33話 「敵地深くへ侵攻せよ!」
慶次らパイロットメンバー五人は、ひときわ大きい輸送ヘリに一緒に乗っていた。突入部隊の軍人達は、各機に分かれて貨物室に乗せられていたが、パイロットメンバーは、コックピットの後ろにある座り心地のいい座席を与えられた。
また、慶次らは、既にパイロットスーツを装着していたが、慶次も含めて全員が、ローブのような薄い服を上からすっぽりと身にまとっていたため、突入部隊の隊員からは、怪しげな異能の集団に見えていた。
「しかし、ヘリコプターってうるさいねぇ」
ドミニクは、頭からかぶった軍用のノイズキャンセル型ヘッドフォンの位置を直しながら、隣のモニカに話しかける。会話は、ヘッドフォンに取り付けられたマイクからメンバー全員のヘッドフォンに流れている。
「耳栓してる後ろの隊員さんより、全然マシよ」
モニカは、ドミニクの方を向いて、苦笑いで答える。すると、どこかで聞いた生意気な声が割り込んできた。
「後ろのおっさん達は、黙ってて退屈だし、何か話そうや」
「お前、輸送中でもスイッチ入ってるのかよ?!」
慶次は、会話に割り込んできた自動歩行型攻撃支援機、平たく言えばロボット犬に質問してみた。ロボット犬は、退屈しのぎになるのを喜んでか、うれしそうに説明を始める。
「おうよ。 俺様の量子脳は、量子計算チップで世界最小、奇跡の一品ものでな」
「小さい脳みそなのに、態度はでかいけどな」
「うっせぇ。 それで、計算ユニットは動きっぱなしなんで、暇なのがつらいわけよ」
「そんな貴重なチップを、なんであんたみたいなワンコロボに積んでるのよ?」
モニカが、生意気な人工知能に対して、からかうような口調で尋ねる。
「そんなもん、知らんわ! ただ、博士は、知能には体が必要だ、って言ってたな……」
「心と体は切っても切れないということか…… なあ、ワンコ?」
慶次は、このロボット犬が、単なる攻撃支援機ではなく、本当の意味での人工知能を育むために設計されたものではないか、などと考えながら、貨物室からデータリンクしている犬型ロボットの姿を思い浮かべる。
「どーでもいいけど、俺様のことをワンコって言うのはやめようや」
「じゃあ、ポチで!」
「くそっ、なんで博士は、名前を付けてくれなかったんだろな……」
ロボット犬は、慶次の言葉にうんざりした様子ながら、ため息でもつきそうなほど、がっかりとした声でつぶやく。名前というものは、他者と区別するための重要な符号だ。人工とは言え知能を有するロボット犬には、相当に大きな問題なのだろう。それに対して、慶次はあまり考えもせず、すっぱりと言い切った。
「そりゃ、生まれたときから、お前に十分な知識があるからじゃね?」
「ん? そりゃどういうことだ?」
「だから、赤ちゃんとかなら、親が付けるけど、お前は自分で付けられるんじゃね?」
「おお、確かにそりゃそうだ! しかし…… うーん、どうしたもんか……」
「だから、ポチで!」
ロボット犬は、慶次の言葉を明らかに無視しつつ、しばらく悩んでから、口を開いた。
「よし、決めた! 俺は『レオ』だ。 白銀のレオと呼んでくれ!」
「レオって、ライオンかよ!」
「いや、犬の名前で多用されてるし、強そうだし、俺好みだぜ!」
「まあ、白銀の方はともかくとして、レオって呼びやすいし、いいんじゃない?」
「レオ、かわいい……」
「僕も、いい名前だと思うよ」
外国人パイロット勢は、みんな賛成したが、由香里は、微妙そうな顔だ。
「それって、日本人っぽくないよね?」
「犬だから、別にいいだろ!」
慶次は、つまらないことを言い出した由香里に対して、いつものように突っ込みを入れる。
「だって、名字はきっと服部だよ? 服部レオって、どうなの?」
「おい! 犬を俺の弟にするんじゃない!!」
勝手に慶次の弟分にされて、迷惑千万な気分のレオではあったが、しかし、名前を付けただけで、今日初めて自分が生まれたような不思議な感覚に、自ら驚いていた。
レオは、自分の感覚パラメータの変化を冷静に再分析しながら、それでもなにか高揚した気分で、黙って緊張感のないパイロット達の会話に耳を傾けていた。
輸送ヘリは、そんな彼らを乗せて、まっすぐに目的地へと飛行を続けていた。
――その頃、秘密研究所の一室で――
「おい、その服を脱げ!」
右手にたくさんの電極が繋がったケーブルの束を持ちながら、白衣を着た男が真奈美に中国語で命令した。
ちょうどそのとき、ランフェイは、別の研究員に呼ばれて、これから行うパラメータテストに関する説明を受けていた。
「な、何言ってるのか、わからないよ……」
真奈美は、首を振りながら、男に小さな声で反論した。しかし、男は、意を介さずに、被験者用の白いバスローブのような真奈美の服に手をかけた。真奈美は、本能的にその手を振り払おうとしたが、男は強い力でひっぱり、ひもで前をゆるく留めてあっただけの真奈美の服をはぎ取った。
「や、やめて下さい!」
真奈美は、手を痛めないように袖から手を引き抜いて、その腕を自分の胸の前に組む。真奈美は、半袖のTシャツ姿となったが、組んだ両腕から見えるこぼれんばかりの大きな胸は、男の視線を釘付けにした。
「いい胸してるじゃないか」
男は、ケーブルを持っていない左手を真奈美の方に伸ばしたが、その手は、おびえる真奈美に触れる寸前の所で、後ろからがっしりとつかまれた。
「おまえ、何をしている?」
ランフェイは、つかんだ男の手を、ぐいっとひねってねじり上げながら、氷のような目で男に問いただす。
「で、電極を取り付けようとしているだけだ!」
「そうか、じゃあ、電極だけを取り付けろ」
ランフェイは、男が胸を触っていたら、首をへし折っていたかもしれない、と思えるほどのすさまじい殺気を漂わせながら、しかし何もなかったかのように、くるりと踵を返して、先ほど会話していた研究員の所へ戻っていった。
男は、いきなり殺気を浴びせられて冷や汗を流しながら、こんな仕事はさっさと済ませてしまおうと、事務的に真奈美の体に電極を取り付ける作業を始めた。
「――さっきは、ありがとう、ランフェイさん」
二時間ほどのパラメータテストが終わって、しばらくの間待機状態となった真奈美は、通訳として隣にいるランフェイにおずおずと話しかけた。ランフェイは、口元だけで薄い笑みを作ると、事務的な口調で答える。
「おまえに優しくするつもりはない。 ああいう男が許せないだけだ」
「それでも、ありがとう……」
真奈美は、寂しげな笑顔を浮かべながらも、精一杯の明るさで再びランフェイに礼を言う。ランフェイは、一瞬気の毒そうな表情を浮かべたが、その言葉に応えることなく、さっと事務的な表情に切り替える。そして、近くにいる研究員に、今後の検査予定を質問し始めた。研究所のあちこちでは、こうしていつものような研究が繰り返されていた。
研究所の周囲の森は、いつものように静かで、のどかな時間が流れていた。ただ鳥一匹いないほど静かなのは、いつもとは少し違っている。しかし、警備をしている兵士達は、その違いには気がつくことなく、のどかな森の警備をいつものように続けていた。
そこからかなり離れた、木々の切れ間の大きな空き地。その上空には、超低空飛行で山々を縫うように飛んできた輸送ヘリの一団が突然現れ、消音モードで次々と着陸していった。その空き地は、研究所からかなり低い位置にあり、地形的に直接見えない場所だ。
着陸したヘリからは、次々と突入部隊の隊員達が飛び出してきて、あっという間に森の中に消えていった。ここから研究所までは、歩いて1時間ほどかかるため、彼らが移動している間に、慶次達の機械人形が別の方向から研究所を攻撃し、相手側の重火器と、現在五機あるとみられる敵の機械人形を殲滅することになっている。また、レオは、突入部隊に同行して、周囲の探索と、救出作戦の手伝いをすることになっていた。
輸送ヘリから全ての隊員が飛び出すと、すぐに機械人形がペイロードから外へと引き出される。ヘリは、エンジンを切らずに消音モードでローターを回転させ続けていた。そして、機械人形が完全に外に出されると、すぐに出力を上げて離陸し、いずこかへ飛び去っていった。飛び去ったヘリコプターは、作戦終了時刻には戻ってくるはずだ。
飛び去るヘリを見送った慶次は、簡単な遠隔操縦もできるように設計された腕時計型の制御装置に向かって、音声コマンドを与える。
「ライオンワン、搭乗モード」
モニカらも、同様に、自分の制御装置に向かって音声コマンドを与えている。制御装置からの指令を受けて、台車の上に寝かされていた機械人形は、ベッドから起き上がる人間のように、器用に台車の外側へ足をおき、地面に手をついて体を起こした。そして、前に屈んでゆっくりと立ち上がると、すぐに片膝を付いて、前面にある搭乗扉を開けた。一連の動作は全て自動制御である。
慶次は、開いた扉からするりとコックピットに乗り込むと、扉が自動的に閉まる。すぐにヘルメットが降りてきてセットアップが開始された。同時に、ライオンワンのナビゲーションプログラムがまともになった挨拶をよこす。
「お帰り、慶次」
「ただいま、ライオンワン。 周囲に敵は感知できるか?」
「攻撃目標地点以外に、敵の動きは感知できません」
ナビの音声応答を聞きながら、慶次は、はっきりとしはじめた視界を確かめるように、辺りをきょろきょろと見回しながら立ち上がる。他の機体も同じように、きょろきょろしていたので、端から見れば、かなり挙動不審に見えることだろう。
周囲には金属関節の軋む音やモータの低い動作音が響いている。
「システム、オールグリーン。メインジェネレータ、戦闘出力に到達」
ナビゲーションプログラムが戦闘可能な状況になったことを告げる。
「ライオンワン、慶次、準備完了。 それじゃあ、いきますかぁ!」
慶次がみんなに声をかけると、答えは順番に返ってくる。
「タイガーワン、由香里、了解!」
「ライオンツー、モニカ、了解!」
「ライオンスリー、ドミニク、行くぜぇ!!」
「ライオンフォー、クリス、了解……」
ドミニクのテンションだけが妙に高かったが、それぞれ順番に一列になって、第一ウェイポイントに向かって走行を開始する。
研究所の方向とはかなりずれた位置にある第一ウェイポイントから順にウェイポイントをたどっていくと、突入部隊が突入しようとする方向とは、逆の側から研究所を攻撃することになる。慶次らは全力で走っていたが、その音はまだ遠い研究所には届かない。音が届く頃には、攻撃が始まっているはずである。
その最後のウェイポイントは、敵戦車五台と対空砲などが並ぶ防御陣地だ。
その防御陣地を守る兵士の一人が隣の同僚に向かって、いぶかしげに尋ねる。
「おい、何かガシャガシャいう音が聞こえないか?」
「ん? なんだ、この音は?」
すると、森の中から、いきなり白いロボットと、黒い四機のロボットが飛び出してきた。兵士は、敵襲っ、と一言叫んだが、その時にはすでに、ロボット達が手にしている大きな刃物で、全ての戦車の砲塔が切り取られ、キャタピラのあたりがざっくりとえぐられた後だった。
兵士達は、手にした銃でロボットを撃ち始めたが、その装甲は銃弾を簡単にはじき飛ばした。ロボット達は、そのまま対空砲陣地に飛び込むと、その砲塔をきれいに切り取り、あっという間に研究所の方へ走り去っていった。
その背中を少しの間、呆然と見送っていた兵士達は、すぐに気を取り直して、研究所に無線で攻撃があったことを知らせ始めた。
「遅いぞ、ランフェイ!」
ディエファは、既に乗り込んだ専用の搭乗型機械人形、死龍のコックピットの中から、走ってくるランフェイに声をかけた。
死龍は既にエンジンをスタートさせていて、周囲にはジェットエンジンの引き裂くような爆音が響き渡っている。
「ごめんなさい、おねえさま!!」
ランフェイは、ディエファへ向かって大声で叫んだ。そのディエファはもう、濃い灰色の迷彩色で塗られた死龍の閉まっていく扉の向こうで見えない。
ランフェイは、その横に立つ機械人形の前に着くと、大きな声で叫んだ。
「飛龍、開門!」
ランフェイの叫んだ音声コマンドに応答して、飛龍は、ゆっくりと膝を折り、その前面に設けられた搭乗口の扉を開く。ランフェイが搭乗して、操縦装置のセットアップが終了すると、飛龍がいつもの挨拶をよこした。
「お帰りなさい、蘭妃」
「ただいま、飛龍。 状況は?」
「敵は、五体の機械人形です」
「ふん、一機増えたわね。 さあ、行くわよ!」
既にエンジンを臨界レベルまで起動させ、凄まじい動作音を轟かせている飛龍は、猛然と建物の外に走り出た。そして、建物の前の小さな広場で一瞬立ち止まる。
「飛行翼、展開!」
ランフェイの音声コマンドに応答して、飛龍は、背中に格納された飛行翼を左右に大きく伸ばす。素早く伸びる飛行翼の下からは、とてつもない推進力を生み出すエンジンがうなりを上げている。
そして、背中のエンジンを全開で噴射した影響で、竜巻のように土埃の舞う広場の中央から、飛龍は、青い空へ向けて一直線に飛び出していった。
次は、いよいよ直接対決です。
蝶華の操る死龍の異常な高速攻撃に、彼らは勝つことができるのでしょうか?!




