35話 「命の輝きは永遠に……」
「ユカ!! ユカ!! 返事しなさい!」
モニカは、死龍に殴られるがままになっている白虎の機体を視界にとらえ、全力で走り寄りながら何度も叫ぶ。しかし、既に意識を失っている由香里から、返事が返されることはない。
「クリス、後衛をお願い!」
「了解」
モニカは、クリスの前に出ると、右手のレイピアをまっすぐに相手に向けて構え、左手のソードブレーカーを胸の前あたりで構えながら、さらに機体を加速させた。
モニカは、最初の一撃から、自分の出せる最高の技をぶつける気でいた。レイピアは、両刃の細剣なので、斬撃もできるが、やはり特徴はその長い間合いである。低い姿勢で強く前へ踏み込んで放つ打突は、体を翻してかわすことが難しい。
長い歴史の中でつちかわれた打突の技は、しばしば貴族の決闘に使われ、その中でも王族だけが知る秘められた剣技は、最も強力なものである。古い君主の家系であるカスティリオーネ家もまた、父から娘へと秘伝の剣技を継承していた。
モニカは、死龍に斬りつけるには明らかに遠い間合いから、自らの知る最高の打突技のモーションに入った。
「秘剣、薔薇の棘」
モニカが繰り出す、地を這うような鋭い突きは、ゆっくりと振り向く死龍の喉元に鮮血の薔薇を咲かせようと、吸い込まれるように伸びていく。
そしてその剣がまさに喉元に当たる瞬間、死龍の形がぶれるように不確かに揺れ、鋭い剣先が通ったときには、そのすぐ真横に、貫いたはずの死龍の喉元の位置が移動していた。体を入れ替えたとか、首を振ったというような動作は一切見えず、ただその位置だけが移動していた。死龍は、人間の動作に必要なタメを一切行うことなく、瞬間的に体を移動させたのだった。
「まあ、そんな気もしたのよね……」
モニカは、必殺の打突がかわされたことにショックはあったが、一方で異常な速さで動く死龍が、その突きをかわす可能性も十分に予期していた。モニカは、突き出した剣をすばやく引きながら横へ動かして、死龍の首から肩にかけて切り裂こうとした。
しかし、死龍は、その動きより速く体を反らせて剣をかわすと、右手で白虎に刺さっている自分の剣を抜きながら、左手でモニカの操るライオンツーの胸元めがけて、鋭く拳を突き出した。モニカは、その拳を左手のソードブレーカーでしっかりと受け止める。
――キュィィィィン!!
辺りには、強く弾かれてうなるソードブレーカーの高い金属音が響き渡った。
さらに死龍は、モニカが左手の防御に意識を集中させたその瞬間に、左手に持ち直した剣を恐ろしい勢いで振り下ろした。
モニカのレイピアは、強く前へ突きだした勢いで、まだ防御態勢に戻っていない。また強く弾かれた左手のソードブレーカーもすぐに防御には戻せない。
死龍の剣がライオンツーの右肩に振り下ろされる瞬間、その剣と機体との間に、後ろから鋭くハルバートが差し込まれた。死龍の剣は、クリスが差し込んだハルバートの勢いで強く弾かれ、死龍もバランスを崩して、やや後ずさりを強いられる。
「ありがとう、クリス! 間一髪だったわ」
「まだよ! 油断しないで!」
モニカは、食らっていれば一撃で行動不能になったかもしれない死龍の一撃が防がれたことに一瞬安堵し、クリスにお礼を言えるほどに、目の前の戦闘から意識を離してしまった。
モニカは、気を引き締め直して、レイピアを引き戻し、基本の構えに戻そうとしたが、その時には既に体勢を立て直した死龍の剣が、ライオンツーの胸にめがけて異常な速度で突き出された後だった。
そのとき、ドミニクは、前の戦闘に手こずったため、遅れて後方からモニカとクリスの機体に接近しつつあった。
目の前で死龍の剣がモニカの頭上に振り下ろされたのを見たときには、一瞬ぞっとしたが、クリスがいいコンビネーションで防御したのを見てほっと安堵した。
ドミニクは、思わず、グッジョブとつぶやいたが、その言葉を言い終える瞬間、死龍の剣がライオンツーの胸を深々と刺し貫くのを見た。
剣はゆっくりと引き抜かれ、ライオンツーは地面に倒れた。
「モニカぁぁぁぁぁ!!!」
ドミニクは、全身に冷水を浴びたように鳥肌が立つのを感じながら、モニカの名前を絶叫した。
機体の胸のあたりには、コックピットがある。明らかに胸の装甲を刺し貫かれた以上、モニカは一瞬で命を失ったに違いなかった。
「おのれぇぇぇ!!!」
ドミニクは、さっきまで笑って話していたモニカが、既にもうこの世にいないことが、嘘のような気がしてならなかった。しかしその一方で、目の前の死龍がモニカを殺したことを、十分に理解してもいた。
ドミニクは、沸き上がる憎しみに飲み込まれそうだったが、クリスと連携して相手を倒さない限り、仇は取れないと考え直して、一度大きく深呼吸をした。
少し遅れて、ドミニクの操るライオンスリーのナビゲーションプログラムが、僚機のモニタ結果を報告する。
「ライオンツーのパイロット、意識を回復しました」
「え?!」
ライオンツーは、人間のように首を振りながら立ち上がると、クリスと共に素早く後退して、死龍から十分な間合いを取って離れた。
そのライオンツーは、明らかに前から胸を刺し貫かれていたが、よく見ると、剣先の出口は、真後ろの背中ではなく、左の脇腹あたりだった。つまり、死龍の剣は、ライオンツーの胸へ向けて前方から差し込まれたが、コックピットの強固な外殻にあたって横にそれ、脇腹へと抜けたのだった。
「そう言えば、博士が自慢してたっけ……」
ドミニクは、元気そうに動くライオンツーを見て、全身の毛穴が開くような安堵感に大きくため息をつきながら、服部博士の説明を思い出していた。
服部博士によれば、機体重量のかなりの割合が、コックピットの外殻と衝撃吸収に関するものだそうだ。爆発や打撃で機体が傷つくことはあっても、パイロットの体が傷つかないように、非常に強固だが重い外殻でコックピットを覆ってあるらしい。その重量から、機体全体を覆うことはできず、また重くて飛べなくなってしまったが、それでも安全性は極めて高くなっているらしい。
しかし、ドミニクは、剣で刺し貫くことができないと言った説明は受けていなかったし、こちらの剣がさくさく相手を貫通するので、当然向こうからの剣もこちらを貫通するものと思い込んでいた。
「モニカ、大丈夫なの?」
「ええ。 問題ない、とは言えないけど、ケガはしてないわ」
ドミニクは、モニカに無線で声をかけたが、一瞬気を失ったはずのモニカは、それにも関わらず元気そうに答えた。
すぐにドミニクは、モニカとクリスのすぐ横に到着したが、死龍は、何か朦朧とした様子で、ドミニクの機体を見るだけで、どういうわけか再び攻撃してくる様子はない。
――ディエファは、白い機体を猛然と殴りながら、ゆっくりと恍惚の高みに登りつめていた。しかし、そのとき黒い機体が、至高の快楽を邪魔しようと割り込んで来るのが見えた。
「ああ…… もうちょっと、なのに……」
ディエファは、熱い吐息混じりの声でつぶやくと、敵の繰り出してきた高速の剣を自然な動きで横にかわしてから、目の前の白い機体の首に深々と刺さった剣を引き抜く。
「抜いちまったな……」
自分の体から何かが引き抜かれたような淡い喪失感を味わいながらも、ディエファは、剣を大きく振り上げて敵の機体めがけて振り下ろす。しかし、その剣は、もう一機の敵に阻まれ、そのせいで態勢を大きく崩されてしまった。
「クソがっ! 貴様にもぶち込んでやる!!」
ディエファは、さきほどの喪失感が嘘のように消えたのを感じ、再び沸き上がってきた煮えたぎるような熱い攻撃衝動に飲み込まれるにまかせる。そして、ディエファは、恐ろしい速度で剣を引くと、さらにものすごい速度で剣を突き出して、相手の胸へ深々と刺し込んだ。
「――くぅぅ……」
ディエファは、再び敵の体を剣で串刺しにすることで、自らもまた快楽の鋭い剣で貫かれ、その一突きで、あっという間に恍惚の高みに登りつめた。ディエファは、その高みで、クリスマスツリーのように体中で点滅する快感にその身を委ねた。
ディエファがゆっくりと剣を引き抜いても、快楽の波は繰り返し押し寄せて来る。倒れた敵が立ち上がって距離を取るのをぼんやりと眺めながら、ディエファは、ぬるい湯船につかっているかのように、その快楽の甘いうねりを楽しんでいた。しかし、ディエファの命は、その快楽の影で、確実に死神の手によって削り取られていた。
――慶次は、ナビゲーションプログラムによって、モニカが一瞬気を失ったことを知った。まだ由香里が意識を回復しないことにやきもきしながら、慶次は彼女らの元へ向かっていた。
慶次の操るライオンワンは、右腕の肘から下が切り落とされており、右脇に配置されている運動伝達回路も損傷していた。しかし、とりあえず走ることに不都合はないようだった。
そのまましばらく走ると、死龍とにらみ合いの状態で止まっているモニカらの姿が見えてきた。するとモニカから通信が入る。
「そこで止まって話を聞いて!」
「ん? 了解」
慶次が少し離れた場所で走るのをやめて立ち止まると、モニカは話を続ける。
「相手の様子が、今おかしいのよ」
「どういうこと?」
「なにかぼんやりとしていて、全然動かないのよ」
「壊れた?」
「そういう感じではなく、こちらをじっと観察しているというか……」
「じゃあ、今、白虎からは意識がそれてる、ってことか?」
「そうなのよ! だから、あんたがゆっくりと近づいて、白虎を引きずっていって!」
「了解。 うまくいけば、そのまま引き離せるかもな」
慶次は、そう言うと、死龍の方を見ながら、横の方からじりじりと白虎に近づく。死龍は、慶次の方をちらりと見たようだったが、視線を再びモニカらの方へ戻して動かなくなった。
慶次は、その隙に左手を白虎の脇から回してゆっくり抱えると、欠損している右手で白虎を支えながら、ずるずると後退を始めた。死龍は、またちらりと視線を動かしたようだったが、全く興味がないかのように動かない。
「いけそうね」
「ああ、もうすこし離れたら、コックピットを開けてみるよ」
慶次は、モニカと言葉を交わすと、かなり離れた位置まで白虎を引きずってから、上向きになるよう寝かせた。そして、その横で自分も添い寝するかのように上向きに寝転ぶと、音声でコマンドを出す。
「降機モード」
「コックピット開放します。 お疲れ様でした」
「これからも、まだまだお疲れだけどな……」
慶次は、つまらないことを考えながら、開いた扉から機体の上に登り、そこからひらりと地面に飛び降りた。
通常の降機モードは、搭乗モードと同じように、片膝をついてしゃがんだ状態である。しかし、慶次は、搭乗口が上に向くよう、わざわざ機体を横に寝かせたのだった。
「白虎、聞こえる?」
慶次は、自分の左手にはめられた腕時計型の制御装置に話しかける。しかし、その答えは、ライオンワンから返ってきた。
「慶次、あなたはライオンワンのパイロットです」
「おっと、そうか、お前に命令しなくちゃいけないのか」
「はい、なんなりと」
「じゃあ、白虎を降機モードに設定」
「パイロット救助のため、降機モードに設定します」
ライオンワンは、白虎を遠隔操縦してコックピットのドアを開けた。おそらくパイロットの意識があれば遠隔操作はできないのだろう。慶次は、急いで白虎の機体によじ登ると、コックピットの中をのぞき込んだ。
「おい! 由香里! 聞こえるか?!」
慶次は由香里に大声で話しかけたが、由香里はぴくりとも動かない。
慶次は、体を半分コックピットの中に入れて、ぐったりした由香里を抱え上げると、ぐっと踏ん張って何とか由香里を機体から引きずり出した。
「おーい!! 由香里!!!」
慶次は、ぴっちりとしたパイロットスーツによって体の線がくっきりと浮き出ている由香里をあまり見ないようにしながら、由香里の頬をぺちぺちと叩いてみた。
「うーん……」
「起きたか?!」
「あれ、慶ちゃん…… 頭が、すごく痛いよ……」
「とにかくがんばって、なんとかライオンワンに乗り込んでくれ!」
「ああ、あれれ? 私、なんで降りてるの?」
「とにかく、ここから降りて、ライオンワンに乗るんだ!!」
慶次は、まだ朦朧としている由香里に、強い口調で命令した。
今、敵から攻撃されれば、二人とも命はない。できるだけ早くコックピットに戻らなければならなかった。
「うん、わかった。 慶ちゃんがそういうなら……」
由香里は朦朧としながらも、慶次の言葉に従って白虎を降りた。しかし、ライオンワンの上に登ることは難しそうだ。
「慶ちゃん、触らないで、お尻を押して!」
「できるか、そんなもん!」
慶次は、そう言うと、由香里に背を向け、背中と肩で由香里のお尻を上に押し上げた。
「やんっ」
由香里は場違いな声を上げたが、慶次は一瞬の時間も惜しかったので、素早く上に登ると、由香里の手を引いてライオンワンのコックピットの前に連れて行き、中に入るよう指示した。
「うん? こっちに乗るの?」
「そうだ。 そのまま動かず、じっと寝ててくれ。 後は俺らがやるから」
「うん、わかった……」
ふらふらの由香里は、事情を全く理解していないようだったが、とりあえずライオンワンに乗り込んだ。
「ライオンワン、搭乗モード!」
「あなたは、まだ乗っていません」
「おっと、そうか。 パイロットを由香里と交換できるか?」
「由香里の意識レベル低下。 保護モードで、由香里をライオンワンのパイロットに登録。 慶次をタイガーワンのパイロットに変更」
「よっし!」
慶次は、小さく拳を握ってガッツポーズをすると、搭乗口の扉を閉めはじめたライオンワンの機体から飛び降り、白虎のコックピットまで全力で走っていく。そして、その中に飛び込んだ。中はまだ、由香里の残り香がしたが、くんくんしている余裕は当然ない。
「搭乗モード!」
「お帰り、慶次。 セットアップを開始します」
「ただいま、というか、初めまして、か。 そして素早く頼む!」
「先に扉を閉めます。 あと5秒で終了」
白虎は、扉を閉めながら、慶次の腕に付けられた制御装置から、慶次の生体パラメータを読み出し、その膨大なデータに基づいて、機体の初期設定を行っていた。機械人形の制御、特に新型のインタフェースを持つ白虎の制御は、人間の脳反応に完全に依存しており、その確実な制御のためには、個人の生体データが不可欠だ。しかし、そのデータは、量が膨大なだけでなく、刻々と変化するため、常に生体のモニターが必要だった。慶次の腕の制御装置は、それを常に行うことにより、機械人形の設定や動作を素早く行うことを可能にしている。
「セットアップ完了。 起動します」
慶次は、にらみ合いの続く死龍とどのように戦えばいいのか悩みながらも、立ち上がるイメージを思い浮かべる。白虎は、慶次のイメージ通りに立ち上がった。
「さすがに新型はいいな」
慶次は、遠隔操縦型の機械人形で慣れているとは言え、初めて乗る白虎の機体の動きに驚きを隠せなかった。白虎は、まさに自分の体のようにしっくりと馴染み、黒獅子とは比べものにならない快適さで動かすことができた。
――そのとき突然に、真奈美を救出する特殊部隊に同行している犬型ロボットのレオから、緊急通信が入ってきた。
「白虎に乗り換えやがったか、慶次!」
「おいおい、不満そうだな」
「ところで、今、こちらに助けに来られそうか?」
レオは、慶次をあっさりと無視すると、本題に切り込んできた。レオが部隊の隊長を差し置いて通信してくると言うことは、救出部隊に何かあったに違いない。
「何があった?」
「部隊の半分がやられた。 室内にも小型の機械人形が配置されててな……」
「なんだと?!」
特殊部隊も当然武装しているが、強力な機械人形と戦うことは容易ではない。レオは、話を続ける。
「俺がかなり片付けたが、最後の強力な一機に追い詰められててな」
「やばいのか?」
「やばい、というか、全滅寸前だ……」
「今、こちらも強力な敵と対峙してるが、そっちへ行けるかな……」
「慶次、今なら抜け出せるんじゃない?」
モニカが会話に割り込んできた。確かに敵が追いかけてこない限り、白虎だけはこの戦場から抜け出して、救援に駆けつけることができそうだ。
「よし、待ってろ、すぐ行く」
「猛烈に早く頼む! もう5分と持たないぜ」
「5分か……ぎりぎりだな」
慶次のいる場所は、研究所からやや離れているため、全力で移動しても5分はかかりそうだった。慶次は、横に寝かされているライオンワンの背中から自分の剣を取り外すと、それを白虎の背中に装着し直し、くるりと背を向けて走り始めた。
――ディエファは、徐々に収まっていく快楽の波を名残惜しそうに楽しみながら、体中から次の獲物を求める声がうずくのを感じ始めていた。少し離れた所には、黒い三匹の獲物が、早く殺して下さいとばかりに、並んで立っているのが見えた。
「次は、黒いのを全部食べちゃおうか」
ディエファは、どうやったら一気に三匹を狩ることができるのかを考え、白い敵が落としていった剣を使って、二本の剣で刈り取ればいいかもしれない、などと考えていた。そのとき、先ほど狩り殺したはずの白い敵が、こちらに背を向けて逃げていくのが見えた。
「お前、なぜ生きてるんだ!!」
ディエファは、自分の前から逃げ去ろうとしている白い敵を、今すぐ殺したい衝動に強く突き動かされた。ディエファが全開にした薬物の注入量は、既に致死量近くまで達していたが、その分、ディエファの能力は限界まで高められ、すでに人間が反応できる速度をはるかに超えていた。
「殺す、殺す、殺す、全部殺す!!!」
ディエファは、再び薬の力で沸き上がる強い攻撃衝動を感じながら、先ほどの計画を一瞬で実行するべく、目にも止まらぬ速さで白虎の落とした剣を拾うと、背中の飛行用エンジンを全開にして、一気にモニカらの機体に迫る。
モニカらは、いきなり爆音を響かせて殺到してくる死龍に驚いて、一瞬構えるのが遅れた。その虚を突いて、ディエファは、とんでもない速さで体を回転させながら両手の剣で黒獅子三機の足を切りつけた。すると、黒獅子三機の足六本は、まるで品のないコントかなにかのように、すっぱりと膝から下が切り落とされた。モニカらは、なすすべもなく地面に倒れた。
しかし、ディエファの興味は、既に黒獅子から離れ、逃げ去ろうとする白虎に移っていた。ディエファは、死龍の飛行翼を広げることなく、飛行用エンジンを地面に向けて噴射させる。死龍は、地面から飛び上がって、低い放物線軌道を描きながら、まっすぐに白虎の方へ突っ込んでいった。
「警告! 敵一機が接近」
白虎のナビゲーションプログラムが出す警報を聞いて振り返ると、モニカらが足を切り落とされて倒れたすぐ上から、死龍がこちらへ飛び込んでくるところだった。慶次は、一瞬の判断で横に飛び退くと、その場所に死龍の剣が深々と突き刺さった。
「レオ、すまん! そっちへは誰も行けなくなった……」
慶次が体勢を立て直しながら、レオへ向けて無線通信を送ると、一瞬の間があってからレオからの返答があった。
「そうか…… 俺は、すぐにそちらへ行くことになりそうだな……」
レオは意味不明のことをぼそぼそとつぶやくと、最後に不吉な挨拶をした。
「今日まで楽しかったぜ、慶次。 お前は死ぬなよ……」
「おい、早まるな!」
「じゃあな、俺はここでさよならだ……」
「レオ!!!!」
「音声通信、切断されました。 引き続きバーストモードで大量のデータを受信中」
「データ受信?」
レオが恐らく命をかけて仲間を守る決意を固めたことにショックを受けながらも、慶次は、なかば反射的に白虎に尋ねる。データについては心当たりがなかったからだ。
「支援攻撃機より、人格構成データを受信しています」
「それって、コピーしてるってことか?」
「はい、人工知能プログラムは、リアルタイムでコピー更新されています」
「おお、それは便利だな」
慶次は、レオが自分の人工知能をコピーしていることに胸をなで下ろした。これでレオの体は失われても、心が失われることはないだろう。慶次は、目の前の敵に集中するため、気持ちを切り替えた。
――レオは、残りの特殊部隊の隊員達を守るように、廊下の角に立って敵を引きつけながら、深手を負って自ら手当をしている隊長の方へ振り向く。
「隊長さんよ」
「なんだ、ワンコロ。 こっちはもう弾切れだ。 お前だけでも逃げろ」
「俺も弾切れなんよ」
「そうか…… なら早く逃げろ」
「実は、一つだけ隠し球があってだな」
「まだミサイルがあるのか?」
「いや、ない」
隊長の回りでそれぞれ死を覚悟し始めた隊員達の顔に一瞬浮かんだ希望の光は、レオの一言でさっと消えた。しかし、レオはそのまま話を続ける。
「俺様の頭脳は、超貴重な一品ものでな」
「お前、こんな所でまた自慢かよ……」
「それで、敵の手に落ちたらとってもまずいわけよ」
「なら、早く逃げろ」
隊長は、ちょっとうんざりしながら、それでも自分達を助けるために奮闘してくれたレオの話に耳を傾けている。
「それで、逃げ切れなくなったときのためにな」
レオはそこで言葉を一瞬切る。
それで隊長は、レオの話の続きを悟った。
「自爆できるようになってるわけ、よ」
「お前、それって……」
「ああ、今から行ってくるぜ。 でも心配すんな、コピーは取ったからな」
「人工知能ってコピーできんのか!?」
隊長は驚きながらも、レオの体が失われた場合でも、その心が失われないことに少し安堵した。レオは話を続ける。
「完全ではないが、主要な構成はコピーできる。 また新しい量子計算チップができれば復活できるかも、な」
「そうか、じゃあ、すまんが頼む!」
「ああ、隊長さんよ。 少しの間だったが、楽しかったぜ」
敬礼する隊長と隊員達の方へ一度振り返ってから、レオは自爆シーケンスを作動させた。レオの体内爆弾は、自由に爆発力を調節できるようになっていて、最大にすると機械人形を破壊できるほどの力を持っている。
レオは、敵の機械人形の方へ向かって走りながら、寂しそうにつぶやいた。
「俺は、確かにコピーできるさ。 しかしそれは、この俺様じゃない」
レオの人工知能プログラムは、動作中のまま白虎のコンピュータへデータ転送されており、同じ構成の量子計算チップがあれば、ほぼ同一の形で再現することができる。したがって、レオの心は、コピーすることにより、永遠に存在し続けることができるし、分身することさえ可能だ。
しかし、いま自爆しようとしているレオは、そのまま自爆して死ぬだけであり、コピーは後で生まれてくるだけである。慶次達と過ごした時間は、コピーの方も覚えているかもしれないが、実際に体験したレオ自身は、ここで命を散らすことになる。
「あぁ、次の俺は、この寂しさも記憶しちまうのか……」
レオが自爆する瞬間、ちらっと浮かんだ後悔は、すさまじい爆発の閃光とともに闇へと消え去っていった。
レオは死んだ。
いつもの2倍近い量になってしまって、ごめんなさい。
次回、奪還編、完結です。
ちょっと鬱エンドでしたが、慶次には、次回、限界突破してもらいましょう!
そして永遠の命を持つレオにも、ザオリク!?




