34話 「全ての敵機を撃墜せよ!」
「警告! 飛来する四機の敵機を検知」
慶次の搭乗するライオンワンのナビゲーションシステムが、研究所へ向かう慶次に警報を発した。
「接触は25秒後。 機体は、搭乗型機械人形。 うち三機が同型です」
「残りの一機は?」
「エンジン性能から見て、特殊な高性能機と思われます」
慶次は、ライオンワンと会話していたが、他の機体でも同じような会話がされていることだろう。すぐに、由香里が話し始める。
「タイガーワンより各機。 高性能機は私が相手するよ!」
由香里が話している途中で、ライオンワンのシステムが割り込むように警報を発した。
「警告! さらに飛来する一機を検知。 こちらも高性能機と思われます」
「ライオンワンより各機。 後ろのは俺がやる!」
慶次は、自分がやると言いそうなモニカより先に、急いで通信を発した。少し遅れて、モニカが話しかけてくる。
「ライオンツーより各機。 やばくなったらすぐに救援要請を! 私はすぐに空くから」
モニカは、普通の敵機ならすぐに片付ける、と言いたいようだ。慶次が何か茶化してやろうと考えていると、すぐにその余裕はなくなった。
「ロックオンされました」
ライオンワンのシステムは、敵機から射撃管制レーダーの照射を受けたことを告げる。慶次が空を見上げると、飛来する敵機が小さく見え、そのうちのロックオンした敵機が赤い四角で囲われて、距離などのデータがウィンドウ表示されている。
慶次が横に走り出そうとしたとき、隣に立つライオンツーが、手にした銃を上に構えるのが見えた。すぐに、すさまじい連射音とともに、銃が猛然と火を噴く。すると、慶次のライオンワンをロックした敵機は、がくっと軌道を外し、地上へ急速に降下し始めた。
「なにぼさっとしてるのよ! こっちは任せて、後ろの敵に注意を払いなさい!」
モニカは、慶次に向かって注意を促すと、次の敵機へ銃撃を開始した。しかし、敵機は全機急速に降下を始めていた。
「じゃあ、そっちは頼むぜ!」
慶次は、無線で誰とはなしに話しかけると、ライオンワンを横方向に走らせながら、まだ空中にいる後から来た機体へ向けて、銃撃を開始した。
「――馬鹿もん! 空中から銃撃してどうする!」
ディエファは、並行して飛ぶ僚機の一機を叱りつけたが、案の定、すぐに敵機からの銃撃を受け、翼を損傷したようだった。
「全機、着陸! 各個撃破せよ!」
ディエファら四機は、急降下して地面近くまで降りると、接地する前にいきなり空中で飛行翼を背中に格納した。機体はそのまま落下して勢いよく地面に落ちたが、ぐっと膝を折るだけでその衝撃は簡単に吸収された。
「一機、白いのがいるな。 あれは、おそらく隊長機か……」
ディエファは、望遠モードで敵機を観察すると、小さな声でつぶやく。そして、僚機に向かって通信を発した。
「白いのは、私が殺る! 残りはお前らで倒せ!」
「了解、隊長!」
各機のパイロットは、一斉に答え、近くの黒い敵に向かって移動を開始した。
ディエファは、戦闘による興奮で目を爛々と輝かせながら、舌なめずりでもしそうな勢いで、改めて白い機体を見た。その敵機は、他の機体より、動きが素早く滑らかだ。高速反応型のインタフェースを使用しているか、ディエファのように薬物使用による反応強化をしているのだろう。
「ランフェイ、早く来ないと、みんな食っちまうぞ!」
ディエファは、にやりと笑いながら独り言を言うと、乾いた唇を舌でぺろりとなめ回し、白い敵機の方へ向けて、自らの愛機、死龍を走らせ始めた。
ランフェイは、地上の敵機から銃撃を受けると、すぐに飛龍を地上に降ろし、撃ってきた敵機の方へ向けて走り出した。すぐに、望遠モードの視界に、こちらへ走ってくる黒い機体が飛び込んでくる。その機体は、左手の盾を前にかざして、右手の銃でこちらに狙いを付けていた。しかし、先ほどの銃撃の威力から考えて、おそらくこちらの装甲は破れないだろうし、向こうの装甲も同程度であれば、こちらの銃撃も通じないだろう。
ランフェイは、もう一度、敵機がミサイルランチャーなどを持っていないことを確認すると、相手に致命傷を与えることができない自分の銃をあっさりと捨てた。そして、その右手で背中から幅の広い巨大な刀を抜く。
その刀は、片刃の湾曲した柳葉刀と呼ばれる片手剣で、日本では青龍刀とも呼ばれるポピュラーな中国剣である。ちなみに、厳密に言えば、青龍刀は、なぎなたに似た青龍偃月刀を指すので、ランフェイの持つ片手剣とは異なる。
ランフェイは、右手で抜いた刀を右横に構えると、さらに左手で背中から同じ形の刀をもう一本抜き、左横に構えた。そして、右手の刀を前に構え、左手の刀を後ろに引くと、黒い敵機の方に向けて、自らの愛機、飛龍を走らせ始めた。
慶次は、敵機を射程内に捉えながらも、さらに慎重に接近していた。ライオンワンのコメントによれば、敵機は、潜水艦から発進してきた機体と同じであり、そのときの戦闘分析から、銃撃によっても致命傷を与えられないだろう、ということだ。
「これは、接近戦にするしかないか……」
慶次がそう考えて、剣を使うべきか考えていたとき、敵機が右手に持っていた巨大な銃をいきなり地面に投げ捨てるのを見た。
「なかなか、思い切ったやつだな……」
慶次が感心していると、敵機は二本の剣を抜いて、こちらの方へ走ってきた。
「ちゃんばら、っすね……」
慶次は、不敵に笑うと、同じように銃を捨てて、背中の剣の柄を右手で握りながら、猛然と敵機の方へダッシュした。
走り寄る両機は、すぐに互いの間合いに入り、ランフェイの操る飛龍が、先に右手の刀を上段から振り下ろす。慶次は、背中の剣を握っていた右手を柄から離し、手刀の形にして、ランフェイの振り下ろした刀を右へ払う。ランフェイの刀は、慶次の右手横側の装甲を削り取って盛大に火花を上げながら、ランフェイから見て左側へそれた。
「手刀、だと?!」
ランフェイは、相手が背中から剣を抜いてこちらの刀を受けることを想定して、体を一回転させながら、左手の刀で相手の横腹を切り裂く気でいた。しかし、相手の剣が右手で抜かれなかったことで、左手に対する注意が一瞬おろそかになっていたと気がついた。
慶次は、いつぞやのモニカとの対戦で見せた抜刀術を使い、右手で背中から抜刀すると見せかけて、左手で右の脇腹の方から剣を抜き、相手の腹を切り裂くよう、高速で剣を引き抜いた。その一瞬で勝負がつくはずだった。
しかし、ランフェイは、体の回転を一瞬で止めて、相手が左手で抜刀することを見て取り、自分の左手の刀を器用に体の前に構え直して、高速で抜き出された慶次の剣を受け止めた。がちんと金属のぶつかり合う音が響く。
「受けた、だと?!」
慶次は、初見で自分の抜刀術が破られたことが信じられなかった。そして、相手の恐ろしい反射神経に、この戦いが簡単にはいかないことを悟った。
その頃、由香里は、前方から走ってくる高性能の敵機を、走りながらもじっくりと観察していた。敵機は、既に剣を抜いており、戦うのが待ちきれないかのように剣先をこちらに向けて動かしている。
「なんだか、好戦的な感じだね」
由香里は、そう言いながら、手にした銃で相手に慎重に狙いを付けてから三連射した。銃弾は、全弾相手の胸に命中したが、相手は全く構えを崩すことなく、そのままこちらへ走ってくる。
「うーん、ちゃんばらかぁ」
由香里は、ため息まじりに独り言を言うと、役に立たない銃を投げ捨てて、背中の剣を抜いた。
――ガッシーン!!
接敵したディエファの操る死龍の振り下ろした剣は、由香里が操る白虎の振り下ろした剣と、互いの正面で激しくぶつかって、すさまじい打撃音を辺りに響かせた。
走り込んできた勢いで、互いの機体は、剣を前に構えながらも、頭突きができるほどに近づいたが、ディエファは、間合いを取ろうと相手の柄を押し返した。しかし、由香里はその勢いを利用して、体を回転させると、押し返された剣を横へいなして、鋭い右回し蹴りを相手の頭部へ向けて放つ。
「おっと! こいつは器用な」
ディエファは、楽しそうに唇を歪めると、体を後ろに反らして、すれすれのところで、相手の蹴りをかわし、そのまま後ろへ下がって間合いを取る。しかし、由香里は回し蹴りが外れたことがわかると、その大きくなったモーションを途中でコンパクトに畳んで、弾丸のように前に飛び出した。
「おっと、攻めるねぇ」
ディエファは、素早い連続攻撃にやや驚きながらも、楽しそうに剣を構え直す。由香里は、相手の剣に対して、両手で持った自分の剣を渾身の力で打ち込むと、そのまま剣を左手に持ち替えて、右手を手刀の形にして、相手の首をめがけて強く差し込む。
ディエファは、左手の肘を器用に曲げて手刀を防いだが、由香里はその時すでに重心を落としながら、下段の回し蹴りの態勢に入っていた。
ディエファは、由香里の連続攻撃に守勢一方になりながらも、攻撃の全てを見切っていた。そして、由香里の下段回し蹴りに対して、軽く上方へ飛び上がってかわし、着地後に切り込めるよう、剣を振りかぶった。しかし、由香里の回し蹴りは、横にそのまま流れずに、斜め上方向に蹴り上げられた。ディエファは、由香里の予想外の動きに、蹴りが当たらないよう足を縮めたが、由香里の蹴りはディエファの足先に当たり、ディエファの空中姿勢を大きく崩した。
「ちっ」
ディエファは、舌打ちをすると、二回目の蹴りを受けるために腕を体の前に構え直して、落下の衝撃に備えた。落ちてくるディエファの死龍を、由香里の白虎は、思いっきり蹴飛ばし、死龍はもんどりうって後ろ側に倒れた。
「こいつ、殺す!」
ディエファは、体を素早く起こして次の攻撃をかわしながら、大声で叫ぶと、そのまま大きな声で音声コマンドを発した。
「反応活性剤、注入!」
死龍のシステムは、コマンドに応答して、ディエファの脳反応を活性化させる薬物の注入を開始した。薬物は、操縦装置の針からディエファの腕に注入されていく。瞬く間にディエファの体中は燃え立つように熱くなり、神経反応が異常なほどに高速化される。
「死ね、死ね、死ね、死ね!」
ディエファは、体中から沸き上がる強力な衝動に身を委ねながら、右手に持った剣を振り、左手で打ち、両足で交互に蹴りを繰り出すという、人間なら十秒と続かないすさまじい連続的な攻撃を開始した。
「よっし、クリーンヒット!」
由香里は、敵機にきれいに入った蹴りに満足して思わず声を出したが、蹴られた敵機に全く損傷はないようだ。そればかりか、何かおかしなそぶりを見せたかと思うと、いきなりとんでもない連続攻撃を繰り出してきた。
「なにこれ?! 人間業じゃないよぉ……」
由香里は、悲鳴にも似た声を上げながらも、日頃から訓練してきた体のさばき方が考える間もなく次々と出て、すさまじいディエファの攻撃を全て防御していく。自分でも信じられないほどうまく防御できたことに、由香里は驚いていたが、相手の攻撃はすぐに再開された。
由香里は、相手の攻撃をよく見ることに集中したが、それだけで体は自動的に動き、的確に相手の攻撃を防いでいく。しかし、由香里は集中しながらも、自分がなにをやっているのかが、だんだん分からなくなってきていた。それほど、相手の攻撃は高速かつ連続的なものだった。
「こいつ! こいつ! 倒れろ! 倒れろ!」
ディエファは、躍起になって攻撃を繰り出したが、敵機の防御は相当に手だれたもので、恐ろしい速さの攻撃に対して、恐ろしい速さで防御していた。ディエファは、このままでは負けはしないが、勝てもしないことにいらだちを覚え、ついに禁断の一手を指すことを決意した。ディエファは、最後のコマンドを唱える。
「注入量、最大!」
死龍のシステムは、コマンドに応答して、薬物の注入量を致死量すれすれまで上げた。研究所では、安全に戦える量の限界値を最大量と定めていた。そして、その安全限界量を超えたとき、そこにはパイロットの死が待つのみである。注入量を最大にして戦うディエファと死龍は、相手に確実な死を与えることができる。しかし、その死はパイロットのすぐ後ろで手招きしているのだった。
由香里は、自分がイメージトレーニングをしているのか、実際に戦っているのかわからなくなるほど、集中していたが、そのイメージの中でも相手の動きがだんだんとつかめなくなってきていた。何度か防御に失敗してふらつきながらも、由香里は健気に戦っていたが、攻防のバランスは突然に崩壊した。
ディエファは、自分が狂戦士と化したことを初めは自覚していたが、薬物の力が大きくなるにつれ、その力にゆっくりと飲み込まれていった。ディエファは、ただ敵を抹殺する狂気の塊となって、人間としては考えられない速度で、ありとあらゆる攻撃を繰り出し始めた。そして、右手に持つ剣が相手の喉を貫いたとき、性的な快感に近い愉悦の波がディエファを激しく貫いた。
「ああっ……」
ディエファは、喉を串刺しにされた敵機を見て、思わず熱い吐息を漏らしたが、まだまだ満足の高みには登りつめていなかった。一瞬動きが止まった敵機めがけて、その喉に剣を突き刺したまま、ディエファは、両腕で相手の胸を猛然と強打しはじめた。
由香里は、敵に喉を刺されて、身の毛がよだつ死の恐怖を覚えた。しかし、すぐに自分が機械人形に搭乗していることを思い出し、回線修復中のメインカメラから補助カメラに切り替わった画面を見ながら、敵の攻撃を防御しようとする。しかし、腕を前に出して防ごうとしても、その隙間から差し込むように連打され、コックピット内はその衝撃で激しく揺さぶられた。
コックピットは、最新の衝撃吸収材で囲まれていて、大きな加速度や強い衝撃を吸収することができる。しかし、コックピット近くの壁を全力で殴打する機械人形の力を完全に吸収できるはずもない。ものすごい衝撃ではげしく揺さぶられるコックピットの中で、体のあちこちを打ち付けられながら、由香里はその意識をゆっくりと手放していった。
ちょうどその頃、軽く一機を片付けて応援に駆けつけて来たモニカの目の前で、クリスのなぎ払ったハルバートの一閃が、相手の両足を膝下から切り離したところだった。
「あら、助けるまでもなかったわね」
モニカは、行動不能になって芋虫のようにうごめく敵機の右手を、さらにハルバートで切り離しているクリスを見ながら話しかける。
「問題ない…… それより、近くの慶次が苦戦している」
「すぐそこだわね。 ドミニクは?」
「あー、ちょっと手間取ってるけど、先に行ってて~」
なにか宿題に時間がかかっている程度の軽い口調で、ドミニクは気安く答える。
そのとき、各機のナビゲーションシステムが、僚機のモニタ結果を報告した。
「タイガーワンのパイロット、意識を喪失しました」
「え?!」
「ユカ!!」
「やられたの?!」
三人は同時に叫び、すぐに白虎のモニターを確認する。白虎は、相手から一方的に殴られ続けており、相手が剣を使えば、コックピットの中にいる由香里ごと刺し貫くことは容易だろう。
「助けに行くわよ!」
モニカは、悲鳴に近い声で叫びながら、クリスとともに、死龍にいいように打ち据えられている白虎の元へ走った。
「頼む! 俺もすぐ行く!!」
慶次は、一進一退の攻防を繰り返している飛龍の機体を苦々しく見つめながら無線通信で声をかけてから、ぼそりとつぶやく。
「ここは、しかたがないか……」
慶次は、すっと相手と間合いを取ると、いきなり背を向けて白虎の元へ走り始めた。
「このまま逃げられると思っているのか!」
ランフェイは、敵ながらあっぱれな剣技に尊敬の念すら覚え始めていただけに、背を向けて逃げ出した相手に大きく失望していた。この間合いで逃げるつもりなら、甘いことこの上ない。ランフェイは、背中から串刺しにしようと、速度を上げて追いかける。
「服部流奥義、背殺剣」
慶次は、いきなり体の重心を落として停止しながら、背中の剣を右手で逆手に持って抜きながら、左手で鞘を引き抜いた。そして鞘の根元で相手の顔面を突きながら、後ろ向きのまま右手の剣を相手の心臓に突き立てた。剣は、深々と飛龍の心臓あたりに突き刺さった。
慶次の知る数少ない秘伝の殺人剣は、鮮やかに決まった。
慶次は、さらに体を回転させて、相手の胸に刺さった剣を抜き、両手で持ち直して、上段から袈裟懸けに相手の右肩めがけて打ち下ろす。飛龍の右腕は、肩から下が切り落とされた。
ランフェイは、コックピット内に噴き出した何かの油を体中に浴びながら、相手が自分の右腕を切り落とそうとしているのを見て、その右腕をくれてやることにした。
「ただではやらないわよ!」
ランフェイは、左手に持っている刀を背中の方へ何気なく動かして隠し、右腕を切られるにまかせた。そして、渾身の力を込めて相手の剣が振り下ろされた瞬間を狙って、左手の刀を大きく振り、相手の右側へ強く切り込む。
慶次は、相手の右腕を切り落とした瞬間、右側から剣が振られるのを見た。
「しまった!」
慶次は、その一瞬で本能的に右腕で体をかばったが、ライオンワンの右腕は肘から下が切り落とされ、その刀は、右の脇腹を深々と切りつけた。しかし、刀の威力よりも、装甲の堅牢さがやや上回り、刀はコックピットを傷つけることなく、配線の一部を傷つけただけに終わった。
「右腕欠損。運動伝達回路、一部損傷」
ライオンワンの警告を聞きながら、慶次はとどめを刺すべきか迷ったが、すでに飛龍は大きな損傷を受けているのか、ほとんど動かなくなっている。慶次は、左手で持った剣を大きく振り上げ、飛龍の左腕を切り落とし、次いで両足の付け根に一度ずつ剣を深々と突き立てた。
それでもまだ、もぞもぞと立ち上がろうとする飛龍をその場に置き去りにして、慶次は白虎の元へ向かって走り出した。
由香里の白い命の灯火は、死の風に大きく揺らめいています。
そして機体の損傷が激しい慶次は、どうやって由香里を助けるというのでしょうか。
次回、それぞれの命が放つ、極限の輝きにご期待下さい。




