38話 「南の島で休息せよ!」(中編)
慶次達が飛行機から降りて、空港の到着ロビーに出ると、黒い執事服を着た一団が彼らを待っていた。その中の一人が前に進み出る。
「いらっしゃいませ。 執事長の劉・小狼と申します」
「よろしくお願いします!」
慶次達がそろって挨拶をすると、執事達全員も一斉にお辞儀を返した。
「ここからは、車と船で、滞在先へ移動致します」
「わかりました」
慶次は、なんとなく皆を代表して、シャオランに相づちを打った。シャオランは話を続ける。
「よろしければ、お荷物をお預かりします。 こちらへどうぞ」
「色々とすいません」
「滞在中は、皆様の執事でもありますので、何でも気をつかわずに言いつけて下さい」
「はい、ありがとうございます」
そうして空港から出た慶次達は、用意された場違いに豪華なリムジンに乗り込んで、港へと向かった。
――港に着くと、大型の自家用クルーザーが停泊していて、慶次達はその船内へと案内された。船内では、ドリンクと軽食が用意され、皆はそれをつまんで談笑し始めた。そのうち、慶次は、海風に当たりたくなって甲板へと出てきた。
船は港からゆっくりと外海へ出て行き、強い日差しの中を涼しい海風が吹き付けてくる。慶次は、甲板の手すりにつかまりながら、しばらく周囲の島々をぼうっと眺めていた。すると、後ろで扉が開く音がして、モニカが甲板へ出てきた。
「なに、たそがれてんのよ?!」
「たそがれてねぇよ…… なんかこう海風にあたりたくて、さ」
「私も海は好きよ」
モニカは、揺れる船の甲板の上で器用にバランスを取りながら、すたすたと慶次の横へ歩いてきた。慶次は、すぐ隣に寄り添ってきたモニカに、少しどぎまぎしながら続ける。
「この船って、ほとんどの窓にカーテンがかかってて、何となく息が詰まるんだよね」
「あれ、そうだった? 明るい照明で、全然気がつかなかったわよ?」
「息が詰まるというか、外に出たくなるというか……」
それから慶次とモニカは、海での思い出話に花を咲かせた。慶次は、途中でふと気になって、カーテンの隙間から船内をのぞいてみた。すると、船内の真奈美と目が合ったが、真奈美は由香里に何やらしきりに話を振られているようだった。どうもクリスがうとうとしていて、由香里は暇らしい。また、ドミニクは、準につかまっていて、あれこれ話しかけられているようだ。
しばらくすると、船の行く先に、緑の木々で覆われた小さな島が見えてきた。
「おっ、あそこかな?」
「そうみたいね。 砂浜が真っ白で、きれいなところね」
「へえ、目がいいんだなあ。 俺にはそこまで見えないな……」
「あれ?」
モニカは、しばらく島の方へ目を凝らしていたが、何か気になるものを発見したようだ。慶次も同じように目を凝らしたが、そんなに目が良くないためか、特に何も見えない。
「なにか見えた?」
「そうね…… 砂浜に面してコテージが建ってるんだけど、島の反対側の建物がね」
「うーん、コテージ?」
「なにかこう、研究所っぽくて、屋上に大きな衛星アンテナとか付いてるみたいなのよ」
「うーん?」
慶次にはさっぱり見えないので、モニカと一緒に目を凝らしていると、急に船が島からずれた方向へ船首を向け、同時に室内からシャオランが顔を出した。
「ここから少し揺れますので、船内にお戻り下さい」
「わかりました」
慶次とモニカが船内に戻ると、船首の方に空いている窓から、島は見えなかった。おそらく海流の関係で大回りをして、島の港に着くのだろう。船は少し揺れながら、こまめに舵を切り始めた。それから30分もしないうちに、船は大富豪の所有する孤島のリゾートに到着した。
「いやっほーーっ」
ドミニクは、紺碧の海に向かって延びる長い桟橋に横付けされたクルーザから外に飛び出すと、そのまま何も持たずに桟橋の向こうに広がる真っ白な砂浜へ向かって走り出していった。その背中をあっけにとられて見ていた準だったが、一緒に叫びながら走っていくことは恥ずかしかったようだ。準は、桟橋に降りてきた慶次に話しかける。
「いやはや、パラダイスやなぁ」
「そうだなぁ…… メンバーも美人ぞろいだしなぁ、お前以外は」
「そりゃ、お互い様やがな」
準も、テンションがあがっているのか、げらげらと笑いながら慶次に答える。
「それは、光栄なことだわね」
後ろで話を聞きつけたニコニコ顔のモニカと、照れ照れ顔の由香里と、当然でしょといった顔の真奈美と、まだ眠そうなクリスが、こちらの方へぞろぞろと降りてくる。
「主人がご挨拶致しますので、いったん応接間の方へどうぞ」
シャオランは、部下の執事達に中国語でテキパキと指示を出しながら、慶次達を白い砂浜を目の前にして建ち並ぶコテージのひとつへ案内した。
「おーい、招待してくれた人に挨拶に行くぞ~」
慶次は、両手に靴を持って、波打ち際を走り回っているドミニクに声をかけた。
ドミニクは、真夏のリゾートにふさわしい、はじけるような笑顔で手を振って答えると、靴も履かずにこちらの方へ走ってきた。
そうして慶次達は、ふかふかの絨毯が敷き詰められた玄関を通り、豪華な内装の一室に案内された。しばらくすると、恰幅の良い男性が部屋に入ってくる。
「ようこそ、いらっしゃいました。 オーナーの王・風龍です」
「ご招待を大変ありがとうございました」
ファンロンは、流暢な日本語で挨拶し、ここでもなんとなく代表して慶次が挨拶を返す。
「ここは、皆様しか滞在していませんので、好きなようにおくつろぎ下さい」
「はい、ありがとうございます」
「必要なものは、このシャオランや、他の執事にお申し付け下さい」
「はい、よろしくお願いします」
「出発日前の最終日には、ちょっとした趣向も用意しておりますので、お楽しみに」
ファンロンは、にやっと笑ったが、慶次はなんとなく胸騒ぎがした。しかし、ここで拉致されたり危害を加えられるようなことは絶対にないと、日本で説明されていたし、身の安全に問題があることはないだろう。
つまらないことが気になって楽しめなくなるのはまずいな、と慶次はすぐに思い直し、笑顔でファンロンに向かってうなずく。
「これからお部屋に案内させますが、執事を呼ぶときは、このベルを振って下さい」
「ベルですか?」
ファンロンは、応接間の机の上にも置いてあったベルを手にとると、軽く振って見せる。カランカランといい音がしたが、とても遠くまで響き渡る音ではない。慶次は、これで人を呼ぶなら、思いっきり振りまくらないといけないなぁ、などと考えていると、ファンロンは、そのことを見て取ったのか、笑顔で説明を付け加える。
「このベルには無線機がついていますので、場所が一瞬で分かるようになっています」
「なるほど……」
この都会から離れたリゾート地は、思いのほかにハイテクが満載のようだ。この様子なら、部屋のテレビでも日本の番組が映りそうだ。
「ああそれから、外のビーチですが、いつもはヌーディスト・ビーチとなっています」
「ええっ?!」
いままで話をにこやかに聞いていた女性陣が一斉に驚きの声を上げる。
慶次は、準と目を合わせたが、準は、ニヤけないよう必死になるあまり、変な顔になっていた。ファンロンは、話を続ける。
「ですが、皆様には普通に使って頂く方がよさそうですね」
女性陣には、一斉にほっとした空気が流れた(ただし真奈美を除く)。また男性陣には一瞬残念そうな空気が流れたが、実際、みんなが全裸で海水浴を楽しめるか、と言えば、それは相当気まずいだろう。慶次は、やはり遠慮したかった。
ファンロンは、男性陣の残念そうな空気に少し微笑みながら、また夕食の時に、と挨拶して、部屋を出て行った。慶次達は、シャオランに連れられて、一人に一つずつ割り当てられたコテージへと案内された。
慶次が案内されたコテージに入ると、いきなり部屋の電話が鳴った。受話器を取ると、慶次より先に自分のコテージに案内された由香里の声が聞こえる。
「慶ちゃん、この電話すごいよ!」
「ん?」
「とりあえず、受話器のテレビボタンを押してみて!」
慶次が受話器を見ると、テレビのマークがあったので押してみる。するとテレビのスイッチが自動的に入り、由香里の姿が映し出された。そのテレビはそのまま裸眼で立体的に見えるタイプのものだったので、そこに由香里が座っているように見える。しかし、背景は現実のものではなく、仮想的な居間に座っている感じのコンピュータグラフィックス画像との合成画像になっていた。
「ちょっと待ってね、みんなにも電話するから……」
由香里が受話器を操作すると、しばらくして画面の中の由香里の横に、驚いた顔で座る真奈美の姿が、やけに立体的に映し出された。そうして、由香里が誰かを呼び出すたびに、仮想的なCG映像の居間に人が増えていき、結果的にテレビの画面では、全員が椅子に座って談笑しているような画面になった。
「おお、すごいなこれ……」
「でも、みんな受話器を持ちながら、居間で会話しているのが間抜けっぽいね」
由香里がちょっとダメ出しをすると、その由香里にモニカがさらにダメ出しをして言った。
「これ、たぶんハンズフリーにするのが前提じゃない?」
そう言って、モニカは受話器を操作して、手放しモードに切り替え、受話器を置く。すると、受話器は画面からさっと消えた。
「おお、おもしれ~」
慶次も同じように操作すると、受話器が消え、なんだか本当に居間で談笑しているような感じになってきた。しかし、そこでクリスがもっともなことを口にした。
「……ここで集まっていても、意味が無い……」
「だよな! まずはビーチに集合だな!」
慶次が掛け声をかけると、みんなが一斉にうなずく。そして、真奈美が当然のことを口にした。
「このままで着替えたら、丸見えだね」
真奈美の言葉を聞いて、モニカも、ドミニクも、由香里も、クリスでさえも、なにかジトっとした目で慶次の方をにらむと、次々と画面から消えていった。慶次は、準の方を向いて肩をすくめると、どういうわけか真奈美だけがそのまま画面に残り、胸のボタンを外し始めていた。
準は、その様子を見て、肩をすくめると、画面から消えた。慶次は、そのまま見ていたい気もしたが、それでは真奈美の思う壺なので、真奈美が上着を脱ぎ捨てる前に、慌てて電話を切った。
慶次は、執事達が置いていった自分の荷物から、水着を取り出すと、素早く着替えて、目の前のビーチに飛び出して行った。
慶次が砂浜に出ると、少しずつ間隔をあけてテーブルとパラソルがセッティングされていたが、まだ誰も来ていない。慶次は、そのテーブルの前に置かれた椅子の一つに座って待っていると、すぐに準が出てきた。準は、慶次の前の椅子に座ると、テレビ電話の話を始めた。
慶次がしばらく準とだべっていると、タオルを腕に抱えたモニカが出てきた。モニカは、いつかのプールで見たのと同じ、サイドの切れ上がった大胆な真っ赤なビキニを着けている。
すぐに、ドミニクも黄色のチューブトップと、ローライズのパンツの水着で出てきた。続いて、胸の間が深くカットされたVネックラインで、緑色のワンピース型の水着を着けた由香里と、可愛い花柄であしらわれたワンピース型の水着を着けたクリスもやって来た。最後に、真奈美が黒のビキニでこちらへ走ってきた。
「さて、どうしよっか?」
慶次が誰とはなく、問いかけると、ドミニクが真っ先に答える。
「そりゃ、まずは泳がなきゃ!」
「そやな!」
準がドミニクに同意すると、ドミニクは海に向かって真っ先に走っていく。準も今度こそ後れを取らないよう、ドミニクの後ろから全力で走っていった。慶次もとりあえず泳ごうと、海の方へ走っていき、結局全員が海に走り込んでの競泳大会となってしまった。
しばらく泳ぎ倒してから、慶次らが白い砂浜に上がると、テーブルの上にはタオルと冷たい飲み物、それに顔を洗う水や洗面器、目薬までが用意されていた。しばらく、休憩すると、元気なドミニクがテーブルの上のベルをつかんで振ってみる。すると、ベルが答えた。
「May I help you?」
まさかベルが電話になっているとは思わなかったドミニクは、少したじろいだが、ベルに向かって、ビーチバレー用のボールを注文する。すると、しばらくして、執事の一人が笑顔でボールを抱えてやって来た。そのボールを受け取ると、ドミニク主催のビーチバレー大会が始まった。
そんなこんなで、日が傾き、白い砂浜がうっすらとオレンジ色に染まるまで、みんなでわいわいと遊び倒していると、シャオランが、あと一時間ほどで夕食の用意ができる、と連絡しに来た。
皆は、それぞれ自分のコテージに戻って、支度をすると、迎えに来た執事達に連れられて食堂へと集まってくる。そこには既にファンロンが座っていて、いちいち立ち上がっては慶次ら一人一人を出迎えた。全員がそろうと、ファンロンが挨拶を始める。
「本日は、私どもが用意したシーフード料理をご堪能下さい」
「いただきます!」
「それと、最終日の朝まで、私は不在にしていますが、どうかご自由にお楽しみ下さい」
「はい、ありがとうございます!」
そうして、とんでもなく豪華に盛りつけられたエビや蟹などの料理を楽しみながら、その夜は楽しく更けていった。慶次達は、自室に戻ると、さらにしばらく立体テレビ電話で話をしていたが、遊び疲れた体は気だるく、みんな早々にお休みモードに切り替わっていった。
次の日の朝も、慶次達は、素潜りや、ボート、そして温泉などを楽しんだ。この島に温泉は湧いていないが、フィリピン本島には火山があり、日本ではあまり知られていないが、温泉が湧き出ている。その温泉をわざわざ小さなタンカーで運んで、ここまで持って来ているらしい。
また、この島の中央は、ちょっとしたジャングルのようになっていて、野生のイノシシが生息しているそうだ。この島に来る途中でモニカが見たという建物へ行ってみたくて、慶次は、シャオランに島の反対側へ行けるかどうか聞いてみた。しかし、シャオランは、危ないので島の中央へはいかないでください、またボートでの遠出も海流の関係で危険なので避けてください、との一点張りだった。
ここで、ズバっと研究所のことを聞いてみても良かったのだが、もしそれが触れてはいけないことだとすると、色々と面倒なことになりそうな気もする。だから、慶次はシャオランに聞くことはできなかった。
そうして、この美しい島での楽しいひとときも、最終日とその次の日の移動日を残すだけとなった。移動日の朝は、早めにこの島を出発する予定になっており、最終日は一日、朝からファンロンの用意した『趣向』に参加することになっている。どんな趣向なのかは、シャオランに聞いても、お楽しみですよ、としか教えてもらえなかった。
慶次は、そんな様子に一抹の不安を覚えていた。
次回も、今回と同じく、まったりと息抜き回です。
慶次達と一緒に、最終日の趣向を、レッツ、エンジョーイ!(棒読み)




