42話 「始まる日」
長いようで短く、色々なことがあった夏休みも昨日で終わり、今日は二学期が始まる日だ。慶次は、いつものように朝稽古に出てから、由香里と一緒に登校してきた。教室に着くと、興奮した様子で準が話しかけてくる。
「慶次、俺の棺桶、ちゃんと部室に設置されてたで!」
「ああ、昨日設置するって話だったよな」
「それで、今朝のぞきに行ったんやけど、棺桶が横に五つ並んでたんや!」
「えっ、なにそれ?!」
準の言葉を聞いて、隣にいる由香里が驚きの声を上げる。
慶次の棺桶は、カーテンの中に設置されていて、モニカ、ドミニク、クリス、由香里の棺桶は、四つまとめて横に並んで置かれている。そのさらに横に、準の棺桶が並んでいるのは、女性陣にとって大問題だ。
「即、撤去だわ!」
先に来ていたモニカが切り捨てる。横に座るドミニクも、うなずいている。クリスは寝ている。
大喜びから一転してしゅんとしている準に、慶次は、再設置だな、とトドメを刺して、自分の席に座った。頭を抱える準を見ながら慶次がニヤニヤしていると、担任が教室に入ってきた。
「いや、こんな事は普通あり得ないわけなんだが、また転校生を紹介します」
担任に促されて、開いていた扉の向こうから、黒髪をお団子頭に結い、割とがっちりとした背の高い、どこかで見たような女性が入ってきた。
「こんにちは。李・蘭妃と言います。北京から来ました」
「あー! あんたは!!」
慶次は、思わずランフェイの方を指さして、大声を上げる。ランフェイは、ぱっちりとした大きな目をすっと細めて慶次の方を睨むと、大騒ぎのクラスメイトに向かって、黙って頭を下げる。
「うほー、お団子頭、かわいい」
「中国人がお団子頭ってのは、あり得ないんじゃなかったのか?!」
「てか、まつげ長げぇ……」
ランフェイは、伏せ目がちに担任が示した場所を見てから、ゆっくりとした足取りで自分の机まで歩いていく。
「慶次、あの子って……」
モニカが珍しく慶次の方を振り返って、小声で問いかけた。慶次は黙ってうなずく。ドミニクも慶次の方を見たが、うなずく慶次を見て、ふぅっと小さく息を吐く。
「しかし、親父からは何も聞いてないぞ?」
慶次は、眉間にしわを寄せるモニカに向かって、ぼそっとつぶやいた。モニカは、席に座るランフェイを目で追いながら、相づちを打つ。
「まあ、あの事件は、軍高官の反乱と言うことになってたわよね。 友好国からの留学生だし、問題はないんでしょうけど、敵として戦ったわけだし……」
慶次が気になって由香里の方を見ると、由香里は怒ると言うより、おびえたような表情をしていた。この前の戦いで、死龍にひどい目にあわされた由香里は、飛龍のパイロットであったランフェイにも、良い感情を抱いていないのかもしれない。
それからすぐに授業が始まり、休み時間もランフェイは当然のようにクラスメイトに取り囲まれていたので、慶次は話をすることができなかった。そして、お昼休みになるとすぐ、慶次はランフェイに話しかけた。
「これから、部室で一緒にお昼を食べない? お互い聞きたいこともあるだろうし……」
「ああ、そのクラブ活動については、命令を受けているので、是非頼む」
慶次の横にいたモニカとドミニクは、思わず顔を見合わせる。
「命令……ねぇ」
「ま、まあ、後で色々聞こうよ」
慶次は、その場を取りなして、まずはパンを買いに食堂へ向かった。慶次は、食堂へ出かける前に、由香里とクリスにも声をかけたが、由香里は、首を横に振るばかりだった。クリスも、由香里に付き合って、教室に残った。準は、先に教室を出て行った慶次達の後を追って、慌ててついてきた。
「それで、転校してきたのは、当然、機械人形関連なんだよね?」
慶次が質問すると、ランフェイは、意外に話しやすい感じで、気軽に答える。
「政府からの命令で、この共同開発計画に参加することになった」
「それでクラブには参加確定として、学生寮に住むことになってるの?」
「ああ、今日、放課後に手続きすることになっている」
「じゃあ、手伝うことがあったら声をかけてね」
モニカが律儀にランフェイに援助を申し出ると、ランフェイは硬い表情をなんとか笑顔に変えてうなずいた。
食堂に着いて、慶次、ランフェイ、準は、パンと飲み物を購入したが、モニカとドミニクは、寮で作ってもらったお弁当を持参していた。弁当は、前日に頼んでおくと作ってもらえるらしいが、準は頼むのを忘れたようだ。準は、空腹だったのか、部室の建物に着く前に、買ったパンを全部食べてしまった。
慶次達が部室の暗号ロックを解除して中に入ると、準はさっそく奥の棺桶の方へ走っていった。奥の部屋には、確かに棺桶が五つ、横に並んでいたが、その一つはランフェイのためのものだろう。
準は、並んでいる棺桶を通り過ぎ、部屋の奥まで行ってから、慶次の棺桶を隠しているカーテンを開け放った。そこには、ほとんどくっつくぐらいの距離で、二つの棺桶が並べられていた。
「おお、こんなところに俺の棺桶が!」
「うわ、せまっ!」
準は大喜びだったが、元から狭いスペースがさらに狭くなったことに、慶次は不満顔だ。着替えるときには、さぞや、むさ苦しいことだろう。
「すぐに使っても、ええんかな?」
「電話して聞いてみろよ。 テストもかねて、使えるんじゃないかな」
ワクワク顔の準に、慶次も笑顔で答えると、準はさっそく研究所へ電話し始めた。どうも、準は、姉を誘拐した一味として、ランフェイのことを敵視してはいないようだ。もしかすると、姉からランフェイのことを詳しく聞いたのかもしれない。
慶次は、モニカら三人とともに、テーブルにつき、パンをかじりながら、ランフェイに話を振る。
「あの後は、大変だったろ? 末端の兵士は、何も聞かされてなかったそうだけど?」
「ああ、色々あった……」
ランフェイは、遠い目をして答えたが、急に表情を厳しくすると、モニカらを見回して尋ねた。
「しかし、私達のことを憎んでいないのか?」
「憎い、と思った瞬間は、確かにあったわね」
モニカが正直に答えると、ランフェイは、厳しい表情のままうなずく。しかし、モニカは、さっぱりとした表情で言い放つ。
「でも、本当に憎いのは、戦争を仕掛けたヤツであって、兵士に罪はないわよ」
「そうだね。 知らずに守る側の君達からは、僕たちの方が侵略者に見えたかもね……」
ドミニクも、割り切ったように微笑んで答えた。
ランフェイは、モニカとドミニクの答えを聞いてホッとしたようだ。しかし、それでもさきほどの由香里の様子は、ランフェイの心にも影を落としていた。
その後は、三人で食事をしながら、ランフェイの事情を聞いていたが、ランフェイの髪型の話で、思いのほか盛り上がった。
ランフェイの話によれば、日本にいる中国人は、みな二つ結いのお団子頭にしている、と聞いたらしい。そこで、今までしたこともなかったシニョンと呼ばれるお団子頭に結ったそうだ。アドバイスした人、グッジョブ!
「でもそれ、棺桶でヘルメットを装着するとき、邪魔にならないの?」
ドミニクが口をはさむと、ランフェイは、初めて気がついたようで、困った顔になった。そこで、モニカが髪型の話を教えてあげる。
「二つ結いのお団子頭は、アニメや漫画の話で、実際には誰もしてないわね」
「ええっ、そうだったのか…… 無駄なことをしてしまった……」
がっくりと肩を落とすランフェイの横で、慶次もまたがっくりと肩を落としていた。さようなら、お団子頭……。
そんなこんなで短い昼休みの時間は、すぐに終わりになった。準は、現在テスト中のゲームで少し遊ばせてもらったようで、教室に戻っても興奮した口調で慶次に話をしていた。由香里は、教室でクリスとポツポツ会話をしていたが、慶次らが戻ってきても、ちらっと見ただけで、特に話しかけてくることはなかった。そんな由香里の様子を見て、慶次は困惑といらだちを感じていた。
――放課後、教室で
慶次は、由香里がこのままランフェイと距離をとり続けることは、由香里のためにも良くないと思い、授業が終わるとすぐに由香里の席へ向かった。それを見たモニカは、ランフェイを誘い、慶次に声をかけようとするドミニクと準を引っ張って、皆で先に教室を出て行った。
「由香里、今日も部室に顔を出すよな?」
「うん……、でも今日は、ちょっと用事があるから……」
「そのまま、ずっと避け続けるつもりかよ!」
慶次は、少し声を荒げて由香里を問い詰めると、由香里は一瞬慶次を睨んだ後、黙り込んでしまった。
「由香里も頭ではわかってるんだよな? ランフェイに罪はない、てさ」
「わたしは別にランフェイさんのことを、どうこう言うつもりは……ないよ?」
「でも、仲良くはなれない、ということなのか?」
「……そんなの、わからないよ……」
由香里は、自分でも気持ちの整理がつかないのか、つらそうな顔で慶次を見る。慶次は、励ますように笑顔を作って言った。
「わからないなら、色々聞いてみろよ。 相手を知らずに嫌うのはおかしいだろ?」
「そう……だね」
「気が合わないなら、表面的な付き合いでもいいさ。 でもとにかく話はしてみろよ」
「……うん、わかった」
慶次は、少し離れた所で心配そうに見守っていたクリスに目を合わせてうなずくと、一緒に部室へと向かった。途中で会話はなく、息の詰まる雰囲気だったので、慶次は、由香里やクリスに天気の話題などを振ってみた。しかし、当然のことながら、話は長続きしなかった。
慶次達が部室に着くと、部室の中では、空気を読んでいない準が、昼休み中に遊ばせてもらったゲームの話を大声でしている。慶次達が席に座っても準は話を続けていたが、なんとなく重い雰囲気に、その話も途切れてしまった。
慶次は、どうやって話を切り込んでいったらいいのか、あれこれ悩んでいたが、なんの名案も思い浮かばなかった。ここは、空気を読まない発言であっても、ズバっと聞いた方がいいだろう。慶次は、今まで避けていた話題をランフェイに直球で尋ねた。
「今まで聞けなかったけど、俺が倒した、君のパイロット仲間はどうしてる?」
「……お姉さまの、ことか……」
「たぶん、そのことで俺を恨んでいるんじゃないかな、と思ってさ」
「……お姉さまは、一生病院から出られないと思う……」
「えっ!!」
慶次は、由香里のことを考えて、話をしていたが、まさか自分が相手に取り返しの付かない重傷を与えていた、とは思いもしていなかった。
慶次は、今までの勢いを一気に失い、呆然とランフェイを見つめる。
「そんなに重傷だったのか……」
「いや、お前が与えたダメージではない。 薬物中毒なんだ……」
「薬物中毒?」
少しホッとして質問を続ける慶次とは逆に、由香里は、一生病院から出られない、という一言に打ちのめされていた。ランフェイは話を続ける。
「正確には、脳強化用の反応活性剤を投与しすぎて、神経細胞が壊れてしまったんだ」
「昏睡状態なのか?」
「いや、元気に話はできる。 でも体はもう自由に動かせない」
「そうか……」
押し黙る慶次に向かって、ランフェイは、割り切ったようにぎこちない笑顔を作る。
「お姉さまは、任務を果たした。 ただ研究所がおかしな薬を打ったのが悪いだけだ」
「しかし、俺と戦わなければ、そんなことには……」
「互いに任務のことだ。 それに、お姉さまはお前に会いたがっていたぞ?」
「俺に?」
「ああ。 自分を打ち負かしたヤツと是非話がしたい、って」
「そうか……そのお姉さまは、すでに割り切っているんだな……」
慶次は、壮絶な死龍との死闘と、その後、コックピットから引きずり出され、死んだように眠るディエファの痩せた顔を思い出していた。
「それから、遠藤さん…… 君にも謝りたい、と言っていたよ」
「わたしに?」
由香里は、いきなり話を振られて、目を覚ましたように驚きながら、半ば反射的に答えた。
「意味もなく殴打して失神させ、その誇りを傷つけたことだろう、って」
「そんなことは全然無いけど……」
由香里は、ピントのずれた詫びの言葉を少し可笑しく思いながらも、相手が誇りを持って、軍人として命がけで戦っていたことを知った。
そして、ウジウジとランフェイの事を考えていた自分が急に恥ずかしくなってきた。
「その人、名前はなんて言うの?」
「凌・蝶華。 君より背が低いが、恐ろしく強い、いや強かった」
「私のことは、由香里か、ユカって呼んでね、ランフェイさん」
「ああ、私にも、さん付けはいらない。 お姉さまがどんな人か、聞きたいか?」
「ええ、是非」
ランフェイは、にっこりと微笑むと、せきを切ったように、ディエファとの出会いから、訓練でボコボコに打ち負かされたこと、いつも無愛想な顔で、実は照れ屋さんであること、などを話し始めた。
ランフェイは、夢中になって笑顔で色々話していたが、急にその大きな目からポロリと涙がこぼれた。
「ああ、すまない……」
「私も会ってみたくなったよ」
由香里は、言葉に詰まるランフェイを優しい顔で見ながら、言葉をかける。彼女達もまた、戦争の被害者であることに違いはない。由香里は、心の中のわだかまりがほぐれていくのを感じていた。
ランフェイは、少し間を開けて気持ちを切り替えると、慶次の方に話しかける。
「昨日、研究所で調整をしたんだが、慶次、の方がいいのかな、君のお父様と話したぞ」
「ああ、慶次でいいよ、ランフェイ。 親父、なんか言ってた?」
「お姉さまの話をしたら、棺桶の開発趣旨にピッタリなんだそうだ」
「ああ、ほんとは軍用ではなく、遠隔地との仮想環境による通話や、身体障害のサポートなんかを狙っているらしいからな」
慶次は、開発の経緯上、現在は、米軍のロボットを使った共同研究を行っているが、本当にやりたいことは、仮想世界で人々を繋ぐことだ、と言っていた父のことを思い返していた。ランフェイは話を続ける。
「全身麻痺でも仮想環境の中では自由に動けるから、組み手だってできるそうだな」
「ああ。 いつか是非お手合わせ願いたいな」
「多分、組み手では、慶次は勝てないだろう」
「まあ、俺は生身では、ランフェイにも勝てないだろうさ」
慶次は、けろっとした笑顔で答えた。性能で大きく勝る白虎に対して、ランフェイの飛龍が互角に戦っていたことを思えば、恐らくランフェイの方がずっと強いだろう。ランフェイは、笑顔で首を振って否定しながら、一呼吸置いて、自分の夢を語った。
「私は、服部博士の夢を共有したいと思った。このままパイロットで終わるよりも」
「あの研究所は、研究者のレベルが高いぞ?」
日本以外での博士号を合わせ持つ研究者も多い遠隔現実開発センターに、ランフェイが入ることは難しいだろう。ランフェイは、うなずきながら答える。
「でも勉強してみるつもりだ。それに、棺桶の適合率なら既に合格だろう?」
ランフェイは、お茶目にウインクして見せた。慶次は、ランフェイが本当は明るい性格なのを知って驚いたが、そのうちわかってくるだろうと思い直し、話を続ける。
「どのみち、研究に関わっていくことには問題なさそうだな」
「そういうわけで、先輩方、よろしくお願いします。」
ランフェイは、改まってそう言うと、みなに頭を下げた。みなは口々に、先輩はやめて、と言いながら、ランフェイの挨拶に答えた。
そうしてその日は、ぎこちなくもようやく皆が打ち解けて話ができるようになり、由香里もわだかまりが取れて、にこやかにランフェイと話をしていた。準は、ゲームがしたいようだったが、さすがに空気を読んで、そのことは口に出さなかった。
こうして二学期が始まった。
今回は、ランフェイが加入するお話でした。
次回からは、アクション的なお話になる予定です。




