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39話  「南の島で休息せよ!」(後編)

 最終日の朝、慶次らは、いつものようにオープンテラスの食堂に集まって、熱々のスープやパン、おいしいオムレツなどにありついている。

 ここでは、シェフがお好みの具を入れて、一つずつオムレツを焼いてくれるのだが、具の名前をあれこれ英語で言えない慶次は、いつも「オール、プリーズ」で済ませていた。しかし、実際、具は全部入れた方がうまかった。


 そうして、みんなが好きなものをおなかいっぱい食べ、食後のお茶を飲んでいるときに、執事長のシャオランを伴って、ファンロンがテラスに顔を出した。ファンロンは、周りをぐるりと見渡した後、軽く咳払いをしてみんなの注意を引きつけると、よく通る声で話し始める。


「本日は、リゾートらしからぬ趣向を用意しております。みなさん、普段着で一時間後に玄関付近に集合して下さい」


「趣向って何ですか?」

 慶次は、みんなが疑問に思っていることを代表して口にした。しかし、ファンロンは、シャオランと同じく、お楽しみですよ、としか答えなかった。



 ――それから一時間後

 慶次達は、全員玄関に集合していた。みんな手ぶらでラフな格好だし、島の中央へジャングル探検、というわけでもないだろう。すぐに、執事達を引き連れて、ファンロンが出てきた。執事達は皆、手にヘルメットを抱えている。


「えー、これから場所を移しますが、皆さんにはこのヘルメットをかぶって頂きます」

「どうしてですか?」

 また、慶次が質問すると、ファンロンは、なぜか真剣な目つきで、慶次を見つめながら答える。


「これから行く場所は、私の会社の心臓部とも言えるところで、守秘が必要なのです」

「守秘ってなに?」

 クリスが小声で隣の由香里に尋ねる。由香里は、トップシークレットなんだって、と答えていた。


「もちろん、心配なら、キャンセルしてもいいですよ」

 ファンロンは、慶次達が怪しんでいる空気を読んで、気軽な口調で話を続ける。

「でも、みなさんなら、きっと楽しんでもらえると思います」


 慶次は、みんなの顔を見回す。皆は、やや不安げな顔はしていたものの、どんな趣向なのかという興味には勝てないようだ。モニカやドミニクも、お互いの顔を見てから、みんなで一斉にうなずいた。それを見て、慶次が答える。

「それでは、よろしくお願いします!」


 慶次の答えを受けて、ファンロンが執事達に指示を与え、慶次達は、執事達によって、宇宙飛行士がかぶるようなフルフェイスの大きいヘルメットを、頭からすっぽりかぶせられた。


 ヘルメットの目の前は、大きなディスプレイになっていて、額に付いているカメラからの映像が映っている。つまり、ヘルメットをかぶっているのに、目の前が透明になっているような不思議な感じになっていた。しかし、首を左右に振ってみると、映像が少し遅れて付いてくるので、実際に目で見ている感じとは明らかに違う。


「えー、これは、見ちゃいけないものを消してから、映し出す装置です」

 ファンロンが簡単に装置の説明をする。どうも、カメラで映した映像のうち、見せてはいけないものだけをコンピュータが高速に消去し、壁などに置き換えてコンピュータ合成映像を映し出すようだ。モザイクをリアルで付ける装置という感じかもしれない。


「ちょっと遅れて映りますので、危険防止のため、執事の手をお取り下さい」

 ファンロンがそう言うと、慶次達一人一人の隣に控えていた執事達がうやうやしく手を差し出す。慶次達は、その手を取って、ファンロンと共に、屋敷の奥へと歩き出した。


 しばらく歩くと、地下へと続く階段が現れ、慶次達はかなり下まで、その階段を降りていく。するとその先に、地下鉄のプラットフォームのような場所が出現し、外枠と屋根だけが付いた簡単な構造の電車が止まっていた。

 慶次達は、そこで執事達と別れ、電車に乗り込んだ。またシャオランも、慶次やファンロンと一緒に電車に乗り込んで来て、電車はすぐに走り始めた。



 ――数分ほど走った後、電車は次の駅に止まった。慶次達は、そこで降りると、待っていた別の執事達に連れられて、今度はエレベータでかなり上まで登っていく。エレベータから降りると、あちこち歩かされた後、ある部屋に案内された。


「はい、お疲れ様でした。 もうヘルメットは、とっていいですよ」

 ファンロンが許可したので、慶次達は一斉にヘルメットを脱いだ。その部屋は、機械がたくさん置いてある大きな制御室のような場所で、驚いたことにその中央には棺桶(コフィン)が七つずらりと並んでいた。


「あれ、これって……」

 慶次が絶句していると、ファンロンは、にこやかに笑いながらも、その目つきだけは真剣に説明を始めた。

「これから、皆さんを我がワン・グループの誇る仮想世界へとご案内します」

「仮想世界?」

「はい。 まあゲームの世界と言ってもいいでしょう、今回は」


 慶次達は、こんな怪しい場所で機械人形(パペット)を操縦させられるわけではないことに安心した。しかし、そうは言ってもやばそうな雰囲気に、みんな身を固くしている。

 すると、ファンロンが近くの技師に合図を送り、部屋の前の大きなディスプレイの電源が入れられた。その画面には、にこやかに手を振る服部博士の姿が大きく映し出された。


「げっ、親父!!」

「やっほー。みなさん、いきなりこんにちは! 何がどうなってるか、ちょっと説明します」

「いきなりすぎんだろ!」

 慶次は、ニヤけた服部博士の顔を見て、ちょっと頭に来ていたが、博士がこれを了解していると言うことは、身の安全には問題がないのだろう。博士は話を続ける。


「ワン・グループとは協力関係にあって、今度開発した最新のVRエンジンを頂きます」

「それって、まさか……」

「その代わりに、ワンさんが皆さんでテストしたいというので、了解しました」


「おいこらっ、俺らを売ったな!」

 慶次が思わず叫ぶと、博士は、にやりと笑ってから、怒る息子に対して、やんわりと答える。

「売ったなんて、人聞きが悪いな。 皆が幸せになれる、等価交換でしょう」

「そっちはVRエンジンとかをもらったのかもしれないけど、俺らは何も……」

「もらった、よね?」

「……くそ、先払いかよ……」

 慶次は、ファンロンの手厚い豪華な歓迎と、楽しかったリゾートでの出来事を思い返した。タダより高いものは無い、ということだ。


「しかし、きっと皆さん楽しいと思いますよ」

「そういえば、ゲームとか言ってたな……」

 慶次は、ショックから立ち直ると、あきらめ顔で答えながら、皆の顔を見渡す。成り行きを息を飲んで見つめていたモニカらは、話の結末に相当あきれた顔になっていたが、これから始まる出来事には、興味津々という感じだ。

 それまで黙っていたファンロンが博士に代わって答える。


「開発途中ですが、ちょっとした戦闘も楽しめるゲームになっていますよ」

「それをこの棺桶(コフィン)に入って体験すると?」

「そういうことです。 まあ製品は軍用になるんですけどね」


 ファンロンは、ちょっと生々しいことを口にした。おそらく軍事訓練を仮想的に行うことができるシミュレーターとして、各国の軍隊に売りつけるつもりなのだろう。ただし、ゲームにして売ることもその先には考えている、ということかもしれない。

 慶次は、また皆の顔をぐるりと見回したが、もうここに来てやめる、という雰囲気でもなかった。慶次は、きっぱりと答えた。


「みんな、やる気なようだし、ここはワンさんのお話に乗って、遊ばせてもらいます」

「おお、ありがとう。 それでは、このスーツに着替えて、ここへ戻ってきて下さい」


 ファンロンがまた技師に合図すると、どこかで見たようなパイロットスーツが出てきた。慶次がディスプレイの方を再び見ると、博士は、器用にウインクを返した。

 慶次は深いため息をつくと、技師達に案内され、男性陣と女性陣とに別れて着替え室へと向かった。


 しばらくして、慶次は、用意されたパイロットスーツに着替えて、制御室に戻ってきたが、女性陣はまだ誰も来ていなかった。しかし技師達は慶次をすぐに棺桶(コフィン)に案内した。日本の最新型と同じではないが、違いはあまりないようだった。横で相当戸惑い気味の準に、慶次は声をかける。

「初めてだと、ちょっと怖い感じだけど、全自動だから寝てるだけで大丈夫だ」

「お、おう……」

 不安げな顔をひきつった笑顔に変えて、準は気丈に答える。

 慶次も笑顔でうなずくと、棺桶(コフィン)に足を踏み入れ、中に横たわった。技師が扉を閉めると、すぐに自動的にログイン処理が開始され、ヘルメットが降りてきて、視界がちかちかと明滅した。



 ――慶次は、見渡す限り続く、広い草原の上に立っていた。


 慶次の体を撫でるように爽やかな風が吹き抜けていき、遠くの方では小鳥がさえずっている。高く登った太陽は、ぽかぽかと照りつけ、のどかな春の日差しが見事に再現されていた。すぐに、隣に準が現れた。


「うわぁぁぁ、なんじゃこりゃぁぁぁ!!」

 準は、初めての仮想体験に、驚きの叫び声、というより野太い雄叫びを上げた。

「おい、驚きすぎだろ」

「いや、すげえ……、これはめちゃくちゃ、すげえやろ」


 準は、知らずに五七五で驚きの俳句を詠んでいたが、慶次も実際、非常に驚いていた。機械人形(パペット)の操縦は、仮想ではないので、こんなリアルなコンピューター映像は体験したことがない。ワングループのVRエンジンというやつは、とんでもない性能らしかった。


 しばらく辺りを見渡していると、モニカらが次々とログインしてきた。皆、口々にため息を漏らしながら、草原の風景に驚いていた。

 しばらく慶次達は、草原を走り回るなどして、このリアルな仮想世界を楽しんでいた。しかし、かなりの時間、放置されたので、これからどうするのだろうと思っていると、にわかに空が暗くなり、低い雷鳴が轟き始めた。


 さらにゆっくりと辺りは暗くなっていったが、いきなり何かが爆発したようなものすごい音がして、目の前に稲妻が落ちた。

 そして、驚く慶次達の前に、数倍の大きさになったファンロンが現れた。その身には茶色いローブをまとい、ファンロンの頭からは、なぜだか角が生えている。ファンロンは、芝居がかった口調で話し始めた。


「挑戦者達よ……、ヘルプと唱えよ!」

「ん?? そんな雰囲気ぶちこわし、……ってまあいいや、 ヘルプ!!」

 慶次達は、言われるがままに、口々にヘルプと唱える。

 すると、それぞれの目の前にウィンドウのようなものが現れた。そこには、日本語で『ヘルプ』と書かれていて、職業のリストがあり、戦士、魔法使い、僧侶の三つが選択できるようになっていた。


 慶次は、戦士を選択すると、次に剣や鎧などの装備のグラフィックが現れたので、ちょっと考えながら、好きなデザインのものを選択していき、最後に完了ボタンを押す。しかし、装備は装着されず、ウィンドウも閉じてしまった。

 皆も選択が終了したようで、ウィンドウを開いている者は、誰もいなくなった。それを見て、目の前の巨大なファンロンが再び話し始める。


「我と戦いたくば、まずは我が重臣、マスターワーウルフを倒してみよ!」

「だ、誰なの、それ?」

「おのずと知れよう…… はっはっはっ」

 ファンロンは、おかしそうに高らかに笑うと、真っ暗な空高くへ飛び去っていった。


「いやぁ、ワンさんも役者だなぁ……」

 慶次が感心していると、これまたいきなり雷鳴とともに空から大きな獣が降ってきた。その全身からは銀色の体毛が生え、狼のくせになぜか剣と鎧を身につけている。そして、よく見ると、その顔はシャオランだった。


「我と、普段着で戦うのか、馬鹿者どもよ!!」

「ええー、装備したいんですけど、ね……」

 さすがにシャオランさん、と呼ぶと色々とぶち壊しになるので、控えめな口調で尋ねる。するとシャオランは、ふんと鼻で笑ってから、おもむろに答えた。


「装備は、神より賜わるもの。 好きな言葉で叫びもせずに、装備などできるものか!」

 シャオランは、怒った口調でありながら、わりと丁寧に、何らかの装備コマンドを口にするよう勧めてくれたのだった。


「えーと、じゃあ、着装!」

 慶次は叫んだが、何も起こらなかった。すると、後ろにいたクリスが、珍しく大きな声で叫んだ。

「クリスティーナ・クライン、 セーットアップ!!」


 するとクリスの体を閃光が包み混み始め、ふわりと地上から離れて空中に浮きはじめる。そして、聞き覚えのある音楽が流れ始めたかと思うと、どこからともなく飛んできた装備がクリスの体に次々と装着されていき、クリスが再び地面に降り立ったときには、どこかで見たような魔法少女の服装になっていた。

 クリスは、嬉しかったのか、お茶目に決めポーズを取った。


「これは楽しそうね、次は私よ!」

 モニカが声を上げると、恐らくその場で適当に考えた呪文を唱え始める。


「我が友、森の精霊よ、我が身に護りの衣を与えよ!」


 さっきのクリスと同じく、モニカの体の周りにも閃光がまとわりつき、その体は地上から離れて空中に浮きはじめる。そして、先ほどとは違う効果音が流れ始めたかと思うと、体に絡みつくように旋風が起こり、いつの間にかモニカの体を緑色の甲冑が包んでいた。そして、モニカの耳はどういうわけか少し尖っており、エルフの魔法剣士のようなたたずまいになっている。


 そうして、皆は口々に呪文を唱えはじめ、由香里は巫女服姿の、真奈美はシスター姿の僧侶になり、ドミニクは白銀の鎧を着けた騎士姿の、慶次は受けを狙おうと、黒い忍者服の戦士にそれぞれ変身した。

 しかし、慶次の受け狙いは、捨て身で受けを狙いにきた準には、到底及ばなかった。準は、かわいいピンクのステッキと、ピンクのフレアスカートを履いた、魔法少年?に変身していた。


「おい、準……、だめだろ、それ」

 スカートの前をつかんで、くねくねしている準に向かって、慶次は笑いをかみ殺しながらダメ出しをする。準は、一言、ダメ?と尋ねたが、うなずく女性陣全員からは、冷たい肯定と拒絶の態度が返されただけだった。


 慶次が準を見てなごんでいると、マスターワーウルフのシャオランが叫んだ。

「さあ、全員で我と戦え! 我の剣技は、魔界最強なり!!」


「じゃあ、魔法で倒そう!」

 慶次は、シャオランに気安く答えると、やる気になっているクリスを目で促す。

 クリスは、慶次に応えて、手に持ったステッキをシャオランの方へ向け、攻撃呪文を唱えた。しかし、期待に反して何も起こらない。クリスは、少し首をかしげると、ぽそりと、『ヘルプ』とつぶやいた。


 クリスの前には、再びウィンドウが現れた。そこには魔法のリストが書いてあるようだったが、クリスはがっかりした声でみんなに告げる。

「魔法が、ファイヤーボールとヒールしかない……」

「まあ開発途中だからな……」

 慶次がクリスに慰めの声をかけると、クリスは再びステッキをシャオランに向けて、言い放った。

「ファイアーボール!」


 すると、ステッキの先から二メートルはあろうかという巨大な火の玉が出現し、ボールを投げるよりもはるかに速いスピードで、シャオランの方へ飛んでいった。

 紅蓮の火球はシャオランを直撃し、爆音と共に空高く火柱となって噴き上がる。あれではいきなり火葬状態になったに違いない、と慶次が危ぶんでいると、渦巻く炎の中から、シャオランが悠然と現れた。


「我に魔法は効かぬ! 剣で戦え!」


「うわ、魔法使いは、いきなし用済みやで!!」

 準が気持ち悪い格好で、もっともな事を口にする。まあ開発途中のゲームだし、仕方がないのだろう。慶次はにやりと笑うと、背中の剣の柄に手をかける。少し動かしてみたが、服部流抜刀術は、この仮想世界でも使えそうだ。


「行くぞ、マスターワーウルフ!!」

「貴様一人で倒せるものか!」

 シャオランは、大口を叩いたが、慶次にもそれなりの自信はあった。

 慶次は、シャオランの前に猛然と走り込むと、右手で上段から抜刀すると見せかけて、左手で脇の方から高速で抜刀し、シャオランを真っ二つに切り裂こうとした。


 カッキーン!!!


 慶次の抜いた刀は、シャオランの左手に持った剣で簡単に防がれてしまった。驚いた慶次が剣を引こうとした瞬間、シャオランは、左手に持った剣を二つに割り、両手の剣で慶次に斬りかかってきた。剣は、一本のように見えていたが、はじめから二つをぴったりと貼り合わせて、片手で持っていたようだ。


「ぐわっ」

 慶次は、体を十文字に切り裂かれて、盛大に血を噴き出しながら、後ろへ倒れた。しかし、痛みは非常に弱いもので、明らかに安全レベルに抑制されている。

 慶次は首を振りながら立ち上がったが、目の前に示されている体力(ヒットポイント)を示す横棒(ゲージ)は、残り半分以下に減っていた。


「ヒール!!」

 由香里と真奈美が痛そうな慶次に向かって、同時に呪文を唱えた。すると、慶次の体は薄青く光って、体力(ヒットポイント)がぐぐっと増加する。彼女らが何度かヒールを唱えると、体力(ヒットポイント)は完全に回復した。


「シャオランさん、マジで強い……」

「そうね、あの人は、恐らく中国拳法の伝承者クラスね」

 モニカは、すっと眼を細めて、シャオランを見る。

 シャオランは、狼のくせに背をしゃんと伸ばし、二本の剣を悠然と構えている。


「じゃあ、三人で同時に突っ込みますかぁ!」

 慶次がモニカとドミニクに向かって、気合いを入れるために大きな声で尋ねると、二人は黙ってうなずいて、剣を構えた。


「私が前から切り込むから、左右から切りつけて」

 モニカは、慶次とドミニクに小声で作戦を告げると、三人は左右に少し間隔を開けて、シャオランと対峙した。


「ふっふっふ、 やっと我も楽しく戦えそうだ」

 シャオランは、ワーウルフっぽく、口が裂けそうなほど大きく口を開けて笑うと、剣を構え直す。


「秘剣、薔薇の棘(ローザスピーナ)!」


 モニカは、猛然とダッシュすると、シャオランの前から地を這うような鋭い突きを繰り出す。しかし、シャオランは、右手の剣でモニカの必殺技を軽く受け流すと、左手の剣を素早く横に振って、ドミニクの腕に切りつけた。

 その隙を狙って、慶次が鋭く切り込んだが、慶次の水平切りは、素早く構え直されたシャオランの右手の剣で防がれてしまった。


 しかし、慶次は、白虎に乗っていたときの感覚が、いまどういうわけか体によみがえってくるのを感じていた。慶次は、急にシャオランの左手の剣の軌道がはっきりと見えはじめ、その軌道に自分の剣をすっと差し入れることで、攻撃に転じたシャオランが繰り出す神速の剣を防ぐ。


 さらにシャオランは、両手の剣を同時に振りかざしたが、死龍(シーロン)との闘いをデジャブで見るかのように、慶次は、その二本の剣を同時に止めることができる一点があることに気がついた。


 慶次は、その一点に自分の剣を突き出して、シャオランが目にも止まらぬ速さで繰り出した剣を止めると、そのまま前へ突き込む。シャオランの胸の中央には、慶次の剣が深々と突き刺さった。

 慶次に貫かれたシャオランは、胸からどす黒い血を噴き出しながら、ばったりと仰向けに倒れた。


「ぐっ、無念……」

 シャオランは、仰向けになったままつぶやくと、その体は突然、鮮やかな青い炎に包まれた。その炎の中で、シャオランの体は、ぼろぼろと崩れていき、火が消えた後には、一握りの白い灰のみが残るだけだった。



「――はい、お疲れ様でした」

 いきなり明るいファンロンの声がしたかと思うと、全身の感覚が消失し、視界が暗転した。どうもログアウトしたらしい。魔王ファンロンとの最終決戦は、初めから予定されていないらしい。


 慶次が棺桶(コフィン)から出ると、ファンロンが話しかけて来た。

「さっきは、脳波全体がガンマ帯域に移動してたよ。 慶次君はとんでもないね」

「あー、あの量子シンクロ回路ってやつですか?」

「ええっ!! 服部博士も独自に開発してたのか…… しかも実用化してるとは……」


 慶次の言葉に、ファンロンは思いのほか打ちのめされたようだった。

 そうこうしていると、みんなも次々とログアウトしはじめ、技師達が差し出した、どこかでみたような怪しい服を頭からかぶりながら、口々に面白かったね、と楽しげに話していた。


 慶次も着替え部屋に戻ろうとすると、別室からこちらへ戻ってきたシャオランに話しかけられた。

「さっきのは、私の人生で最も完全な負け方でした」

「実際に戦えば、手も足も出ないと思います」


 慶次は、道場で最強の師範より、明らかに数段強いと思われるシャオランに素直な気持ちを告げる。シャオランは、朗らかに首を横に振りながら、慶次と固い握手を交わした。

 慶次は、執事ではない、本当のシャオランに初めて会えた気がした。


 今までで多分、最も長いお話になってしまいました。途中で疲れた方、ごめんなさい。


 ちょっとゲーム風なお話は、これからも出てくると思いますが、しばらくは日本での学園生活をお楽しみ下さい。


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