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40話  「夏祭りの夜」(前編)


 南の島の不思議なバカンスから戻った後、慶次達は、時々呼び出されてVRプログラムのテストに参加したり、機械人形(パペット)で出動したりした。しかし、特別、危険な目に遭うようなこともなく、長かった夏休みも終わりに近づいていた。


 まだまだ暑い昼下がり、溜まりすぎてしまった宿題を、慶次が自室でひぃひぃ言いながら片付けているとき、由香里から電話がかかってきた。


「慶ちゃん、明日の晩は何か予定ある?」

「いや、特にないけど?」

「近くの神社で夏祭りがあるんだけど、みんなで行かない?」

「おお、いいね!」

「じゃあ、寮の前に4時集合ね」

「おっけぃ」


 慶次は、電話を切ると、明日の夕方から宿題ができなくなることに焦りはあったが、久しぶりのお祭りを楽しもうと、やる気まんまんで、机に向かった。しかし、いくらやる気を出しても進まないのが、勉強の常である。その日は夜遅くまで、慶次はやっぱりひぃひぃ言いながら宿題を片付けたのだった。



 ――次の日、学生寮の前で


 慶次がちょっと早めに寮の前に到着すると、浴衣姿の由香里とクリスが話し込んでいた。由香里は、草花があしらわれた淡いピンク色の浴衣を着ていて、ボリュームのある胸を押さえ込んだすっきりとした着こなしをしている。『浴衣の下に下着は着けない』というのは都市伝説であると慶次は知っていたので、恐らく和服専用の下着を着けているのだろう、と慶次は冷静に分析した。


 クリスは、川の流れをあしらった青色の涼やかな柄の浴衣を着ている。クリスは、同年代のアメリカ人女子としては相当に胸がない方だが、そのことが逆に和服の似合う、儚い雰囲気を醸し出して、素敵な着こなしになっているな、と慶次は失礼な分析をした。


「ああ、きたきた!」

 由香里が目ざとく慶次を見つけて手を振る。慶次も軽く片手を上げて挨拶を交わすと、髪をアップにして、いつもとは雰囲気の違った由香里に、ちょっとドギマギしながら話しかける。


「他のみんなは?」

「暑いから、中で涼んでるよ」

「由香里は大丈夫なの?」

「平気だよ」

 そう言いながらも、由香里は、額にうっすら汗をにじませている。恐らく慶次を出迎えるために外で待っていたのだろう。しかし、まだ約束の時間まで数分あるのに、待たせたことを謝るのも変なので、慶次は、待たせてごめん、という一言を言えずに飲み込んでしまった。

 その間にフッといなくなっていたクリスが、みんなを連れて寮の玄関から外へ出てきた。


 モニカは、うすい赤色の大きな花が咲き誇る艶やかな柄の浴衣を着ている。モニカも、胸を押さえたすっきりとした着こなしをしていたが、何を着てもばっちりと似合うモニカの着こなしに、驚きの感覚が麻痺している慶次は、やはり似合っているな、という単純な印象しか持たなかった。


 ドミニクは、黄色のひまわりをあしらった大胆な柄の浴衣を着ている。ドミニクは、モニカと違って、面倒くさいのか、特に胸を押さえた着こなしをしていなかったので、ややだぶついた印象だ。しかし、浴衣の鮮やかな黄色は、ドミニクの赤毛とよくマッチしていて、とても華やかな印象になっている。


 最後に、準が出てきた。準は、グレーの縦縞模様が入ったシンプルな浴衣を着ている。しかし、当然ながら、慶次は準の装いに特に興味はない。多分、準の方も興味はないはずだが、準は律儀にも声をかけてきた。


「よお、慶次。 紺色の浴衣とは、なかなかしゃれてるやんか」

「準の浴衣もさっぱりしてて良いんだが、男同士でほめ合っても気色悪いな」

「まあ女性陣の浴衣は、どれも素晴らしいからなぁ」

 準は、ちらちらとドミニクの方を見ながらも、全員の浴衣をほめた。準のほめ言葉に対しては、特に誰も反応しなかったが、ほめられてうれしくないはずもなく、全員にこにこしている。


「ところで、まー姉ぇ、じゃなかった真奈美さんは呼んでないの?」

 慶次が誰とはなく尋ねると、準が笑いをかみ殺しながら、実の姉のことを説明する。

「まーねえちゃんは、神社の前で待ってるらしいで」

「そっか。 じゃあ、行きますかぁ」

 慶次の一声にみんなうなずくと、留学生達は、日本人メンバーからあれこれ夏祭りの解説を受けながら、皆でぞろぞろと、近くの神社に向かって歩き出した。



 それから結構歩いて、神社に近づいてくると、家族連れやカップル、友達同士といった様々な人々が思い思いの服装で集まって来ていた。神社は、小高い丘の上に立っているが、そこへ続く階段の下には、たくさんの屋台が出ていて、人でごった返している。

 慶次達が真奈美を捜してきょろきょろしながら、屋台の方へ近づいていくと、急に背後から声をかけられた。


「すいません! 写真撮ってもいいですか?」

「えっ?」

 慶次は、つい声を出して振り向くと、中学生ぐらいの女の子三人組の一人がモニカに声をかけていた。モニカは、ためらうことなく、いいわよ、と答えると、浴衣の袖を指でつまんで持ち上げながら、かわいいポーズをしてあげる。


「あっ、私も撮っていいですか?」

「すいません、よかったら皆さんを撮りたいんですけど!!」

「お、俺も撮らせてもらっていいっすか?!」


 たちまち、モニカとドミニクとクリスの周りには、カメラや携帯端末を手に持った人の輪ができ、さらに周囲からも、わらわらと人が集まってきた。


 慶次は、モニカ達を見慣れてしまったためか、こんな騒ぎになるとは思ってもみなかった。しかし、考えてみれば、金髪ツインテールで抜群のプロポーションの美少女が、赤毛のこれまた素晴らしいプロポーションの美少女と、抜けるように白い肌の妖精のような美少女と一緒に、それも浴衣を着て歩いていたら、間違いなく目を奪われるだろう。

 外国人の女性が浴衣を着て歩くと、得てして目立ちがちだが、これはそういったレベルの騒ぎではなかった。


 そうして黒山の人だかりが道の真ん中にできてしまい、しばらくそこで撮影大会となってしまった。しかし、さすがに通行の邪魔でもあり、警備の人が沢山やってきて皆を解散させたため、やっと彼女らは解放された。

 すると、どこからともなく、水仙の柄で黒をベースにした大人っぽい浴衣を身にまとう真奈美が現れた。


「いや~、すごい人だかりだったから、捜す手間が省けたよ~」

「真奈美さん、今まで隠れてたでしょ!」

 由香里が笑いながらも鋭い口調で指摘すると、真奈美は、てへっと言いそうなポーズを取って、舌を小さく出した。


「じゃあ、ぶらぶらと屋台でも巡ろっかぁ」

 慶次がみんなに声をかけると、真奈美がそれを遮って言う。

「準、悪いけど、慶ちゃんと先に行ってて。 ちょっと女性陣に話があるのよ~」

「おう。 じゃあ、後から追いついてや」

 準は真奈美に答えると、さっきの人だかりの話をしながら、慶次と準は屋台の方へと消えていった。


 残された女性陣を前に、真奈美は、こほんと軽く咳払いをしてから、皆に相談事を持ちかける。

「え~、夏祭りと言えば、ドキドキデートなのですが~ みんな相手いないよね?」

 モニカとドミニクは、真奈美のいきなりの質問に、訳が分からないという風に顔を見合わせた。しかし、質問の内容については、特に異論を唱える者はいない。


「というわけで、今日は慶ちゃんで、一人ずつお試しデートをしちゃいましょ~!」

「な、なんで慶次なの?!」

 モニカは、とんでもないことを言いだした真奈美に、間の抜けた質問を返す。それに対して、真奈美は右手を前に突き出し、その人差し指を立てて左右に振りながら答えた。


「チッチッチ! 準には悪いけど、慶ちゃんではダメな人、誰かいる~?」

「……」

「……」

「はーい、というわけで、制限時間は一人二十分! レッツ、スタート~!!」


 真奈美は、一人で全てを仕切った後、ポンと由香里の背中を押し出した。

 由香里は、一番手に勝手に指名されたことを抗議しようとしたが、真奈美は笑って自分の腕時計をコンコンと指で叩く。タイムロスだよ?、ということらしい。

 由香里は、眉をつり上げたが、そうは言ってもこれが絶好の機会であることに変わりはない。由香里は、ため息をつくと、慶次達を捜して屋台の方へと消えていった。


 真奈美はそれを見届けると、しばらく待ってから、弟に電話をかけた。

「あ、準? 由香里ちゃん、そっちにいる? あ、来た? じゃあこっちに来なよ~」


 真奈美は、そう言うと、皆に背を向け、受話器に口を近づけてから、周りに聞こえないよう小さな声で付け加える。

「ドミニクちゃんも、暇そうだよ?」


 真奈美は、皆の方に振り返ると、きっぱりとした声で言った。

「次は、モニカさん。 あとはクリスさん、ドミニクさん、私の順番ね」

「ま、まあ、確かに面白そうではあるわよね」

「慶次とデート……」

「僕も面白い企画だとは思うよ」


 皆は、なにか微妙そうな笑顔で、真奈美の『慶次をみんなでシェアしよう計画』に賛同した。すぐに小走りで戻ってきた準を見つけた真奈美は、準に手を振りながら、皆に質問する。

「みんな、おなか空いてない? イカ焼きって知ってる?」

「イカを焼いたやつかな?」


 ドミニクが答えると、走ってきた準が真奈美に代わって答える。

「正解! じゃあ、たこ焼きって知っとる?」

「タコを焼いたやつ?」

「それが、全然違うねん。 大阪の食べ物やけど、そこにもあったで!」


「じゃあ、みんなで食べ比べに行こう~!」

 真奈美は、さらに『たい焼き』の説明を付け加えながら、なんだかおなかの空いてきた女性陣達と、つまみ食いツアーへ旅立っていった。



 ――その頃、由香里は……


「慶ちゃんと、二人で屋台を巡るのって、すごい久しぶりだね!」

「そういや、中学以来か?」

「うん。 あ、金魚すくい、やろうよ~」

「また俺のツボを心得てるなぁ!」


 慶次は、金魚すくいの屋台の前に座ると、店主のおやじに声をかける。

「二人分、ちょうだい!」

「二百円ね」

「ほい、このポイはおごりね。 さっきは外で待たせちゃって悪かったし」

 慶次は、ポイと呼ばれる紙のすくい網を由香里に手渡しながら、ちょっと照れくさそうに言った。由香里は、慶次の言葉に少し驚いた後、顔を赤らめながら黙ってうなずく。


 由香里は、ドキドキしたまま、ポイをさっと水中に差し入れ、泳ぐ金魚をすくい上げようとした。しかし、力を入れ過ぎたのか、すぐに破れてしまった。それを見ていた店主が言う。

「金魚を持って帰らないなら、もう一回できるよ」

「じゃあ、もう一回」

 由香里は、次のポイをもらうと、夢中で金魚を追いかける。その横で、慶次は、慎重に金魚の頭だけを乗せるようにポイを動かしてすくい取る。ボールには既に10匹ちかい金魚が入っていた。

 由香里は、しばらく奮闘したが、やはりポイを破いてしまった。


「おじさん、俺のも彼女にあげてくれる?」

「おおよかった。 それを持って帰られたら、商売あがったりだったわ」

 店主は、笑いながら由香里に新しいポイを差し出す。

 慶次はさらに百円を払って自分のポイを買い、あっという間に何匹もの金魚をすくい始めた。


 そんな慶次と由香里に、店主は猫なで声で話しかける。

「優しい彼氏さんで、彼女も幸せだね」

「え、ええ~!?」

「そして、彼氏さんもテクニシャンっぽいし、さらに幸せだね」

「うへ!」

 慶次は、店主の二段構えの心理攻撃にまんまとはまり、動揺からポイを破いてしまった。慶次は、苦笑いしながら、金魚を逃がしてやり、これまた動揺している由香里に、ポイを破かないコツを伝授してやるのだった。


 そうして、さらに二百円をつぎ込んで遊んでいるとき、モニカがやって来た。

 由香里は、なんだかモジモジしているモニカに笑って目配せすると、立ち上がって慶次に言う。

「慶ちゃん、そのまま遊んでて。 私ちょっと、お手洗いに行ってくる」

「あれ、モニカじゃん。 うん、また後で、由香里」


 慶次は、またどんどんと金魚をすくい上げながら、モニカに金魚すくいの説明をする。モニカは、由香里から受け取ったポイで、何とか金魚をすくい上げようとやってみたが、ポイはすぐに破れてしまった。

 慶次は、自分のポイをモニカにあげてもいいか店主に聞き、店主は、金魚は置いてけ、と言いながらうなずく。モニカは、慶次のポイで金魚をすくい上げようと、がんばったが、再びポイは破れてしまった。


「うーん、これはもういいわ!」

 モニカは、ちょっとムッとした調子で言い放つと、すっくと立ち上がった。

 慶次は、店主に礼を言って立ち上がると、ちょっとプリプリしている負けず嫌いのモニカに声をかける。


「じゃあ、あれは、どうかな? ヨーロッパの戦姫には低級すぎるけど」

 慶次は、向かい側の射的場を指さした。


 ちょっと切りが悪いですが、長くなってきたので分けてアップしますね。


 ところで、真奈美さん、何かよからぬことを考えてますね?


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