37話 「南の島で休息せよ!」(前編)
慶次は、手ひどく破壊された黒獅子四機を、着陸したヘリコプターに次々と積み込み、白虎も積み込むことができるように仰向けに寝かせた。そして、慶次は、最後のヘリコプターを待つために、白虎のコックピットから出て、焼け焦げた広場の上に降り立った。慶次は、そこで、モニカ、ドミニク、クリス、そして由香里と再会した。
「由香里、体調の方は大丈夫か?」
慶次は、クリスに支えられながら、まだふらふらと足元がおぼつかない由香里に対して、心配そうに声をかける。
「うん、大丈夫だよ。 軽い脳しんとうだって、ヘリの軍医さんが言ってた」
「そうか…… まあ、無理すんなよ」
そんな由香里を心配そうに見つめていたクリスは、慶次の言葉が終わるやいなや、由香里に声をかける。
「由香里、こっちの方へもっと体重をかけて……」
「ありがとう、クリスちゃん」
「クリス、大丈夫? 僕も手伝おうか?」
ドミニクは、線の細いクリスがちょっと重めの由香里を支えきれるのか心配になって、声をかけた。しかし、クリスは、穏やかな顔でドミニクに答える。
「大丈夫、問題ない……」
「ところで、あんた、さっきの動きは何だったの?」
ドミニクらのやりとりを横目で見ながら、モニカが慶次に話しかけてきた。
「ああ、あれは、何だったんだろうな……」
「動きが人間のものじゃなかったわよ?!」
「うん、量子シンクロ回路がどうたらって、白虎が言ってたな」
「なにそれ?」
「いや、知らん」
モニカは、いい加減な慶次の言葉を聞いて、キッと睨む。しかし、慶次がその辺りのシステムに詳しいわけもなく、問いただしても無駄だと思い直して話を続ける。
「それはそうと、救出チームの方は、ひどい被害が出たようね」
「ああ、半分以上の人が死傷したらしい……」
「帰りに爆弾でも落としてってやりたいわね」
「おいおい……」
「でも、憎んでも仕方のないことよね…… 相手もこちらを憎んでいるだろうし……」
「ほんと、戦争ってくだらんよな」
「ほんとに……」
そのとき、遠くから大型輸送ヘリの爆音が聞こえてきた。ヘリみるみる近づいてきて、ゆっくりと広場の中央に着陸する。その前方のかなり離れた所には、死龍と、飛龍の機体が並んで寝かされているのが見えた。
その機体の上では、まだ目を覚まさないディエファに膝枕をして、所在なげに、ランフェイが座っているのが見えた。
慶次は、降りてきた係員が、ヘリから降ろした台車を地面と白虎の間に器用に滑り込ませるのを見て驚いていたが、その驚いた顔は、駆け寄ってくる人影を見て、満面の笑みに変わった。
「慶ちゃーん、みんなーー!!」
真奈美が手を振りながら、慶次達のいる方へ駆け寄ってくる。白衣のような服を着ていた真奈美は、薄着なのか、走るたびに胸が大きく揺れていたが、いつもなら気になる慶次も、元気そうな真奈美を見て、今はただ心の底から嬉しいだけだった。
真奈美は、思いっきり慶次の方へ走り込んでくると、どさっと慶次にしがみついてきた。遠慮のない真奈美の体当たりに苦笑いしながらも、慶次は、その勢いを上手く消して、真奈美をしっかりと抱き留める。しばらくして、慶次の胸から顔を上げた真奈美は、両目を閉じて、唇を突き出していた。
「まーねーちゃん!?」
「うん? ねぇ~、まだぁ?」
「あのなぁ……」
真奈美は、すぐに片目だけを開けて、いたずらっぽい顔をすると、さっと慶次から離れた。そして、あっけに取られて真奈美を見ていたモニカ達に、まとめて両手をかけて抱きついていく。
彼女らは、みんなひとかたまりになって、しばらく抱き合っていたが、みんな目に涙がにじんでいる。真奈美もさっきのいたずらっぽい仕草が嘘のように、素直な笑顔でうれし涙を流していた。
「みんな、ありがとう……」
「真奈美さん、お帰りなさい!」
真奈美は、笑顔なのに、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、みんなに向かってうなずくと、慶次の方へ振り返って言った。
「でもみんな、相当エッチな格好してるね~」
慶次は、なんとなく目が慣れたのか、全く気にならなくなっていたモニカらのぴっちりとしたパイロットスーツが、真奈美の言葉を聞いて、急に気になりだしてきた。モニカらも、急に胸のあたりを隠しながら慶次に背を向け始め、感動的な場面は一気に台無しになってしまった。
しかし、真奈美の後ろからやってきたヘリの係員は、彼女らの上着を既に持って来ていて、手際よく彼女らに手渡していった。慶次もローブのようなそれをもらって、頭からすっぽりとかぶった。ヘリの方では、既に白虎の積み込みが完了したようだ。係員が慶次達を促し、みんなはヘリの方へと歩き始める。
するとヘリの扉から、突入隊の隊長がいきなり顔を出した。そして、慶次達の方にさっと敬礼をした後、周囲を見回していたが、ある一点を見つめて動かなくなった。たちまち隊長の横顔は憎しみで歪み、その目に燃えるような怒りが沸き上がっていることが見て取れた。その視線の先には、ランフェイらがいた。
慶次達は、歩きながらランフェイらの方を見た。ランフェイらは、視線に気がつくと、頭を下にこすりつけるようにお辞儀をした。命を助けてもらったことへの感謝、ということだろう。それを見た隊長は、表情を変えずに機内へと引っ込んだ。
慶次達がヘリについて中に入ると、機内には軽いケガの者しか乗っていなかった。重傷者は、他のヘリで寝かされているらしい。慶次達を載せたヘリは、すぐに離陸し、まだ一日も経っていないのに、既にもう懐かしく感じられる日本へとその機首を向けた。
――そして、慶次達は、日本に帰ってきた。
慶次達は、家に帰る前に、全員が研究所で降ろされた。研究所の前では、服部博士をはじめとするスタッフ全員と、準が待っていた。慶次らが降り立つと、皆は拍手で出迎えた。
「まーねーちゃーん!!」
拍手が終わるのも待ちきれず、準が真奈美に駆け寄ってくる。真奈美は、涙でくしゃくしゃになっている準の頭をやさしく抱きかかえて言った。
「ただいま、準…… でも、男がそんなに泣くもんじゃないよ~」
「わかっとるけどな、わかっとるんやけどな…… ひどいことされへんかったか?」
「大丈夫だったよ。 ほらほら、みんな見てるよ」
真奈美は、ポケットから取り出したハンカチで準の顔をふいてやりながら、あきらかにドミニクの方を向いて準に言う。
「おお、そやな」
準は、気持ちを切り替えたのか、右腕の袖で涙をごしごしとぬぐうと、慶次の方を向いて言った。
「よく助けてくれたな! 活躍は聞いてるで!」
「ああ、まあなんで活躍できたか、俺にもよく分かってないんだけどな」
すると、やりとりを聞いていた服部博士が慶次に声をかけてくる。
「慶次! よくぞ、量子シンクロ回路を起動させたな!」
「おやじ…… それを聞こうと思ってたんだけど、何だったんだ、あれは?」
「じっくり聞かせてやりたいところだが、それはまたの機会にして、だな」
「えぇ~」
「まあ簡単に言うと、量子計算チップとの通信には、並列脳活性状態が必要なんだ」
「並列脳活性状態??」
「そう…… その状態へは、意識して移行できないんだが、用意はしておいたわけだ」
「なるほど、わからん!」
「今度また、詳しく説明してやるから」
「それ、わたしにも是非お願いしますね」
モニカが横から話しに割り込んできた。
「いや、研究熱心だね。 しかし、君たちには、リフレッシュが必要だろう」
「うん、熱い風呂にでも入りたい気分だね~」
慶次が茶化すと、博士は真面目な顔をして話を続ける。
「温泉もあるし、プールもある、南の島へ皆さんをご招待するという人がいてな」
「おお、なにそれ?!」
モニカやドミニクはもちろん、眠そうにしていたクリスや由香里も、その話しに食いついてきた。
「今回、中国の政府筋からも、かなり感謝されてて、だな」
「そうなんだ」
「それで、華僑の大金持ちが自分の島にパイロットを招待したい、って言ってるんだ」
「それって、大丈夫なの?」
慶次は、なんだか罠のような気がして、服部博士に問いただす。博士は、右手をひらひらと顔の前で振って、答えた。
「その人は、経済人として世界的に有名な人で、知り合いでもある。絶対に大丈夫」
「おお、なんかとってもラッキー?」
「迎えの飛行機まで、向こうで用意してくれるらしいぞ」
「まじで?!」
「ええなぁ、ええなぁ……」
準は、話を横で聞きながら、うらやましそうに、そして恨めしそうに慶次の方を見て、ぼやく。
「ああ、工藤君は、今日からパイロット候補生、ということにしておくから」
服部博士は、笑顔で適当なことを言ったが、そのマメな性格からして、そのまま冗談で話を終わらせるつもりはないだろう。
「お、俺も行っていいんですか!!」
「今回の奪還対象者の弟でもあるわけだし、実際、適性も相当あるから、問題ないよ」
「や、やったぁ!!!」
実際に盆踊りのような振り付けで小躍りしている準に苦笑しながらも、慶次は、長かった今日の出来事を思い出していた。
「あの、ランフェイとか言う子は、どうしてるかな……」
なぜか慶次は、髪の長い、どこか影があるような彼女のことが気になっていた。慶次は、高校になど通ったことがない、と言った彼女の言葉に少しショックを受けたし、敵とは言え、彼女が介抱していた女性がかなりの重傷のように見えたことも気になっていた。
――慶次がランフェイのことを考えていたその頃、ランフェイは、友軍の軍用トラックに乗り換えて、ディエファと共に病院に向かっていた。ランフェイは、敗戦の責任を問い詰められるかと覚悟していたが、迎えに来た将校は、一言、ご苦労だった、とだけ言って、立ち去ってしまった。
「何が、どうなっているんだか……」
ランフェイは、次の任務地が決まるまで、ディエファと一緒にいられるのか、不安に思っていたが、それは考えても仕方のないことだった。ランフェイは、穏やかな顔で眠るディエファを優しい顔で見つめながら、青い最新のパイロットスーツに身を包んだ日本の男性パイロットのことを思い返していた。
「同じぐらいの年とは思えない強さだったな……」
ランフェイは、イケメンとまでは言えないが、恐ろしく腕の立つそのパイロットのことが気になって仕方がなかった。ぶっきらぼうなしゃべり方ではあったが、優しい男のような気がした。
「いつか、平和な場所でゆっくりと話をしてみたいものだ……な」
ランフェイは、がたがたと揺れる座り心地の悪い座席を片手で持って体を支えながら、叶わぬ夢を願うようにぽつりとつぶやいた。
――そうして、慶次と由香里は、研究所から手配した車で、それぞれの自宅へと帰っていった。真奈美は、なんだか自分の部屋に戻りたくないと言って、準と一緒に、一晩だけ寮に泊まるようだった。
――準の部屋で
「まーねーちゃん、俺の部屋に泊まるのかよ!」
「準、色気出しちゃ、だめだよ!」
「誰が色気出すねん!」
「じゃあ、一緒に寝ようね」
「……お、俺は、床に寝かせてもらうで!」
――モニカの部屋で
「ねぇ、モニカ、一緒に寝ようよ」
「ドミニクったら、また来たの?!」
「ごめん、なんだか色々とあって、頭がごちゃごちゃな気分なんだ」
「ほんとに、もう……」
――クリスの部屋で
「…………」(ぐっすりとお休み中)
――由香里の家で
「ただいま、ママ、パパ」
「由香里……」
「心配かけて、ごめんなさい……」
「……もう、いいから……」
「ほんとにごめんなさい!!!」
「由香里ぃ!!」(ひっしと抱き合う親子)
――慶次の家で
「あ~、風呂入って、寝るか……」
――そんなこんなで、あれから一週間。今日は、南の島へバカンスに出かける日である。その島は、フィリピンにある孤島で、ある大富豪が所有するプライベートリゾートだ。そしてフィリピンのマニラ空港までは、その大富豪が用意したプライベートジェットで向かう。
「しかし、内装はすごい豪華やけど、ちっさい飛行機やなぁ」
準は、飛行機にケチを付けながら、広い座席にふんぞり返り、タイトな服装に身を包んだキャビンアテンダントが用意した、暖かいシューナッツをつまんでいる。
「ほんとに、小さい飛行機よねぇ」
モニカも準に同意しながら、南国のフルーツで豪勢に飾られた、ノンアルコールのカクテルをちびちびと飲んでいる。
「僕は、小さい飛行機が苦手なんだよ」
ドミニクは、もらったメニューに書かれた、フルコースの洋食か、三段重ねの豪華な和食か、どちらにしようか悩みながら、話しに参加する。
「私、海外旅行が初めてだから、よくわからないけど、飛行機は小さいのね」
由香里は、座席の前に取り付けられた大画面で映画を見ようと、リモコンのボタンをあちこち押しながら、誰に言うとなく話しかける。
「慶ちゃんは、大きいのが好きよねぇ? 小さいのは嫌いよねぇ?」
真奈美は、慶次の方へ、なぜか胸の辺りを強調するように突き出しながら、わざとらしく色っぽい声で慶次に尋ねる。
「ええい! 小さい、小さいって、どう考えても広いだろ、ここは!」
慶次は、どこかの邸宅のリビングのように広い室内を眺めながら、思わず叫んだ。
この飛行機は、エコノミーの座席なら120席分が入るそうだ。そのスペースに、定員14名で、テーブルやら、ソファーやらを積み込んでいるのだから、これを豪華と言わずして何が豪華なのか。しかし、文句を言わないのは、ぐっすりお休み中のクリスだけだった。
慶次は、文句を垂れているモニカらが信じられなかったが、モニカらも別に待遇が不満というわけでもなさそうだ。飛行機が異様に豪華だったため、ちょっと偉そうに何か言ってみたかっただけ、なのかもしれない。
そうして出てきた食事を食べ、わいわい話をしていると、成田空港の専用ターミナルから飛び立った飛行機は、あっという間にフィリピン・マニラ空港に到着したのだった。
前回までとは、打って変わって、ここからは、まったりと息抜き回になります。
慶次達と一緒に、目の覚めるような青い海と白い砂浜で、レッツ、エンジョーイ!




