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32話  「準備万端を整えよ!」(後編)

 ランフェイら、犯行グループは、日本からの長い旅路を終えて、自らの本拠地である機器歩兵研究所に帰還した。

 この秘密研究所は、首都にある中央研究所の下部組織だが、その場所は、秘密裏に何度も移されたため、ごく一部の者を除き、中央政府の誰もが知らなかった。正確には、誰もが知っていると思っているその場所には、この研究所は建っていないのだった。


 研究所は、森の中にひっそりと建つ小さな建物だが、周囲には最新の対空ミサイルや砲台陣地などが作られ、要塞化されている。研究所を守るほとんどの軍人は、自分達が中央政府を打倒しようと企てる一派のために働いていることなどつゆ知らず、国のために働いていると信じていた。ランフェイもまた、その末端の兵士の一人だった。



「おねえさま~!!」

 ランフェイは、研究所の入り口で出迎える人混みの中から、見知った女性の顔を見つけて駆け寄った。

 その女性の名は、(リン)蝶華(ディエファ)。ランフェイの健康的な肉体と比べるまでもなく、ディエファは、非常に痩せた小柄な体格であり、端整な顔立ちではあったが、頬もこけていて、とても美人とは言えなかった。その目は、何かに飢えるように爛々と輝き、少し歪めた唇は、笑っているのかどうかも定かではない。


「ランフェイ、よく戻った」

 ディエファは、おそらく精一杯の笑顔で、歪めた口を開くと、抱きついてきたランフェイをねぎらう。ディエファは、周囲の目を気にして迷惑そうにランフェイを引きはがそうとしたが、ランフェイは、本人だけがそうとは知らない馬鹿力でディエファを抱きしめており、容易に離せそうにない。


「大尉っ!!」

「はっ! 申し訳ありません」

 ランフェイは、ディエファが少し怒っていることに気がついて、体に電撃が走ったかのようにばっと体を離す。


「場所をわきまえなさい、場所を」

「ごめんなさい、おねえさま……」

「そのお姉さま、というのも、二人の時だけにしてもらいたいものだ……」


 ディエファは、ささやくような声でぼやくと、小さくため息をつく。その後、男達に取り囲まれて建物に入っていく真奈美を見て、ランフェイに質問した。

「あれが、日本のテストパイロットか?」

「はい」

「是非、一度、手合わせを願いたいものだ」

「おねえさま、あの者は軍人ではありません」

「なんだ、戦士ではないのか…… つまらんな……」


 そのとき、真奈美を取り囲んでいる男達の一人がランフェイに、通訳を頼む、と声をかけてきた。

「行ってこい」

「はい、また後でお部屋に伺います」

 ディエファは、唇を歪めて明らかに苦笑いと分かる表情でうなずいた。

 ディエファは、走り去っていくランフェイの背中を見ながら、ランフェイがこの研究所に配属されてきた日のことを思い出していた。


 高校生になったばかりのランフェイは、首都の中央研究所で検査されたた機械人形(パペット)の操縦適合者、数万人の中でトップの成績を誇っていた。そのため、ランフェイは、国家のため、と周囲からおだてられ、本人もその気になって、若くして特例で軍人となった。

 しかし、その天才的な素質は、周囲からやっかまれ、また母が日本人であることから、事ある毎に差別的な扱いを受けた。それでもランフェイは、格闘技を磨き、訓練を重ねて、パイロットとしての素質を開花させていった。そうして、ランフェイは、大きな自信を付けて、この研究所にやってきたのだった。


 ランフェイが意気揚々とこの研究所にやってきた日、ディエファは、生身の格闘技でランフェイをこてんぱんに打ちのめした後、機械人形(パペット)での訓練でもランフェイを圧倒した。ディエファは、ランフェイから一度の攻撃も受けることなく、何度も完膚無きまでに敗北させた。


 ディエファがそこまで強い理由、それはその高い格闘技術だけにあるのではなく、薬物投与による脳反応の強化にあった。この研究所で、ディエファは、脳の反射や、運動反応を向上させるための、ありとあらゆる薬物の投与を受けており、回りからは人間モルモットと陰口をたたかれていた。

 その副作用で、ディエファは、不眠や食欲不振、痛みやしびれなど、様々な苦痛にさいなまれていたが、その強い精神力で、なんとか日々を過ごしていた。


 一方、完敗したランフェイは、ディエファを敵視するのではなく、逆に熱狂的に尊敬するようになった。そしてディエファの強さの秘密を聞きつけたランフェイも、同じように薬物投与を望んだが、ディエファはそれを強くいさめ、絶対に拒むよう強く言いつけた。それは保身からではなく、自分と同じ苦しみを若いランフェイには背負わせたくなかったからだった。

 ランフェイは、お姉さまと慕うディエファの言葉を守り、研究所からの薬物投与要請を強く拒み続けた。そして、拒みながらも、ランフェイはディエファから学んで、それに次ぐ強さを身につけた。研究所側も、薬物投与しない事例で研究を進める気になり、今日に至っている。


 ランフェイは、ディエファが昔のことを思い出していることなど知るはずもなく、一度笑顔でディファの方へ振り返ると、真奈美とそれを取り囲む男達とともに建物の中へ入っていった。



 ――真奈美が秘密研究所に到着した日、日本では、由香里の作戦参加に暗雲が立ち込めていた。


 その日は、服部博士が由香里の自宅を訪れ、彼女の両親に作戦の概要を説明していた。由香里は、博士が自宅に来る前の日に、両親に作戦参加の了解を取り付けていた。しかし、危険なことを十分に説明していなかったので、両親は日本から無線で作戦参加するものと誤解していた。

 博士は、その点をごまかすことなく、降りかかる危険性を説明したため、両親は絶対反対、として譲らなかった。


「どうして許してくれないのよ!」

 由香里は激昂して両親に問いただしたが、由香里の父も母も黙って首を振るばかりだった。服部博士は、中国政府が作戦を了解していて、日本からも特殊部隊が同行することや、機体が物理的に破壊される可能性は低いことなどを説明したが、彼女の父はもっともな言葉を繰り返すばかりだった。

「それでも、娘を戦場に送ることなど、絶対にできん!」


「私が一番うまく操縦できるのよ! 私が助けに行かないとだめなのよ!」

 由香里は、自分が行かなければならないことを何度も両親に説明したが、両親の許しを得ることは出来なかった。


「もう、パパもママも知らない! 許しがなくても行くんだから!!」

 由香里は、そう言って家を飛び出していった。

 残された服部博士は、苦渋の表情をしている両親に向かって、こう宣言した。

「ご両親の了解がない限り、絶対に行かせませんから」


 服部博士は、深々と頭を下げる由香里の両親に、さらに深く頭を下げてから、研究所に戻っていった。


 由香里は、あてもなく家を飛び出してしまったが、その日はもう家に戻りたくなかった。研究所へ行っても良かったが、大人達から色々と説得されそうだ。由香里の足は、自然と学校の寮へと向かった。



 ――ピ~ンポ~ン

 寮の前で由香里は呼び鈴を押す。しばらく待っていると、インターフォンからドミニクの元気な声が聞こえてきた。

「どなたですかぁ?」

「えと、由香里です」

「あれ? ユカ、珍しいね、ちょっと待ってね~」


 遠くから走ってくる音がして、ドアが開いた。ドミニクは、由香里を笑顔で招き入れたが、由香里の様子がおかしいことにすぐに気がついた。

「何か悩みがあるようだね。 みんなと話したい? 」

「うん、パイロットのみんなと、ちょっとお話がしたいの」

「じゃあ、食堂で待ってて」

 ドミニクは、そう言うと、駆け足で階段を上っていった。

 由香里は、がらんとした食堂の椅子に腰をかけて、先ほどの両親とのやりとりを思い出していた。しばらくすると、モニカとクリスを連れて、ドミニクが戻ってきた。


「あら、ユカ、何か深刻そうね」

「ユカ……」

 はじめは明るい笑顔で近づいてきたモニカとクリスだったが、由香里の思い詰めた顔を見て、真剣な顔つきになった。由香里は、両親と喧嘩になったいきさつを話し始めた。


 由香里の長い話が終わると、モニカは、きっぱりと言う。

「それは、ご両親の判断が正しいと思うわ。うちは私の意思に任せてくれたけど」

「じゃあ、私は行かなくてもいいって言うの?!」


 由香里は、つい声を荒げてしまったが、ドミニクはそれをやんわりと手で制す。

「みんなユカと白虎にとても期待しているし、一緒に来て欲しいとも思ってるよ」

「ユカは強い……」

「私も、あなたの参加が作戦成功に不可欠だと思うわよ」

 クリスもモニカも、由香里と一緒に作戦を遂行し、真奈美を奪還したいと強く思っていた。しかし、由香里の両親の言葉は、彼女らの心にも深く響くものがあり、簡単に無視できるものではなかった。


「じゃあ、どうしたらいいの……」

 由香里は、本当にどうしたらいいかわからなくなって、頭を抱えた。

 クリスは、おもむろに席を立つと、由香里の横の席に座り直し、由香里の肩に手を回して優しく声をかける。

「わからないけど、一緒に考えるのがいいと思う」

「そうね、どうしたら許してもらえるのか、考えてみましょう」

「僕も、わからないけど、考えよう」


 四人は、一緒になって夜中まで話し合った。途中で準が食堂に顔を出したが、黙って自室に戻っていった。その顔には、自分では何も出来ない悔しさがにじんでいた。


 四人は、あれこれアイデアを出してみたが、結局名案は出ず、みんなでご両親にお願いしてみよう、と言うことになり、相談会はお開きとなった。その後、由香里は、クリスの部屋に泊まっていくことにした。


 由香里がお風呂に入っている間、クリスは、由香里の実家に電話をして、彼女がこちらに泊まることと、明日みんなで挨拶に伺うことを説明した。突然の電話に由香里の両親は驚いていたが、話の了解は得られた。

 クリスは、お風呂から上がってきた由香里に話の成り行きを説明したが、由香里は、クリスが勝手に話をつけてしまったことにカチンときて、返事もそこそこに、一人でクリスのベッドに潜り込んでしまった。


 クリスはその後お風呂に入ってから、部屋に戻ってきた。

 由香里は、自分の行動が子供っぽいなぁと反省しながらも、ベッドから出られずにいる。クリスは、身支度を済ませると、背を向けてベッドに横たわる由香里の横に滑り込んできた。そして、由香里の背中に向かって小さな声で言う。

「ユカ、何も言わなくていい…… おやすみなさい」


 由香里は恥ずかしさに耐えきれなくなって、クリスの方へ向き直った。

「ごめんね、クリスちゃん……」

「だから、何も言わなくていい……」

「ううん、色々とありがとう」

「私は何もしていない…… でも、明日はがんばろ」


 由香里は、どこまでも優しいクリスの言葉に、涙目になりながら抱きついた。

 由香里は、そうしてしばらくクリスに体を寄せていたが、ふと以前から聞いてみたかったことを質問をしてみることにした。

「クリスちゃん、前から聞いてみたかったことがあるんだけど……」

「何でも、聞いて」

「クリスちゃん、戦争するの、怖くないの?」


 クリスは黙って、しばらく考えをまとめていたようだったが、ゆっくりと口を開いた。

棺桶(コフィン)で無線操縦したときも、誰かを傷つけないか、とても怖かった……」

「うん」

「搭乗型になって、自分が死ぬかもしれない、と思ったときも怖かった」

「軍人さんのクリスちゃんでも、怖いんだ……」

「怖い。 怖いけど、自分が一番上手くできることを、誰かに押しつけることはできない。 やらなければならないのなら、怖くてもがんばるしかない、と思った……」


 由香里は、クリスの言葉にうなずきながら言った。

「そうだよね。 真奈美さんの救出には、絶対に機械人形(パペット)が必要だからね」

「そう。 私はがんばる。 そして、できたら誰も傷つかないように、がんばる……」

「うんうん、クリスちゃん、わたしもがんばってみる」

 由香里とクリスは、笑顔で互いの両手を握り合った。そうして、そのまま目を閉じていると、二人とも疲れていたのか、すぐに眠りに落ちていった。



 ――次の朝、由香里の自宅で――


「そういうわけで、是非、お嬢さんを下さい!」

 ドミニクは、気分が盛り上がったのか、居間のソファーから身を乗り出して、由香里の両親に迫った。ドミニク、モニカ、クリスは、由香里とともに彼女の自宅まで出向き、作戦にとってどうしても由香里が必要なこと、一緒に仲間を救い出したいことを切々と訴えた。そして、最後に、ドミニクが求婚ならぬ、求人を行った、というわけだ。


「しかし、娘と同い年の君たちが、戦場に向かうとは……」

 居並ぶ美しくも可憐なモニカ達を目の前にして、由香里の父は、信じられない、というように首を振る。


「はい、私たちはまだ高校生ですが、この作戦にとって絶対必要なのです」

「作戦、か……」

「救出作戦です。 そして由香里さんは、世界一この作戦に適しています」

「世界一?」

「はい。 ロボットの操縦適性が一番高いのです」


「そうなのか?」

 由香里の父が娘の方に質問をすると、由香里はテレもなく言い放つ。

「私が一番、仲間を助けられるはずなの! 一番必要とされているの!」


 モニカは、さらに畳みかける。

「由香里さんは、一人、最新鋭機『白虎』に搭乗します。 最も高い戦力なのです」

「戦力、か……」

「戦う力が必要なのよ! 傷つくのも傷つけるのも怖いけど、私がやらなくちゃ!」


 真剣なまなざしの女子高校生四人をぐるりと眺めて、由香里の父は、深いため息をついた。

「どうしても行かなくてはいけないのか?」

「助けに行かなくちゃいけないのよ! そして、私がみんなを守る!」

「いえ、お嬢さんは、私たちが守ります!」


 それぞれ口々に自分が守ると言いながら、テーブル越しに身を乗り出してきた女子高校生四人をまじまじと眺め、由香里の父は、さらに深いため息をついた。

「無事に帰ってこられるんだな?」

「必ず!!!」

 四人は口を揃えて言う。由香里の父は、隣に座る妻の方に向き直って言った。


「かあさん、行かせてやるしかないんじゃないか?」

「ええ。由香里がここで命をかけると言うのなら、人生に悔いが残らないよう、好きにさせてあげましょう」

 由香里の母は、娘の身が心配でならなかった。しかし、あえて尻を叩く言葉を口にした。それは、娘の人生の選択を、娘自身に委ねた瞬間だった。


「ありがとう、パパ、ママ!」

「しっかりやりなさい」

 涙を浮かべながら抱き合う由香里と両親を見ながら、モニカらも少しもらい泣きをしてしまった。

「慶次を呼ばないで、正解だったわね」

 モニカは、恥ずかしそうに涙をぬぐいながら、ドミニクにそっと耳打ちをした。



 ――そんなことがあった、次の日、さっそく中国の研究所にいる内通者から連絡があった。それから、内通者の情報に基づいて、米軍や自衛隊などの関係者とともに、念入りな奪還計画が立案された。

 計画では、数十人の突入部隊とともに、輸送ヘリ五機にそれぞれ一機ずつ、機械人形(パペット)を積み込む。そして、行きと帰りに空中給油を行いながら、秘密研究所まで直接行って帰ってくることになった。


 それから数日。あっという間にその日はやってきた。

 慶次達は、真奈美を奪還するため、朝もやの立ち込める米軍岩国基地から人知れず飛び立っていった


今回は、敵地まで潜入できませんでした。ごめんなさい。


由香里のことを考えると、さっさと潜入できなくなってしまいました……。


次回こそ、真奈美を奪還しに向かいましょう!



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