怜香が自分のことを名前で呼んだのを聞いて驚いたが、遠くで懸命に手を振る怜香の真剣な顔を見て、怜香が大体の状況を理解したことを知った。慶次はもう一度手を上げてから、白虎改のコックピットに乗り込もうとした。
怜香は、その背中に向かって再び声を張り上げる。
「今度は、パフェなんかじゃ済まさないんだからねっ!!」
慶次は、怜香の声を聞いて笑顔になったが、振り返ることなく、コックピットの中へ体を滑り込ませる。
「搭乗モード!」
「お帰り、慶次。 セットアップを開始します」
「ただいま、白虎。 渋谷の状況はどうなってる?」
「現在、状況に変化なし。 渋谷までの飛行時間は約7分」
白虎改は、扉を閉め、慶次の腕に付けられた制御装置から膨大なデータを読み出して、機体の初期設定を行いながら答える。
「セットアップ完了。 起動します」
慶次は、周囲を見回しながら、立ち上がるイメージを思い浮かべる。白虎は、慶次のイメージ通りに、きょろきょろしながら立ち上がった。
「あ、みんな出てきたな。 準はまだ着替え中か」
慶次は、手を振る怜香の後ろで、部室から出てきた、モニカ、ドミニク、クリス、由香里、そしてランフェイを見つけた。また、モニカ達の方へ小走りに真奈美が走っていく。途中で、真奈美は一度振り返って手を振った。
「慶次! 気をつけて、がんばれ~!」
モニカ達が申し合わせたのか、息を揃えて大声で慶次にエールを送るのが聞こえた。
すると、校舎のあちこちで話す声も大きく聞こえてきた。慶次が聞くことに意識を集中したため、白虎改が集音装置の感度を上げたようだ。
「おい、今、モニカさん達、慶次って言ってたよな?」
「おう、さっき、生徒会長も慶次って叫んでなかったか?」
「じゃあ、あのロボットに乗り込んだのは……」
「「服部慶次かよっ!」」
「なんか、帰ったら大変なことになりそうだな……」
慶次は大きくため息をつく。しかし、それでも必ずここに帰って来て、その大変なことに巻き込まれようと、心に誓うのだった。
既に校庭には人っ子一人いない。しかし、校舎の影や窓には生徒が鈴なりにあふれかえっていた。もう隠す必要もなさそうなので、慶次は、外部スピーカーの音量を最大に上げて、生徒達に注意する。
「これから、離陸します。 窓からは離れて、見えない位置に身を隠して下さい」
「うぉー、マジで、あれは服部だぜ!」
「あいつ、何やってんの?!」
どうも今の声で、決定的にバレてしまったようだ。慶次は、ちょっとうんざりしながらも、全く身を隠す気配のない生徒達に爆風が向かわないよう、白虎改の離陸方向を考えてからコマンドを発した。
「飛行翼、展開」
慶次の白虎改は、つい先ほど仮想世界でやったのと同じように、背中の飛行ユニットから巨大な翼を広げた。白虎改は、まだ試験中ではあるが、調整の問題はともかく機体としては完成している。
「飛べぇ!」
慶次は、大声で叫びながら、膝を折って身をかがめ、強く地面を蹴って空中にジャンプする。その瞬間、白虎改は、強力なエンジンを最大出力で噴かし、轟音とともに空中へと舞い上がった。その爆風は、校舎と反対側の道路の方へ噴き出した。しかし、道路は誰かが閉鎖したのか、車一台通ってはいなかった。
モニカは、轟音を響かせて上昇していく白虎改を眺めながら、スカートのポケットに右手を差し入れた。そして、中の携帯に付けられたストラップのパンダを優しく指でなぞる。
慶次の携帯は、たぶん部室に置かれたままだろう。しかし、その思い出は慶次と共に繋がっている。あのとき触れた慶次の手に、もう一度触れたい。
モニカは、慶次の無事を一心に祈っていた。
ドミニクも、みなと同じく、空高く飛び去る白虎改を眺めていた。
自分を男と勘違いして焦っていた慶次の顔を、ドミニクは場違いに思い出していた。かならず帰ってきて欲しい。そして一緒にまた馬鹿話をしたい。
ドミニクもまた、慶次の無事を祈っていた。
クリスも、どんどん小さくなっていく白虎改を黙って眺めていた。
自分がかわいがっていた猫を助けてくれた慶次に感謝のキスをしたとき、慶次は真っ赤になって慌てていた。きっと、ただの感謝のキスだと思われたことだろう。しかし、クリスにはとても勇気のいる行為だった。
この気持ちが恋なのかどうか、クリスにはよくわからない。そのことをきちんと確かめたい。
クリスも慶次の無事を心の中で祈った。
由香里は、不安な気持ちに押しつぶされそうだった。
さっきモニカがログアウトしたとき、自分はなぜか遠慮してしまった。慶次と何を話したのかモニカには聞けなかった。しかし、由香里にも話したいことはたくさんあった。これからもずっと、慶次に話したいことはたくさんあるだろう。
自分の気持ちを慶次にはっきりと伝えることは今までどうしてもできなかった。しかし、こんなに後悔する日が来るなんて……
由香里は、泣きそうな目で、ほとんど見えなくなった白虎改を追っていた。
ランフェイは、白虎改の姿が消えた青い空をまだ見上げながら、複雑な気持ちに整理をつけることができないでいた。
お姉さまがテロリストに加担している理由はわからない。しかし、命をかけて慶次と戦いたい気持ちは、戦士として分かる気がする。
ただ、慶次は軍人でもなく、普通の心優しい高校生だ。命をかけて戦う義理は何もない。それを強要するディエファのことを許せない気持ちと、それでも慶次に殺されるかもしれない大好きなお姉さまへの思いに、ランフェイの心は張り裂けそうだった。
しかし、何があっても、あの慶次がお姉さまに殺されることだけは、受け入れることができない。慶次とは、まだよく話してもいないが、優しく気安い男だし、自らの腕前を誇ることもなく、尊敬できるところもある。慶次のことを、もっとよく知りたい。
ランフェイは、胸に渦巻く複雑な思いを溶かすように、いつまでも空を眺めていた。
いよいよ、次回で、お話にも一応の区切りが付く予定ですが、この小説自体はもう少し続きます。
なお、続編の大まかな構想はできているので、彼らのお話はまだまだ続きます。
その執筆状況などは、活動報告に書き込んでいくつもりですので、よろしくお願いします。




